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25:揺れる心

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 真夜中にフヨウはふっと目を覚ました。
 まだ耳元で風が鳴いているような気がする。

 _またあの夢だ_

 魔法の塔から帰って来てから、フヨウは同じ夢を度々見るようになった。
 アラスターの側に立ち、風に吹かれる彼の姿を見つめている。
 真っ直ぐと遠くを臨み見るアラスターの横顔。風になびく銀の髪が、空の色を映し淡い光を放つ。
 長い睫毛に彩られた神秘の瞳。すっと通った形の良い鼻梁。
 何にも例えようも無い、美しい人だ。この人の傍にこうしてずっと寄り添っていたい。
 夢の中のフヨウはそう思っていた。


 体を起こしたフヨウは、膝を抱え深いため息をつく。出来るならばもう少しアラスターの横顔を見詰めていたかった。

 「本当に不思議な夢……」

 目を閉じれば美しい姿が脳裏に浮かぶ。フヨウは眠らずに、夢の余韻にいつまでも浸っていた。



 魔法の塔から戻って来て数日経つ。
 サディアスはしばらく魔法の塔に滞在するそうで、大賢者と一緒にフヨウたちを見送ってくれた。
 あの森で過ごした数日間は、フヨウにとって新鮮でとても楽しいものだった。少し恥ずかしいこともあったけれど、それも含めて忘れがたい思い出だ。
 屋敷に戻って来てからは、読み書きの練習に励んでいる。借りて来た魔法書はなんとか読めてはいるが、まだまだ難しい言葉が多く、全てを読み切るには相当の時間がかかりそうだ。それでも、いつか自分が魔法を使えるかもしれないと思うと期待に胸が膨らむ。

 「フヨウさま、少し休憩を致しませんか?」

 「根をつめすぎても、よろしくありませんよ」

 アリスンとメガンがお茶の用意をしている。気がつけば、午前中のお茶の時間になっていた。
 元の世界で学校に通っていた頃は、勉強は好きでもなければ嫌いでもなかった。成績も普通だったと思う。ただ、教科書やノートにいたずらをされているので、ボロボロのそれらを開くと酷く憂鬱になった。
 けれど今は違う。書き方を練習するノートもテキストにしている本もいつも綺麗で、ただそれだけのことが嬉しくて、勉強にも身が入る。

 「夢中になられると時間をお忘れになるところは、アラスター様に似ておられますね。勉強熱心なのはよろしいですが、ほどほどになさってくださいませね」

 「はい、気をつけます……」

 お茶の準備ができたタイミングで、アラスターがフヨウの部屋にやって来た。
 魔法の塔から戻って来てから、アラスターはお茶の時間は必ずフヨウの元にやってくるようになった。それ以前も読み書きを教えてくれるためにフヨウの部屋に来てはいたけれど、日に何度も来ることはなかったのだ。アラスターと長い時間一緒にいられるのは嬉しい。
 それから、時々サイラスが訪ねて来る。彼のことはまだ怖い。だから彼と直接顔を合わせたりはしないが、そんなフヨウの心情を慮ってか、サイラスは毎回手土産を持って来る。王都で人気の菓子や、綺麗な挿絵の絵本などだ。
 眉間に皺を寄せながら、簡単に懐柔されるなよとアラスターは言ったけれど、貰いっぱなしではいけないと思い、アリスンとメガンに手伝って貰いお礼の手紙を何回か書いた。



 そんな他愛もない日々を送りながら、フヨウがこの不思議な世界に来てから1年が過ぎようとしていた。
 フヨウの痩せすぎていた体には肉が付き、身長も随分伸びた。本来の年齢らしい成長を遂げたフヨウはすっかり見違えた。文字の読み書きも上達して、今では魔法の塔から借りて来た本はほとんど読める。魔法はまだ使えないけれど、自分の体の中にある魔力というものがなんとなくわかるようになった。
 そして、不思議な夢は未だに見ている。あの夢の中に、ずっといられたらいいのにとフヨウは思う。
 最初は誇らしさと憧れの眼差しでアラスターを見ていたけれど、今は少し違う。綺麗な横顔を見つめていると、切ない思いが込みあげる。そして、目がさめると悲しくて泣きたくなるのだ。

  つい先日、フヨウは誕生日を祝ってもらった。こちらの世界での暦が、フヨウの世界の暦と同じかどうかはわからないので、フヨウがこの屋敷に来た日が誕生日になったのだ。
 この国の成人は16歳だという。おそらく15歳になっているフヨウは、あと一年で成人してしまう。

 _成人したら、ここを出てゆかなければいけないのかな……_ 

 何か自分にできるような仕事があるのだろうか。そんな不安もフヨウの心に影を落とすが、何よりもアラスターと離れて暮らさなければならないのかと考えると気持ちが沈む。
 けれど、アラスターはフヨウの後見人で、あくまでも保護者の代わり。行き場のないフヨウを善意で助けてくれただけだ。その彼にいつまでも甘えているわけにもいかない。

 _成人してからのこと、セインさんに相談した方がいいのかな。来年すぐに出ていけって言われることはないだろうけど、いつまでもお世話になっているわけにもいかないし_

 そんなことを考えながら部屋を出ようとしたときだ。扉のノブに手をかけたフヨウは、そのまま動きを止めた。

 「……また縁談の話か?」

 アラスターの声だった。

 「はい。旦那様がそろそろ身を固めたらどうかと」

 「はっ、馬鹿な。兄には子もいるし、俺には関係ない話だ。今まで通り釣書は適当に送り返せ」

 「かしこまりました……しかし、今回は少々面倒なお方が、」

 フヨウはふらふらと扉から離れる。

 「えんだんって、縁談のことだよね……」

 今までそんなことを考えたこともなかった。けれど、アラスターは大人なのだ。結婚の話があっても何の不思議もない。「また」と言っていたので、きっと今までも縁談の話は来ていたのだ。美しい大魔法使いと結婚したい人はいくらでもいるだろう。

 「……アラスターが結婚したら僕はどうしたらいいんだろう」

 成人していないフヨウに対して、結婚するからすぐに出てゆけとは言わないだろう。
 けれど、自分から出てゆく準備をするべきだろう。一年間、十分にお世話になったのだ。
 ベッドに飛び込んだフヨウは枕に顔を押し付け、胸の痛みに耐えるように唇を噛み締める。
 ここに来た時、フヨウには頼れる人は無く、何も持っていなかった。そんなフヨウに安心と、必要なものを全て与えてくれたアラスターは、まるで物語に出てくる優しい父親のようだった。一緒に過ごすうちに頼れる兄のような存在になり、そして今はよくわからない。ただ、アラスターの側にいると心が満たされ、時に切なさに泣きたくなる。
 アラスターの隣で、彼にふさわしい美しい女性が微笑んでいるところを想像すると、どうしようもなく息が詰まりそうだった。

 「……嫌だな、こんな気持ち。僕はいらない子だから、誰かの迷惑になっちゃいけないのに……」
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