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第二章 王都レイザァゴ編
第41話 堕ちた神の心
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堕ちた食事の神は反転し、今や食に関するものを祟る存在に成り果てた。
そんな神から発せられるおぞましい気配を全身で感じながら、俺はコムギやネズミと共に街中を駆けていた。
ロークァットたちと話している間に見失ったかもしれないと思ったが、堕ちた神はべつに最短ルートで城から離れているわけじゃない。
むしろ出鱈目に走りながら食べ物を探し、寄り道ばかりしているため追いつくことは容易だった。
「シロさん! あそこです!」
コムギが指した先にあったのは看板の洒落た食事処で、中から黒いもやが漂い出ていた。
直後、出入り口の扉を押し開くようにして堕ちた神が通りに現れる。どうやら裏口から突き抜けてきたらしい。
黒い塊の中、やや下の方から突き出ていた長いパンがするすると吸い込まれていく。――食べてるんだ、と直感でわかった。
ということは、あそこが口だとするとその上に見える緑の光は目か?
その目がこっちを見るなりぱちぱちと何度か瞬かれる。
なんとなく意思のようなものを感じ取った俺は説得を試みるか迷ったが、堕ちた神はすぐに方向転換すると坂道を下り始めた。
「……コムギ、こっちから回り込むぞ!」
「は、はい!」
細い路地に駆け込んだ俺たちは堕ちた神の進行方向を目指す。
「あいつが向かった先には大きめの通りがあるんだが、通りの前以外は細い路地しか繋がってないんだ。あいつは多分細い道は通れない」
もやもやとした体をしているが扉を開けたってことは物理的な体があるってことなんだろう。
俺は小さな階段を一段飛ばしで降りながら言う。
「ここからだと右に曲がれば袋小路、左に曲がれば俺たちが出る場所に自分から突っ込んでくるはずだ。速度的にも間に合うはず……」
「シロさん、詳しいんですね!」
「コムギの手がかりを探してた時に歩き回ったからな」
王都すべてではないが、この辺りなら大体わかる。無駄に終わりそうだったけど城からの脱出経路も一応シミュレーションしたんだ。
それを聞いたコムギは申し訳ないような、でも嬉しいような表情で笑った。
と、そのタイミングで大通りに出る。堕ちた神は右に曲がったようだが、袋小路だと気づくなりこちらに向かって反転したところだった。
これで正面からぶつかれるわけだが……。
「コムギは路地で待機しててくれるか?」
「シ、シロさんは」
「俺は神気を使ってあいつを止められるか試してみる。このままじゃ王都の食べ物が全部食べ尽くされかねないからな」
コムギと行ってみたい店もあったからそれじゃ困る、と肩を竦めて俺は堕ちた神と見合った。
あちらも俺たちに気づいたようだが、足を止める気はないらしい。
(人間に使うのは控えてたけど……堕ちても神、しかも同じ食事の神なら大丈夫なはず)
俺は神気を自分の体に纏わせる。
大きく網を張るような形も考えたが、消耗している今はこれが限界だった。
迫りくる堕ちた神を見据え、両腕を広げて待ち構える。混乱した巨大イノシシを目前にしたらこんな感じなんだろうか。
「……っ!」
体を揺らす大きな衝撃で空気が勝手に肺から出た。
それでも神気で足が地面から離れないよう縫い止め、転倒しないよう気を配りながら堕ちた神を抱える。もやのような体だが掴むことが出来た。――不思議な感触だ、柔らかいのに骨が入った生き物の体が丸く膨張してるような感じだった。
堕ちた神がずずんと地面を蹴る。
俺が歯を食い縛って耐えていると、周囲の店から人間たちが顔を覗かせているのが見えた。
(野次馬……じゃないな、店の中に避難したけどこいつが振り撒いてる飢餓感にやられたのか)
全員何かに縋るような顔でこちらを見ている。
その「何か」は自分だ。そう肌で感じる。
常人には止められないほど暴れ狂っていた得体の知れないものを抱えて止めている姿。それを見たからだろうか。
怯えられなくてよかった……と思う反面、恐怖心はあるはず、それでも縋らずにはいられないのだと思うと気の毒になった。
「こ、の……! そろそろ止まれ……!」
俺は十指に力を込める。
しかし堕ちた神は口から涎を零しながら抵抗を続けた。
――よだれ?
