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第2章:生い立ち編1~訓練施設インシデント~
第42話 インシデント39:協力者の団結
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セルジオ騎士団城塞、西の屋敷への滞在許可を兼ねた騎士団団長からの小手調べを通ったセルジオとエリオス。
バルドは右腕に矢傷を負ったセルジオの傷口を白い布で巻き応急処置を済ませた。
試験の為に居室にいた騎士4人は退き、セルジオ騎士団団長セルジオと第一隊長ジグランそしてセルジオ、エリオス、バルド、オスカーが居室に残っていた。
「イルザ、ポルディラ様特製の茶を入れてくれぬか?」
団長は居室隣室へ向け女官を呼んだ。
「はい、準備はできております」
黒髪に薄茶色の瞳の団長付女官が隣室から姿を現す。シュタイン王国で黒髪は珍しい。その為人目を惹く。セルジオとエリオスは初めて目にする黒髪をじっと視ていた。
「セルジオ殿、エリオス殿、この者はイルザだ。
随分と永く私に仕えてくれている。
イルザ、こちらが我が姪のセルジオ殿、
こちらがジグランの甥のエリオス殿だ。
バルドとオスカーは存じておろう?」
団長から紹介を受けるとイルザはセルジオとエリオスへ挨拶とする。
「お初にお目にかかります。
セルジオ様付・・・・失礼を致しました。
セルジオ騎士団団長付女官イルザにございます。
バルド殿、オスカー殿、お久しゅうございます」
セルジオはイルザの挨拶に騎士の挨拶で呼応する。左手拳を胸の前に置き、右手を腰に据すえると頭を軽く下げる。
「お初にお目にかかります。
エステール伯爵家第二子。セルジオ・ド・エステールにございます。
我らジグラン様のお部屋をお借りしこちらへ滞在しております。
どうぞ、お見知りおき下さい」
セルジオの挨拶が終わるとエリオスが続く。
「お初にお目にかかります。
ローライド准男爵家第二子。エリオス・ド・ローライドにございます。
こののち一月程、お世話になります」
バルドとオスカーがエリオスの後に続き、挨拶をした。
「イルザ殿、お久しゅうございます。このたびは我らお世話になります」
バルドとオスカーの挨拶を受けるとイルザは深々と頭を下げ居室を出ていった。
団長居室隣室は軍議の為の部屋であった。壁一面に張り巡らされた書棚には分厚い異国の書物や地図が多数収められている。セルジオとエリオスは書物の数の多さに目を奪われていた。
部屋の中央には10騎馬の隊長が列して座れる円卓が置かれている。
一同は団長の招き入れに従い円卓に座った。円卓を囲み、イルザが用意したポルデュラ特製のバラの花の茶でしばし談笑をする。
しばらくするとバルドはセルジオ騎士団団長へ真剣なまなざしを向けた。
「セル・・・・ゴホン!
団長、我らこののちのことでご相談したき議がございます」
バルドの問いかけに団長はカップを口元に運びバルドを制する。
「・・・・わかっておる。しばし待て。2杯目の茶が入るまで待っておれ」
「はっ!失礼をいたしました」
セルジオはバルドがいつになく身体に力が入っている様に感じ、心配そうにバルドに問いかけた。
「バルド、いかがしたか?どこぞ、痛むのか?」
試験の最中に流れ矢にでも当たったのではないかとバルドの身体を覗きこんだ。
バルドはセルジオのその仕草にハッとする。
「セルジオ様、どこも痛みませぬ。
流れ矢などあたってもおりません。ご案じなさいますな」
セルジオを安心させようと優しい声音で答えるとニコリと微笑みを向けた。
「!!バルド!
そなた!変わったな!その優しい声音にその物言い。
騎士団にいたころとは大違いだ!ジグラン!
