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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第134話 黒魔術の毒薬

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「セルジオ様っ!!!」

バルドは食堂の床に倒れたセルジオを抱き起し、傍らに立ち尽くしているエリオスを見上げた。

「・・・・バルド殿・・・・ゴホッ!!!」

エリオスが咳と共に深緑色の塊を吐き出し、うずくまった。

「エリオス様っ!!」

オスカーが駆け寄り、腰に下げている革袋から藍色の小袋を慌てて取り出した。

収められていた丸薬を一粒エリオスの口腔内に押し込む。西の屋敷を出立する際にポルデュラから持たされた解毒剤だ。

「ゴクリッ・・・・」

丸薬を飲み込んだエリオスは腹を抱え、苦しそうに顔を歪めていた。

「エリオス様、解毒剤です。今しばらくご辛抱を。直ぐに効いてきます」

オスカーは嘔吐で呼吸が止まらない様、エリオスの身体を横向きに寝かせると立ち上がり、食堂を見渡した。

半数近くの騎士と従士が腹を抱えうずくまっている。

オスカーはコーエンとエデルの姿を探した。

ブレンが指揮を執り、動ける騎士と従士に調理場からいくつも水桶を運ばせていた。

激しく動き回る者達の中にもコーエンとエデルの姿が見当たらない。

オスカーは先ほどまでセルジオとエリオスと共に居た2人の姿がない事に疑念を抱いた。

だが、今は何に毒が混入していたかを探るのが先だと思い至り、エリオスが口にしていた食事の姿を思い返した。

エリオスはコーエンとエデルに勧められ、魚料理を頬張っていた。

数種並べられた魚料理からエリオスが口にしたのは魚の揚げ物だった。

大皿に盛られた魚の揚げ物の下には紅紫色の乾燥したハナズオウの花が敷かれ、小さな黒褐色の丸い粒が散りばめられていた。

貴重な黒胡椒くろこしょうだと思っていたが、ハナズオウの実、豆果であれば毒性がある。

オスカーは指揮を執るブレンに声を上げた。

「ブレン様っ!魚の揚げ物ですっ!ハナズオウの豆果が毒の根源ですっ!食した者以外に害はございませんっ!」

揮発性のある毒であれば吐しゃ物から毒気に当てられる。その場合、至急の洗浄が必要だ。

だが、直接食した物の毒であれば倒れた者の治癒に手が回せる。

ブレンは大きく頷くと号令をかけた。

「解毒を優先させよっ!解毒草を持てっ!」

「はっ!」
「はっ!」

そこへコーエンとエデルが解毒草を煎じた薬湯を手に食堂に姿を現した。

「ブレン様っ!こちらに薬湯を用意しましたっ!」

「おおっ、倒れた者に与えよっ!」

コーエンとエデルが注いだ薬湯を動ける者が倒れた者に与えていく。

食堂を埋め尽くしていた、うめき声が徐々に治まりを見せるとオスカーは横たわるエリオスへ目を移した。

丸薬が効いてきたのかエリオスは呼吸を整え、起き上がろうとしていた。

「エリオス様っ!大事ございませんか?」

オスカーはエリオスの背中を支える。

「うっ・・・大事ない。もう、大丈夫だ」

エリオスは背中に回されたオスカーの腕に身を任せた。

エリオスが薄っすらと目を開ける。

「・・・・オスカー、セルジオ様は?・・・・どちらに・・・・」

オスカーはハッとした表情で先ほどまで隣にいたセルジオとバルドの姿を探した。

食堂全体が混乱していたとは言え、バルドが何も告げずに姿を消すはずがない。

オスカーは辺りを見回した。

エンジェラ河に面した窓辺にマントにくるんだセルジオを抱えるバルドの姿を見つけた。

「バルド殿」

オスカーがバルドの名を呼ぶのと同時に窓外から強い風が食堂を吹き抜けた。

