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第一章 炎上! エルフの村!

あやまれ、生き肝にあやまれ

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「この小さきものが族長の娘と言ったか?」
「はい、このものは族長のシェルノサージュの娘シェリスィーラでございます、わたくしは大叔父にあたる後見人のマスェルシャリア」

 正直耳長どもの名前の微妙な違いはまったくもって理解が出来ぬ、もう少しわかりやすくはできぬものか……。
 そう思いながら、吾輩は慇懃いんぎんかつ、いぶかし気な表情を崩さぬ後見人に、ニカリと凶悪な笑みを浮かべて見せる。

「まあよいわ、後見人とやら。この小さきものはなかなか見どころがある」

 耳長どものややこしい名前はさておき、なるほど族長の娘というのであれば肚が座っているのもうなずける。

「まおーさん?」
「なんだ、小さきもの」
「ちゃんとシェリスって呼んでください! 折角呼びやすくしてあげたのに、まおーさんが名前で呼んでくれないなら、お返事しません」

 そういって膝の上で少女がプイと横を向く。なるほど、確かに呼びやすくしてくれていたらしい。気の利いた娘であるな。
 しかし、心地よい事間違いないとはいえ、この吾輩の胡坐あぐらの上を居城ときめこんでいるこの娘、なかなかの大物といえる。世界一高価な長椅子カウチであるぞ耳長の小娘。

「返事をせぬと申したか? 生意気である、小さきもの」
「シェリスですっ! な、なにを?!」

 戸惑う少女をよそに、食べてもあまりおいしくなさそうな細い体をぐいと左手で抱きしめると、吾輩は右手でシェリスの腕を持ち上げた。

「ちょ、ちょっと! くすぐったいです。や、やめて、だめだったら、きゃはは」

 おしおきである。東方の狐の女神も泣いてうらやむ、ふわふわのしっぽで吾輩は容赦なくシェリスのわき腹をくすぐり始めた。

「ひゃひや、ゆるひて、ひゃめてください、ごめんなさい、ごめんなはひ」

 涙ながらにシェリスが懇願ごめんなさいするまでくすぐり倒す。マスの酢漬けだか、鱒のシャンデリアだかいう、ややこしい名前の大叔父は、見て見ぬふりで目をそらすばかりで、この仕置に文句を言うつもりは無いらしい。

「生意気であるぞ、小娘」
「しぇりひゅでしゅ、まおー、ひゃうん」

 まあ、自分たちを襲っていた人間の軍隊を、瞬く間に目前で炭の柱にされてしまえば、恐怖のあまり文句もいえないであろう。慄おののくがよい、なにせ吾輩は魔王であるからして。

「だが後見人とやら、なぜ人間どもが貴様らを襲っておる、人間は味方ではないのか?」

 少なくとも、エルフどもは人間と手を組んで、西の森林地帯で魔王軍と戦っているはずである。そういえばあの五本足のブエルはちゃんと仕事をしているだろうか。

「味方ですか……、わたし共にとって、あれは夜盗の群れとかわりませぬ」

 まあそうであろうな。と、吾輩も思った。

「ならばなぜ戦わぬ? レドニア森林で不細工妖精スプリガンを相手にしている場合ではなかろう?」

 吾輩の言葉に、後見人がかぶりを振った。

「この森は東側がアーガイル侯爵、西と南をデヴォンシャ伯爵、北側はハウエル男爵領に接しており、他のエルフ領土からは飛び地になっております」
「なるほど、続けよ」

 少々くすぐりすぎたか、膝の上で息を荒くして転がっているシェリスを、焼き立てのふわふわパンケーキのごとき魅惑の肉球で、ふみふみ、こねこねしながら吾輩はうなずく。

「ま、まほうさん、にゃめぇ」

 膝の上のシェリスは頬を紅潮させ、生まれたての仔猫のごとくフニャフニャになっているが、それは吾輩の知ったところではない。こねこね。

「ちなみに貴族たちは、われわれの森の所有権をそれぞれ主張しておりまして……ちなみに、あの兵士どもはハウエル男爵の手のもので……」

 転がっている死体を指さして、マスェルシャリアが眉をひそめて言葉を続ける。

「たびたびのハウエル男爵の狼藉に、業を煮やしたこの森の三部族の長が、デヴォンシャ伯爵に掛け合いました」
「なるほど、それで?」
「人間と関わりたくないのであれば、西の遠征に同行して土地を切り取れ、そうすればこの森の面積と同じだけの領地を自治領としてやろうと……」

