上 下
78 / 117
第七章 限界突破のその先は?

75.信頼と親愛

しおりを挟む
 俺は椅子へ戻ると、目を瞑っているラウディの前髪へ手を伸ばして優しくハサミを入れた。
 サラサラの灰緑色の前髪は、切ってしまうのは勿体ないくらいだったけど……ラウディには明るく前向きになってほしいなと思って切り進めていく。

「急な提案なのに、聞いてくれてありがとな」
「大丈夫。ハルが決めてくれたことだから、嬉しい」

 前髪を切っていくと、ラウディが微笑んでいるのもよく分かる。
 あまり短くしすぎずに、梳くようなイメージで切っていく。
 哩夢りむにウィッグの前髪を切れと頼まれた時に、前髪の切り方で調べておいてよかった。

「こんな感じかな? できた」

 ハサミを置いて、落ちた髪を拾い集めているとラウディがゆっくりと目を開けた。
 俺は屈んでいたから、下から見上げる形になったけど……思わず息を飲みこんだ。

「ハル、どう?」
「……」

 返事ができない。俺は慌てて立ち上がり、髪をそっとゴミ箱へ捨ててから無言で元の椅子へ座り直す。
 そして、改めてラウディをじっと見つめてみた。

「……」
「ハル?」
「……切ったの、失敗だったかも。何だよ……精霊様って、キレイすぎるだろ……」

 自分との違いを見せつけられて、恥ずかしさで顔を逸らしてしまった。
 自分から髪を切るって言ったくせに、今更カッコ悪いよな。

「ハル……耳まで赤くなってる。そんなに良かった?」
「じ、自分で言うか? 普通……これだからイケメンは……っ!」

 悔し紛れに言ったのに、ラウディはクスクスと笑うばっかりだ。
 それに俺に近づいて耳の縁をなぞってくる。

「や、やめろよ。からかうなって」
「どっちかって言うと……可愛がってる。そんなに喜んでもらえて嬉しい」
「はあ? 喜んでなんかいな……」

 文句を言おうと顔をあげる。
 俺の耳に触れながら、ラウディが目の前で微笑していた。
 いつも何気に見惚れちゃってたけど、やっぱり……見惚れる。

「ハル、今どんな顔してるか分かる? 顔は真っ赤だし、目もうるうるしてる」
「あのなあ、恋する乙女じゃないんだから俺はそんなつもりじゃ……」
「僕にとっては、ハルが一番可愛いよ」
「だから、俺は男だから可愛いって言われても困るって……」

 結局、ラウディは最後まで言わせてくれなかった。
 ラウディの唇は俺の唇にピッタリと重ね合わされて、言葉ごと奪ってしまう。
 吸い付くような唇の感触に、心の中で必死に抵抗してるのに抵抗しきれない。

「んむぅ! むー!」
「……ん? 嫌?」
「嫌、っていうか……キス、多くない?」
「キスはあいさつ、でしょう?」

 俺の訴えにラウディは俺の言葉で返してくる。
 俺の頬へ手を触れながら、しれっと言ってくる辺り……色恋沙汰は慣れてる設定?
 誰だよ、そんな設定のキャラにしたヤツは!
 しかも、相手が男でも抵抗なく言わせるのはおかしいだろ!

「あいさつだとしても、多いって! それに、俺は男で可愛いって言われてもほら……」
「ん? ハルはハル。ハルだから、キスしてる。ハルは……無理強いしなかった。僕の態度を見ても、普通に接してくれた」
「ラウディ……」
「距離感を詰める訳でもなく、僕自身に選択肢をくれた。だから……嬉しかった。優しさだけじゃなくって、僕に勇気をくれた人だから……」

 ラウディにぎゅっと抱きしめられる。
 抱きしめられたのはもう何度目か分からないけど、ラウディの気持ちは温もりを通してじんわりと俺の心へ伝わってくる。
 大した事もしてないし、俺はただ単に距離を取っただけだっていうのに……勘違いでここまで好意を寄せられるなんて思わなかった。

「ハル、ありがとう。僕に向き合ってくれて。だから、ハルも……自分の気持ちを大切にしてほしい」
「俺の……?」
「そう。僕も……急がない。でも、僕の気持ちは伝えたかった」
「そっか……。こちらこそ、ありがとうなラウディ」

 ラウディは俺の額へキスを落とし、続いてまぶたへキスをする。
 これはモグの教えてくれた、あなたを信頼していますという意味だ。
 抱きしめる行為も親愛の一つだって言っていたけど、ラウディは最近特にしてくれるようになったよな。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。 「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」 前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて…… 演技チャラ男攻め×美人人間不信受け ※最終的にはハッピーエンドです ※何かしら地雷のある方にはお勧めしません ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

処理中です...