上 下
8 / 216
第1章:前世の記憶の入口~西の砦の攻防とサファイアの剣の継承~

第7話:西の砦の攻防

しおりを挟む
セルジオの右肩を矢が射抜くと5人の騎士は一斉にセルジオへ剣を振るった。

セルジオは足元に漂い始めた油に気付かれぬ様に間合いを取り襲いかかる騎士5人と応戦体勢を取る。

カンッカンッ!

ガッ!カカンッ!

右肩の矢がセルジオの動きを鈍らせた。

ザッ!カコッ!

セルジオは右肩に突き刺さる矢の矢じりだけを残し、矢羽部分を切り落とす。

ぬるりっとした生暖なまあたたかい血液が重装備のよろいの下でしたたるのがわかる。

『流石に先鋒弓隊だなっ!
よい所を射抜いたものだっ!右腕が動かせぬ!』

ガチャンッ!

セルジオは左手に握っていた剣を床に落とすと右手に握っていたサファイヤの剣を左手に持ちかえた。

『前の二人からだっ!』

間合いを取りながら身をひるがえす。小屋の外には先鋒隊本隊が揃ったのであろう大勢の気配がしていた。
セルジオと騎士5人の戦闘を山小屋の入口で見ていたヤギンスが再び投降とうこうを促す。

「セルジオ殿、これまでですぞっ!
右腕が使えぬのでは双剣の青き血が流れるコマンドールもかたなしですなっ!」

セルジオ1人に手間取る騎士5人を後目しりめにヤギンスはほくそ笑んでいた。

『殺しはせぬはっ!
セルジオは格好の捕虜ほりょになるっ!
これでやっと我が隊はジークフリード様にお引き立て頂けるというものっ!
痛めつけるだけ痛めつけてやるわっ!』

ヤギンスは腕の動作で号令をかける。山小屋の中にいるセルジオに隊列の変化を気取けどられないためだ。

山小屋の最前面にいた弓隊は退き、剣隊が山小屋入口両脇で待機する。ヤギンスは山小屋の入口付近から離れた。
剣隊を山小屋へ攻め入れるためだ。

カンッカンッカンッ!

ザッザザッ!

ヤギンスは苦戦している5人の騎士を山小屋から外へ出す。

「引けっ!」

ヤギンスと共に最初にセルジオと対峙した5人の騎士は山小屋から出た。

「はっ、はぁ、はぁ・・・・」

ドクッドクッドクッ・・・・

セルジオは肩を大きく上下させ呼吸を整えると右肩からしたたる血液の量が増している感覚を覚える。

「はっ、はぁ、はぁ・・・・」

呼吸を整え、左手に握るサファイヤの剣に力を込める。

『思った通りだな・・・・私を殺さず、
力を削ぎ捕虜にするつもりだな・・・・
そうはさせぬ!いや、そうはならぬっ!』

力を込めた左手に握るサファイヤの剣を胸の前で垂直に立てた。
目を閉じ、整えた呼吸と共にサファイヤの剣に気を吹き込む。

「ふぅぅぅぅぅ・・・・」

サファイヤの剣の青白い光が強さを増し、セルジオから湧きたつ青白い炎も勢いを増した。
セルジオは時を計っていた。エリオスが堤を切るまで先鋒隊をこの場に留める応戦をしていたのだ。

セルジオはサファイヤの剣に気を吹き込むとカッと目を見開く。

『そろそろだっ!次は容赦ようしゃはせぬっ!』

セルジオは堤が切られるまで、はじめに山小屋へ足を踏み入れた2人の騎士の首以外は落とさずにいた。
ヤギンスが小屋の外へ出るのと同時に先鋒剣隊が二人一組で山小屋へ攻め入った。

シュッ!ゴロリッ

シュバッ!ゴロリッ!

