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第2章:生い立ち編1~訓練施設インシデント~

第35話 インシデント32:今世と前世の往来

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サアァァァァ・・・
フワリッ・・・

風に乗りバラの花のかぐわしさが鼻腔びくうへ届く。風が頬を優しくなでる。

「セルジオ様・・・・
私はいつも、いつまでも、あなた様のお傍におります故、
ご案じなさいますな・・・・」

『・・・・誰が話しているのだ?誰の声だ?・・・・』

パチリッ

エリオスは頭の中で響く声に目が覚めた。ベッドに横たわっている。

『・・・・湯浴みをしていたはずだが・・・・』

思い出そうと右手を額にあてた。

コツン!

ひじが何かにあたった。肘の先を見るとセルジオが寝息を立て眠っている。

「!!!セルジオ様!!!ここは?!」

ガバッ!
ズキッ!

慌てて身体を起こすと頭に痛みが走った。

「うっ!」

両手で頭をおおう。

ドッドタッ!!

「エリオス様っ!お目覚めにございますかっ!」

ベッドのかたわらで眠っているセルジオとエリオスを見守っていたオスカーが椅子から転げんばかりにベッドのふちに膝まづいた。

ギシッ
ストンッ

「お目覚めになられたか。エリオス様、どこぞ痛みはありませぬか?」

ポルデュラが起き上がったエリオスの身体を支え、再び横たわらせる。

「・・・・頭が少し痛む。頭の奥が・・・・声が聴こえて・・・・
セルジオ様へ語りかける声が・・・・聴こえて目が覚めた・・・・」

エリオスはゆっくりとまばたきをして思い返している。

「いずれ・・・・お話しを致します。そのお声の主はエリオス様ご自身です。
先程、エリオス様はセルジオ様に直接お話しされていました。
過去のエリオス様が、セルジオ様へお話しをされていたのです」

オスカーはベッドの縁に膝まづいたままエリオスが頭の中で声がすると言った状況の説明を簡単にした。

「左様だ。前世の記憶を少し思い出されての。
なに。案ずる事はない。天に旅立たれたのでな」

サアァァァァ・・・・

ポルデュラがエリオスへ風を送る。
エリオスは自身の両手を眺め、ゆっくり瞬きをしていた。

「そのまま、セルジオ様と共にお休み下され。
今は眠る事が何よりの薬となる。その前に少しこの茶を飲まれよ」

ポルデュラはバラの花びらが浮くお茶をエリオスの口元へ運んだ。

フワリッ・・・・

「スッ・・・・コクリッ・・・・」

カップにそっと口びるをつけるとゆっくりとお茶を飲む。バラの香りが鼻腔びくうから頭の中へすっと溶け込み、頭の痛みが和らぐ様に感じた。

「頭の痛みが・・・・楽になりました。感謝申します」

エリオスは自らゆっくりと横になると隣で眠るセルジオへ目をやる。セルジオの方へ身体を向けると左手で優しくほほを触った。

「・・・・温かい・・・・。セルジオ様がご無事でよかった・・・・」

エリオスの目頭めがしらに涙が溜まる。
エリオスの背中は小刻こきざみに震えていた。

「本当によかった・・・・セルジオ様がご無事で・・・・
この先もご一緒に過ごせます。よかった・・・・すぅ・・・・」

エリオスは呟くとセルジオの左手をそっと握る。セルジオの左手を握ったままエリオスはすぅと眠りについた。

オスカーはいたたまれない思いでエリオスの様子を見ていた。

ポルデュラがポツリと言う。

「宿世の結びが叶ったのだ。エリオス様が望まれた事なのだ。
オスカー、宿世とはな過去の世、前世からのえにしのことじゃ」

「前世のエリオス様も今世のエリオス様も・・・・セルジオ様を生涯いつくしむ。
たとえセルジオ様がその想いにエリオス様の想いに気付かずともな」

「同じ道を歩み、同じ時を過ごし、同じくかたわらに寄り添い、
生涯をかけてお守りする。これがエリオス様が望まれた宿世の結びだ」

「オスカー、その想いが叶う様、エリオス様をお支えする事がそなたの役目だ。
宿世の結びはその者でなければ解らぬ。
エリオス様にとっての喜びを解って差し上げることだ。
まぁ、そばで見ている我らはいたたまれぬ思いもあるがな。
致し方ない事だ」

「・・・・承知致しました。エリオス様にとっての喜びをお支え致します。
従士とは・・・・いささかつらい役目にて・・・・
あるじの喜びも哀しみも・・・・
全てをあるじの思いのままに生きられる様計らうのが役目。
エリオス様のお心が安んじていられる様、努めます」

