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24:アラスターの想い
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「フヨウ、今までのことなど気にせずに、お前は好きなように振舞っていいんだ……自分を抑える必要はない」
「でも……」
「今朝の事は……いや、はっきり言ったほうがいいだろうな。俺は、お前がサディアスと一緒に行くと言いだすのではないかと思って、焦ってしまった」
アラスターは本心を吐露すると、ため息をひとつつきフヨウを抱き寄せた。
大きな男を怖がっていたフヨウが、サディアスにはあっさりと懐いてしまった。
それはきっとキーランの魂が影響しているからだ。
サディアスはキーランの剣の師匠だった。キーランはサディアスを尊敬し、サディアスは優秀な弟子のキーランを可愛がった。その二人はアラスターが王都に戻った後も、剣の修行を続けていたのだ。彼らの信頼関係は、アラスターが想像している以上のものかもしれない。当然、そこに恋情などというものが無いのはわかっている。
けれど、何も知らないフヨウが、魂に惹かれるままサディアスと共にありたいと言い出さないとは限らない。だから、二人きりで会話しているところを見かけて、平静ではいられなかった。
サディアスにはフヨウがキーランであることを告げてある。彼ならば言わずともすぐにそのことに気がついただろうが。魔力はなくとも勘の鋭い男だ。
もしフヨウがサディアスと共に行きたいといえば、彼はきっと断らない。曾ての愛弟子を取り戻すことになるのだから。
つまらない嫉妬だという自覚はある。フヨウに狭量な男だと思われたくはないが、今大事なのは己の体裁ではなく、フヨウの心だ。
フヨウは異なる世界で、孤独に過ごしてきたのだろう。自己主張を全くせず、いつもひっそりと、まるで己の存在を消そうとでもしているように過ごしている。
それが切なく、そうなってしまった理由を思うと腑が煮え繰り返るようだ。
だからこそ、自分の側では心のままに過ごして欲しいと思っていたのに。昨夜はあれ程楽しそうに会話をしていたフヨウを、つまらない嫉妬で黙らせてしまった。
「……あいつは冒険者だからな。俺と違ってフヨウに広い世界を見せてやれる」
腕の中のフヨウが、ぎゅっとアラスターの服を掴んだ。キーランならば、こんな縋るような仕草は見せないだろう。フヨウの些細な仕草をキーランと比べながら、フヨウとキーランは違うのだと改めて思う。
初めこそフヨウをキーランの魂を持つ者として見ていたが、今は違う。フヨウはフヨウだ。14年間、アラスターの知らない世界で生きてきた、一人の小さな少年。
その小さな少年を心から愛おしく思うのだ。
「ぼ、僕はどこにも行きません。アルと一緒がいいです……」
「……そうか」
フヨウの言葉に、アラスターは安堵する。今はそれ以上を望んだりしない。フヨウの心はまだ不安定だ。この世界にも慣れていない。できればこのまま、腕の中に閉じ込めて外に出さずに育てたいと思う。そんなアラスターの心を見透かしたのだろう。つい先ほど、サディアスには釘を刺された。
『今はまだいいがな。ずっと閉じ込めておくわけにはいかないぞ。フヨウはキーランかもしれんが、キーランではない。フヨウという人格を持った、一人の未来ある子供だ。お前の自己満足でその可能性を閉じてやるな』
『……わかっている』
『ならいいがな』
サディアスは他にも何か言いたそうにしていたが、結局それ以上は何も言わなかった。
彼に言われるまでもなく、アラスターもわかってはいるのだ。
フヨウが自由に人生を選ぶためには、彼の立場をはっきりさせなければならない。今はグリンデルバルドの人間が後見人であるというだけで十分だが、フヨウが成人したらその後ろ盾には意味がなくなる。
皮肉にも嘗てのキーランの名声が、フヨウの足枷になっているのだ。
自らの命と引き換えに、腐竜の呪いを打ち砕いた魔法剣士。あの悲劇を美談として吟遊詩人たちが其処彼処で歌っている。
