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第二章 まるごと! エルフの森!

大公爵シトリー

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「ま、魔族!?」

 ふむ、いかにもいかにも、つややかな黒翼と、黒壇こくだん色の角、人の話を聞かないのが少々難点だが、シトリーは魔族の中でもそこそこ偉いのである。
 もっとも、薄紫の髪は葉っぱまみれ、角には蜘蛛の巣が絡んで実に間が抜けた姿だが、その程度で大公爵の威厳が……。

「魔王様、申し訳ありません、申し訳ありません」

 前言撤回である、威厳もクソもなかった……。恥も外聞もなく、ペコペコと頭を下げるシトリーに、吾輩は額に手をやりため息を付いた。
 いや、まあエルフ共が闇の大公爵がペコペコ頭を下げる吾輩に対して、大層萎縮してバリびびっているのでまあよいか。

「まおーさん?」

 突然の闖入者とびいりと吾輩の顔を交互に見ながら、シェリスが心配そうな声を上げる。

「ふむ、あれが昨晩、シェリスに話してやったシトリーである」

 シェリスが頭からつま先まで、穴が空くほどシトリーを見つめ、小さなため息をつく。平らな胸に手をやってため息を付いたところを見ると、なにやら敗北感を覚えたようだ。

「案ずるな、小さきものよ。控えめであるのもまた、美徳というものだぞ」

 その言葉にシェリスの翡翠の瞳が閃き、剣呑な目で睨まれたような気がするが、それはまあよい。些細なことであるからして。

「さてシトリー、頭からかじられる前になにか言いたいことはあるか?」

 トテトテと大公爵につめより吾輩は両頬を肉球で挟み込んだ。

「まままま、まおう、さささ」
「ふむ、麻黄はおなかのくすりであるな」

 赤面しながら慌てふためくシトリーの頬を、両手のひらで捕まえたまま、吾輩は焼きたての白パンも裸足で逃げ出すモチモチの肉球で彼女の顔をこねくり回す。

「あっ、ちょ、ちょっ」
「ふむ、腸詰めが食いたいのであるか?」

 その場にポテリと座り込み、吾輩はあぐらの中にシトリーを抱え込んだ。もちろん魔力は全開だ、知恵の女神も形を失う、必殺の肉球地獄を食らわせることにする。こねこね。

「我輩を面倒事に巻き込んだ礼に、貴様で腸詰めを作ってやるのも悪くないな」

 言いながら吾輩は、シトリーのむちむちの腹に爪を立て、頬をペロリと舐めてやった。

「ひっ、まままま」

 必死で逃げようとあがいているようだが、圧倒的に力がたりぬ。ふみふみ。

「ひまわりの種はうまいが殻がめんどくさい」

 まあこんな鬱蒼うっそうとした場所に放り込んでくれた罰だ、耳長どもの前でせいぜい情けない姿をさらすがいい。ふみふみ、こねこね。

「ら、ちょ、らめ、とんじゃいます、そんなにこねたら、とぶ、とんじゃいます」
「ふむ、シトリーには翼もあるゆえ飛ぶこともあろう」

 いきなり魔族が現れたかと思って萎縮しビビっていたエルフ共がこんどはドン引きしている、ふはははは、吾輩の機嫌を損ねた罰に定命の者を前に存分に恥をさらすがいい。

「ま、まおーさん!!」
「なんだ、小さきもの」
「小さきものじゃありません! シェリスです!! あの……もう許してあげて下さい」

 定命のものであれば絶命するほどの魔力を通した、至高の肉球マッサージに、いい具合にとてもダメに仕上がりったシトリーは、吾輩の膝の上で白目を剥いていた。
 褐色肌の美人もこうなれば、残念この上ない。浜に打ち上げられたクラーケンのごとく、体中から色んな液体を染み出してプルプル震えている。じつに情けなくて見るに堪えない、ざまぁみろだ。

「ふむん……もう少し頑張るかと思ったが、軟弱者め」

 これ以上やると、いろんな方面から怒られてしまいそうなので許してやろう。それにシトリーの手勢、「東の塔の魔術師」は、この手の仕事にはおあつらえ向きである。
 しかたがないので、マシュマロに変えるのは今しばらく勘弁しやるてことにしよう。吾輩は寛大なのだ、魔王であるからして。

