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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第138話 ブレンの失望

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――――マデュラ騎士団城塞 セルジオ一行滞在部屋(現在)――――

カタンッ・・・・

手にした杯をバルドは静かにテーブルに置いた。

バルド達3人は湯浴みを終えるとマデュラ騎士団第二隊長エデル配下のルイーザが用意したライ麦パンと干し肉で腹を満たした。

「エリオス様、大事ございませんか?」

ポルデュラ特製の丸薬ですっかり毒気が抜けたエリオスは普段の様子に戻っていた。

「はい、大事ございません。毒気を全て吐き出しましたので、腹の痛みもありません」

ブレンとの手合わせで脱臼した右肩を綿布で釣る痛々しい姿を除いて身体に異常は見られない。

バルドは空になった皿と杯が置かれたテーブルを静かに動かした。

扉の外に控える監視役の従士に気取られない様にエリオスとオスカーへ椅子を近づける。

「ポルデュラ様からの言伝とセルジオ様が戻られるまでの我らの行動を話し合いたく存じます」

声を落としたバルドの言葉にエリオスとオスカーは音を立てずに近寄った。

「まずはポルデュラ様からの言伝を受け取りました経緯をお話し致します」

バルドの神妙な面持ちにエリオスとオスカーはコクリと頷いた。




――――エンジェラ河河岸船着き場(セルジオ一行マデュラ騎士団城塞祝宴開始直後)――――

夜風が吹き出したエンジェラ河の船着き場に停泊するラルフ商会商船の甲板に出たポルデュラは左手二指を唇にあて、ゆっくりと目を閉じた。

「ふぅぅぅぅぅ・・・・」

ポルデュラが息を吐くと細い銀糸がエンジェラ河から上がる風に乗り空へと舞った。

青白い月明かりに照らされた銀糸は見る見る岸壁上にそびえる騎士団館へ上っていく。

ポルデュラがポソリとバルドの名を呼んだ。

「バルド・・・・」

アロイスはポルデュラの様子を静かに見守っていた。




――――マデュラ騎士団城塞 セルジオ一行滞在部屋(現在)――――

「ハナズオウの豆果の毒に騎士と従士が倒れ、我らはセルジオ様とエリオス様の元に駆け寄りました」

バルドがオスカーへ目を向けるとオスカーはコクンと頷いた。

「オスカー殿は早々にエリオス様に解毒の丸薬を服ませました。エリオス様の吐しゃ物は深い緑色、セルジオ様は吐血でこれは口にされた毒が異なる証です」

バルドは少し哀しそうな目をエリオスとオスカーへ向けた。

「急ぎ解毒をと丸薬を取り出そうとしていると私の名を呼ぶポルデュラ様のお声が頭に響きました。『バルド、よく聴け』と」

「ポルデュラ様は祝宴で毒が盛られた事を既にご存じで、毒の根源はハナズオウの豆果であり、豆果は黒魔術により毒気が増幅されてはいるが、命を取るものではないと申されました」

バルドは左手を額にあてた。

「案ずべきはセルジオ様の杯に仕込まれた毒の方だと。万が一、毒を口にしたセルジオ様が吐血をするようなことがあればお命に関わる事態だと申されて・・・・」

バルドは両手で頭を抱えた。

だが、つい先ほど、エリオスにいさめられた事を思い出し顔を上げ大きく息を吸った。

「その時既にセルジオ様は吐血をされてみえました。ポルデュラ様に伝わる様に頭の中で言葉を発し、その旨をお伝えすると水龍を迎えに行かせるからセルジオ様をエンジェラ河に面した窓より投じよとお命じになられました」

バルドはエリオスとオスカーの顔を見つめる。

「セルジオ様の杯に毒を仕込ませた黒幕は・・・・ハインリヒ様です」

バルドは膝の上の両拳に目を落とす。

「カリソベリル伯爵前ご当主ベルホルト様をアロイス様配下が捕え露見したと」

バルドの言葉にエリオスとオスカーは目を見開いた。

「カリソベリル騎士団での御前試合後からセルジオ様の毒殺の機会を窺っていたそうです。ハインリヒ様のご意志を汲んでの行いだとご自身で明かされたそうです」

バルドの膝の上に置かれた両拳は小刻みに震えていた。

オスカーがバルドの手にそっと触れるとバルドは顔を上げた。

オスカーは案ずるなと言う様にコクンと一つ頷くとバルドの手をきゅっと握った。

バルドは頷き話を続ける。

「私は急ぎ、ポルデュラ様のご指示通りにエンジェラ河に面した窓へ向かい、目前に現れた水龍目掛けセルジオ様を投じました。水龍に飲み込まれるお姿を見届けるとポルデュラ様は滞在部屋で待つ様命じられ、魚の揚げ物に散らされたハナズオウの豆果を見てみよと、そして、騎士団館へ毒を盛る手引きをした者がいると申されました。その者、あるいは調理をした者かが、もし黒魔術に取り込まれていたならばポルデュラ様の結界の作用で身体は砕け散るだろうと」

