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第二章 王都レイザァゴ編

第26話 人間が。

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 村に冬を越せる食料が残るのか心配になるほどの『宴』だった。

 美味いものを山ほど食べた俺は満足げに腹をさする。
 盗賊団には本当に山でも食べたように見えたのか、それとも俺の腹がちっとも大きくなっていないのを見て怯えたのか、完全に戦意を喪失していた。
 ――単純に食べ過ぎてそこらじゅうに転がっているともいう。

「いやあ……話に聞いた以上だね……」
「タバサさん!」

 驚きに目を瞠りながらタバサが俺に歩み寄る。
 彼女から紙ナプキンを受け取って口元を拭い、俺は満面の笑みを浮かべた。

「長時間拘束しちゃってすみません、けど久しぶりに沢山食べれて……なんというか……凄く嬉しいです!」
「っあっはっは! これだけ食って苦しいと言わずに嬉しい、か。こりゃ今日のステージの目玉はアンタに決まりだね!」

 良いもの見せてもらったよ、とタバサは豪快に笑う。
 すると周囲の村人たちも口々に俺を労ってくれた。テーブリア村もそうだったけれど、とても良い村だ。
 美味いものを沢山食べられた上に村まで守れた、とホッとしていると――倒れていた盗賊団のひとりが小さく呻く。

「っくそ……お前ら、これで済むと思うなよ……」
「なんだ、まだ何かするつもりなのか?」

 相手が俺だったから良かったものの、盗賊団が汚い手を使ったことに違いはなかった。
 最後の最後にまた何かやらかすかもしれない。

 俺が男のそばまで近寄ってしゃがみ、頭のてっぺん側から見下ろすようにそう問うと男は目を見開いてこちらを見る。
 そういえば途中で何度かこの男が指示を出していたのを見た気がするな。
 もしかして盗賊団の頭なんだろうか。
 他者に直接的な暴力は振るえないとはいえ、危害を加える手段はあると俺は知った。そして盗賊団は俺たちがサーカス団……通りがかりの人間だと理解していることも知っている。
 このまま俺たちが去るのを待ってから再び村を襲う、という可能性もあった。

 あまり効果があるかはわからないけれど――少し脅して様子を見てみようか。

 俺のフードファイトを見た直後なら効果があるかもしれない。
 ふとした思いつきに近い気持ちで俺は顔を寄せ、声を潜めて言った。

「――今後一切、フードファイトで誰かを傷つけるな。お前たちのフードファイトは食べ物を粗末にしているのと変わらない。俺はそれを看過しないぞ」
「だ……誰がそんなこと聞くと……」

 白い髪が逆光に透け、影の落ちた顔に緑の目だけ見えて恐ろしく感じたのか、男は言葉を詰まらせた。しかし瞳にはまだ敵愾心が残っている。
 弱者をフードファイトで黙らせてやろうという目だ。
 俺の嫌いな目だ。

 粗末な食べ方をされた料理を思い出し、俺は目を眇める。
 さっき相手にした盗賊団は皆が皆、同じような食べ方をしていた。つまりそれだけ料理が粗末にされ、そして略奪行為の道具にされてきたということでもある。
 村のごろつきなんて比較にならないほどそれを繰り返してきたんだろう。

 ……ああ、とても嫌いだ。

 とてもじゃないが人間としてだけでなく、食事の神としても許せやしない。
 俺はほんの少し声のトーンを落として言った。

「なあ」
「っな……なんだよ」
「ここだけの話なんだが」

 声を落としたまま小さな声で、そう、村人たちに聞こえないほど小さな声で囁く。

「俺は消化できるものなら何だって食えるんだ。それだけの自信と確信がある。その辺の雑草でも豚でも牛でも毒茸でも鳥でも木の根でも――もしかすると石でも骨でも、歯で砕き味わい腹に収められる」
「な……ん……」
「そこにさ」
「……」
なんて思うか?」

 瞬きもせずにそう言うと、男は口も目も大きく開いて引き攣った声を上げた。
 そして叫びながらも周囲の部下を叩き起こし「に、にげ、逃げるぞテメェら!」と村の出入り口に向かって全速力で駆け出す。

(……あ、あれ? なんか思った以上に効果あったな)

 正体は明かしていないが食事の神の言葉の信憑性にやられてしまったのだろうか。
 一応ハッタリのつもりだったんだが、遠回しに食っちまうぞ宣言はちょっとやりすぎたかもしれない。
 きょとんとしつつも俺は立ち上がり、逃げ去っていく男たちに向かって言った。

「これから料理はちゃんと楽しんで食えよー!」

     ***

 私が第二王子所縁の要人のお世話係になってから数日が経った。
 要人――と呼ぶのがおかしいほど普通の少女はコムギと名乗り、初めは私に対しても警戒心を覗かせていた。そして時折不思議なことを言うのだ。

 いつになれば帰してもらえますか?
 家族は無事ですか?
 シロさんは関係ないので手を出さないでください。
 私は何もできません。

 ……そんなことだ。
 それはどういう意味ですか、とその都度私は問いたくなったが、マニュアルに沿って「すみません、私にはお答えできません」と返すことしかできなかった。
 どうやらコムギさんはどこからか連れてこられたようだけれど、私は何もしてあげられない。これが仕事だからだ。

 それでも段々と彼女が不憫になってきて、マニュアルで禁じられていないこと以外の話題では積極的にお喋りをするようにした。
 コムギさんも徐々に警戒を解いて話をしてくれるようになり、私はホッと胸を撫で下ろす。
 重要なことは答えることができないけれど、私に敵意がないことは伝わってるといいなぁ……。

 そう思いながら今日も食事を部屋まで運んでいく。
 しかしコムギさんは申し訳なさそうな顔をした。

「アメリアさん、すみません。今日もちょっと……」
「食べられませんか?」
「はい、どうしても喉を通らなくて」

 長く飛び出した一房の髪ごとしょげる彼女に私も気分が落ち込んでしまう。
 なんとかして元気づけられるといいのだけれど。

「じゃあせめてこのチーズだけでもどうでしょう、破棄されてしまうのが勿体ないくらい美味しいものなので、是――」
「破棄されちゃうんですか!?」

 私がすべて言い終わる前にコムギさんはそう食い気味に驚いた。
 もしかして食べなかった料理は破棄されるって知らなかったのかな……?
 私が頷くとコムギさんは明らかに狼狽し、そして服をぎゅうっと握って呟くように言った。

「わ、私の尊敬する人が、食べ物を絶対に粗末にしない人だったんです。私も粗末にしたくありません。でも、その」
「……あの、それなら一緒に食べませんか!」
「え?」

 粗末にしたくない、と言いながら未だに申し訳なさそうにしているということは、今のコムギさんにこの量は多すぎるのだろう。
 なら胃が慣れるまで半分ずつでも、もしくはそれ以下でもいいからシェアする形で食べれば罪悪感も減るかもしれない。

 本当なら要人の世話係としては大目玉を食らう提案だったけれど、コムギさん用のマニュアルに『食事をシェアしてはならない』なんて項目はなかったから目を瞑ってもらおう。
 私だって食べ物を粗末にするのは嫌だ。
 昔、お兄ちゃんも「食べ物は大切にしろよ」って言ってたから。

 私の提案に驚きつつも、コムギさんはようやく心からの笑みを見せてくれた。

「……はい、ぜひ!」
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