上 下
43 / 114
第二章 王都レイザァゴ編

第41話 堕ちた神の心

しおりを挟む
 堕ちた食事の神は反転し、今や食に関するものを祟る存在に成り果てた。

 そんな神から発せられるおぞましい気配を全身で感じながら、俺はコムギやネズミと共に街中を駆けていた。
 ロークァットたちと話している間に見失ったかもしれないと思ったが、堕ちた神はべつに最短ルートで城から離れているわけじゃない。
 むしろ出鱈目に走りながら食べ物を探し、寄り道ばかりしているため追いつくことは容易だった。

「シロさん! あそこです!」

 コムギが指した先にあったのは看板の洒落た食事処で、中から黒いもやが漂い出ていた。
 直後、出入り口の扉を押し開くようにして堕ちた神が通りに現れる。どうやら裏口から突き抜けてきたらしい。
 黒い塊の中、やや下の方から突き出ていた長いパンがするすると吸い込まれていく。――食べてるんだ、と直感でわかった。
 ということは、あそこが口だとするとその上に見える緑の光は目か?
 その目がこっちを見るなりぱちぱちと何度か瞬かれる。
 なんとなく意思のようなものを感じ取った俺は説得を試みるか迷ったが、堕ちた神はすぐに方向転換すると坂道を下り始めた。
「……コムギ、こっちから回り込むぞ!」
「は、はい!」
 細い路地に駆け込んだ俺たちは堕ちた神の進行方向を目指す。
「あいつが向かった先には大きめの通りがあるんだが、通りの前以外は細い路地しか繋がってないんだ。あいつは多分細い道は通れない」
 もやもやとした体をしているが扉を開けたってことは物理的な体があるってことなんだろう。
 俺は小さな階段を一段飛ばしで降りながら言う。

「ここからだと右に曲がれば袋小路、左に曲がれば俺たちが出る場所に自分から突っ込んでくるはずだ。速度的にも間に合うはず……」
「シロさん、詳しいんですね!」
「コムギの手がかりを探してた時に歩き回ったからな」

 王都すべてではないが、この辺りなら大体わかる。無駄に終わりそうだったけど城からの脱出経路も一応シミュレーションしたんだ。
 それを聞いたコムギは申し訳ないような、でも嬉しいような表情で笑った。
 と、そのタイミングで大通りに出る。堕ちた神は右に曲がったようだが、袋小路だと気づくなりこちらに向かって反転したところだった。
 これで正面からぶつかれるわけだが……。

「コムギは路地で待機しててくれるか?」
「シ、シロさんは」
「俺は神気を使ってあいつを止められるか試してみる。このままじゃ王都の食べ物が全部食べ尽くされかねないからな」

 コムギと行ってみたい店もあったからそれじゃ困る、と肩を竦めて俺は堕ちた神と見合った。
 あちらも俺たちに気づいたようだが、足を止める気はないらしい。
(人間に使うのは控えてたけど……堕ちても神、しかも同じ食事の神なら大丈夫なはず)
 俺は神気を自分の体に纏わせる。
 大きく網を張るような形も考えたが、消耗している今はこれが限界だった。
 迫りくる堕ちた神を見据え、両腕を広げて待ち構える。混乱した巨大イノシシを目前にしたらこんな感じなんだろうか。
「……っ!」
 体を揺らす大きな衝撃で空気が勝手に肺から出た。
 それでも神気で足が地面から離れないよう縫い止め、転倒しないよう気を配りながら堕ちた神を抱える。もやのような体だが掴むことが出来た。――不思議な感触だ、柔らかいのに骨が入った生き物の体が丸く膨張してるような感じだった。
 堕ちた神がずずんと地面を蹴る。
 俺が歯を食い縛って耐えていると、周囲の店から人間たちが顔を覗かせているのが見えた。

(野次馬……じゃないな、店の中に避難したけどこいつが振り撒いてる飢餓感にやられたのか)

 全員何かに縋るような顔でこちらを見ている。
 その「何か」は自分だ。そう肌で感じる。
 常人には止められないほど暴れ狂っていた得体の知れないものを抱えて止めている姿。それを見たからだろうか。
 怯えられなくてよかった……と思う反面、恐怖心はあるはず、それでも縋らずにはいられないのだと思うと気の毒になった。
「こ、の……! そろそろ止まれ……!」
 俺は十指に力を込める。
 しかし堕ちた神は口から涎を零しながら抵抗を続けた。
 ――よだれ?