オスカーはエリオスの頭をそっとなでた。


フワリッ・・・・フワリッ・・・・

エリオスの隣で眠るセルジオはフワフワと雲の上にいる様な感覚を覚えていた。
温かい手がセルジオの左手を包み込む。

『あたたかい・・・・』

温もりが心地よく感じる。しばらくすると耳元で声がした。

「毒が少し・・・矢に毒がしこまれていたの。
解毒げどくはしたから少しづつ動く様になるわ。安心して」

『・・・・矢?・・・・どなただ?・・・・知らない声?・・・・だ』

妖精の様な軽やかで温かい声。

うっすらと眼を開けると銀色の長い髪、深い緑の瞳、真っ白な風になびく衣服を身にまとった姿の女性がベッドで横たわるセルジオをのぞいている。

「頭が痛む?ゆっくりでいいの。ゆっくり、ゆっくり、思い出せばいい」

パアァァァァ

そう言うとその女性は金色の光でセルジオの全身を包みこんだ。

エリオスの隣で眠っているセルジオの身体が金色の光で包まれる。

「!!!ポ・・・ルデュラ・・・様、セルジオ様から・・・・金色の光が・・・・」

オスカーがセルジオを凝視ぎょうししている。


ガタッ!

エリオスをセルジオのかたわらから遠ざけようと椅子から立ち上がった。

「オスカー、エリオス様はそのままに!大事ない。
セルジオ様は今、前世を旅しておられる。
初代セルジオ様の追憶ついおくであろう。
光と炎の魔導士オーロラ殿だ。傷をいやしているのであろう」

「セルジオ様は今も昔も多くの者に救われておるのじゃ。
初代セルジオ様がそれを見せているのやもしれぬな。
初代セルジオ様の追憶は後悔と無念だからの。
セルジオ様に同じ道を歩ませぬ為の心遣いだろうて」

サアァァァァ・・・・

ポルデュラはセルジオとエリオスに優しい風を送る。

「オスカー、暫くそのままに。セルジオ様とエリオス様をそのままにしてやれ。
エリオス様のお顔を見ろ。幸せそうな微笑みを浮かべておいでだ」

オスカーはセルジオへ身体を向けているエリオスの顔を覗く。
赤子の頃から仕えてきたが、今まで見せた事のない安らかで幸せそうな微笑みだった。
オスカーは胸が熱くなる。

ジワッ・・・・

「よほどのご無念であったのでしょうね。
最後までセルジオ様を初代セルジオ様をお守りできなかった事を・・・・
ずっと悔やまれ、引きづられていらしたのでしょうね・・・・」

エリオスの姿がゆがむ。

ほろりっ・・・・

オスカーの頬を涙が伝った。

「お互いなのだ。皆がそれぞれに想いあい、いつくしみあい、
分ける心があれば争いは起こらぬ。されど思っておっても行えぬのが人だ。
なれば一時を一瞬一瞬を同じ時を過ごす者同士、同じ道を歩む者同士、支え合えばよい」

「オスカー、そなたの優しさがエリオス様の心に温もりを生むのだ。
そなたの行いそのものをエリオス様は真似る。
そなたが思うがままにエリオス様にお仕えすればよい。
この先も命ある限りな」

「バルドとは守る者と守る事が異なるのじゃ。
そなたとバルドとが互いに力を合わせれば恐いものはないの!
いやはや、2人にはほんに驚かされる事ばかりじゃ」

ポルデュラはオスカーにバラの花びらが入ったお茶と焼き菓子を薦める。

「オスカー、そなたも少し休め。
セルジオ様とエリオス様は今しばらく眠っておられる。
そなたが目覚めるまで私がみておく故、安心いたせ」

ポルデュラはオスカーへ微笑みを向けた。

カチャリッ・・・・

オスカーはポルデュラから受け取ったカップのお茶をすする。

フワリッ・・・・
クラッ・・・・

突然、眠気に襲われた。

「ポルデュラ様、感謝申します。
バルド殿がお戻りになるまではと思っておりましたが・・・・
何やら突然に・・・・眠気が・・・・」

ガチャン!!
バシャッ!
バタリッ!

お茶のカップが手からこぼれ、オスカーはそのまま床に倒れた。

「こうでもしなければ休めぬであろう?
そなたもバルドもあるじの事となると頑固がんこだからの。
ゆっくり休め」

ふふふとポルデュラは笑った。
少量の眠り薬が入ったお茶を飲ませたのだ。

「ベアトレス、オスカーの手にヒソップの花びらを握らせてやってくれ。
それと腰の短剣を外してこちらへ持ってきてくれ!浄化をする!」

「承知致しました」

サッ
ガッガチャッガチャッ・・・・

ベアトレスはポルデュラに言われたままにオスカーの手に青いヒソップの花びらを握らせ、腰の短剣をベルトごと外した。

パスッ!
フワリッ・・・・

床に横たわるオスカーの頭にクッションを当てがい白いシーツをかける。

「しばし、ゆるりとお休み下さいませ」

ベアトレスはポルデュラと共に隣室へ出ていった。

ガチャッガチャッ
コトッコトッゴトリッ!

ポルデュラはオスカーの短剣2口とエリオスの短剣1口を床へ置く。セルジオの短剣はマデュラの刺客の目を貫いたままになっていためこの場にはない。

青いヒソップの花びらを降り注ぐと呪文じゅもんを唱え始めた。

「剣に残りし闇の息吹よ。
聖なる青の花と共に光に溶け込み、風に乗れ。
風と共に森へ向い、己の根源へ還るがよい。
還る場所は一つなり。己の根源へ還るがよい」

ブワッ!
ザアァァァァァ

銀色の光が短剣を包む。ポルデュラの手元で銀色の風のたまが回転している。

「ベアトレス、聖水をかけてくれっ!」

ザッザッザッ!
ザッザッザッ!