どうだ、このバルドの変わりようは!」
団長はかつて『謀略の魔導士』と謳われ、諜報活動で腕を振るっていた冷やかな声、冷徹な物言いのバルドからは想像もつかない言動に驚く。
「団長殿、案ずるな。訓練となればかつてのバルドと何も変わらぬ。
いや、将来の騎士団団長をお育てする使命に燃えた立派な騎士じゃ」
ポルデュラがイルザに連れられ居室へ入ってきた。
「失礼を致します。遅くなりました。
ポルデュラ様、ベアトレス殿をお連れ致しました」
イルザは団長の指示でポルデュラとベアトレスを呼びに行っていたのだ。
「遅くなった。
ふむ。団長のその様子だと試験は思惑通りにいったか。よかったの」
「失礼を致します。私までお呼び頂き光栄に存じます」
ベアトレスは西の屋敷へ到着と同時に団長とジグラン、そして西の屋敷の騎士や従士、その他の任につく者達への挨拶は済ませていた。
騎士団城塞では見知らぬ者が出入りしているとなれば部外者とみなされ、捕えられるためポルデュラの配慮だった。
「さて、皆揃ったな。バルド、待たせて悪かった。
なに、そなたの考えた『最善の策』を聞いてやってくれと
ポルデュラ様から随分と前に聞いていた。
だが、なかなかに機会がなくてな。今になった。
先程申していたこれからのことも含め話しを聞かせてくれ」
団長はバルドへ集まりの趣旨を伝える。
「おっ、言葉が足らず悪かった。
セルジオ殿が生まれてより今日までのこと、
そしてこれからのことを皆で話し合うておきたいと思っている」
「ポルデュラ様とベアトレスにも来てもらった。
ここにラドライド家のミハエル殿、ダイナもいればよいのだが、
他の者の眼があるのでな。
ミハエル殿とダイナにはポルデュラ様から今日のことを伝えてもらう。
そのように進めるが、ポルデュラ様よかったか?」
「団長殿に全てお任せする。
私は団長殿の仰せの通りに動くのみだ。
案ずるな。この面子であれば全てうまくいく」
ポルデュラは確信をしている様子だった。
セルジオ騎士団団長は集まりの趣旨を伝えると早速、本題に入った。
「さればだ。
まずは今回のマデュラの刺客始末の一件からとしよう。
後始末の状況だが、バルド!我が兄上ハインリヒ様への報告時に
『黒の影』が背後にうごめいていたと聞いた。これを詳しく聞きたい」
バルドは団長の問いに答える。
「はっ!結果から申し上げます。
ハインリヒ様の背後にうごめいておりました『黒の影』は4年前、
訓練施設にて始末いたしましたマデュラ子爵家の乳母の魂にございます。
経緯につきましてはポルデュラ様よりお話頂きますが、
よろしいでしょうか?」
かつて100有余年前に封印されたと伝えられている『黒魔術』が関係しているため、封印に直接関与した家系であるラドフォール公爵家風の魔導士のポルデュラに説明を託す。
団長はバルドの申出に即答した。
「構わぬ。ポルデュラ様お願いできるか?」
ポルデュラはバルドから託された説明の承諾を団長から得ると話しを進めた。
「承知した。先日のマデュラの刺客の一人がその乳母の夫であった」
団長はその言葉にピクリと反応する。
「夫?その刺客はマデュラ騎士団の従士ではなかったのか?」
怪訝そうな物言いでポルデュラに尋ねる。
「そうじゃ。マデュラ騎士団従士だと申していた。
シュタイン王国では騎士団の騎士と従士は
夫婦となることは許されていない」
