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赤髪のあんちくしょう その3

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 「サフィラス、ハーヴァードって人が来てるんだけど?」

 フロイドが深刻そうな顔で俺のところにやって来てそう言った。
 魔法演技の代表だったフロイドとは、最近良く話すようになった。勿論、ジョナサンやベハティ嬢、Cクラスの皆んなとは、入学当初からは考えられないほど仲良くなっている。

 「……え? 誰だって?」

 「ハーヴァードだよ。サフィラスを呼んでくれって言ってるんだけど」

 ハーヴァード?
 一体何処の誰だ? 何処かで聞いたことのあるような無いような……?
 
 「うーん、誰だろう?」

 「知り合いじゃないなら、居ないって言っておくけど。なんだか怖い顔してる奴だったし」

 俺が首を捻っていれば、フロイドが気を利かせてそう言ってくれた。だけど俺に用があって来たんだろうから、話ぐらいは聞いたほうがいいだろう。何か大事な用件かもしれないし。

 「あ、いや、大丈夫。もしかしたら大事な用事かもしれないし、一応会うよ」

 「そうか? でも、気をつけろよ」

 「うん、ありがと」

 少し警戒しながら行ってみれば、なんのことはない。教室の外で待っていたのは、あの赤髪だった。

 「……なんだ、あんたか」

 俺が思わず口に出せば、赤髪は怖い顔を一層怖くした。そんな顔をするなら、なんでわざわざ俺に会いに来たんだか。大方、先日の結果に納得がいかなかったんだろうけど。パーシヴァルには絡むなと言ったから、俺の方にきたんだろうな。

 「……話がある。ちょっときてくれ」

 「ここじゃ駄目なの?」

 「人に聞かせるような話ではない」

 俺の方が強いよって示してやったつもりだけど、まだ足りなかったらしい。まぁ、この容姿じゃ舐められても仕方がないけれど。しょうがない。場合によってはもう一回顔面から地面に突っ込んで貰えば、嫌でも納得するだろう。

 「わかった、いいよ」

 「サフィラス!」

 フロイドが引き止めようとしたけれど、俺は大丈夫とひらひらと手を振った。
 赤髪はずんずんと黙ったまま歩いてゆくので、俺は大人しくその後ろをついてゆく。案の定、学舎裏の人の来なさそうな場所まで来ると、赤髪は漸く俺を振り返った。

 「それで? まだ、納得できないの?」

 「……違う」

 「じゃぁ、何?」

 赤髪は俺を睨みつけるばかりで、中々要件を言おうとしない。一体なんなんだ?

 「何かあるならはっきり言いなよ」

 「俺の……」

 「俺の?」

 「俺の伴侶になってほしい」

 「……ハンリョ?」

 ハンリョ? なんじゃそりゃ? 俺はググッと首を傾げる。

 「お、俺は、侯爵家の出身だが次男だ。兄上には既に後継を残せる婚約者がいる。だから、俺が男の伴侶を選んでも問題はない」

 ああ! ハンリョって、伴侶のことか!
 というか問題ないって、俺の方は問題だらけだ。大体俺は誰の伴侶になるつもりはないし、伴侶を持つつもりもない。

 「いや、お断りなんだけど」

 「何故だ? 悪いがお前のことは調べさせてもらった。一度婚約を白紙にされているし、家からは籍を抜かれているのだろう? 公爵家の後ろ盾があるとはいえ、学院を卒業してしまえば身分は平民だ。貴族と縁付けるんだから、悪い事ではないと思うが」

 「はぁ?」

 こいつは一体何を言っているんだ。確かに俺は婚約を白紙にされたし家からは縁を切られ、学院に通ってはいるが平民だ。だけど、それと赤髪との縁が俺にとって良いものかどうかは別の話だ。何よりも、まるで俺に瑕疵があるような言い方が気に入らない。赤髪が上げ連ねた事は、俺にからすればかすり傷の一つにもならないことばかりだ。大体口説くのに相手を下げてくるなんて、恋愛に疎い俺でも悪手だってわかるぞ。ウルラだったら、間違いなく横っ面を拳骨で殴っているところだ。
 それよりも、なんでこいつは突然そんな事を言い出したんだろうか? まさかとは思うが、顔に傷をつけたから責任を取れとか、そう言うことか? 一体何処のご令嬢だよ。だとしたら、治癒費は俺が負担するので白魔法使いのところに行って貰おう。