(食べ物のあるところに突っ込んでったってことは……何か食べてるはず。さっきのパンもそうだし。でも……)
あれだけ食べてもなぜ満たされないのか。
俺も食べようと思えば無尽蔵に食べることができる。でも満足する瞬間はあるんだ。満腹ってわけじゃないけど、ああ沢山食べたなと心が満たされることが。
こいつにはそれがないんだろうか。
他の理由もあるかもしれないけど……と考えていると堕ちた神が強烈な頭突きを繰り出してきた。「暴力」は多分神にも使えない。これは抵抗していてたまたま当たったんだろう。
しかしだからこそ不意を突かれて避けられなかった。
ぐわんぐわんと揺れる視界。
頭と頭が強く触れ合ったその瞬間、俺は目の前が真っ暗闇になり焦った。
しかし意識が飛んだわけではないらしい。後方へ流れていく黒い水の中に取り残されたような気分になる。
――これはもしかして、堕ちた神の心の中なんだろうか。
確証はないがそう感じたその時、どこからともなく小さな声が聞こえた。
「……っシロさん! 起きてください、シロさん!」
「コムギ……?」
はっとして目を開けると空とコムギが見えた。疲弊した王都の住民たちも見える。
最後に聞こえた声はコムギのものではなかった気がしたが、それよりも記憶が飛んでいることにぎょっとした俺は上半身を起こす。
「そうか、倒れてたのか……ごめん、油断した。あいつは?」
「広場の方に抜けていって暴れてるみたいです」
聞けば気を失って三分も経っていないらしい。即席麺なら少し固いくらいか。
俺はふらふらと立ち上がると堕ちた神がいる方向を見た。そして不安げな顔の住民たちを振り返る。
「皆、そんな状態なのに申し訳ないけど……少し頼まれてくれないか」
「な、何をするんですか」
住民のひとりが思わずといった様子で訊ね、俺は先ほど見た心象風景を振り返りながら言った。
「――とびっきりのフードファイトの準備だよ」
そんな神から発せられるおぞましい気配を全身で感じながら、俺はコムギやネズミと共に街中を駆けていた。
ロークァットたちと話している間に見失ったかもしれないと思ったが、堕ちた神はべつに最短ルートで城から離れているわけじゃない。
むしろ出鱈目に走りながら食べ物を探し、寄り道ばかりしているため追いつくことは容易だった。
「シロさん! あそこです!」
コムギが指した先にあったのは看板の洒落た食事処で、中から黒いもやが漂い出ていた。
直後、出入り口の扉を押し開くようにして堕ちた神が通りに現れる。どうやら裏口から突き抜けてきたらしい。
黒い塊の中、やや下の方から突き出ていた長いパンがするすると吸い込まれていく。――食べてるんだ、と直感でわかった。
ということは、あそこが口だとするとその上に見える緑の光は目か?
