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君に知られたくない話7 ーレオリオ視点ー
しおりを挟む階段の方に行くと、ちょうど戻ってきたセーラと遭遇する。
「……戻ったか。それは本邸からか?」
「はい、先程ハヤブサが」
その手にあるのは見慣れた小さな筒で、雨風を避けるそれの中には特殊な紙に書かれた報告書が入っている。
セーラから受け取ると中を確認し、思わず眉を寄せる。
ティアが婚姻してから八ヶ月ほど経つが、相変わらず監視を続けていた部下からユーリィンの不穏な動きの報告が上がる。
「……今バルトから離れて貰っては困るが、これはそういう事ではなさそうだな。……サーティスに髪を濃紺、目に蒼の色変え用ガラスを嵌めてもらい、対象に接触するよう伝えてくれ、――……あと、バルトとユーリィン、避妊薬はどこで手に入れているかも探ってくれ。……バルトに関しては、ユーリィン以前の女ともわかる限り」
サーティスは男だがハニトラ専門の間諜で、レオリオの閨の座学の師匠でもあり、避妊薬を都合してくれる人物だ。
今回は諜報とは少し変わるが、今までも自身の種に関しての使い道は割り切っている男だと知っている。顔のいい男の種を欲しがる女はごまんといるのだ。それから、避妊薬、その点に関しても上手く聞き出してくれるだろう。
「……あちらに伝えておきます。……ところで、また、ですか」
「…………なにがだ」
「髪濡れてますよ?」
「……………………」
「不動の精神力はどうしたんですか」
「……それなりに我慢している」
「……総出で支援しているのですから、嫌われないでくださいよ。連れ帰れなかったら旦那様も奥様も私達も泣いちゃいますからね」
「…………っく、……わかっている」
たびたび理性を吹き飛ばしている身としては耳が痛い。
まだ日中であるのだから、苦言されても仕方ないのだろう。
そうでなくても長年の付き合いのはずの部下はすっかりティア贔屓だ。
むっつりと不貞腐れたよう黙り込むと、批難する視線を甘んじて受ける。
これはトムとサムからも冷たい視線を向けられる覚悟をするべきか。
ティアがベッドでも食べられる物をと伝えるため、逃げるよう調理場に向かった。
今でこそセーラも、トムもサムもレオリオに付き従うが、ティアの婚約が決まったとき、バルトを暗殺するかアーゼンベルクを潰すと命令する俺に家門の者は誰一人として従わなかった。
17になったばかりのなんの実力もない当主の子息、手を貸せばレオリオだけでなくラグノーツ家をも容易く破滅させる、そんな愚かな我儘を聞き入れる者はラグノーツには一人もいなかった。
父親も、お前に何が出来るというのだと叱責し相手にせず、一時期はレオリオはティアに手を伸ばす手段の一切を失った。
だが、諦められるわけもない。
『我々の責務は時に血を流すことも厭わんが、お前のそれはただのガキの我儘だ。無血の勝利というものを理解できるようになればワシも力を貸してやらん事もない。今のままでは家督を継ぐ事も出来んな』
父からの言葉に、首の皮一枚程度の希望だがレオリオは喰らい付いた。
在学中、幼少からこなしていた騎士相当の鍛錬は休むことなく、睡眠時間をギリギリまで削り家督を継ぐための勉強を一年で終わらせた。
ティアが傍にいないのなら、遊びも女も必要はない。家門に必要な社交以外は目もくれず、ティアの結婚という僅かしかない時間制限の中で手探りで進むしかなかった。
卒業と同時に、領地にある訓練施設に、一般の他者と同じ条件で希望して入隊した。
周りは孤児や家のためなど後のない者ばかりで、食らいつくための意気込みは皆同じだった。
けして歓迎されない自分の立場を隠して過酷な鍛錬をこなしたが、はたして、このやり方であっているのか、間に合うのか、毎日恐ろしくて仕方なかった。
唯一の救いは、レオリオが王都に戻るまでだけは、父の優秀な部下がバルトに目を光らせ、まだ、成熟していないティアを守ってくれた事だろう。
けして失敗できない自分の全てをかけたミッション。
もし、間に合わない事や失敗すれば家と縁を切り、ティアを虐げるもの全てから攫う覚悟もあった。
だがそれは本当に最後で、父親のいう無血の勝利とは真逆のものだ。
ただそばにいたい、妻として幸せにしたい、その望みだけがどれほど過酷に塗れてもレオリオを突き動かす力になった。
休みもとらず家業の基礎から修得し、次第に家の者にも認められていった。
学びながら死地を共にし、助け合わなければ生き残れない窮地や、切り捨てる非情さにも触れた。
けして表に出すことのできない生業の厳しい規律の中で、レオリオはティアを手に入れるためのあらゆる手段を身につけていった。
そうしてようやく、当主である父から家の者を使う許可を得たのだ。
すでに4年もたっており、一刻の猶予もない。
その頃にはティアの婚姻まであと一年ほどしかなく、綿密に立てていた計画に手を加え、一度は婚姻を結んだティアを正攻法で取り戻す計画へと修正した。
手始めにアーゼンベルク公爵家に潜入してから今に至るまで、信用に足る部下に助けられて漸くほとんどの手回しが終わったところだ。
機は四ヶ月後、ティアがここに来て一年経つことが切っ掛けとなる。
ただ計画では、ティアと結ばれるのは全てが上手くいってからのばずだったが、良いと言われて手を出さないほどの自制心は、最後まで身に付かなかったという事なのだ。
セーラからのぬるい視線も仕方のない事なのだろう。
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