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湖の辺りで その3

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「……は?」
「だから、勃たないんだよ! 全く反応しない!」
「サフィラス、落ち着くんだ」
「落ち着いてなんていられるもんか! 俺の体はいまだに子供のままなんだ……もしかしたら、もうずっとこのままかもしれない……なんてことだ……」
 俺は頭を抱えて、がくりと項垂れた
 成長の大事な時期に閉じ込められ、ろくな食事も与えられず過度なストレスに晒され続けたせいで、俺の体は成長できなくなっていたんだ……そう考えれば、いつまでたっても背が伸びない痩せ蜥蜴なのも説明がつく。
 くっそう……伯爵めぇ……あの男だけは絶対に許さん! いや、今はもう元伯爵だったか。今からでも元伯爵の飛ばされた僻地に行って、頭の毛を全部毟り取ってやろうか!
 俺の中で沸々と怒りが湧き上がると同時に、なんとも言いようのない失望感も感じていた。
 パーシヴァルのようにとまではいかなくとも、いずれはもっと背が伸びてそれなりに立派な体に成長すると思っていたのに、あんまりじゃないか……! 俺のささやかな夢を奪いやがって。それどころか、それどころか……
 ぐるぐると渦巻く感情を抑えきれず体を小さく震わせていれば、パーシヴァルが宥めるように俺の背中を撫でた。
「サフィラスはまだ15だ。これからいくらでも成長する余地はある。そんなに心配することでもないだろう?」
 そうはいうが、パーシヴァルは同じ年齢なのに大変立派な体つきをして、男としてもしっかりと大人になっているじゃないか。俺はつい恨みがましい視線をパーシヴァルに向けてしまう。
 そんな俺にパーシヴァルはお茶の入ったカップを手渡してきた。
「サフィラスがどうしても気になるというのなら、デイヴィス先生に診て貰おう。もし、身体の成長に問題があるのだとしたら、対処法を教えてくれるはずだ」

 ゆっくり温かいお茶を飲んで服を着替える頃には、元伯爵への怒りもなんとか落ち着いてきた。今更、あの頃監禁時代のことを恨んでみてもどうにもならない。過ぎた時間は戻せないからな。
 ただ、次に元伯爵に合う機会があれば、絶対に頭の毛は毟り取る。
「よければ、少し歩かないか?」
 そういえば、今日は湖の周りの散策もするんだった。せっかく湖に来たんだから楽しまないともったいないよな。何か面白いものが見つかるかも知れないしさ。
 俺はパーシヴァルと連れ立って、湖の周囲を歩く。
 隣を歩くパーシヴァルは何も言わないけれど、なんとなく気遣われているのがわかる。確かにさっきの取り乱しようはいささか大人気なかった。ちょっと恥ずかしいな。反省反省。
「サフィラス、あまり考えすぎるのは体によくない」
「うん」
「医師でもない俺が言ってもあまり説得力はないだろうが」
「そんなことないよ。さっきは取り乱しちゃってごめん」
 ちょっとばかりパーシヴァルに当たってしまったからな。こんなことで八つ当たりされても、パーシヴァルだって困ってしまうだろう。
「サフィラス、」
「ん?」
「愛している」
 ……は? え?
 思わず足を止めてパーシヴァルに視線を向ければ、柔らかな眼差しが俺を見下ろしていた。いくら鈍感な俺でも、いい加減わかる。これは大切なものを見つめる眼差しだ。パーシヴァルは俺を大切に思ってくれている。毎回のことながら、顔が一気に熱くなって思わず視線を逸らしてしまった。
 うわ……照れる。っていうか、それは今言うことかな?
 いや、これはきっと俺の謝罪に対するパーシヴァルの答えなんだろう。
「……俺も……あ、愛してる」
「ありがとう」
 パーシヴァルはそう言って、嬉しそうに笑った。
 それ以上の言葉を交わすことなく、俺たちは再び歩き出した。パーシヴァルが俺の手を握ったので俺も握り返す。何だか、めちゃくちゃ照れ臭いな。誰もいない場所でよかった。
 なんとなく落ち着かなくて周囲に視線を彷徨わせていると、滅多に見つけられない血止めの薬草が生えているのを見つけた。よくよく見れば、そこかしこに生えている。
「……あ! パーシヴァル! あそこに血止めの薬草が生えてるよ!」
 多少の傷なら、あの血止めの薬草で作った軟膏を塗りこんでおけばすぐに血が止まる。どこにでも白魔法使いがいるわけではないし、持っていれば重宝する冒険者必携の薬だ。俺も冒険者時代は散々お世話になった。
「折角だから摘んでいこうよ!」
「ああ、そうだな。デイヴィス先生がきっと喜ぶ」
 実は採集って嫌いじゃない。沢山採れると単純に嬉しいじゃないか。
 俺は根まで引き抜かないように、丁寧に薬草を摘み取ってゆく。採集には暗黙のルールがある。それは生えているものを根こそぎ取ってはいけないと言うことだ。乱暴に全部摘み取ったりせずに株を少し残しておけば、その後またすぐに生えてきて必要な誰かの為になるからだ。その必要な誰かは、もしかしたら自分かも知れない。そんなことも考えず、根こそぎ採集して行く奴もいるけどね。
 二人で薬草を摘んでいるうちに、腹の底がくすぐったくなるような、むずむずと落ち着かない空気はすっかりとどこかに行ってしまった。
 別にそのくすぐったくなるような空気が嫌なわけじゃない。ただ慣れないから調子が狂うし、恥ずかしくて居た堪れなくなる。いつか慣れる日が来るのかな?
 太陽の騎士はいつだって眩しすぎて、全く慣れる気がしないんだけど。

