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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第92話 奴隷の解放

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セルジオとエリオスは囚われてからの状況をバルドとオスカーに伝えながらアロイスを待っていた。

大きな窓から夕陽が差し込む部屋は城館の西側に位置していることが窺える。

屋敷の外から大勢の者が行き来する声や音が微かに聞こえた。

バルドとオスカーは外の様子からアロイスとラドフォール騎士団、影部隊シャッテンが『東の歪みの粛清』を完遂したであろうことを察していた。

セルジオとエリオスは影部隊シャッテンのヴィントが月の雫と共に返却してきた服へ着替えた。

胸に下がる月の雫がずっしりと重みを感じる。
セルジオとエリオスは月の雫へ左手をあて、目を閉じその重みを味わった。

トンットンットンッ

扉が3度、叩かれると静かに内側に開いた。

「お待たせを致しました」

アロイスが颯爽と入室する。

「アロイス様っ!」

セルジオとエリオスはアロイスの姿に声を上げるとその場でかしづいた。

バルドとオスカーも2人の後ろで静かにかしづく。

カッカッカッカッ・・・・

アロイスは幾分歩幅を広くセルジオとエリオスへ歩み寄った。

カバッ!!!

膝をつき、セルジオとエリオスを両腕で抱き寄せる。

「よかったっ!!ご無事でっ!よかったっ!!」

アロイスの身体は小刻みに震えていた。

「アロイス様、ご心配をお掛けいたしました。影部隊シャッテンのヴィント殿のお蔭様にて、囚われている間も気を確かに持つことができました。感謝もうします」

セルジオはアロイスに力強く礼を述べた。

「・・・・」

アロイスはフルフルと震え、泣いている様だった。

暫くすると2人をそっと離し、まじまじと姿を確認した。
短く刈られ萌黄色に染められた2人の頭をそっとなでおろした。

「事が事でしたので・・・・この様なお姿にさせてしまいすみません。髪が元の長さに戻るまで多くの月日が必要でしょう」

悲し気な眼差しを向ける。

セルジオとエリオスはアロイスの顔をじっと見つめる。

「大事ございません。少し涼しく感じるだけです。獅子との戦いの時など髪が短いことで視界が広く感じました。獣と対峙する時はこの方が動きやすいです」

セルジオは正直で素直な感想を伝えた。

アロイスは愛おしそうにセルジオを見つめる。

そっと頭に口づけをした。

「その様に仰って頂けると罪悪感が和らぎます」

そう言うと今一度、セルジオの頭に口づけをした。

アロイスはひとしきりセルジオとエリオスの無事を喜ぶとラドフォール騎士団団長の顔に戻る。

すっくと立ちあがった。

「バルド殿、オスカー殿」

「はっ!」

「この度の『東の歪みの粛清』は思い描いていた以上に上手くいきました。お2人のお力添えとセルジオ殿、エリオス殿の類まれなる武勇があればこその結果です。後日、王都騎士団総長へ報告に参ります。その際に青き血が流れるコマンドールと守護の騎士の真の再来の祝賀も申し上げるつもりです。この先の巡回の旅路は更に過酷なものとなりましょう。よくよくご用心なさいませ」

「はっ!」
「はっ!」

バルドとオスカーは揃って呼応した。

「我らラドフォールの影部隊シャッテンが各貴族所領に潜伏しているとはいえ、騎士団城塞へは入れません。できうる限りの対策は講じておりますが・・・・万が一の事がございます。充分にお覚悟のほどを」