その魔法剣士に瓜二つのフヨウが、街に出て誰の目にも止まらないわけがない。この地域では珍しいフヨウの黒髪は、否応にも目立ってしまう。あれほど愛した黒髪だったが、今は何処にでもいるような容姿であったならと思わずにはいられない。
サディアスのように何ものにも囚われず自由に国を渡り歩けるのならば、フヨウと共にどこか遠くで暮らすこともできた。けれどアラスターはそれが許される立場ではない。今は魔導士団を退いたとはいえ、師団長を勤めた人間だ。しかも、老齢で引退したのではなく、十分に現役として勤められる身で退いたのだ。他国に取り入られたら困るような人間を、あの国王がそう易々と国外に出すはずがない。それにグリンデルバルド家は有力貴族の一角を担っている。そんな家から、叛意を疑われるような者を出すわけにはいかないだろう。アラスターにそのつもりはなくとも、周囲の人間がどう思うかはわからないのだ。
フヨウを守るためならなんでもすると思ってはいるが、アラスターには柵が多すぎた。
こんなことならば、父親の手紙が届く前にさっさと冒険者にでもなって国外に出ていればよかったと、今更ながらに後悔する。当時はキーランと共に居たかったが為に判断を誤った。
けれど、アラスターが魔法師団に入って居なければ腐竜は呪いを撒き散らし、この世界があったかもわからない。消滅の極大魔法はキーランがいたからこそ展開できた。今際の際に吐き出した呪いの残滓も、キーランが命を投げ出したからこそ相殺できたのだ。
実に皮肉な運命だと思う。
いっそフヨウと結婚してしまえば、彼の立場を確かなものにできると同時に、この腕に囲い込んで守ることもできる。しかし、この国において同性同士の婚姻は認められてはいない。仮に結婚できたとしても、フヨウがアラスターの気持ちを受け入れてくれなければ、それも無理な話なのだが。
今のフヨウの心は、年齢よりもずっと幼い。恋心など、まだ理解できないだろう。
「……アル?」
胸に顔を埋めていたフヨウがもぞりと動いて顔をあげた。アラスターが黙っているので、不安になったのだろう。
美しいグリニッシュブルーの瞳がアラスターを映して揺れている。
堪らなくなったアラスターは、フヨウの白い額に口付けを落とした。
「でも……」
「今朝の事は……いや、はっきり言ったほうがいいだろうな。俺は、お前がサディアスと一緒に行くと言いだすのではないかと思って、焦ってしまった」
アラスターは本心を吐露すると、ため息をひとつつきフヨウを抱き寄せた。
大きな男を怖がっていたフヨウが、サディアスにはあっさりと懐いてしまった。
それはきっとキーランの魂が影響しているからだ。
サディアスはキーランの剣の師匠だった。キーランはサディアスを尊敬し、サディアスは優秀な弟子のキーランを可愛がった。その二人はアラスターが王都に戻った後も、剣の修行を続けていたのだ。彼らの信頼関係は、アラスターが想像している以上のものかもしれない。当然、そこに恋情などというものが無いのはわかっている。
けれど、何も知らないフヨウが、魂に惹かれるままサディアスと共にありたいと言い出さないとは限らない。だから、二人きりで会話しているところを見かけて、平静ではいられなかった。
サディアスにはフヨウがキーランであることを告げてある。彼ならば言わずともすぐにそのことに気がついただろうが。魔力はなくとも勘の鋭い男だ。
もしフヨウがサディアスと共に行きたいといえば、彼はきっと断らない。曾ての愛弟子を取り戻すことになるのだから。
つまらない嫉妬だという自覚はある。フヨウに狭量な男だと思われたくはないが、今大事なのは己の体裁ではなく、フヨウの心だ。
フヨウは異なる世界で、孤独に過ごしてきたのだろう。自己主張を全くせず、いつもひっそりと、まるで己の存在を消そうとでもしているように過ごしている。
それが切なく、そうなってしまった理由を思うと腑が煮え繰り返るようだ。
だからこそ、自分の側では心のままに過ごして欲しいと思っていたのに。昨夜はあれ程楽しそうに会話をしていたフヨウを、つまらない嫉妬で黙らせてしまった。
「……あいつは冒険者だからな。俺と違ってフヨウに広い世界を見せてやれる」