「その規律を正す為に騎士団へ入団する者は生殖器排除をしているからな。
夫婦となり、子が生まれ、家族ができれば戦いに愁いが生まれる。
まして、命を落とせば残された家族は暮らしが立たなくなる者もあろう」
「それ故、夫婦となることは禁じられている。
だが、その者らはマデュラ子爵家当主マルギットから
特例を与えられていると申していた。
そもそもマデュラ騎士団だけは団長はじめ、
騎馬の隊長が定められている生殖器の排除も行ってはいないからな。
我が国では異端の騎士団であるからな。話しを元に戻すぞ」
ポルデュラはお茶をすする。
「その者、名はホルガーと申していた。
バルドに始末された乳母はエステール伯爵家へ運ばれた。
そこで躯の弔いをしたハインリヒ様付女官アーディに入り込んだそうだ。
マルギットの黒魔術で魂を操り、ハインリヒ様をセルジオ様暗殺へ導く為にな」
ポルデュラはセルジオの反応をチラリと見る。セルジオは静かに話しを聞いていた。
「ところがだ。アーディが気鬱となり、死んだ。
恐らく黒魔術で入り込んだ乳母の魂と己の魂が反発したのであろうな」
「行き場をなくした魂はハインリヒ様へ入り込んだ。半年前の事だ。
黒魔術で作用された魂は己より上位の魂を持つ者の中には入り込めぬ。
ただ、直接、黒魔術を扱う者と関わりがあればたとえ上位の魂を
持つ者であっても容易に入り込めるのじゃ」
「ハインリヒ様とマルギットは18貴族の当主であるからな。
月に一度は王都シュタイン城で当主の会合でまみえる。
その機会を狙い、ハインリヒ様へ黒の影が入り込める術を施したのであろうな」
「まっ、ここは私の想像じゃがな。
何にしてもアーディが亡くなった時よりハインリヒ様のご様子が
時折変わると侍従のギュンターが申していたそうだ。
そうであったなバルド」
「はっ!左様にございます」
バルドに確認を取るとポルデュラは話しを進める。
「いくらマルギットと言えどハインリヒ様の中に入り込んだ魂を
離れた所より自在に操るのは難しい。
黒魔術は根源の波動で左右される。
ハインリヒ様と乳母とでは根源の波動の強さが違うからな」
「そこで考えたのがハインリヒ様へ会い、
入り込んだ乳母の魂へ直接魔術をかけることだ。
先ほども申したが、王都では月に一度、シュタイン王国18貴族の
当主会談が行われる。必ず月に一度は会えるからな」
「後は書簡だ。書簡に魔術を施し渡す。
困ったふりをして書簡を届けさせ、ハインリヒ様が目を通される様、仕向けた」
「ギュンターが申すにマルギットからの書簡の処分は命じられていないそうだ。
書簡が手元にある内は魔術からは逃れられぬ。
セルジオ様の狩りの日取りを知り、エステール領内にある狩場に
刺客が入り込めたのはそういう訳じゃ」
ポルデュラはお茶を口に含んだ。
「その『黒の影』となった乳母の魂は兄上の中から出せないのか?」
団長がポルデュラへ問う。
「浄化を施せば可能だ。だが・・・・
浄化をする為にはより所となっている身体の持ち主の
気を失わせねばならぬのじゃ」
「兄上を深く眠らせてはどうなのだ?」
「うむ。魔術の状態にもよるがな・・・・
バルドの話だと『黒の影』が現れるのはマデュラの話が出た時のみだ。
されば眠っている間は『黒の影』もまたハインリヒ様の奥深くで眠っている」
「これも黒魔術で開放の呪文を施しているのであろうな。