「はっ!」
「はっ!」

バルドとオスカーは先ほどよりも力強く呼応した。

アロイスは2人の呼応に満足そうな顔を向けると扉へ向かった。

「では、これより粛清の後始末にまいりましょう。そろそろ、頃合いかと思います」

アロイスは4人を誘うと囚われの部屋を出て、東へ向かい回廊を進んだ。


セルジオとエリオスが囚われていた部屋は城館の3階西側奥の部屋だった。

回廊は天井が高く大きな窓から夕陽が差し込み床の大理石に光が反射する。

あたり一面が濃いオレンジ色に染まり、豪奢な造りが一段と輝いて見えた。


城館の南側出入口付近に来るとアロイスはピタリと歩みを止めた。

ざわめきが聞こえる。

窓外を見るように左手で指し示す。
セルジオ達は窓へ近づき、階下へ目を向けた。

黒い衣服を身に着けた影部隊シャッテンが3台の荷馬車に大きな麻袋をいくつも運び込んでいる。

目を凝らすと麻袋の口から人の顔が出ているのが見えた。

3台の荷馬車の先頭に紺色の豪奢な作りの4頭立ての馬車が見えた。

「隣国シェバラル国クレメンテ伯爵が先頭の馬車に乗っています。この先、シュタイン王国へ二度と足を踏み入れることは叶いません。もし、踏み入れることあらば命の保証はないと伝えてあります」

アロイスは冷たい表情で淡々と説明をした。

「荷馬車にはクレメンテ伯爵の私兵・・・・そうですね、ならず者の集まりです。中にはクリソプ男爵の私兵だった者もおりましょう。されど今回の企てに加担した者は全て国外追放となりました。ここにいる者たち以外にもセルジオ殿とエリオス殿をかどわかした者、荷としてこの館に運んだ者も含めてです。その者たちの行方は既に掴んでおります。捕らえ次第、影部隊シャッテンが国外へ運びます。クレメンテ伯爵がこの先、あの者たちを受け入れてもよし、受け入れずともよし、シュタイン王国から永久に追放となります」

セルジオとエリオスは窓の外で隊長ラルフの指示で統制の取れた動きをしている影部隊シャッテンをじっと見ていた。

「あっ・・・・ヨシュカ・・・・」

セルジオは最後尾の荷馬車の荷台から飛び下りブリーツに駆け寄るヨシュカが目に留まり声を上げた。

麻袋で捕えただけでは不十分だと縄を手にそれぞれの荷馬車へ走っている。

既に一人前の戦力となっているのだろう。

セルジオはヨシュカの姿が眩しく感じ、暫く目で追った。

「では、参りましょう」

これ以上、眺めていると任務に励む影部隊シャッテンの気がそれるだろうとアロイスは回廊を右に折れ、階段を下りた。


2階へ下りると回廊を北へ向かう。

暫くすると横幅の広い階段が現れた。
大広間に通じる階段だ。

階段の踊り場まで進むと大広間に集められている子どもらと世話人の姿があった。

不安そうにしている子どもらをアデルがあやしている。

先頭を歩いていたアロイスがくるりと後ろを振り返った。

「ここからは『東の歪み』で犠牲となることから免れた者たちの解放です。他国へ高値で売られる事のためだけに奴隷として育てられた子らを解放します。皆様はこの場でご覧になってください。特にセルジオ殿とエリオス殿はあの者たちにお姿を見られぬ様に。お2人と己らの違いを見せつける事となればのちの禍となるやもしれません。柱の陰より見守り下さい」

アロイスはセルジオとエリオスへにこりと微笑みを向けた。

「承知しました」

セルジオとエリオスはアロイスの言葉に呼応し、柱の陰に身を隠した。


カツッカツッカツッ・・・・

アロイスはわざと靴音を大きく響かせ、途中の踊り場まで階段を下りた。

アロイスの姿を目にすると30人ほどの子どもらはアデルの傍で身を縮めた。
アデルは開かない目をアロイスの方へ向け、耳をすました。

ポツリと呟く。

「・・・・氷?・・・・ああ、水の精霊ウンディーネ様・・・・氷の貴公子・・・・」

階段の上に立つ者がアロイスだと察するとふっと表情を緩めた。

子どもらはアデルの穏やかな表情を目にすると縮まった身体を緩める。

コツッコツッコツッ

子どもらの視線が己に向いていることを確認するとアロイスは足音を鎮めた。

踊り場で止まり、声を上げた。

「我が名はラドフォール騎士団団長、アロイス・ド・ラドフォール。鳥かごに捕らわれしそなたらに自由を与えに来た。そなたらを解放するっ!」

ザワッ・・・・

ザワついたのは自分たちの状況が解らない子どもらではなく、数人の世話人の方だった。

突然に解放されると言われても先行きが立たねば野垂死にするより他に道はない。
まして、この城館から出たことがない子どもらを連れて出ることなどできるはずもないからだ。

