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第二章 まるごと! エルフの森!

愚かなり耳長

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 翌朝ふたを開けてみると、森にすむ六部族の長が全員が、雁首がんくびをそろえて並んでいた。

「ほう……、せいぜい半分が良いところだろうと思っていたが……」

 ふむん、と顎に手をやって吾輩は目を細める。

「よろしいですかな?」

 長い白髪の老エルフが目礼してから手をあげて口を開いた。

「ふむん、まあその前に全員座るがよい」

 指を鳴らして吾輩は全員が座れるほどのじゅうたんを出してやる。二枚舌のベリアルからカードで巻き上げてやった逸品だ。

「ほう」

 履物を脱ぎ、恐る恐ると言った体でじゅうたんに座った族長どもが腰を下ろすなり感嘆の声を漏らす。ベリアルが女神アナーヒターをペテンにかけて奪った、彼女の髪で作った敷物である。まさに天にも昇る気持ちであろうが、ここでそれを言うと色々めんどくさそうなので黙っておく。

「シェリス、お主はここに」

 ぽんぽん、と膝を叩いて吾輩は小さきものを呼ぶ。

「あ、あの……まおーさん?」

 焦りとも恥じらいともつかぬ表情で、シェリスがうつむくともじもじしている。

「なんだ?」
「こ、こねこね……しないでくださいね……」
「ふむん、まじめな話をするゆえな、今日はせん」
「ほ、ほんとですね?」
「魔王は嘘はつかぬ」

 手ごろなサイズなので、手遊てすさびについうっかりこねてしまうかもしれぬ、まあ、その時は事故なのでしかたがないのである。

「ううっ、やくそくですからね?」
「早く座るがよい」

 おっかなびっくりといった体で、吾輩のあぐらの中にシェリスが収まる。ふわふわの腹の毛が耳にあたるのがくすぐったいのか、長い耳がときおりピクリと動く。みょうに嗜虐心をくすぐる娘であるな。まあ、今日の所は勘弁してやろう。吾輩はまじめなのである、魔王だからして。

「さてと、続きをはなせ、耳長の」
「それでは」

 姿勢を正し、一礼すると先ほどの一番年を取ったエルフが話始める。エルフが長命といっても、せいぜい千歳が寿命といったところだ。
 肉体を超越した吾輩からすれば、赤子のようなものであるが、定命の者は年を経ると偏屈物が増えるのがじゃまくさい。はてさて、こやつはどうであろうか。

「あなた様が魔王と名乗られたと、シェリスから聞き及びました」
「うむ、いかにも、吾輩は魔王である」
「魔王というと、勇者クレスと七日七晩の一騎打ちの末、講和を結ばれたバエル様しか存じ上げぬのですが……」
「うむ、まさしくそのバエルである。だが、講和というのは少々、言葉に齟齬そごがあるな」

 なにをスッとぼけているのか知らぬが、吾輩は魔王である。すべからく魔を束ねる魔族の王であるからして、人間どもで言う神に等しい。
 異世界から連れてきただの、世界最強の人類だのを、まいどまいど勇者とやらに仕立て上げては吾輩にけしかけてくる淫乱ピンククソ女神とならともかく、なぜ人間ごとき講和などせねばならぬ。

「と、もうしますと?」
「ふむん、あの勇者クレスのうきんのバカが、性根尽きるまで素手で打ち合うほどの豪胆さを見せたが故、人間を滅ぼすのを勘弁してやっただけだからして」
「はぁ……」
「あれはなかなか、傑作の茶番であった。『聖剣』なるナマクラを携えてくるものだから、ちょいとへし折ってやったのだが、あの脳筋勇者め素手で挑んできおってな」

 ぱたぱたと、しっぽを動かしながら吾輩は勇者クレスとの対戦を思い出す。五〇年ほどはたっているだろうから、さすがの脳筋もヨイヨイの爺さんになっていることだろう。

「まおーさん?」
「なんだシェリス」
「どうして、まおーさんは素手で相手をしたのですか? 村に攻めてきた人間は雷で打ち滅ぼしたのに」
「うむ、簡単な話だ」

 ぽむん、と膝の上に座るシェリスの頭に肉球を置いて、吾輩はひげをピンと立てて胸を張る。

「んん……」

 くすぐったそうに長い耳をパタリと動かしたシェリスの頭を、ぽむぽむしながら吾輩はニヤリと笑った。

「興がのった」
「興がのった?」
「うむ、威勢よく殴りかかってきた脳筋勇者が、何日戦えるのか見たくなった」
「それだけ?」
「うむ、伝承では七日七晩と言われておるが、二日半で乾きと空腹で倒れた故に」
「はい」

 見上げたシェリスの両のほほを、ふわふわの肉球でムニリと挟み込んで、吾輩はかるくこね回す。

「やっつ、だめです、やくそく、あっ」

 見る見るうちに赤面してゆく少女の頬を、ぽむん! 軽くたたいてから手を放してやる。

「マシュマロにしてやろうと、全力で無限の漆黒拳乱舞エターナルねこぱんちを叩き込んでやった」
「え、えたーなるねこぱんち」
「どうだ、恐ろしかろう! たった数秒こねられるだけで語彙を失うほどの快楽を与える吾輩の肉球に、ありったけの魔力を乗せて叩き込まれる必殺の攻撃」
「こ、こわいです」

 言葉と裏腹にシェリスが恍惚とした目をしている気がする。存外サキュバスあたりに堕としてやればむいているやもしれぬ。まあ、いまはよい。

「でまあ、奴の情けない姿を記録してから、慈悲深い吾輩は勇者クレスにいってやったのだ」

 全員の目が集まっているのを確認してから、吾輩は呵々かかと笑った。

「門を超えず、他の種族に侵攻《いじわる》しないならば、この記録も外へ漏れることはなかろう、と」
「いじわる、とおっしゃいますか」
「うむ」
「我らがこの窮状を……」
「人間どものあの仕打ちを、いじわるなどと」

 わなわなと長老が手を震わせる。

「呵々々、なにを吠えておる、力なき正義は無力であるからして、付け入れられたのであろう、愚かな耳長ども」

 そういいながら吾輩はシェリスを抱いたまま立ち上がった。

「まあ、よい、この森の耳長を救う対価は、この娘が払うという事になっている」
「い、生贄でございますか?」

 あきらめ顔の老エルフがそういって肩を落とす。そういうところだぞ、耳長ども。

「何を言っておる、ほれ、シェリス対価をもうしてみよ」
「え? あ、はい。」

 五人の族長の視線が少女に集まった、この魔王との契約の内容だ、聞いて驚け。

「わたくし、シェリスは命ある限り」
「い……いのちある限り……?」

 ごくりと唾をのむ音が聞こえる。

「まおーさんの、ブラッシング係をつとめること、それが対価です」
「ぶらっしんぐがかり」
「ええ、ブラッシング係です」

 胸まで顎がおちそうなアホ面を下げる長老どもに見えるよう、吾輩はシェリスを高々と掲げて宣言する。

「こやつが生きておる限りにおいては、きさまらを守護してやろうぞ、愚かな耳長ども」
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