腕の中のフヨウが、ぎゅっとアラスターの服を掴んだ。キーランならば、こんな縋るような仕草は見せないだろう。フヨウの些細な仕草をキーランと比べながら、フヨウとキーランは違うのだと改めて思う。
初めこそフヨウをキーランの魂を持つ者として見ていたが、今は違う。フヨウはフヨウだ。14年間、アラスターの知らない世界で生きてきた、一人の小さな少年。
その小さな少年を心から愛おしく思うのだ。
「ぼ、僕はどこにも行きません。アルと一緒がいいです……」
「……そうか」
フヨウの言葉に、アラスターは安堵する。今はそれ以上を望んだりしない。フヨウの心はまだ不安定だ。この世界にも慣れていない。できればこのまま、腕の中に閉じ込めて外に出さずに育てたいと思う。そんなアラスターの心を見透かしたのだろう。つい先ほど、サディアスには釘を刺された。
『今はまだいいがな。ずっと閉じ込めておくわけにはいかないぞ。フヨウはキーランかもしれんが、キーランではない。フヨウという人格を持った、一人の未来ある子供だ。お前の自己満足でその可能性を閉じてやるな』
『……わかっている』
『ならいいがな』
サディアスは他にも何か言いたそうにしていたが、結局それ以上は何も言わなかった。
彼に言われるまでもなく、アラスターもわかってはいるのだ。
フヨウが自由に人生を選ぶためには、彼の立場をはっきりさせなければならない。今はグリンデルバルドの人間が後見人であるというだけで十分だが、フヨウが成人したらその後ろ盾には意味がなくなる。
皮肉にも嘗てのキーランの名声が、フヨウの足枷になっているのだ。
自らの命と引き換えに、腐竜の呪いを打ち砕いた魔法剣士。あの悲劇を美談として吟遊詩人たちが其処彼処で歌っている。
その魔法剣士に瓜二つのフヨウが、街に出て誰の目にも止まらないわけがない。この地域では珍しいフヨウの黒髪は、否応にも目立ってしまう。あれほど愛した黒髪だったが、今は何処にでもいるような容姿であったならと思わずにはいられない。
サディアスのように何ものにも囚われず自由に国を渡り歩けるのならば、フヨウと共にどこか遠くで暮らすこともできた。けれどアラスターはそれが許される立場ではない。今は魔導士団を退いたとはいえ、師団長を勤めた人間だ。しかも、老齢で引退したのではなく、十分に現役として勤められる身で退いたのだ。他国に取り入られたら困るような人間を、あの国王がそう易々と国外に出すはずがない。それにグリンデルバルド家は有力貴族の一角を担っている。そんな家から、叛意を疑われるような者を出すわけにはいかないだろう。アラスターにそのつもりはなくとも、周囲の人間がどう思うかはわからないのだ。
フヨウを守るためならなんでもすると思ってはいるが、アラスターには柵が多すぎた。
こんなことならば、父親の手紙が届く前にさっさと冒険者にでもなって国外に出ていればよかったと、今更ながらに後悔する。当時はキーランと共に居たかったが為に判断を誤った。
けれど、アラスターが魔法師団に入って居なければ腐竜は呪いを撒き散らし、この世界があったかもわからない。消滅の極大魔法はキーランがいたからこそ展開できた。今際の際に吐き出した呪いの残滓も、キーランが命を投げ出したからこそ相殺できたのだ。
実に皮肉な運命だと思う。
いっそフヨウと結婚してしまえば、彼の立場を確かなものにできると同時に、この腕に囲い込んで守ることもできる。しかし、この国において同性同士の婚姻は認められてはいない。仮に結婚できたとしても、フヨウがアラスターの気持ちを受け入れてくれなければ、それも無理な話なのだが。
今のフヨウの心は、年齢よりもずっと幼い。恋心など、まだ理解できないだろう。
「……アル?」
胸に顔を埋めていたフヨウがもぞりと動いて顔をあげた。アラスターが黙っているので、不安になったのだろう。
美しいグリニッシュブルーの瞳がアラスターを映して揺れている。
堪らなくなったアラスターは、フヨウの白い額に口付けを落とした。
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