ザワザワとざわめく人だかりをアロイスは静かに見つめていた。

残っている世話人は執事が1人と身の回りの世話をする女官が3人、後は料理人が4人で剣術や馬術を教える者の姿はなかった。

アロイスは世話人たちの様子を静かに見守った。

アロイスの『解放』の言葉にどのような反応を示すのか試していたのだ。

子どもらの事を一切考えず、己の処遇のみを申し立てるのであれば今回の企てに加担した者とみなし国外追放にする。

己のみ逃げ出す様な事であればこの場で氷漬けにする。

己の利のみを考える様であればその命はないものとする。

この三通りの算段をアロイスはしていた。

執事がアデルに近づき、何やら耳打ちをしている。

アデルは頷いた。

執事がアデルから一歩退くとアデルは大きく息を吸った。

「ラドフォール騎士団団長、アロイス様。いえ、氷の貴公子様。私はアデルと申します。許されるのであればいくつか質問をさせていただきたく存じます」

目を閉じたままアロイスを見上げた。

「構わぬ。アデル、何なりと申せ」

アロイスはアデルを見下みおろした。

「受入て下さり、感謝もうします」

アデルは優雅に頭を下げた。

「3つ、質問させて頂きたく存じます。まず、一つはこの子らの解放とは屋敷を追われるということでしょうか?次に屋敷から離れた場合、この子らはバラバラな行先となりますでしょうか?また、その行先は我らで探すこととなりますでしょうか?そして、世話人どもはいかがなりますでしょうか?」

アロイスはアデルの言葉に優しい微笑みを向けた。

3つの質問は子どもらと世話人の行く末だけでアデル自身のことは一切入っていなかったからだ。

アロイスは満足そうな表情を浮かべる。

「アデル、そなたの質問に一つ、一つ答えていこう」

アロイスは優しい口調で呼応した。

「まず、子どもらはこの屋敷から解放する。屋敷を追われると言えば聞こえが悪いが、このからは出てもらう。次に行く先は当てがあればどこぞなりとも行けばよい。王国内外は問わぬ。世話人も同じこと、行く先は問わぬがこのからは退去してもらう」

ザワッザワッ・・・・

アロイスの言葉に騒めきが大きくなった。

アデルは考え込むような仕草をしている。

執事が再びアデルへ歩み寄り、耳打ちをした。

「その方、申したい事があるのか?」

アロイスは執事へ厳しい視線を向ける。

アデルはアロイスの気を察すると更に前へ出た。

「失礼を致しました。この者は皆の身を案じているだけにて。ただ、アロイス様へ直接話をしてはならないと考えているだけにございます。お許しを」

アデルは丁寧に頭を下げた。

「そうか。では、アデル、一月ひとつきの猶予を与えよう。そのかんに子どもらと世話人の行く先を決めてくれ。それまではこの屋敷に留まることを許そう。よいな」

アロイスは再びアデルを見下みおろした。

「・・・・」

無言で呼応するアデルにアロイスはこの場を立ち去る素振りを見せる。

「!!!アロイス様っ!お待ちくださいっ!」

アデルがアロイスの背中に声を上げた。

アロイスはニヤリと笑い、振り返る。

「なんだ。まだ、何かあるのか」

あえて厳しい口調でアデルを見下ろす。

「はい、子どもらはこの屋敷を出たことがありません。世話人もこの屋敷で長く勤めてくれています。皆、私が生まれる前よりこの屋敷で住まい、生活する者たちです」

「この先の自由を手にすることは大変に喜ばしいことです。されど、長くこの屋敷から出たことがない者たちに行く先の当てなどあるはずがございません。せめて、アロイス様からのお口添えを頂き、子どもらが少しでもバラバラにならずに済む方法をお探しいただけませんでしょうか?」

「世話人は皆、己の仕事に誇りを持つ者ばかりです。されどどなたの口添えもなしでは、路頭に迷うほかありません。働きぶりは私が保証します。どこか別の家名でその腕を振るえる様、お計らい頂けませんでしょうかっ!」