そうなると眠りの中より引き出すことは難しい」
ポルデュラは黒魔術の大枠を皆に伝えた。
「マルギットが時を置かずに仕掛けてくるとは考えにくい。
じっくり時をかけ、確実に獲物を仕留めるのがあやつのやり口じゃ。
なればハインリヒ様の中に『黒の影』がいることのみ皆が解っておればよかろう。
時がくるまで待つしかないの」
ポルデュラはふぅとため息を漏らした。
「そうか。承知した。
バルド、兄上への謁見の際は様子を伝えてくれ」
団長は当面の対策がないことが見て取れるとバルドへ情報収集の指示のみをした。
「はっ!承知しました」
バルドの返答を待って、ポルデュラが口を開く。
「『黒の影』のことはこれでよいかの。団長殿、一つ頼みがある。
先ほど話に出た浄化をしたマデュラの刺客ホルガーのことだ」
「うん?そやつのことでポルデュラ様が頼みと言う事か?」
「そうだ。浄化の際にホルガーから頼まれての。娘が一人いるそうだ。
両親を亡くし、行き場がなくなることを案じていた。
エステールの孤児院へ託せないかと頼まれたのだが・・・・」
「孤児院へ託せばハインリヒ様の知る所となる。
さすればマルギットへも通じるであろう。
そうなると子の命の保証はできないからな。
騎士か従士の郷里で面倒を見てくれる家はないかの?」
「いくつになるのだ?」
「4歳になる女子と言っていた。名はフリーダだ」
「できれば我らが目の届く所がよいのだが・・・・
騎士や従士が近くにいれば戦いの臭いが身に付いてしまうからの。
どこぞ、安らいで育ててくれる所はないかの?」
「4歳となると里子の年まで3年だな」
「うむ。今はジェイド子爵領の修道院にいる。
近々迎えに行くと使いだけは出してあるのだがな。
託せる場が見つからねば迎えにも行けなくてな」
「・・・・あの、ポルデュラ様、
差し支えなければ私の実家でお預かり致しましょうか?」
ベアトレスが口を開いた。
「うん?ベアトレスの実家はカルセドニー子爵領であろう?
エステールとは関係が・・・・うむ!!よい考えかもしれぬな!」
ポルデュラは思案気な顔を団長へ向けた。団長と顔を合わせる。ベアトレスがにこやかに話しだした。
「はい、娘アルマも4歳を迎えました。
私の実家はカルセドニー子爵家に代々侍従と女官として仕えております。
丁度、4歳になるころより教育が始まります。
娘と年頃も同じですし、エステール伯爵領内のどこかへ託されるよりは
安全かと思いますが、いかがでしょうか」
「よし!決まりじゃ!ベアトレス、よしく頼む。団長殿、よいかの?」
「はい、私は構いません。
ことの次第のみ存じておきます故、ご安心下さい。
ベアトレス殿、よろしく頼む」
「はい、承知致しました」
「では、私とベアトレスとでジェイド子爵領修道院へフリーダを迎えに行くとしよう。
そのままカルセドニー子爵領のベアトレスの実家まで赴くこととしようぞ」
「!ポルデュラ様が私の実家へでございますか?
その様なこと!実家より使いの者をよこさせます」
「いや、見てみたいのじゃ。
そなたが育った家を。そなたを育んだ土地をな。案ずるな」
「されど、早い方がよいな。
フリーダを我らが手元にあることがマルギットに知れる前に動かねばならぬな。
ベアトレス、明日出発じゃ。団長殿、悪いが目立たぬ様に1人護衛を付けてくれるか?」
「承知しました。ジグラン、ジクムントを護衛に付けてくれぬか?