二人一組で山小屋へ突入してくる剣隊の首がセルジオが剣を振るう度に飛んだ。
山小屋の中はみるみる騎士の落された首から吹き出す血で真っ赤に染まる。

「くっ!はぁ、はぁ、はぁ・・・・」

床に広がり出した油の上に首から血を吹き出す騎士のむくろが重なる。
セルジオは次々攻め入る剣隊の応戦に山小屋の外の様子を計りかねていた。

『くっ!外の様子がわからぬ!
後、いかほど剣隊がいるのか?
これ以上むくろが増えては火が広がらぬっ!』

火を放つ機を見ていたセルジオは一瞬躊躇した。

ガキィン!スバッ!ドザッ!

次の瞬間右肩に熱いものを感じる。
矢を射られ動かせずにいたセルジオの右肩から右腕が切り落とされた。

「くっっ!」

セルジオは床に転がる自身の右腕を一瞥いちべつすると右肩の切り口から血液が吹き出した。
その姿を見たヤギンスは声高に言い放つ。

「セルジオ殿っ!今一度申す。これまでですぞ!」

サアァァァァ・・・・

セルジオの返り血を浴び所々赤く染まった金色の髪を風がゆらした。
血の臭いで充満した山小屋の中にユリの花の香りが風にのりただよう。

セルジオはハッとする。

『セルジオ、加勢するわ』

ふんわりとユリの花の香と共にオーロラの声がセルジオの耳元でささやいた。

「・・・・オー・・・ロラか?オーロラなのか?」

『そうよ、オーロラよ。セルジオ。
また、独りで無茶をしたのね・・・・右腕の止血をするわ』

柔らかな炎が血が吹き出す右腕の傷口をふさぐ。

『後は・・・・種火はこれね』

セルジオの目の前に小さな炎の火種が浮かんだ。セルジオはサファイヤの剣の剣先に宙に浮かぶ火種を灯す。北戦域へ赴いているオーロラがセルジオの馳せた思いを汲み取り、姿なく加勢に来たのだ。

「オーロラ、すまぬ!
アンとキャロルの安否が解らぬっ!されどこのまま堤を切るっ!」

セルジオは耳元で囁くオーロラにそっと言葉を返す。

『大丈夫よ、先刻エリオスの所に着いたわ。
安心して、セルジオ。後はあなたの思うがままに』

オーロラの言葉を聞き、セルジオは胸をなで下ろす。

「そうか。エリオスの所へ着いたか。よかった」

ほっとした優しい微笑みを宙へ向けた。

シュッ!

セルジオはサファイヤの剣の剣先に灯した火種を放った。

ボンッ!!!ブワッッ!

油が広がった床から炎が勢いよく広がる。

ブワッッ!バッバンッ!

立ち上った炎は山小屋を覆い屋根を一気に吹き飛ばした。

「ウギャーーー!ワァァァ!」

ヤギンスは山小屋を包囲する弓隊、扉の前で待機していた剣隊に叫んだ。

「者ども!下がれ!小屋より下がるのだ!」

ヤギンス率いる先鋒隊の隊列は一気に乱れる。

「ギャー!!!目が見えぬ!目が見えぬ!」

両目を押え山小屋の中の剣隊6人が飛び出し倒れ込んだ。

「セルジオはいかがしたっっっ!」

ヤギンスが炎に覆われた山小屋に近づく。

「ヤギンス様、危のうございます!
セルジオは小屋の中におります。この炎に包まれては流石に・・・・」

騎士の一人が言った。

「いや!青き血が流れるコマンドールぞ!
攻めの駒として申し分ない者ぞ!炎の中から引き釣り出せぇっ!」

ヤギンスは我を忘れているかと思える程の叫び声を上げた。

「ヤギンス様っ、ここまで炎が上がっては無理にございます!」

答えた騎士にヤギンスのこぶしが飛ぶ。

「無理だと?折角せっかくの好機ぞ!
そなたが炎の中へ入れぇっっ!セルジオを引き釣り出せ!」

普段は戦いの中でも穏やかさを失わないヤギンスの言葉に周りがどよめいた。

そのどよめきと同時に響いてくる地鳴りに最後方の槍隊が首を傾げた。


『キュウ!キュウ!キュウ!』

鹿の声が3度第三の堤から山肌を通り抜け上へ登る。

「第三の堤!開門。続き第二、第一の堤!開門っ!」

ガコッ!ザバァァァァァ!