「そろそろ陽が暮れる。帰ろう、サフィラス」
 全てを忘れ無心で薬草を摘んでいたら、パーシヴァルに声をかけられた。
「え? もうそんな時間?」
 顔を上げて空を見れば、確かに太陽はだいぶ南中を過ぎていた。湖から吹いてくる風の穏やかさは変わらないものの、だいぶひんやりとしている。
 何だか散策というよりは、ほぼ採集だったな。
 二人で後片付けをして、マテオに跨り帰途に着く。
「今日は随分と収穫があったな」
「そうだね!」
 鱒に薬草。まるで初級冒険者みたいな一日を過ごした。
 俺はすっかり己の成長不良のことを忘れ、ご機嫌で城に戻ったのだった。
 ……我ながら、なんて単純。



 「多少痩せ気味ではございますが、お身体は健康そのものでございます」
 デイヴィス先生の言葉に、俺はほっと胸を撫で下ろす。
 これで難ありとでも言われたら、即刻元伯爵の元へ向かうところだった。
 俺は今、パーシヴァル立ち合いの元にデイヴィス先生の診断を受けているところだ。
 自分の体の事情を話すのは、いささか恥ずかしいものではあったが背に腹は変えられない。正直にこの年齢になっても全く勃ちませんと正直に打ち明けた。
「ただ、健康であることと、男性として体が正常に成長しているかはまた別の話です」
「え……」
 ほっとしたのも束の間。デイヴィス先生は不穏な言葉を口にした。
「お聞きしたところ、ご幼少の頃にかなり過酷な生活をしておられる。幼いサフィラス様がそのような環境で、本当によくご無事であったと思うほどです」
 よし。元伯爵の毛を毟りに行こうか。
 拳を握って立ちあがろうとすれば、落ち着くようにとパーシヴァルに肩を撫でられた。まぁ、僻地は行ったことがないから、転移ですぐにと言うわけにはいかないからな。
「けれど、その苦境を乗り越えられたと言うことは、もともとお身体が丈夫であったからこそ。ですから、数年も経てばお身体が正常な働きを取り戻すことは十分に考えられます。何よりも、考えすぎが心にもお身体にも一番悪い。この私でよければいつでもご相談に乗りますゆえ、今はあまり思い悩まず健やかにお過ごし頂きたい」
 パーシヴァルも同じことを言っていたな。
「……はい、わかりました。ありがとうございます」
 礼を述べて、デイヴィス先生の治療室を出る。
 おおよそ予想通りの結果だった。案の定、今の俺の体は子供のままってことだ。恐らくそうだろうなって腹を括っていたから、昨日ほどの衝撃は受けていない。ただ、今すぐにでも元伯爵の毛を毟り取りたいだけだ。
「サフィラス、大丈夫だ。心配することはない」
「それは慰め? それとも、パーシヴァルの勘?」
「勘だ」
 そっか。勘か。それなら信じてもいいかな。
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