その者の・・・・ホルガーの魂が入ったのであろう?知らぬ仲ではないからな」
「はっ!承知致しました」
ジグランが答える。
「これで『黒の影』に関わることは仕舞でよいか?バルド」
団長がバルドへ念をおした。
「はっ!」
バルドが呼応すると団長はバルドへ向き直る。
「さて、バルド。永らく待たせたな。そなたの『最善の策』を聴かせてくれ」
団長の言葉に皆の視線がバルドへ集まる。
バルドは呼吸を整え話出した。
「はっ!感謝申します。
この策はポルデュラ様が初代セルジオ様のご無念の感情を
セルジオ様の心と共に封印されました際に立てたものにございます」
「3つの策の内、2つは事が終わっております。
残る3つ目の策は、セルジオ様のこれよりの訓練の有り様にございます」
バルドは隣に座るセルジオへ視線を向ける。
セルジオもバルドをしっかりと見つめ、話しを聴く体制を整えるのであった。
バルドは右腕に矢傷を負ったセルジオの傷口を白い布で巻き応急処置を済ませた。
試験の為に居室にいた騎士4人は退き、セルジオ騎士団団長セルジオと第一隊長ジグランそしてセルジオ、エリオス、バルド、オスカーが居室に残っていた。
「イルザ、ポルディラ様特製の茶を入れてくれぬか?」
団長は居室隣室へ向け女官を呼んだ。
「はい、準備はできております」
黒髪に薄茶色の瞳の団長付女官が隣室から姿を現す。シュタイン王国で黒髪は珍しい。その為人目を惹く。セルジオとエリオスは初めて目にする黒髪をじっと視ていた。
「セルジオ殿、エリオス殿、この者はイルザだ。
随分と永く私に仕えてくれている。
イルザ、こちらが我が姪のセルジオ殿、
こちらがジグランの甥のエリオス殿だ。
バルドとオスカーは存じておろう?」
団長から紹介を受けるとイルザはセルジオとエリオスへ挨拶とする。
「お初にお目にかかります。
セルジオ様付・・・・失礼を致しました。
セルジオ騎士団団長付女官イルザにございます。
バルド殿、オスカー殿、お久しゅうございます」
セルジオはイルザの挨拶に騎士の挨拶で呼応する。左手拳を胸の前に置き、右手を腰に据すえると頭を軽く下げる。
「お初にお目にかかります。
エステール伯爵家第二子。セルジオ・ド・エステールにございます。
我らジグラン様のお部屋をお借りしこちらへ滞在しております。
どうぞ、お見知りおき下さい」
セルジオの挨拶が終わるとエリオスが続く。
「お初にお目にかかります。
ローライド准男爵家第二子。エリオス・ド・ローライドにございます。
こののち一月程、お世話になります」
バルドとオスカーがエリオスの後に続き、挨拶をした。
「イルザ殿、お久しゅうございます。このたびは我らお世話になります」
バルドとオスカーの挨拶を受けるとイルザは深々と頭を下げ居室を出ていった。
団長居室隣室は軍議の為の部屋であった。壁一面に張り巡らされた書棚には分厚い異国の書物や地図が多数収められている。セルジオとエリオスは書物の数の多さに目を奪われていた。
部屋の中央には10騎馬の隊長が列して座れる円卓が置かれている。
一同は団長の招き入れに従い円卓に座った。円卓を囲み、イルザが用意したポルデュラ特製のバラの花の茶でしばし談笑をする。
しばらくするとバルドはセルジオ騎士団団長へ真剣なまなざしを向けた。
「セル・・・・ゴホン!
団長、我らこののちのことでご相談したき議がございます」
バルドの問いかけに団長はカップを口元に運びバルドを制する。
「・・・・わかっておる。しばし待て。2杯目の茶が入るまで待っておれ」
「はっ!失礼をいたしました」
セルジオはバルドがいつになく身体に力が入っている様に感じ、心配そうにバルドに問いかけた。
「バルド、いかがしたか?どこぞ、痛むのか?」
試験の最中に流れ矢にでも当たったのではないかとバルドの身体を覗きこんだ。
バルドはセルジオのその仕草にハッとする。
「セルジオ様、どこも痛みませぬ。
流れ矢などあたってもおりません。ご案じなさいますな」
セルジオを安心させようと優しい声音で答えるとニコリと微笑みを向けた。
「!!バルド!
そなた!変わったな!その優しい声音にその物言い。
騎士団にいたころとは大違いだ!ジグラン!
