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ゼンマイ仕掛けの青春
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「きゃっ」
いつものクールなキャラからは思いもよらないような可愛らしい悲鳴を上げて、部長が僕の左腕に抱きついて来た。
「大丈夫ですよ、部長、少し揺れてるだけですから」
学校からそう遠くない山中、透き通るような新緑の中、写真部の僕達は”星のブランコ”と名付けられた吊り橋の上にいた。部活で野外写真を撮る活動の中、彼女があの上から写真を撮りたいと言い出したのがそもそもの発端だ。
「高いよ……」
言い出したまでは良かったが、思ったより高くて怖いのを後輩の僕の手前我慢してみた結果がコレらしい。腕に当たる柔らかい感触と、腰に押し付けられて痛い金属製のカメラの感触、楽しんでいいのか離れてもらったほうがいいのか悩みながら、とりあえず僕は右手一本で自分のデジタルカメラを向けると涙目の部長を一枚撮った。こんなシャッターチャンス、逃してなるものか。
「……意地悪……」
左腕を離すと部長が顔をそむけ、なんとなく自棄ばちにスタスタと橋を渡って行こうとする。ヒュウと風が吹き、残り四分の一で対岸というところで部長がペタリと座り込んだ。
「部長?今行くからそこにじっとしててください」
どうしたものかとしばらく見送って居たが、座り込んでしまった彼女を見て僕はなるべく早足に、なるべく揺らさないように足を急がせた。
「部長、大丈夫ですか?」
声をかけても振り向かない彼女に妙に不安にかられて僕は大慌てで彼女に近づく。あと三メートル程まで近づいた時、測ったように部長が振り向くと僕にカメラを向けた。
パシャコン
歯車とゼンマイ仕掛けの、今となっては間が抜けた、それでも精緻な金属機械にしか出せない音を立て部長が僕に向けてシャッターを切る。五月の太陽がキラリと銀色のボディに反射する。
「驚かせないでくださいよ、心配したじゃないですか」
息を切らせた僕を見上げて、部長はぺたんと座ったまま不機嫌そうにそっぽを向いた。
「お返し」
結局、橋の上からの写真は僕が撮ることとなり、滅多なことでは貸してもらえない部長のペンタックスKXを借りて彼女の分まで僕が撮ることにした。
その夜、僕は夢を見た、何故か部長のカメラを持って小さな女の子を撮っている夢。50mmレンズの画角の向こうには楽しそうに笑う女の子がいた。先輩に似てるな。そう思いながら僕は彼女にレンズを向けてピントを合わせる。カリカリと小気味よい感触の絞りリングを回す。シャッターに指をのせて絞り込む。
ジッ、
フィルムを巻き上げる。デジカメと違う冷たい歯車の回る感覚。
パシャコン
ミラーが上がって視界が黒く塗りつぶされ、そして視界が戻ってくる。戻ってくるたびに小さな女の子は少しずつ大きくなってゆく。
七五三の振り袖、白いワンピースに麦わら帽子、遊園地で楽しそうに笑う少女、幼い女の子がだんだんと部長の姿に成長してゆく。
ジッ、パシャコン
ジッ、パシャコン
僕は夢中でシャッターを切り続けた。切るたびに少しずつ現在に追いついてゆく。大好きな部長が見たくて、夢中でシャッターを切り続ける。
ジッ、パシャコン
去年の文化祭、綿飴を片手に微笑む部長、次にファインダーの中に現れたのは部長ではなく僕だった。ああ、これは昼間の風景だ、こんな間抜け面だったんだ。彼女の撮った僕の写真。その滑稽な自分の姿に僕は少しおかしくなって……。
ジッ、
次の一枚を撮るためにフィルムを巻き上げて、僕は指をふと止めた、もう一度写せばファインダーに映るのは未来だ。そう思って指を止めた。
この先、一緒にいることができるだろうか、大好きな部長と一緒に。これを押した先に僕のいる世界はあるんだろうか。シャッターに指を載せる。大きく息を吸い込んだ。
「で、部長、なんでそんなの引き伸ばしたんですか」
翌日、クラス委員の仕事を終えて夕方遅くに部室に顔を出した僕は四つ切りに焼かれた自分の間抜け面と対面して大いに慌てた。いや慌てたというより、あっけに取られた。
見事な新緑と初夏の青空を背に、つんのめりそうになりながら駆けてくるブレザーの男子高校生、絵だけ見れば中々に躍動感あふれる構図ではある。
「昨日の写真の中で、一番よく撮れてた」
いや、さらっと今、あの後で撮った風景写真にダメ出ししましたよね?部長。
「それで、引き伸ばして部室に飾ってるんですか?」
僕の問に満面の笑みで微笑んで、部長がうなずく。
「これ、今度のコンテストに出すことにする」
いい笑顔過ぎて突っ込む気がなくなった。
「じゃあ、僕もコレで参加していいですかね?」
カードサイズに出力した、涙目の部長の写真をチラリと見せる、正直家宝にしたい可愛さだ。
「却下、それ公表したら殺すから」
ですよね……。
ジッ
頭の中ででフィルムを巻き上げる音がした。
昨日、夢の中でシャッターは切れなかった。
でも今なら切れる気がする。
「じゃあ、それ、コンテストに出していいですから、機物神社の七夕祭り、一緒にいってもらえますか」
パシャコン
シャッターが切れる音。