 ああ、体のいい詐欺ではないかと吾輩は鼻を鳴らした。おおよそ、ハウエル男爵に圧迫させ、エルフ共に魔王領侵攻の兵力を提供させる為の方便であろう。

「ふむん」

 おそらくハウエル男爵とデヴォンシャ伯爵も裏で手を握っているのがオチという話に違いあるまい。はて、どこかで聞いた話だ……どこであったかな……。ふみふみ。

「で、まんまと騙されて、お主らは魔王領侵略の片棒を担いでおると?」
「騙されてなど! デヴォンシャ伯爵の他にっ」

 顔を赤くして反駁はんばくしようとした後見人の言葉を、吾輩は地に響く大声で制した。

「あらかた国王からも一筆を……とかであろう?」
「な、なぜそれを?」
「ゆえに、吾輩は騙されておると言った」

 溺れるものは藁をもつかむというが、まったくもって度し難い。

「人間の国王とやらは、まだクレスのバカがやっておるか?」
「クレス? 勇者テミストクレス殿のことでしたらそのとおり」

「正義を金床にタルシス神の槌で叩き固めたような馬鹿正直なあつくるしい奴あのバカが、いくら老いたとはいえ、これをヨシとするとは思えぬ」

 もう三十年になるか、あの勇者クレスと拳で語り合ったのは。
 吾輩が必殺の無限の漆黒拳乱舞えたーなるねこぱんちで返り討ちにしてやったが……。こねこね。

「し、しかし」
「ああ、思い出した。北部平原のケンタウルスを知っておるか?」
「五年前に魔王軍についたという?」
「デヴォンシャの甥の、ダドリー子爵が同じような手で人馬どもからサリダラ平原を盗もうとしてな、手を貸してやったら見事に人間どもを退けおった、あれは痛快であったな」

 吾輩の言葉に顎が外れたようにあんぐりと口を開ける後見人の反応に満足すると、吾輩はシェリスをこねる手を止め、ひげを引っ張り胸を張る。

「まったく度し難いバカな耳長どもだ、敵を見誤るからそうなる」
「族長会に……族長会に……」

 膝を震わせる後見人を冷めた目で見ながら、吾輩はぐぅと鳴る腹を押さえた。

「まあよい、とりあえず救ってやった礼に、雌鹿を一匹所望するぞ。……シェリス?」

 膝の上を見た吾輩は、いろいろな方面から怒られそうな感じに仕上がっているシェリスに声をかけ、膝から降ろして立ち上がった。ふむん、至福の肉球を味わいすぎたか……。

「シェリス、ちゃんと立たぬか! みっともないぞ」
「ひゃ……ら、らって、まおーしゃんが……」

 あやしい呂律で抗議するシェリスの声を聞き流し、吾輩は後見人に視線を移す。なんだか一気に老け込んだような気がするが、気のせい気のせい森の精というやつだろう、エルフだけに。

「あとは、やわらかい寝床も所望するぞ、後見人とやら」

 さてさて、面白くなってきたなと思いながら吾輩は腕にしがみつくシェリスに連れられ、焼け残った建物へと向かった。

「むふー、食べたのである」

 シェリスも相伴していたとはいえ、ほとんど一人で一匹を食べた吾輩は、ポンポンと腹を叩きながらごろりと横になる。

「まおーさんはこれからどうするんですか?」

 そんな吾輩の腹にもたれかかったシェリスが、眠そうにしながらそう尋ねる。

「さて、どうしたものかな。シトリーの奴があとから来ると言っていたゆえ、余りウロウロするのもどうかと思うが」
「シトリー?」
「うむ、吾輩の部下である」

 あやつは美人で優秀だが、どうにも思い込みが激しくていかん。

「そっかー。シトリーさんも、もふもふでふわふわだといいなあ」
「うむ、あれは吾輩とは違うゆえ期待はするな」

 背に生えた黒翼は見事ではあるが、あれは「もふもふ」とか「ふわふわ」とかいうたぐいではなく、「むちむち」とか「ばいんばいん」とかいう類たぐいの……げふんげふん。

「さあ、家に戻りますぞ二日以内には住処を変えねば……また襲われても困りますゆえ」
「えー、まおーさんとまだお話したいのに」

 残念そうな顔で手をふるシェリスに、吾輩はシッポで返事をする。眠い、あくびが止められぬ。

 ――しかし、鹿の肝を生で食いそこなったのはつくづく残念であるな。

 血の滴る生き肝を生でかじるのが一番うまいというのに、エルフ共と言ったら身体をこわすといって、パテにして持ってきたのだ。あやまれ、生き肝にあやまれ。

「まあ、あれはあれで美味かったから良しとするか」

 かき集めて来たのだろう、鹿だの狼だのの毛皮がこれでもかと積まれた床の上で、吾輩は丸くなって目を閉じる。さて、人間どもにまんまと騙された間抜けな耳長を、どうやって仲間に引き入れてくれよう。

「まあ、よいか……とりあえず……めんどくさく……なってきた……」

 そもそも夏休みだといって放り出されたのだから、別段ここで頑張らなくても良い気もする。吾輩以外にするものがおらぬから頑張っているだけで、そもそも吾輩はモノグサなのである。

「ふむ、いいあんばいに暖かくなってきたのである」

 たらふく飲んだ木苺のワインが回ってきたのか、身体がポカポカしている。これは中々に心地が良い。

こういう時は寝るに限る、世の中に寝るより楽はなかりけれあしたからほんきだすと、東方の賢人もいうではないか。ここはひとつ、明日の吾輩が頑張ってくれることに期待しよう。

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