どうだ、このバルドの変わりようは!」
団長はかつて『謀略の魔導士』と謳われ、諜報活動で腕を振るっていた冷やかな声、冷徹な物言いのバルドからは想像もつかない言動に驚く。
「団長殿、案ずるな。訓練となればかつてのバルドと何も変わらぬ。
いや、将来の騎士団団長をお育てする使命に燃えた立派な騎士じゃ」
ポルデュラがイルザに連れられ居室へ入ってきた。
「失礼を致します。遅くなりました。
ポルデュラ様、ベアトレス殿をお連れ致しました」
イルザは団長の指示でポルデュラとベアトレスを呼びに行っていたのだ。
「遅くなった。
ふむ。団長のその様子だと試験は思惑通りにいったか。よかったの」
「失礼を致します。私までお呼び頂き光栄に存じます」
ベアトレスは西の屋敷へ到着と同時に団長とジグラン、そして西の屋敷の騎士や従士、その他の任につく者達への挨拶は済ませていた。
騎士団城塞では見知らぬ者が出入りしているとなれば部外者とみなされ、捕えられるためポルデュラの配慮だった。
「さて、皆揃ったな。バルド、待たせて悪かった。
なに、そなたの考えた『最善の策』を聞いてやってくれと
ポルデュラ様から随分と前に聞いていた。
だが、なかなかに機会がなくてな。今になった。
先程申していたこれからのことも含め話しを聞かせてくれ」
団長はバルドへ集まりの趣旨を伝える。
「おっ、言葉が足らず悪かった。
セルジオ殿が生まれてより今日までのこと、
そしてこれからのことを皆で話し合うておきたいと思っている」
「ポルデュラ様とベアトレスにも来てもらった。
ここにラドライド家のミハエル殿、ダイナもいればよいのだが、
他の者の眼があるのでな。
ミハエル殿とダイナにはポルデュラ様から今日のことを伝えてもらう。
そのように進めるが、ポルデュラ様よかったか?」
「団長殿に全てお任せする。
私は団長殿の仰せの通りに動くのみだ。
案ずるな。この面子であれば全てうまくいく」
ポルデュラは確信をしている様子だった。
セルジオ騎士団団長は集まりの趣旨を伝えると早速、本題に入った。
「さればだ。
まずは今回のマデュラの刺客始末の一件からとしよう。
後始末の状況だが、バルド!我が兄上ハインリヒ様への報告時に
『黒の影』が背後にうごめいていたと聞いた。これを詳しく聞きたい」
バルドは団長の問いに答える。
「はっ!結果から申し上げます。
ハインリヒ様の背後にうごめいておりました『黒の影』は4年前、
訓練施設にて始末いたしましたマデュラ子爵家の乳母の魂にございます。
経緯につきましてはポルデュラ様よりお話頂きますが、
よろしいでしょうか?」
かつて100有余年前に封印されたと伝えられている『黒魔術』が関係しているため、封印に直接関与した家系であるラドフォール公爵家風の魔導士のポルデュラに説明を託す。
団長はバルドの申出に即答した。
「構わぬ。ポルデュラ様お願いできるか?」
ポルデュラはバルドから託された説明の承諾を団長から得ると話しを進めた。
「承知した。先日のマデュラの刺客の一人がその乳母の夫であった」
団長はその言葉にピクリと反応する。
「夫?その刺客はマデュラ騎士団の従士ではなかったのか?」
怪訝そうな物言いでポルデュラに尋ねる。
「そうじゃ。マデュラ騎士団従士だと申していた。
シュタイン王国では騎士団の騎士と従士は
夫婦となることは許されていない」
「その規律を正す為に騎士団へ入団する者は生殖器排除をしているからな。
夫婦となり、子が生まれ、家族ができれば戦いに愁いが生まれる。
まして、命を落とせば残された家族は暮らしが立たなくなる者もあろう」
「それ故、夫婦となることは禁じられている。
だが、その者らはマデュラ子爵家当主マルギットから