(食べ物のあるところに突っ込んでったってことは……何か食べてるはず。さっきのパンもそうだし。でも……)

 あれだけ食べてもなぜ満たされないのか。
 俺も食べようと思えば無尽蔵に食べることができる。でも満足する瞬間はあるんだ。満腹ってわけじゃないけど、ああ沢山食べたなと心が満たされることが。
 こいつにはそれがないんだろうか。
 他の理由もあるかもしれないけど……と考えていると堕ちた神が強烈な頭突きを繰り出してきた。「暴力」は多分神にも使えない。これは抵抗していてたまたま当たったんだろう。
 しかしだからこそ不意を突かれて避けられなかった。

 ぐわんぐわんと揺れる視界。
 頭と頭が強く触れ合ったその瞬間、俺は目の前が真っ暗闇になり焦った。
 しかし意識が飛んだわけではないらしい。後方へ流れていく黒い水の中に取り残されたような気分になる。
 ――これはもしかして、堕ちた神の心の中なんだろうか。
 確証はないがそう感じたその時、どこからともなく小さな声が聞こえた。


「……っシロさん! 起きてください、シロさん!」
「コムギ……?」
 はっとして目を開けると空とコムギが見えた。疲弊した王都の住民たちも見える。
 最後に聞こえた声はコムギのものではなかった気がしたが、それよりも記憶が飛んでいることにぎょっとした俺は上半身を起こす。
「そうか、倒れてたのか……ごめん、油断した。あいつは?」
「広場の方に抜けていって暴れてるみたいです」
 聞けば気を失って三分も経っていないらしい。即席麺なら少し固いくらいか。
 俺はふらふらと立ち上がると堕ちた神がいる方向を見た。そして不安げな顔の住民たちを振り返る。
「皆、そんな状態なのに申し訳ないけど……少し頼まれてくれないか」
「な、何をするんですか」
 住民のひとりが思わずといった様子で訊ね、俺は先ほど見た心象風景を振り返りながら言った。

「――とびっきりのフードファイトの準備だよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゆったりおじさんの魔導具作り~召喚に巻き込んどいて王国を救え? 勇者に言えよ!~

ぬこまる
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界の食堂と道具屋で働くおじさん・ヤマザキは、武装したお姫様ハニィとともに、腐敗する王国の統治をすることとなる。 ゆったり魔導具作り! 悪者をざまぁ!! 可愛い女の子たちとのラブコメ♡ でおくる痛快感動ファンタジー爆誕!! ※表紙・挿絵の画像はAI生成ツールを使用して作成したものです。

【完結】黒伯爵さまに生贄として嫁ぎます

楠結衣
恋愛
多額の借金を抱えた子爵家のマーガレットに黒い噂のあるセイブル伯爵から縁談が舞い込み、借金返済と弟の学費のために自ら嫁ぐことになった。 結婚式を終えると家令の青年からこの結婚は偽装結婚で白い結婚だと告げられてしまう。そんなある日、マーガレットは立ち入り禁止の地下室に入ってしまったのをきっかけに家令の青年と少しずつ心を通わせていき……。 これは政略結婚だと思って嫁いだマーガレットが、いつの間にか黒伯爵さまに愛されていたという夫婦の恋のおはなしです。 ハッピーエンド。 *全8話完結予定です♪ *遥彼方さま主催『共通恋愛プロット企画』参加作品です *遥彼方さまの異世界恋愛プロットを使用しています *表紙イラストは、星影さき様に描いていただきました♪

転生JKの推しはワンコ系王子様!推しの恋愛後押ししてたはずが何故か私が溺愛されていました

蓮恭
恋愛
 高校生の美香は病気で入院していたが回復せずに亡くなってしまう。  死後の世界で出会ったのはいかにも神様っぽいおじいさん。 「楽しいが退屈な天国へ行って次の転生を待つか、そなたと姉の望んでいた世界へ行って次の転生を待つか……。どうする?」  へぇ……退屈なんだ、天国って。  なんかゲームの選択肢みたいに選ばされるんだね。 「まあ儂からしたらどっちでそなたが待ってようが一緒じゃからな。そなたの姉は信心深いのう。毎日神に祈っておったわ。『病気の妹が死後にあちらの世界で楽しく暮らせますように』とな」    結局私は異世界ファンタジー小説家の姉の書いた、お気に入りの小説の世界に転生することになる。  そこで推しのワンコ系王子様が、とある令嬢に失恋して闇堕ちするのを防ぐため、王子様と令嬢の恋愛を後押しするんだけど……  いつの間にか私が溺愛されてるんですけど、これってイイんですか⁉︎  『テンプレ上等!』の、姉が書いたテンプレ満載の異世界ファンタジー(恋愛)小説に転生することになった女子高生(JK)の話。    

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

【完結】捨てられ令嬢は王子のお気に入り

怜來
ファンタジー
「魔力が使えないお前なんてここには必要ない」 そう言われ家を追い出されたリリーアネ。しかし、リリーアネは実は魔力が使えた。それは、強力な魔力だったため誰にも言わなかった。そんなある日王国の危機を救って… リリーアネの正体とは 過去に何があったのか

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...