「わかった、でもカメラは禁止」
開けた窓から藤の花の香りが舞い込んでくる。
巻き上げて、一枚、
そしてまた一枚、
ぜんまい仕掛の青春が回り出す。
いつものクールなキャラからは思いもよらないような可愛らしい悲鳴を上げて、部長が僕の左腕に抱きついて来た。
「大丈夫ですよ、部長、少し揺れてるだけですから」
学校からそう遠くない山中、透き通るような新緑の中、写真部の僕達は”星のブランコ”と名付けられた吊り橋の上にいた。部活で野外写真を撮る活動の中、彼女があの上から写真を撮りたいと言い出したのがそもそもの発端だ。
「高いよ……」
言い出したまでは良かったが、思ったより高くて怖いのを後輩の僕の手前我慢してみた結果がコレらしい。腕に当たる柔らかい感触と、腰に押し付けられて痛い金属製のカメラの感触、楽しんでいいのか離れてもらったほうがいいのか悩みながら、とりあえず僕は右手一本で自分のデジタルカメラを向けると涙目の部長を一枚撮った。こんなシャッターチャンス、逃してなるものか。
「……意地悪……」
左腕を離すと部長が顔をそむけ、なんとなく自棄ばちにスタスタと橋を渡って行こうとする。ヒュウと風が吹き、残り四分の一で対岸というところで部長がペタリと座り込んだ。
「部長?今行くからそこにじっとしててください」
どうしたものかとしばらく見送って居たが、座り込んでしまった彼女を見て僕はなるべく早足に、なるべく揺らさないように足を急がせた。
「部長、大丈夫ですか?」
声をかけても振り向かない彼女に妙に不安にかられて僕は大慌てで彼女に近づく。あと三メートル程まで近づいた時、測ったように部長が振り向くと僕にカメラを向けた。
パシャコン
歯車とゼンマイ仕掛けの、今となっては間が抜けた、それでも精緻な金属機械にしか出せない音を立て部長が僕に向けてシャッターを切る。五月の太陽がキラリと銀色のボディに反射する。
「驚かせないでくださいよ、心配したじゃないですか」
息を切らせた僕を見上げて、部長はぺたんと座ったまま不機嫌そうにそっぽを向いた。
「お返し」
結局、橋の上からの写真は僕が撮ることとなり、滅多なことでは貸してもらえない部長のペンタックスKXを借りて彼女の分まで僕が撮ることにした。
その夜、僕は夢を見た、何故か部長のカメラを持って小さな女の子を撮っている夢。50mmレンズの画角の向こうには楽しそうに笑う女の子がいた。先輩に似てるな。そう思いながら僕は彼女にレンズを向けてピントを合わせる。カリカリと小気味よい感触の絞りリングを回す。シャッターに指をのせて絞り込む。
ジッ、
フィルムを巻き上げる。デジカメと違う冷たい歯車の回る感覚。
パシャコン
ミラーが上がって視界が黒く塗りつぶされ、そして視界が戻ってくる。戻ってくるたびに小さな女の子は少しずつ大きくなってゆく。
七五三の振り袖、白いワンピースに麦わら帽子、遊園地で楽しそうに笑う少女、幼い女の子がだんだんと部長の姿に成長してゆく。
ジッ、パシャコン
ジッ、パシャコン
僕は夢中でシャッターを切り続けた。切るたびに少しずつ現在に追いついてゆく。大好きな部長が見たくて、夢中でシャッターを切り続ける。
ジッ、パシャコン
去年の文化祭、綿飴を片手に微笑む部長、次にファインダーの中に現れたのは部長ではなく僕だった。ああ、これは昼間の風景だ、こんな間抜け面だったんだ。彼女の撮った僕の写真。その滑稽な自分の姿に僕は少しおかしくなって……。
ジッ、
次の一枚を撮るためにフィルムを巻き上げて、僕は指をふと止めた、もう一度写せばファインダーに映るのは未来だ。そう思って指を止めた。
この先、一緒にいることができるだろうか、大好きな部長と一緒に。これを押した先に僕のいる世界はあるんだろうか。シャッターに指を載せる。大きく息を吸い込んだ。
「で、部長、なんでそんなの引き伸ばしたんですか」
翌日、クラス委員の仕事を終えて夕方遅くに部室に顔を出した僕は四つ切りに焼かれた自分の間抜け面と対面して大いに慌てた。いや慌てたというより、あっけに取られた。
見事な新緑と初夏の青空を背に、つんのめりそうになりながら駆けてくるブレザーの男子高校生、絵だけ見れば中々に躍動感あふれる構図ではある。
「昨日の写真の中で、一番よく撮れてた」
いや、さらっと今、あの後で撮った風景写真にダメ出ししましたよね?部長。
「それで、引き伸ばして部室に飾ってるんですか?」
僕の問に満面の笑みで微笑んで、部長がうなずく。
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「じゃあ、僕もコレで参加していいですかね?」
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ジッ
頭の中ででフィルムを巻き上げる音がした。
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「じゃあ、それ、コンテストに出していいですから、機物神社の七夕祭り、一緒にいってもらえますか」
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