特例を与えられていると申していた。
そもそもマデュラ騎士団だけは団長はじめ、
騎馬の隊長が定められている生殖器の排除も行ってはいないからな。
我が国では異端の騎士団であるからな。話しを元に戻すぞ」
ポルデュラはお茶をすする。
「その者、名はホルガーと申していた。
バルドに始末された乳母はエステール伯爵家へ運ばれた。
そこで躯の弔いをしたハインリヒ様付女官アーディに入り込んだそうだ。
マルギットの黒魔術で魂を操り、ハインリヒ様をセルジオ様暗殺へ導く為にな」
ポルデュラはセルジオの反応をチラリと見る。セルジオは静かに話しを聞いていた。
「ところがだ。アーディが気鬱となり、死んだ。
恐らく黒魔術で入り込んだ乳母の魂と己の魂が反発したのであろうな」
「行き場をなくした魂はハインリヒ様へ入り込んだ。半年前の事だ。
黒魔術で作用された魂は己より上位の魂を持つ者の中には入り込めぬ。
ただ、直接、黒魔術を扱う者と関わりがあればたとえ上位の魂を
持つ者であっても容易に入り込めるのじゃ」
「ハインリヒ様とマルギットは18貴族の当主であるからな。
月に一度は王都シュタイン城で当主の会合でまみえる。
その機会を狙い、ハインリヒ様へ黒の影が入り込める術を施したのであろうな」
「まっ、ここは私の想像じゃがな。
何にしてもアーディが亡くなった時よりハインリヒ様のご様子が
時折変わると侍従のギュンターが申していたそうだ。
そうであったなバルド」
「はっ!左様にございます」
バルドに確認を取るとポルデュラは話しを進める。
「いくらマルギットと言えどハインリヒ様の中に入り込んだ魂を
離れた所より自在に操るのは難しい。
黒魔術は根源の波動で左右される。
ハインリヒ様と乳母とでは根源の波動の強さが違うからな」
「そこで考えたのがハインリヒ様へ会い、
入り込んだ乳母の魂へ直接魔術をかけることだ。
先ほども申したが、王都では月に一度、シュタイン王国18貴族の
当主会談が行われる。必ず月に一度は会えるからな」
「後は書簡だ。書簡に魔術を施し渡す。
困ったふりをして書簡を届けさせ、ハインリヒ様が目を通される様、仕向けた」
「ギュンターが申すにマルギットからの書簡の処分は命じられていないそうだ。
書簡が手元にある内は魔術からは逃れられぬ。
セルジオ様の狩りの日取りを知り、エステール領内にある狩場に
刺客が入り込めたのはそういう訳じゃ」
ポルデュラはお茶を口に含んだ。
「その『黒の影』となった乳母の魂は兄上の中から出せないのか?」
団長がポルデュラへ問う。
「浄化を施せば可能だ。だが・・・・
浄化をする為にはより所となっている身体の持ち主の
気を失わせねばならぬのじゃ」
「兄上を深く眠らせてはどうなのだ?」
「うむ。魔術の状態にもよるがな・・・・
バルドの話だと『黒の影』が現れるのはマデュラの話が出た時のみだ。
されば眠っている間は『黒の影』もまたハインリヒ様の奥深くで眠っている」
「これも黒魔術で開放の呪文を施しているのであろうな。
そうなると眠りの中より引き出すことは難しい」
ポルデュラは黒魔術の大枠を皆に伝えた。
「マルギットが時を置かずに仕掛けてくるとは考えにくい。
じっくり時をかけ、確実に獲物を仕留めるのがあやつのやり口じゃ。
なればハインリヒ様の中に『黒の影』がいることのみ皆が解っておればよかろう。
時がくるまで待つしかないの」
ポルデュラはふぅとため息を漏らした。
「そうか。承知した。
バルド、兄上への謁見の際は様子を伝えてくれ」
団長は当面の対策がないことが見て取れるとバルドへ情報収集の指示のみをした。
「はっ!承知しました」
バルドの返答を待って、ポルデュラが口を開く。
「『黒の影』のことはこれでよいかの。団長殿、一つ頼みがある。
