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第一章 食事処デリシア編

第3話 美味いものは楽しく食べたい

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「あぁ? 何がもったいないって?」

 気がつけば数人の男がこちらを睨みつけていた。大人の男にここまで物騒な目を向けられたのは初めての経験だ。
 どうやらさっきの呟きを聞かれていたらしい。

「オレたちの神聖なフードファイトに何か文句でもあるのかよ」
「いや、そういうわけじゃない。ただ、その、美味しそうな料理なのに苦しそうな顔で食べるのはもったいないなーっていう……」
「それが文句だっつってンだよぉ!」
「ええっ!?」

 それだけフードファイトが真剣勝負だったということだろうか。
 異文化に日本人の感覚でわざわざ否定的なことを言うのはおこがましいと思う。それで文化を変えようと思うのもそうだ。でもまさかあの一言でここまで激昂させてしまうとは思わなかった。本当に青筋って立つんだな……。
 どう取り繕おうかあたふたしていると、男が数人近寄ってきて俺にフォークを突きつけた。

「お前にフードファイトを申し込む!」
「なっ……」
「オレの真剣勝負を見せてやる!」

 そんなこと言われても。
 しかし――テーブルの上で冷めてしまった料理を見て俺は決心した。

 誰もが苦しみながら無理やり食べるのなら、せめて。
 せめて俺だけでも、あの料理たちを美味しく食べてやりたい。

「……わかった。ただひとつ条件をつけてもいいか?」
「条件? ハンデはやらねぇぞ」

 そんなんじゃない、とすぐに突っぱねて俺はテーブルを指さして言った。効き間違いが起こらないように、はっきり、しっかりと。

「あの料理も俺たちのフードファイトに使ってくれ」

     ***

 天界の――というよりもスイハの住処で出た料理は西洋風のものが多かったが、下界は上よりもフードファイトが激しい影響か様々な料理で溢れていた。
 前世でいう和洋中の料理が当たり前のように存在し、味も似ている。
 言葉はどうやら神様になったことで自動翻訳されているようだったが、今のところ誤変換はされていないと思う。なにせラーメンはラーメンでサンドイッチはサンドイッチ、カレーライスはカレーライスなのだ。

「このメンチカツ凄く美味い! 甘辛いソースとも合うしキャベツが進むなぁ」
「あ、ありがとうございます」

 悠長に喋りながら味わって食べる俺を見てコムギがそわそわと心配げな視線を送ってくる。店の料理を褒められても心ここにあらずといった様子だ。
 俺の隣ではさっきの男、ゴーフマンが鬼の形相で料理を口に詰め込んでいるのだから仕方ないといえば仕方ない。

 フードファイトのルールは簡単、より多くのものを食べたほうが勝ち。
 ただし各料理には採点基準があるらしく、食べやすいものばかりを詰め込めばいいというものではないようだ。
 倒れた場合でも相手より多く食べ、点数を得ていればそれを越えられるまでは負けにならない。さっきはロールダリアがゲッパンより点数を稼いでいないのに倒れたから即試合終了になったんだろう。

 制限時間の有無はオプションルールらしく、今回は存在しなかった。
 提供される料理が底をついたらその時点で終了だが、本人たちにその気があるなら別の店へはしごして続けてもいいという。

 棄権制度もあるにはあるが、倒れるまで食べたほうが男らしい……なんていう風潮があるようで、大抵はどちらかが倒れるまで続けるそうだ。
 死人は出ないんだろうか、と疑問に思ったが前にスイハが「だから人間は文化レベルに見合わないほど医療技術と回復魔法が発達しているんですよ。胃腸に関することのみですけれど」と言っていたのを思い出した。
 フードファイトといい偏りすぎだろ、ここの人間……。

 とりあえず細かいルールはさておき、俺は食い続ければいいわけだ。
 なにせ食べ過ぎで倒れるつもりはないのだから。

「エビフライも絶妙な油加減だなぁ、衣まで美味いのって久しぶりに食ったかも。チャーハンも絶品! ついてるプチトマトってこの村で採れたやつか? 甘くてデザートかと思っ……」
「おめェは黙って食えねーのか!」
「そうだそうだ! 喋ってる暇があるなら食えよ!」
「シ、シロ選手余裕だ! しかしその余裕はスローペースに直結しているぞ、この窮地をどう潜り抜けるのか!」