その目がこっちを見るなりぱちぱちと何度か瞬かれる。
なんとなく意思のようなものを感じ取った俺は説得を試みるか迷ったが、堕ちた神はすぐに方向転換すると坂道を下り始めた。
「……コムギ、こっちから回り込むぞ!」
「は、はい!」
細い路地に駆け込んだ俺たちは堕ちた神の進行方向を目指す。
「あいつが向かった先には大きめの通りがあるんだが、通りの前以外は細い路地しか繋がってないんだ。あいつは多分細い道は通れない」
もやもやとした体をしているが扉を開けたってことは物理的な体があるってことなんだろう。
俺は小さな階段を一段飛ばしで降りながら言う。
「ここからだと右に曲がれば袋小路、左に曲がれば俺たちが出る場所に自分から突っ込んでくるはずだ。速度的にも間に合うはず……」
「シロさん、詳しいんですね!」
「コムギの手がかりを探してた時に歩き回ったからな」
王都すべてではないが、この辺りなら大体わかる。無駄に終わりそうだったけど城からの脱出経路も一応シミュレーションしたんだ。
それを聞いたコムギは申し訳ないような、でも嬉しいような表情で笑った。
と、そのタイミングで大通りに出る。堕ちた神は右に曲がったようだが、袋小路だと気づくなりこちらに向かって反転したところだった。
これで正面からぶつかれるわけだが……。
「コムギは路地で待機しててくれるか?」
「シ、シロさんは」
「俺は神気を使ってあいつを止められるか試してみる。このままじゃ王都の食べ物が全部食べ尽くされかねないからな」
コムギと行ってみたい店もあったからそれじゃ困る、と肩を竦めて俺は堕ちた神と見合った。
あちらも俺たちに気づいたようだが、足を止める気はないらしい。
(人間に使うのは控えてたけど……堕ちても神、しかも同じ食事の神なら大丈夫なはず)
俺は神気を自分の体に纏わせる。
大きく網を張るような形も考えたが、消耗している今はこれが限界だった。
迫りくる堕ちた神を見据え、両腕を広げて待ち構える。混乱した巨大イノシシを目前にしたらこんな感じなんだろうか。
「……っ!」
体を揺らす大きな衝撃で空気が勝手に肺から出た。
それでも神気で足が地面から離れないよう縫い止め、転倒しないよう気を配りながら堕ちた神を抱える。もやのような体だが掴むことが出来た。――不思議な感触だ、柔らかいのに骨が入った生き物の体が丸く膨張してるような感じだった。
堕ちた神がずずんと地面を蹴る。
俺が歯を食い縛って耐えていると、周囲の店から人間たちが顔を覗かせているのが見えた。
(野次馬……じゃないな、店の中に避難したけどこいつが振り撒いてる飢餓感にやられたのか)
全員何かに縋るような顔でこちらを見ている。
その「何か」は自分だ。そう肌で感じる。
常人には止められないほど暴れ狂っていた得体の知れないものを抱えて止めている姿。それを見たからだろうか。
怯えられなくてよかった……と思う反面、恐怖心はあるはず、それでも縋らずにはいられないのだと思うと気の毒になった。
「こ、の……! そろそろ止まれ……!」
俺は十指に力を込める。
しかし堕ちた神は口から涎を零しながら抵抗を続けた。
――よだれ?
(食べ物のあるところに突っ込んでったってことは……何か食べてるはず。さっきのパンもそうだし。でも……)
あれだけ食べてもなぜ満たされないのか。
俺も食べようと思えば無尽蔵に食べることができる。でも満足する瞬間はあるんだ。満腹ってわけじゃないけど、ああ沢山食べたなと心が満たされることが。
こいつにはそれがないんだろうか。
他の理由もあるかもしれないけど……と考えていると堕ちた神が強烈な頭突きを繰り出してきた。「暴力」は多分神にも使えない。これは抵抗していてたまたま当たったんだろう。
しかしだからこそ不意を突かれて避けられなかった。
ぐわんぐわんと揺れる視界。
頭と頭が強く触れ合ったその瞬間、俺は目の前が真っ暗闇になり焦った。
しかし意識が飛んだわけではないらしい。後方へ流れていく黒い水の中に取り残されたような気分になる。
――これはもしかして、堕ちた神の心の中なんだろうか。
確証はないがそう感じたその時、どこからともなく小さな声が聞こえた。
「……っシロさん! 起きてください、シロさん!」
「コムギ……?」
はっとして目を開けると空とコムギが見えた。疲弊した王都の住民たちも見える。
最後に聞こえた声はコムギのものではなかった気がしたが、それよりも記憶が飛んでいることにぎょっとした俺は上半身を起こす。
「そうか、倒れてたのか……ごめん、油断した。あいつは?」
「広場の方に抜けていって暴れてるみたいです」
聞けば気を失って三分も経っていないらしい。即席麺なら少し固いくらいか。
俺はふらふらと立ち上がると堕ちた神がいる方向を見た。そして不安げな顔の住民たちを振り返る。
「皆、そんな状態なのに申し訳ないけど……少し頼まれてくれないか」
「な、何をするんですか」
住民のひとりが思わずといった様子で訊ね、俺は先ほど見た心象風景を振り返りながら言った。
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