ビュウビュウと音を立て勢いよく食堂内へ風が舞い込む。

あまりの風の強さにオスカーはマントでエリオスをくるみ、顔を伏せた。

ザアァァァァ

水が湧き上がる音が聞こえ目を開けるとトリプライト男爵領外れのブラウ村修道院で目にした水龍が窓外に見えた。

「ウンディーネ様?」

オスカーは水の精霊ウンディーネが水龍の姿で現れたのかと目を凝らした。

強い風に遮られ目を開けるのもままならない中、オスカーはバルドに注視した。

窓から吹き込む強い風をものともせずに窓辺に立つバルドはマントにくるんだセルジオを水龍目掛けて放り投げた。

「なっ!!」

オスカーは思わず声を上げるが、そっと辺りを見回しバルドの行動を気にする者がない事を確認すると口をつぐんだ。

水龍はセルジオを頭頂部で受け止めゴクリと飲み込むと胴体に取り込んだ。

バルドが周りに気取られぬ様、身を縮めてオスカーの傍に戻るとその様子を見ているかの様に食堂に吹き込んでいた強い風はピタリと収まった。

「オスカー殿、エリオス様は大事ございませんか?」

バルドはエリオスの顔を覗き、解毒がされている様子を確認する。

「解毒はされたご様子ですね。よかった」

ほっとした表情を見せると掌に乗せたハナズオウの豆果を凝視した。

黒褐色の豆果から赤黒い靄が上がっていた。

「オスカー殿、毒気を増幅させる黒魔術が施されています」

「!!ではっ!!」

「はい、黒魔女の仕業です。これではポルデュラ様の結界をもってしても防ぎようがございません」

バルドは妙に落ち着いた様子で事態を俯瞰している様だった。

エリオスが身体を起こし、バルドへ問いかける。

「バルド殿、ポルデュラ様から言伝を受け取られたのですね?」

マデュラ騎士団城塞から逃れようと東門へ向かった時、結界を張ったポルデュラがバルドにのみ聞こえる声を届けた。

エリオスはバルドの落ち着き様に今回もバルドにのみ聞こえるポルデュラの声が届いたのだろうと察したのだ。

バルドはエリオスに微笑みを向ける。

「仔細は後程に。エリオス様のお察しの通りにございます」

オスカーはバルドの言葉にホッとした表情を浮かべた。

「まずはセルジオ様の不在を悟られぬ様に致します。オスカー殿、マントをお貸し下さいますか?」

「はっ!承知しました。どうぞ」

バルドはオスカーからマントを受け取るとごそごそと荷物を包んで大事そうに抱えた。

「荷物をセルジオ様に見立てます。滞在部屋に案内して頂きましょう。それと・・・・」

バルドは腰から矢じり型の石灰岩を取り出し、オスカーに手渡す。

「この城塞は縦横無尽に張り巡らされたアリの巣の構造になっています。慣れぬ者が抜け出す事が叶わぬ仕掛けです。先ほど、案内される時にセルジオ様の頭の高さに石灰岩で印を付けておきました。これより案内される滞在部屋まで同じように印を付けて下さい」

「承知しました」

オスカーは受け取りながら抜かりのないバルドの行動に『謀略の魔導士』と謳われていた
かつてのバルドの姿が蘇り、ふっと笑う。

「では、急ぎましょう。この先の事も含め話があります」

バルドは深みを増した紫の瞳を団長ブレンに向けていた。

「黒魔術の毒を城塞に持ち込んだ者の正体もブレン様にお話しせねばなりますまい」

3人は事態の収拾に忙しなく動くマデュラ騎士団団長ブレンと団員を見つめた。




【春華のひとり言】

今日もお読み頂きありがとうございます。

図られたセルジオの毒殺計画。

セルジオの不在を悟られない策を巡らせるバルド達。

果たして『黒魔術の毒』を仕込んだのは誰なのか?

次回は『セルジオの毒殺計画』に敢えてマデュラ騎士団城塞が選ばれた理由が明らかになります。

次回もよろしくお願い致します。
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