 コムギに向かって料理を褒めていると一気にヤジが激化した。
 俺は眉根を寄せてローストチキンを口に放り込む。

「ちゃんと食ってるけど」
「喋りながらチマチマとじゃ全然減ら……な……」
「そうそう、皿にまだいっぱ……あ……あれ?」

 男たちはきょとんとした顔でテーブルの上を見る。俺の陣地にある皿は大半が空になっていた。というかまあ俺が食ったんだけど。
 器には米粒ひとつ残すつもりはない。

「コムギさん、おかわり持ってきて。あと悪いけどお茶も欲しいな、できればジョッキで」
「は、はい! 今すぐに!」

 それをぽかんとしたまま見送るゴーフマンの皿にはまだ山ほどの料理が残されていた。
 俺はその料理を片目で見つつゴマ団子を咀嚼する。
 カリッとした食感、ゴマの風味、その中から現れる適度な甘さの餡。ほかほかした湯気ごと頂いてほんわりと表情を緩める。食感ももちもちとプチプチが同居してて最高だ。

 うーん、やっぱり美味い。

 食べることって最高だな。
 方向性は違うけれど、ここの人たちが食事を特別視する気持ちもわかるかも。
 届いたジョッキを一口で半分まで減らし、ラーメンに生卵を割り入れて掻き混ぜる。割らない派には悪いが俺は全部混ざって幾分味がまろやかになったラーメンが特に好きだ。

 特に好き……。
 けど一番の好物ってわけじゃない。

(こうして色んなものを食べていけばいつかわかるかな……?)

 その思いつきは名案に思えた。
 探す過程で色々な料理に舌鼓も打てるし、良いことづくめかもしれない。

「……っそれにしてもさっきから野菜がめちゃくちゃ美味いなぁ」
「う、うちの裏で栽培してるんです。仕入れてるものもありますけど、毎日いっぱい世話をしてて……えへ……えへへ、褒められると嬉しいですね……!」

 フードファイト中に褒められることは稀なんだろう、コムギは擽ったそうにしつつふにゃりと笑って照れた。
 食材を作った人間の嬉しそうな顔を見ながら食べる料理は更に美味い。
 それにしてもこの子は料理屋の娘として才能がありそうだ。こちらも笑い返しながらパティ三段重ねのハンバーガーを齧っていると、男たちのささやき声が聞こえてきた。

「あいつ笑いながら食ってるぞ……フードファイト中にありえねぇ」
「しかもなんであんな美味そうにあの量を食えるんだ?」
「じつは名うてのフードファイターだったんじゃないのか」
「おいゴーフマン、お前もペース上げろよ負けてんぞ!」

 小声ながらも檄を飛ばされたゴーフマンは鼻息を荒くし握り飯を原型をなくすほど口の中に押し込んだ。……きっとあの中にどんな味の具が入ってたかなんて訊いても答えられないんだろうな。
 そう思って見ていると見る見るうちにゴーフマンの顔が青くなっていった。

「おーっと! これはゴーフマン選手クラッシュかー!」
「喉に詰めることをクラッシュって言うのか!?」

 びっくりするほど真っ青だが大丈夫なんだろうか。
 あと鼻の穴からアスパラガスが出てる気がする。もしかすると窒息じゃなくて喉側から鼻を通ってアレが出ちゃったから冷や汗をかいてるのか?
 ――しかし、しっかりと喉にも詰まっていたらしくゴーフマンはそのままイスから崩れ落ちてしまった。

「し……勝者、シロ選手!」

 そう言い放った男がすぐさま医療班を手配した。
 さっきから気になってたけどこの審判と実況を合わせたような人ってフードファイトに必要な係なんだろうか。点数制ならこの人が採点役なのか?
 とにかく俺はゴーフマンの残した料理にも手を伸ばす。

「勝負が終わったならこれも貰っていいかな?」
「は……はいっ」

 いつもフードファイト後は残されたままだったのかもしれない。
 俺の問いにコムギはとても嬉しそうに頷いた。
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