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第一章 炎上! エルフの村!

貴様は吾輩に何をさし出せる?

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「まって、待ってください、まおーさん」

 その時シェリスの声がして、吾輩の腕に軽い衝撃が走った。その勢いで爪のさきっちょが後見人の頬にプスリと刺さり、エルフ共が怯えおののく。

 ――いや……これは不可抗力である、吾輩のせいではなかろう?

「おねがいです、待ってください」

 シェリスが腕にしがみつき、吾輩の腕を揺さぶったせいで、刺さった爪が後見人の頬を縦横に切り裂いた。 グゥと妙な声を上げ、恐怖に耐えかねたマスェルシャリアが白目を剥いてひっくり返る。

 ――うむん、この小さきものは、わざとやっているのではないだろうか?

「えい、はなすが良い小さき者。邪魔をするなら貴様も頭からカジってくれるぞ」

 吾輩はカッ! と口を開いてシェリスを脅しつける。

「それでも、それでも、少しだけお話を聞いて下さい、その後でなら食べられてもいいです」

 なんともクソ度胸の座った娘だ。戦士たるもの一にも二にもクソ度胸、戦場では気合一発でその場の空気を自分のものにせねばならぬ。

「いうたな、小娘」
「シェリスです」

 名で呼ばれなかったのが実に悲しいという目で、こちらを顔を見つめる少女の顔を見て吾輩は鼻白む。

「むぅ、興が冷めた。話せシェリス、聞くだけ聞いてやる」

 爪を引っ込めて吾輩は近くにあった切り株に腰をかけた。

「人間から助けてくれたのに、こんな事をしたマスェルシャリアを許せないのはあたりまえです、ごめんなさい」

 頬から血を流して転がっている後見人をチラリと見てから、シェリスが深々と頭を下げた。

「うむ、失礼千万であるな、万死に値する」
「でも……どうか、いま彼を殺すのはやめてください、お願いですから」
「断る、今はすこぶる機嫌が悪い。殺さぬ理由がない」

 にょっき、にょっき、と青く輝く鉤爪を出し入れしながら、吾輩はシェリスの言葉にかぶりを振った。

「わたしが族長の娘なのは聞かれてますよね?」
「うむ、父親がレドニア森林へ出征中で、貴様が若輩ゆえこやつが後見人なのも聞いた」

 シェリスの翡翠色の瞳が、吾輩の太陽すら射抜く金色の瞳をじっと見据える。

「まおーさんは、みんなを酷い目にあわせたいですか?」
「我輩を焼いたのが、貴様らの総意であるならな」

 吾輩の言葉に、集まってきた村人から口々に反駁はんばくの声が上がる。

「ちがう! 私達はなにも知らされていなかった」
「エルフの誇りにかけて、助けてもらった恩を仇で返そうなど」

 世界を二度ばかり滅ぼしかけた事がある吾輩にとって、この程度の村を滅ぼすなど、ドラゴンの卵で目玉焼きを焼くのとそう変わらぬ。にしても、どうにもピーチクパーチクやかましい連中である。

「黙れ、吾輩はシェリスと話をしている」
「……」

 冷たくはなった吾輩の言葉に、シェリスが集まってきた村人たち一人ひとりの顔を順番に見つめる。どの顔も恐怖に引きつり、長い耳の先など血の気が引いて青白くなっている有様だ。

「まおーさん、マスェルシェリアを後見人の任から解きます。」
「ば、バカな! 貴様のような小娘にっ、むぐっ」

 口を開いた後見人に、エルフの女どもが飛びかかり口を押さえる。自らの命惜しさというよりは、子供まで吾輩に殺されてはかなわぬといった所だろう。

「ふむ、なるほど、それで?」
「その上で彼を、森から追放します。それでどうか許して下さいませんか?」
「ふむん……森でしか生きれぬ者にとっては、死より残酷とくるか……ふむん」

 吾輩の記憶がたしかならば、エルフはオークと同じように部族社会のはずだ。はぐれオークの行く末はせいぜい人に狩られるのがオチであるが……、エルフはさてどうなるものか。
 このしぶとそうな男がどう足掻くのか、それともあっさりくたばるのか、暇つぶしに行く末を眺めるのは、あっさり殺すよりは面白いかも知れぬ。

「それで、吾輩が貴様らを許すとして、人間どもが攻めてくるのであろう? それはどうする?」

 その言葉に、集まっていたエルフ共がどよめいた。こやつ共にとっては、いま死ぬはずのものが、後で死ぬという話になっただけでしかないのだ。さもありなんさもありなん。

「まおーさんに、酷いことをした私達はに、もう助けを求める資格はありません」
「そうであろうな」
「でも、この森の外にも逃げるところもありません……」
「周りはみな敵であれば、そうであろう」

 悲壮な表情で、だがキリリと唇を引き結んでシェリスが宣言する。

「なら、戦うしかありません。私達の他にこの森に残ったウェルシャとシャリマの部族あわせて、九〇人と少し、年寄と女、子供しかいませんが、ここで戦うしか……」

 虜囚の辱めを受けぬ……ときたか。しかし、殺すか殺されるかしかないというのであれば、これは人間とゴブリンの関係とほぼ同じということだ。

「シェリスよ」
「はい」
「吾輩が思うに、貴様らには今の所二つの道しか残っておらぬ。人間の奴隷となって嬲られて死ぬか、ここで戦って嬲られて死ぬか」

 吾輩の言葉にシェリスは押し黙る。

「貴様らエルフの事だ、ならばここで戦って死ぬと言い張るのであろうな、愚かなことだ」
「……でも……もう、それしか……」

 シェリスの長い耳がうなだれた。

 ――はてさて……、おかれた状況がゴブリン供と変わらぬというのであれば、この森の耳長は我々魔族の敵ではないのではないか? おお、吾輩良いところに気がついた、さすがは魔王であるな、褒められてもよいだろう。

「シェリス、貴様は吾輩に何をさし出せる? そこでべそでもかきながら、慈悲にすがってみせよ」
「……!」

 とはいえ、自ら救わぬものを救うほど甘くもない、吾輩は王であるからな。

「わたしに差し出せるものなら、なんでも差し上げます」

 震える唇から絞り出すように行って、シェリスが膝を折る。

「何度もいうが吾輩は魔王である、二言はないな?」
「皆を救っていただけるなら……、お願いです、どうか助けてください、まおーさん」
「で、あるか、ならばよし」

 それを聞いて吾輩は立ち上がると、背後の茂みに向かって声をかけた。

「シトリー! 立ち聞きは関心せんな。吾輩は貴様のせいで、裏庭の火山より不機嫌あたまからひがでそうである、泣かすぞ?」
「ひいっ!」

 不機嫌丸出しの我輩の言葉に、薄紫の髪に山ほど葉っぱを付けたシトリーが、黒翼で顔をかくすようにして茂みから転がるように出てきたのは言うまでもない。
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