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傍若無人な奴再び現る

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「昨夜の魔法演技は本当に素晴らしかったですわ! まるで夢のような光景でした」
 ほんのりと頬を染めたアウローラが、珍しく声を弾ませた。
「喜んでもらえてよかったよ」
 あの程度のことで、こんなに喜んでもらえるならいくらだって魔法を披露するよ。
「昨夜の魔法演技は間違いなく他国でも話題になることでしょう。きっとマクミラン《魔法師団長》様の後押しになると思いますわ」
「そうだといいんだけど」
 それにしても、卵料理が美味しいな。とろっとしてふわふわ。腸詰も香辛料の香りが食欲を誘う。
「ですが、少々困ったこともございますの」
「ん?」
 欲張って大きめの腸詰を丸ごと口に放り込んでしまった俺は口を開くことができず、答える代わりにアウローラに視線を向ける。
 もしかして、気がつかないうちに何かやらかしたか?
「届いているものをこちらに……」
 アウローラが壁際に控えていた侍女に声をかけると、テーブルの側までワゴンが押されてきた。そこにはたくさんの封筒が乗っている。どれもこれもご立派なものばかりだ。
 何これ?
「これは?」
 パーシヴァルも怪訝そうな表情を浮かべた。
「こちらはすべて、お茶会の招待状です。どの招待も、サフィラス様を伴って参加してほしいと書いてありました」
 うげ……
 これを避けるために、詠唱もどきをしたはずなんだけど。あまり効果はなかったんじゃない?
「サフィラスの魔法がそれだけ魅力的だったという事だろうな。アウローラ嬢が帰国する前に、夜会の話題を攫った魔法使いとなんとか繋がりを持とうと必死なのだろう」
「ええ。パーシヴァル様のおっしゃる通りですわ。昨夜のサフィラス様には、それだけの魅力があったということです」
 それは嬉しいけど、下心満載の貴族のお茶会なんて、全くもってご遠慮したい。どう考えても、お茶もお菓子も楽しめないに決まっている。
「ご安心ください。皆様のご招待は全てお断りしております。ですが、どうしてもお断りできなかった方のお誘いが一つだけございますの」
 さすがアウローラは頼りになる。だけど、アウローラが断れない相手って言ったら、王族くらいしか思い当たらないな。
「ええ、ソフィア妃殿下が是非とも、と。昨夜のうちに、ご招待を頂いておりましたの」
 やっぱりか。相手が王妃殿下なら余程のことがなけりゃ断れないよなぁ……
 ん? そういえば、俺さっきから一言も喋っていないのに、二人ともなんで俺の言いたいことがわかるんだ?
「それは簡単なことだ。顔に全部出ている」
 なんだって!
 パーシヴァルとアウローラに緩い笑みを向けられて、ようやく腸詰を胃の腑に収めた俺は、軽く咳払いをすると表情を引き締めた。



 色とりどりの花々や緑の芝生が美しく整えられた庭園の東屋で、アウローラが王妃殿下と優雅にお茶を楽しんでいる。
 俺はといえば、アウローラの斜め後ろで護衛として黙って立っていた。さすがに平民でただの護衛の俺が王妃殿下と同じ席に座るわけにはいかないからね。
 ちなみにパーシヴァルはこの場にはいない。招待状にはアウローラと俺の名前しかなかったからだ。
 この庭は王族がプライベートで楽しむ場所らしく、正式に招待された者しか入れないらしい。
 東屋の周囲にはトルンクスの女性騎士が何人か立っていて、さらに少した離れたところには鎧を身につけた護衛騎士。あとは侍女や使用人がいるけど、当然彼らも選ばれた者たちだ。
 ソルモンターナの護衛達は庭園の外で待たされているけど、友好国の王宮で大国の王太子妃候補が危険な目に遭うとも思えないし、よしんば万が一があってもアウローラをこの場から離脱させるくらいは容易なので、俺だけでもなんら問題はないけど。
「それにしても、ソルモンターナの魔法使いは大変素晴らしいわ。一夜明けても城中が昨夜の魔法のお話で持ちきりでしたのよ」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「サフィラスさん、とおっしゃったかしら。彼を我が国にお招きすることはできないかしら?」
「まぁ……申し訳ございません、ソフィア妃殿下。サフィラス様はまだ学生の身。学びの途中でございますから、そのお話はお受けすることができません」
「もちろん王家の客人として、サフィラスさんにはこちらの学院で十分学んでいただけるよう準備をしてお迎えいたします」
 王妃殿下が俺に視線を向けたので、俺は慌てて目を伏せる。いやいや、俺は当分ソルモンターナから出るつもりはないぞ。
「我が国の学生であるサフィラス様を、そのように手厚くお迎えいただけるのは大変光栄ですわ。ですが、クレアーレ学院での人材育成は、メルキオール殿下が最も熱心に取り組んでいる施策の一つですの。特に、これからは昨夜のような魔法が使える魔法使い育成に力を入れたいと、ソルモンターナの魔法師団長はお考えです。メルキオール殿下のお考えに賛同している我が公爵家は、将来有望な魔法使いであるサフィラス様の後援をしておりますけれど、父も彼のことは特別に目をかけておりますの」
「まぁ、そうでしたのね……残念だけれど、それならば仕方がありませんわね」
 ソフィア妃殿下はいかにも残念そうな表情を浮かべた。大国の王太子が関わっている学院に、有力公爵家の後ろ盾を得て通っている学生を引き抜くのは無理だとわかってもらえたようだ。
 この国の王族は、どこかの行方が知れなくなった王太子と違って至極まともで真面目だそうだから、これ以上の無理を言ってくることはないだろう。
「今はまだ限定的ではございますが、学院は学ぶ意欲のある方々に広く門戸を開く準備をしております。トルンクス王国の学生の皆様に、文化交流の場として我が国を選んでいただける日が来ることを願っておりますわ」
「まぁ、それは素晴らしいお話ね。あのような美しい魔法を学べる機会が得られることは、我が国の若者たちの希望にもなるでしょう。そういえば、アウローラ様もクレアーレの学生でいらっしゃったわね」
「はい。サフィラス様と同じ、第二学年ですわ」
 それからはクレアーレ学院の話になり、すっかり俺の話題からは離れてくれた。やれやれだ。
 ……それにしても。なんというか、アウローラは本当に度胸のあるご令嬢だよ。一国の王妃を相手に堂々としたものだ。まさに未来の王太子妃に相応しい女性じゃないか。
 