 「……あのさ、なんで俺を伴侶にしたいわけ?」

 「そ、それが……お前に負けてからから、俺はずっとお前の事をばかりを考えていた。勿論悔しさもあったが、お前がたった一本の杖で俺の剣を受け流していた姿を思い出すと、胸が苦しくなって仕方がなかった……あの日から、俺の頭の中はお前のことばかりで……俺は、俺は、お前に惚れてしまったんだっ!」

 そう言って赤髪は顔を赤らめた。
 いや、いや、冷静になれ。その胸の苦しさは、俺のような見るからに弱そうな奴に負けたことによる心的疲労だ。勘違いしちゃいけない。

 「うーん、それは気のせいだと思うけど?」

 「いいや。俺は間違いなくお前に惚れている。俺と勝負をしていたお前は、堂々としていて、何よりも華麗で美しかった……誰かに胸を焦がす事などこれまでに一度もなかった! サフィラス、こんな気持ちを抱いたのは、お前が初めてだ!」

 「うわぁ……」

 一層熱の篭った視線を向けられ、俺の背中にぞわりと悪寒が走った。
 多分、赤髪は初恋を拗らせている。なんだか、下手に絡まれるよりも厄介だぞこれは。

 「今のお前に伴侶候補はいないと聞いた。相手が居ないなら、俺の伴侶になれるだろう」

 確かに居ないけど、だからと言ってとはどういう事だ。なれるか、なれないかで言ったら、一択だ。
 こいつはパーシヴァルにもこの調子で大会に出ろと迫っていたんだろうなぁ。こんな態度で毎回来られたら、いくら人間のできたパーシヴァルでも無表情になるというものだ。

 「申し訳ないけど、答えは変わらないよ。俺は誰の伴侶にもならない。というわけで、話はおしまい。それじゃぁね」

 「サフィラス、待ってくれ!」

 いいや、待たん!
 俺は赤髪に背を向ける。これだけはっきりと言えば流石に諦めるだろう。何より伴侶なんて話は、あいつ1人で決められるものじゃない。次男とはいえ、侯爵家の人間ならそれなりのお相手を求められるだろうし。
 俺が学舎裏から出ると、何処か焦った様子のパーシヴァルが走ってきた。何かあったのかな? 俺はパーシヴァルにヒラヒラと手を振って声をかけた。

 「パーシヴァル、どうしたの?」

 こちらに気が付いたパーシヴァルが、あからさまにホッとした表情を浮かべたのが分かった。

 「サフィラス、無事だったか……」

 「うん、無事だけど。なんで?」

 「Cクラスの者が俺のところに来て、ハーヴァードがサフィラスを学舎裏に連れて行ったと教えてくれた……」

 なんだ、そうだったのか。フロイドにもパーシヴァルにも心配をかけちゃったな。

 「何もされていないか?」

 「大丈夫、大丈夫。何もされてないよ」

 「それにしても、わざわざこんな所に連れ出すなんて、一体なんの用だったんだ? 何か言いがかりでもつけられたか?」

 「いいや、それがさ。あいつに伴侶になってくれって言われちゃってさ」

 「サフィラスがハーヴァードの伴侶に?」

 この話には流石のパーシヴァルも驚いた表情を浮かべた。だよね。俺も驚いた。あんなにコテンパンにやられておいて、俺に惚れたとか全く理解できない感覚だ。それとも嫌がらせのつもりだったのか。俺をその気にさせて、いざ伴侶になったら冷遇か虐げるつもりだったのかもしれない。それならまだ理解できなくもないな。とはいえ、絶対に伴侶になんかならないけど。

 「うん。当然そんなのお断りしたけどね。あいつ、顔面打ち付けてただろ? もしかしたら打ちどころが悪かったのかもしれない。一度、白魔法使いに見てもらったほうがいいんじゃないかなぁ」

 「……そうか。ともかく、何事もなかったのなら良かった」

 「心配かけてごめん」

 「いや、いいんだ。ただ、今後はハーヴァードには気をつけていてくれないか」

 「え?……うん、わかったよ」

 パーシヴァルは何故か眉間に深い皺を寄せている。はっきりお断りしているし、そんなに気にする必要はないと思うけど。そもそも、赤髪程度の奴に何か仕掛けられても、なんてこともない。ただ、パーシヴァルがあんまり難しい顔をしているので、ここは素直に頷いておく。仲間に無駄な心配をかけるのは良くないことだからね。
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