落ち着きを取り戻し、話を続けるバルドにオスカーは添えていた手をそっと放し厳しい目をバルドへ向けた。

「手引きした者とはエデル様ですか?」

オスカーの言葉にエリオスが驚いた顔を向ける。

「恐らくは、コーエン様とエデル様のお二方かと。ポルデュラ様はブレン様に最も近しい者で、ブレン様の意志を何としてでも成し遂げたいと思っている者だと申されました」

バルドとオスカーはしきりに荷物を預かろうとするコーエンに違和感を覚えていた。

不測の事態に備え騎士や従士は最低限の装備品を携帯している。

現役を退いたとはいえ、他家貴族騎士団巡回をセルジオの守護の騎士として同行するバルドとオスカーが装備品を易々と預ける等と考えること自体が不自然だ。

当然、常備しているを手元から遠ざける思惑があるとバルドとオスカーは警戒していた。

「解毒薬を早々に用意できた事も毒の根源が解っていればこそです」

オスカーは食堂が毒の混入で混乱している最中さなかに煎じた薬湯を手に戻ってきたコーエンとエデルの姿を思い返した。

「ただ、セルジオ様のお命を狙う事とハナズオウの豆果の毒はたまたま時を同じくしただけで、その目的は全く別と言う事ですね」

オスカーはバルドのこれまでの話しで状況が納得できたと大きく頷いた。

「私はこのことをブレン様にお伝えせねばなりません。マデュラ騎士団は非常に危うい。王都騎士団総長が懸念される事も頷けます。過ぎた忠誠は時には大きなわざわいを招きます」

バルドの言葉にオスカーは大きく頷いた。

トンットンットンッ

扉が叩かれた。

バルドが音を立てずに動かしたテーブルを元に戻す間にオスカーが呼応し扉を開けた。

扉の前には血の気の失せた顔の団長ブレンが独り立っていた。

ルイーザが軽食の後片付けに来たと思ったオスカーは一瞬驚いた表情を浮かべるが、直ぐに平静を取り戻し団長ブレンを室内に招き入れた。

配下の者を連れ立ってはいないかを確かめるとオスカーは扉を閉めた。

「これはっ!ブレン様っ!」

「失礼する」と呟く様に言いながら室内に入るブレンの前に3人は跪いた。

「座ってくれ」

「はっ!」

窓近くの椅子をブレンに勧め、3人が着座しようとするとブレンは両膝を床についた。

ガタンッ!!!

バルドとオスカーはブレンの両脇に慌てて駆け寄る。時間をおいて毒気にあてられたと思ったのだ。

「ブレン様っ!大事ございませんか?」

ブレンの両脇で様子を窺うとブレンはフルフルと震えていた。

「ブレン様っ!お付きの騎士は同道されて・・・・」

バルドの言葉にオスカーが扉の外の監視役にブレンの様子を伝えようと立ち上がった瞬間、ブレンは大声を上げた。

「申し訳ないっ!」

床に付いた両膝に拳を乗せフルフルと震えている。

「・・・・」

バルドとオスカーは顔を見合わせた。

「申し訳ない・・・・まさか、我が館で毒の混入があるなど・・・・」

バルドとオスカーは毒混入を手引きした者が第一隊長コーエンと第二隊長エデルであることをブレンが知ったと直感する。

そうであれば配下を同道させていたいことも頷ける。

バルドとオスカーは両膝をつくブレンを両脇から立ち上がらせ、ゆっくりとした歩調で椅子に座らせた。

目の前のテーブルを無言で見つめるブレンが自ら言葉を発するまでバルド達3人は静かに待っていた。

コトンッ

エリオスがブレンの前に水が入った杯を置いた。

ブレンはエリオスの顔を見る。

「ブレン様、何も召し上がってはおられないのでございましょう?せめて喉を潤して下さいませ」

エリオスは優しい声音で柔らかい微笑みをブレンに向けた。

ポタポタポタ・・・

ブレンの眼から涙が零れた。騎士団団長が人前で涙を見せる等本来あってはならないことだ。

エリオスは動じる素振りもなく、右肩を釣る綿布でブレンの涙を拭った。

を流しますと喉が渇きます。どうぞ、喉を潤して下さいませ」

水が入る杯をブレンに手渡した。

ブレンは杯へ目を落とすと「感謝する」と一言告げて杯をあおった。

空になった杯をテーブルに置くと静かに語り出した。

「我が館の料理長はマデュラ本城の料理人でした。4年ほど前に当主の推薦でこちらに。よく尽くして。交易で見聞きした異国料理を真似、城塞の酒場や食堂に差入れる事もしばしばあり皆に慕われる気前のよい者で

ブレンが語る騎士団館の料理長の話は全て過去形だった。

既に料理長の姿は跡形もなく砕けたであろうと知った上でバルド達3人はブレンの話を黙って聞いていた。

「コーエンとエデルが解毒の薬湯を団の者達に与えていた時、調理場から悲鳴が聞こえ・・・・」

ブレンは左手を額にあてた。

「私が駆け付けた時には料理長の衣服だけが床に残り姿は跡形もなく・・・・料理人達が申すに料理長はサラサラと砂粒状に砕けて消えたと・・・・ポルデュラ様が結界を施して下さる時に申されました。黒魔術に取り込まれた者も物も施した結界の作用で砕け散ると、それでもよいかと念を押され・・・私はこの様な事があるとは思っておらず承知の上でポルデュラ様にお願いをしたのです」