「この子らがどの様な道に進むことになろうとも困ることがないよう、読み書きから算術、言葉遣いや所作、剣術から馬術も貴族の子女がおよそ身に付ける作法は一通り教えてあります。どうか、どうか、解放と申されるのであれば、自由を手にと申されるのであればその力を存分に発揮できる場をお与えいただけませんでしょうかっ!」

アデルは声を強めてアロイスへ懇願した。

「・・・・」

アロイスはアデルの言葉を遮ることなく、黙って聞いていた。

アデルはひざまき、祈りをささげるように両手を結んだ。

「アデル、そなたはいかがするのだ。行く末がないのはそなたも同じはずではないか。己の事が出てこないが、そなただけは行く先があると言うことか?」

アロイスは子どもらと世話人に解る様に冷たく言い放った。

「いえ、私は・・・・皆の行く末が決まれば私は役目を終えるのです。役目から解放されるのです。ですから・・・・」

「アデル様っ!」

世話人達が声を上げる。

「そなた、死ぬつもりか」

アロイスは冷やかに言葉を繋ぐ。

「いえ、自らの死を選ぶことは神が許しません。されどこの身を必要としているものの糧として命を落とすことは許されます。森に住まうものたちの糧となり、土に還る事は尊いことです」

「獣の餌になるつもりか。なぜだ?なぜ命乞いをせぬ」

「・・・・」

「アデル様」
「アデル様」

世話人たちが次々にアデルの名前を呼び、その身を案じている。

「なぜだ?」

アロイスが再び問うた。

アデルは顔を上げると騎士の様に跪き、左手を胸に当てた。

「この目は光を失い、家名も取り潰しの憂き目に合いましたが、私はクリソプ騎士団第四隊長となる身でございました。訓練施設にてアロイス様とご一緒したこともございます」

「騎士として育ち、騎士団団長を支える隊長となる身であった私が命乞いなどできましょうか。この身の行く末は天の声に従うまで。全てを失いましたが、騎士としての誇りまでは失ってはおりません」

凛とした姿で力強く言い放つアデルにアロイスは微笑みを向けた。

「アデル、よくぞ申した。そなたのこと、覚えているぞ。訓練施設ではクリソプ騎士団きっての剣の使い手だった。アドラー殿とて敵わなかったと記憶している」

アデルははっと顔を上げた。

「そなたが騎士であったことを申すかを試した。この度のこと、全て王都騎士団総長から国王陛下へ伝わっている。クリソプ男爵の後継もバナン殿で決まった。男爵家は変わりなく存続する」

「おおおお・・・・」

世話人たちが歓喜の声を上げた。

「アデル、そなたの家名の者は皆、あるじ思いだな。誰一人として己の保身に走るものがいなかった」

アロイスは姿勢を正した。

「試し悪かった。アデルとその臣下の者たちの忠誠を王国が見過ごす事があってはならん。ここからは国王陛下と国王陛下へ進言をされたクリソプ男爵家後継バナン殿の配慮だ。皆、よく聞いてほしい」

アロイスは大きく息を吸い、王命を伝えた。

東の館は造りはそのままに改装をすることになった。

孤児院として生まれ変わる。

クリソプ男爵領の北西部にある老朽化した孤児院と統合したいとバナンが進言したのだ。

城館を改装するのだから造りも広さも元の孤児院の建物とは雲泥の差だ。
世話をする子らの人数も増える訳だから当然世話人も必要になる。

そこで、これまで東の館で勤めてきた者たちをそのまま世話人として留め置く事にした。

アロイスは光を失ったアデルが真っすぐに顔を向けアロイスの話に耳を傾ける姿に胸が熱くなる。

「バナン殿は取り潰しにあった準男爵家の再興を考えておられた。しかし、それではクリソプ男爵の死因が訝《いぶか》られると断念をされたのだ。そのことは、力及ばず詫びの言葉もないと申されていた」