 ただ立っているのもそろそろ飽きてきたなと思い始めた頃、ようやくお茶会がお開きになった。
「サフィラスさんは甘いものがお好きなのだそうね。あとで、お部屋の方にお菓子を届けさせましょう。ゆっくり楽しんでくださいな」
 席を立った王妃殿下は、そう言って微笑んだ。
 お菓子か、それは楽しみだな。俺は深々と頭を下げて感謝を伝える。招待をお断りしたことは、特に不快には思われなかったようだ。とにかく何事もなく終わってよかった。
「サフィラス様、お疲れ様でした」
 アウローラは王太子妃候補の顔から、いつものクラスメイトの顔に戻っている。俺も護衛をやめてアウローラの隣に並んだ。
「アウローラ嬢もね。それにしても、強引なことを言われなくて良かったよ」
「ええ、そうですわね……ですが、懸念がなくなったわけではございません」
「え?」
「実は、サフィラス様とパーシヴァル様が街で会われた公爵家のご子息なのですが、そのお方はソフィア妃殿下の甥御様であることがわかりました」
「……えー……あれが? 本当に?」
 あんなに優しそうな妃殿下の甥があの傍若無人な男だなんて俄には信じられないが、伯母が王妃だからこその傲慢かと思えば納得もいく。
「あまり良い噂のないお方のようで、ソフィア妃殿下はだいぶご苦労されているそうですけれど……」
 アウローラが声を顰めた。
「予定通り明後日には帰国いたしますが、それまでどうか油断なさらないでくださいませ」
「うん。わかった」
 本職の護衛騎士に後を任せると、アウローラとその場で別れる。パーシヴァルはもう知っているかもしれないけど、念のため早く伝えたほうがいいかもしれない。

「待ちくたびれたぞ。さぁ、さっさと来い!」
 パーシヴァルの元へ急いでいた俺は突然大きな声をかけられ、後ろから強い力で腕を掴まれてよろめいた。
「っ!」
 驚いて振り返れば、俺の腕を掴んでいたのはついさっき話題にしていた公爵令息だった。
 なんだこいつ。
 ムッとした俺は、腕を掴む手を強く振り払うと令息を睨みつける。
「いきなり腕を掴むとは、あまりにも失礼なのでは?」
「ふん、平民のくせに生意気な口を……俺が主人になったからには、二度とそんな態度はとらせんぞ」
「は? 一体何を言ってるんだあんたは? 寝ぼけてるのか?」
 突然馬鹿げたことを言い出したので、つい相手が公爵令息だと言うことを忘れて素が出てしまった。
 俺はお前のような奴を主人にした覚えはないし、誰かに仕えるつもりだって微塵もない。馬鹿も休み休み言えと思うが、たとえ休み休み言われたとしても馬鹿な話なんて聞きたくもない。
「顔は綺麗だが口が悪い。やはり平民は平民だな。伯母上から聞いているだろう。お前は俺の専属魔法使いになったんだ」
 なったんだ? って、ますます意味がわからない。首を傾げすぎて、危なく梟のように首を回すところだった。
 ……もしかして、お茶会でのソフィア妃殿下の話ってのは留学って意味じゃくて、こいつの魔法使いになれってことだったの? いやいや、さすがにそれはないだろう。こいつが勝手な思い込みをしているだけだろうが、ここまで思い込めるのもある種の才能じゃなかろうか。
「あんたがなんのことを言っているのかはわからないが、この国に来ないかって話は聞いたよ。だけど、それについてはブルームフィールド公爵令嬢からはっきりとお断りの意思を伝えてもらっている」
「なんだと? 王妃である伯母の誘いを断ったと言うのか」
「当たり前だろ。俺は誰かに仕えるつもりなんてないからな」
 キッパリとそういえば令息は驚いた顔をしたけれど、すぐにニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた。
「そういえばお前は、あのいけすかない男と婚約しているそうだな……だがあいつは辺境伯家とはいえ、所詮は三男だろう。俺は公爵家の嫡男で、しかも叔母は王妃だ。俺に従うほうが利口だぞ。それに、あいつが国に帰ることはないかもしれんしな」
「は? それは一体どういう意味だ?」
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