「シトリーさん大丈夫ですか? こっちです」

 ぐったりとしたシトリーの手を引いて自分の方に引き寄せながら、少女が我輩をにらみつける。

「た、助かったのです、耳長の娘」
「ふふふ、それはどうかな?」
「ひっ!!!」

 「縦」、「横」、「高さ」、どれをとってもシェリスの倍はあろうかというワガママボディを小さくして、魔族の大公爵が耳長の娘に縋り付く姿に、吾輩は溜飲を下げながら、そういいって目を細めた。

「まおーさん! だめ!」
「ふむ……、だが、そ奴がそもそもの元凶なのであるからして」
「それでもダメですぅ」

 ぷぅ、と頬を膨らませてすねるシェリスに吾輩は鼻を鳴らす。

「ふむ、シェリスが止めなければ、|貴様が骨抜きマシュマロになるまでこねてやる所だったのだがな……。その小さき勇者に感謝するが良い大公爵」
「ううう……」

 我が必殺の肉球で本気でこねた日には、樹木人トレントをパンケーキに、怪魚の王レヴィアタンをつみれ汁にすることなぞ朝飯前だ。

「まあよい、折角来たのだから、お前も働いてもらうぞシトリー」
「え? 私は魔王様に休暇を……なんでもありません、ごめんなさい仕事大好き、まおー様バンザイ」

 ニヤリと笑いながら、両手をワキワキさせてシトリーを黙らせると、吾輩はシェリスの瞳をまっすぐにのぞき込む。

「さて、シェリス、貴様は今からこの村の長である、文句はないな?」
「は……はい」
「異論のあるものはおらぬか? おらぬな?」

 お互いに顔を見合わせたエルフ達から異論が返ってこないのを確かめて、吾輩はよっこらしょと立ち上がった。

「その後見人とやらは、お主の言う通り追放刑とせよ、お主が族長であるからな」

 元後見人の、マスタードソースだかなんだかいう、長い名前の耳長を押さえていた手が離される。怒りで血走った目でこちらをにらみつけるの男の足元に、吾輩は指を鳴らして雷の矢を突き立ててやった。

「半時くれてやる、さっさと去れ、吾輩の寛大さと族長の勇気に感謝するがよいぞ」

 沈黙と金気臭い空気があたりを包み、腰を抜かしてへたり込んだ、マから始まる以下略がガクガクと首を振る。
 だが吾輩はその瞳にこもる怨嗟えんさの色があるのを見逃さなかった。ふむ、これでよい、こうしておけばシェリスより先に吾輩に鉾を向けるであろうからな。

「さて、シェリス、森に残る“死にたくない者”を全員集めよ」
「死にたくない者をですか? 全員?」
「助かる気があるものは助けてやってもよい、家畜や愛玩動物にいたるまでな」

 吾輩の言葉に回りがざわめいた。ひそひそと交わされる「魔族を信じられるか?」という当たり前の議論を吾輩は聞き逃さない。魔王の耳は地獄耳なのだ。

「でも、お父様たちは今……」
「それはまあ、後で何とかしてやろう。ただし、条件がある」

 シェリスが固唾をのんで吾輩の金色の目を見つめる。

「皆を救う代わり、貴様は吾輩のブラッシング係である、生きておる限りな」
「ぶらっしんぐがかり」
「まままま、魔王さま、毛づくろいならわたく、ぴゃん」

 横やりを入れようと身を乗り出したシトリーのわき腹に、最大限魔力を乗せた肉球をぽむ、と押し付けて黙らせた。膝から崩れ落ちて震えているようだがまあ、大丈夫だろう。

「それが交換条件である」
「わかりました、一生懸命お仕えいたします」
「うむ、シトリー何をしておる?」

 『検閲削除』な感じで転がっているシトリーの首根っこを、ひょいとつまんで引きずり起こし、吾輩はデコピンを一発入れてやる。

「はっ! わた、わた」
「綿菓子は後で耳長の子供たちと食うてもよいが、今は仕事だシトリー」
「あっ、ハイ」

 仕事の時間である。とりあえず、そういう事になった。
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