アデルは首を左右に振った。

「ただ、大きくなる孤児院のこの先の運営はそれ相応の力量を備えた者が必要となる。そこでだ」

アロイスはアデルとアデルの後ろに控える東の館の世話人たちの顔を見回した。

「アデルが、新たな孤児院の院長となり、子らの教育と行く末を見守るよう図られた。今の孤児院の院長は副院長として従事する。力を合わせ、励んで欲しいと申されていたぞ」

「おおおお」

世話人たちは歓喜の声を上げた。

アデルは少し首を傾げ、困ったような表情を浮かべた。

準男爵家名の再興は成らずとも第一子である姉を差し置いて己がこのまま東の館に留まる事を憂いたのだ。
アロイスはそんなアデルの思いを汲み取り、話を続ける。

「バナン殿は当初、アデルの姉、第一子のエリスを孤児院の院長にと考えておられた。私がその旨をエリスへ話し説得を試みたが、あっさりと断られた」

エリスはクリソプ男爵領の歓楽街で娼館ギルドの長をしている。

『東の歪み』の粛清の王命を受けた当初、取り潰された準男爵家の第一子が娼館に身を落とした事を知ったアロイスがラドフォール騎士団、影部隊シャッテンの隊員として召喚した。

準男爵家の第一子として領地の運営を幼い頃より教育されていたのだからギルドの一つを統率することなど容易い。

エリスはアロイスが考えていた以上の手腕を発揮し、今回の『東の歪み』の粛清に大きく貢献をした一人だった。

「エリスはこう申していた。貧しさの中で生まれ落ちた子ら全てを救済することは難しい。孤児院は表層で手を差し伸べる事が叶った者のみ。深層で苦しみもがく子らは見えない。歓楽街ここは表層から零れ落ちた子らが命を繋ぐ場所。歓楽街ここでしか救えぬ命もあると」

アロイスは少し哀し気な声音でゆっくりとエリスの言葉を伝えた。

「アデル、そなたしかおらぬのだ。孤児院として生まれ変わる東の館を任せられるのはエリスの意志をそのままに受け止める事ができるそなたしかおらぬのだ」

サッ・・・・

アロイスは跪くアデルに近づき、そっと手を取った。

「アデル、任せられるか?」

アデルの閉じた目からパタパタと涙が零れ落ちた。

「・・・うぅ・・・・姉・・・上・・・・」

少し俯き、涙を流し、思い立った様に顔を上げた。

「アロイス様、私は光を失い、アロイス様やクリソプ男爵バナン様が望まれる様な働きができるか、今はお応えできません。されど、ここにいる皆と今の孤児院におられる方々と力を合わせ、クリソプ男爵領の孤児院が王国の誉れとなれる様、努めてまいります」 

アデルはアロイスの手を強く握った。

「そうか、引き受けてくれるか。これで『東の歪み』は完全に終わらせることができる。感謝申すぞ」

アロイスもアデルの手を強く握った。

「今、ここにいる子らは鳥籠に捕らわれた鳥と同じだ。その者たちに自由を与え、自らの足で立ち上がり、生き抜く力を与える道は険しいだろう。されど、アデルとここにいる忠臣が手を取り合い共に生きると願うならば独りでは成し遂げられぬことも叶うはずだ。それでも困ること、悩むことがあればエリスを頼ればよい。そなたは独りではないぞ」

アロイスの言葉にアデルの後ろで控える世話人たちも喜びの涙を流していた。

他国の貴族へ売られる為だけに生まれ、育てられた子らが解放されたのだ。

アロイスはすっと立ち上がる。

「アデル、改装はそなたの考えも含めてとなろう。これだけの屋敷だ、改装にも時が必要だろう。居住区を確保しつつでもよし、一旦、別の住まいに身を寄せるもよし、後はバナン殿と直接に話を進められる様、手筈は整っている。家名継承の儀が整った後にクリソプ男爵バナン殿から呼び出しがあろう。それまではゆるりと過ごせ」

「はっ!」

アデルは騎士の呼応でアロイスの言葉を受け取った。


【春華のひとり言】

今日もお読み頂き、ありがとうございます。

王国の禁忌の一つ、奴隷売買。

他国貴族へ売られる為だけに生まれ、育てられた子供たちが解放されました。

柱の影でアロイスとアデルのやり取りを見守っているセルジオとエリオスはどう感じているのでしょう。

次回は『クリソプ騎士団』最終話となります。

セルジオとエリオスの心の成長をお楽しみに。
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