先ほど話に出た浄化をしたマデュラの刺客ホルガーのことだ」
「うん?そやつのことでポルデュラ様が頼みと言う事か?」
「そうだ。浄化の際にホルガーから頼まれての。娘が一人いるそうだ。
両親を亡くし、行き場がなくなることを案じていた。
エステールの孤児院へ託せないかと頼まれたのだが・・・・」
「孤児院へ託せばハインリヒ様の知る所となる。
さすればマルギットへも通じるであろう。
そうなると子の命の保証はできないからな。
騎士か従士の郷里で面倒を見てくれる家はないかの?」
「いくつになるのだ?」
「4歳になる女子と言っていた。名はフリーダだ」
「できれば我らが目の届く所がよいのだが・・・・
騎士や従士が近くにいれば戦いの臭いが身に付いてしまうからの。
どこぞ、安らいで育ててくれる所はないかの?」
「4歳となると里子の年まで3年だな」
「うむ。今はジェイド子爵領の修道院にいる。
近々迎えに行くと使いだけは出してあるのだがな。
託せる場が見つからねば迎えにも行けなくてな」
「・・・・あの、ポルデュラ様、
差し支えなければ私の実家でお預かり致しましょうか?」
ベアトレスが口を開いた。
「うん?ベアトレスの実家はカルセドニー子爵領であろう?
エステールとは関係が・・・・うむ!!よい考えかもしれぬな!」
ポルデュラは思案気な顔を団長へ向けた。団長と顔を合わせる。ベアトレスがにこやかに話しだした。
「はい、娘アルマも4歳を迎えました。
私の実家はカルセドニー子爵家に代々侍従と女官として仕えております。
丁度、4歳になるころより教育が始まります。
娘と年頃も同じですし、エステール伯爵領内のどこかへ託されるよりは
安全かと思いますが、いかがでしょうか」
「よし!決まりじゃ!ベアトレス、よしく頼む。団長殿、よいかの?」
「はい、私は構いません。
ことの次第のみ存じておきます故、ご安心下さい。
ベアトレス殿、よろしく頼む」
「はい、承知致しました」
「では、私とベアトレスとでジェイド子爵領修道院へフリーダを迎えに行くとしよう。
そのままカルセドニー子爵領のベアトレスの実家まで赴くこととしようぞ」
「!ポルデュラ様が私の実家へでございますか?
その様なこと!実家より使いの者をよこさせます」
「いや、見てみたいのじゃ。
そなたが育った家を。そなたを育んだ土地をな。案ずるな」
「されど、早い方がよいな。
フリーダを我らが手元にあることがマルギットに知れる前に動かねばならぬな。
ベアトレス、明日出発じゃ。団長殿、悪いが目立たぬ様に1人護衛を付けてくれるか?」
「承知しました。ジグラン、ジクムントを護衛に付けてくれぬか?
その者の・・・・ホルガーの魂が入ったのであろう?知らぬ仲ではないからな」
「はっ!承知致しました」
ジグランが答える。
「これで『黒の影』に関わることは仕舞でよいか?バルド」
団長がバルドへ念をおした。
「はっ!」
バルドが呼応すると団長はバルドへ向き直る。
「さて、バルド。永らく待たせたな。そなたの『最善の策』を聴かせてくれ」
団長の言葉に皆の視線がバルドへ集まる。
バルドは呼吸を整え話出した。
「はっ!感謝申します。
この策はポルデュラ様が初代セルジオ様のご無念の感情を
セルジオ様の心と共に封印されました際に立てたものにございます」
「3つの策の内、2つは事が終わっております。
残る3つ目の策は、セルジオ様のこれよりの訓練の有り様にございます」
バルドは隣に座るセルジオへ視線を向ける。
セルジオもバルドをしっかりと見つめ、話しを聴く体制を整えるのであった。
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