ブレンはふぅと一つ息を吐き、続けた。

「団の家族が住まう街をご覧になったでしょう?その街の者達も何人かが忽然と姿を消したと先ほど知らせが入りました」

ブレンは明らかに失望していた。

「確かめねばなりませんが、城塞の繁華街や歓楽街の者達にも姿を消した者がいるやもしれません」

また、一つ大きく息を吸った。

「まさか、姉上が当主が・・・ここまでするとは思いも寄らず迂闊うかつでした・・・」

以前の仲のよい姉弟に戻りたいと言っていただけに失望の大きさが覗える。

ブレンは両手を結び顔を上げた。

バルド達一人一人の顔を見ると頭を下げた。

「申し訳ないっ!理由はどうあれ、セルジオ様と守護の騎士を危険にさらしたっ!
毒は、毒の根源はハナズオウの豆果、我がマデュラ子爵家裏の紋章だ。命を取る毒ではないが毒に変わりはない。毒を振舞う様、手引きしたのは我が団のコーエンとエデルであったっ!」

ブレンは両拳を握りしめた。

「青と赤の因縁を終わらせたいと願う私の意を汲んだ所業だった。料理長が砕け散った事でその行いが過ちであったと自覚し白状した。祝宴で同じ物を食し、危機に陥った所をマデュラの解毒の薬湯で難を逃れればセルジオ様一行とマデュラ騎士団、引いてはセルジオ騎士団とマデュラ騎士団に連帯感が生まれると考えたようだ。その様な愚行・・・少し考えればお互いに不信感を抱く結果を招くだけだと判るはずだ。だが、私の焦る思いが奴ら動かした」

ブレンは震える両拳から勢いよく顔を上げた。

「責めは私が負いますっ!本来であればこの様な愚行を犯した者達の首をセルジオ騎士団団長、いや王都騎士団総長に差し出さねばなりませんっ!だが、あの者達は私のっ!私の愚かな焦りに同調しただけにて。自ら進んで、ましてセルジオ様のお命を狙った訳ではないのですっ!どうかっ!どうかっ!私の命でっ!!」

シャンッ!!!

ブレンは腰の短剣を抜き喉に向けた。

ガキンッ!!!

バルドの短剣が喉に向けられた刃先を捕えはじいた。

カランッ・・・・

ブレンの手から短剣がこぼれる。


カタンッ・・・

こぼれた短剣をエリオスが静かに拾い、ブレンの前に差し出した。

「ブレン様がこの様な浅はかなお考えの方だとは思いませんでした」

バルドとオスカーは驚き目を見張る。

エリオスは今まで見せた事がない程の怒りを露わにしていた。

「・・・・」

ブレンはエリオスの顔を見ると身体を強張らせた。

ビクリッ!!!

エリオスの背後に重装備の鎧に金糸に縁どられた蒼いマントを纏った騎士の姿が見えたからだ。

エリオスはブレンの前に差し出した短剣を再びブレンに握らせた。

「己の首を差し出したいのでありましょう?ならばそうなさればよろしい。旭日の昇らぬ内に私たちはマデュラ騎士団の団員に殺され、城塞の塔より吊るされる事でしょう。それがブレン様のお望みならば今すぐに首を落とせばよろしい。ああ、そうですね。扉の外で我らのをしている従士の剣を拝借してきましょう。剣の方が痛みも少なく、難なく首を落とせます」

そう言うとエリオスはツカツカと扉に向かい、取手に手をかけた。

「おっ、お待ちくださいっ!」

呆気に取られていたブレンが大声を上げた。

エリオスは無表情でゆっくりと振り返る。

「何かご不満でも?ブレン様が言い出された事です。今のブレン様のお姿を見れば外の従士の一人は団の方々を呼ばれるでしょう?ルイーザ殿が駆け付け、我らは囚われの身となりましょう。毒気で意識が戻らぬセルジオ様が臥せっている事などお構いなしにです。これで、青と赤の因縁は益々強固なものとなりましょう。それが宿命だと王国内外が認識する好機となり、この先も青と赤の因縁は続いていく。未来永劫拭う事のできない憎しみと共に」

表情をなくし淡々と語るエリオスの姿はバルドとオスカーをも微動だにさせなかった。




【春華のひとり言】

今日もお読み頂きありがとうございます。

『セルジオ毒殺計画』とその真相が全て明らかになりました。

セルジオ達一行とマデュラ騎士団の相打ちを目論む黒魔女の陰謀は寸での所で回避されそうです。

普段は物静かなエリオスが見せる冷やかな怒りにバルドとオスカーは度肝を抜かれます。
子どもと侮ることなかれですね。

時間軸も重なり物語は終幕へと近づいていきます。

次回もよろしくお願い致します。
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