ベアトレスは黙ってヒソップの葉で聖水を短剣に降りかける。

シュルシュゥゥゥゥ・・・・

薄い黒の霧が銀色の風の珠に吸い込まれるのが見える。

「ふっ!!!ふぅぅぅぅふつ!!」

ポルデュラは薄い黒の霧が銀色の風の珠に吸い込まれると自身の息吹を吹き込んだ。

ザッ!
サラァサラァラサラァァァ・・・・

銀色の風の珠はちりとなり消えた。
短剣は先程とは比べものにならない程、光り輝いていた。

「終わりじゃ。オスカーが目覚めるまで、そのままにしておけ。
うむ。美しく浄化できたの」

ポルデュラは浄化のできに満足そうにつぶやいた。

「承知しました」

サッサッサッ・・・・
サッサッサッ・・・・

ベアトレスはポルデュラに言われるままに短剣からヒソップの花びらを取り除く。

「ベアトレス、そなたもいよいよ慣れてきたの。
私の魔術の手伝いが板についてきたではないか。
どうだ、そなた魔術を学んでみる気はないか?」

ポルデュラはベアトレスの行く末を考えていた。7歳でセルジオは訓練施設を出て、騎士団へ入団する。入団後も女官としてセルジオ付で仕える事は難しいだろう。

騎士団ではある程度の戦闘訓練を受けた者が騎士団団長専属の女官となるからだ。ならば、ポルデュラ自身の手伝いをする事でできるだけセルジオの傍にいさせてやる事はできないかと考えていたのだ。

「ポルデュラ様、感謝申します。されど・・・・
ポルデュラ様のお手伝いでしたらともかく、魔術を学ぶなど・・・・
いささか荷が重うございます。
できましたらこのままポルデュラ様のお手伝いをさせて頂ければ嬉しゅうございます」

ポルデュラはベアトレスの謙虚けんきょさを好んでいた。自分からは決して前に出ず、控えめであるが、役目は果たす。女官としての器量きりょうは申し分ないと思っていた。ポルデュラはふと思う。

『ベアトレスに傍にいて欲しいと願うのは私の方だな。これも宿世の結びか・・・・』

ふふふと笑うとポルデュラはベアトレスへ呼応した。

「そうか、ではこの先も私がある限り手伝いを頼むぞ。ベアトレス」

ベアトレスもまた自身の前世と深く関わっていた事を思い返していたのだ。

キィィィンンン・・・・

ベアトレスとほっと一息入れていたポルデュラは窓の外から異様な気を感じ取る。

「ふむ。これは・・・・行かねばならぬなっ!」

カタリッ!

窓の外へ厳しい視線を向けると椅子から立ちあがった。
ポルデュラの突然の変化に驚くベアトレスへ顔を向ける。

「ベアトレス!ちと、サフェス湖へ行ってくる。
私が戻るまでセルジオ様、エリオス様、オスカーは目覚めぬと思うが、
もし、目覚めたならバラの茶を飲ませてやってくれ。
眠り薬が入っていないものをな」

ポルデュラはニヤリといたずらっぽい笑いを浮かべた。

ベアトレスも椅子から立ち上がり、静かに答える。

「承知致しました。ポルデュラ様、お伴せずに大事ございませんか?」

「いや、独りでは行かぬ。ジグラン殿に同行を頼む。案ずるな。
エリオス様の中に入っていた闇の者といい、短剣に入っていた黒い霧といい、
いささか気になっていたのだ。むくろが2体サフェス湖にあるであろう?
空がな・・・・気になってな・・・・」

そう言うと窓の外へ再び厳しい目を向けた。

「日のある内に・・・・行ってこずばなるまい!」

カッカッカッ・・・・

ポルデュラは扉の方へ歩みを進める。

「承知致しました。ポルデュラ様・・・・」

ベアトレスは胸の前で両手を握り、祈る様にポルデュラを見つめる。

「どうした!ベアトレス!その様に不安そうな顔をして!
案ずるな!ここは大丈夫だ!風の守りで固めてある故、よからぬ者は入れまい。
そなたもセルジオ様の傍で少し休め。何かあれば強くポルデュラの名を念じろ。
使い魔がそなたを見守っておるでな。安心いたせ。行ってまいるぞ」

「ふぅぅぅぅふつ!!」

ポルデュラはベアトレスの両手を握り銀色の風の息吹を吹き込んだ。

「承知致しました・・・・私はまた・・・・
ポルデュラ様を困らせてしまいました。申し訳ございません」

ペアトレスは申し訳なさそうに深々と頭を下げる。

「なに、そこもそなたのよい所だ。
全てを包み隠さず、嘘偽うそいつわりがない。
セルジオ様のお傍になくてはならない者だぞ」

ポルデュラはベアトレスへ微笑みを向け部屋を出ていくのであった。
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