エリオスが号令をかける。開いた堤から水が一気に斜面を下った。エリオスは第二の堤へ目を向ける。水が生きているかの様に踊りながら勢いを増す。

水の精霊ウンディーネの姿と言われる水龍すいりゅうがサフェス湖から降り立ち山肌を下っている様に見える。

エリオスは胸に下がる首飾り月のしずくへ鎧の上から手を置く。

「これで、せん滅だ!スキャラル国は攻め所を誤ったわ」

エリオスは不安な思いが的外れであるようにと祈りながら西のとりでに目を向けた。
西の砦の先にはセルジオがメアリらの救出に向かった西の森がある。

「エリオス様っ!」

名前を呼ばれ振り向くとシュバイルとサントの姿があった。祈りが通じた思いになる。

「シュバイル!サント!間に合ったか!」

エリオスはシュバイルとサントに抱えられているメアリ、アン、キャロルの3人の姿に胸をなで下ろした。だが、セルジオが一緒にいないこと、3人の様子が不安げなことを見て取るとシュバイルへ指示をした。

「そのまま、西の屋敷へ戻れ!ここは危険だ」

シュバイルの瞳に陰りを見たエリオスはエステール伯爵家の居城で最後に話したセルジオの言葉を思い返す。

『万が一だ。万が一・・・・頼んだぞ』

エリオスは再び西の砦に目をやると月のしずくへ想いを込めた。

『月のしずくよ!
どうか、どうか、セルジオ様をご無事でお戻しくださいっ!』


シュバイルとサントはエリオスに指示を受けるとメアリらを抱きかかえたまま西の屋敷へ向かった。

「サント様、私はもう大丈夫です。歩けます」

メアリが恥ずかしそうに言う。

「いえ、城内へ入るまではこのままにて」

サントは『ナイト』の言葉そのままに物腰ものごし美しい騎士であった。エステール伯爵家領西門をくぐり、石造の大門を通り抜けセルジオ騎士団城塞、西の屋敷の南門を抜ける。城内に入ったサントはメアリを降ろす。

「さっ、さっ、お屋敷へお入り下さい。
我らはエリオス様の所に戻ります」

シュバイルがアンとキャロルをそっと降ろし、メアリに託した。

「・・・・あのっ!
シュバイル様!セルジオ様は・・・・」

メアリはセルジオの事が気がかりでならなかった。シュバイルとサントに抱えられて間もなく『ボンッ!!!』と響いた爆発音、木の焦げる臭いに胸が締め付けられる思いだった。

「メアリ様、セルジオ様はご無事でいらっしゃいます!
エリオス様も堤を切られたではありませんか。
ご案じ召されるな。今はお2人のお子達を早く屋敷の中へお連れ下さい」

シュバイルは微笑みを浮かべメアリを促した。

「そう・・・そうですね!
きっと、ご無事でいらっしゃいますよね!
ここまでお連れ下さり、感謝致します」

メアリは不安な思いを拭い去る様に明るく笑った。シュバイルとサントを見送るとメアリはアンとキャロルの手を引き西の屋敷へ向けて石畳の道を進む。

「アン様、キャロル様、大事ございませんか?」

優しく語りかける。アンはうつむいたままメアリの左手をギュッと握った。

「メアリ、
キャロルはクルミの篭を持ってくるのを忘れてしまいました。
クルミでお菓子を作るとセルジオ様と約束をしていましたのに・・・・」

キャロルはセルジオとの約束を果たせない事が気がかりの様だ。

「姉さま!恐かったですね!
シュバイル様達が来て下さらなかったらどうなっていたでしょう?」

アンより2つ年下のキャロルは大きく息を吐き素直にアンに話しかけた。

「・・・・」

アンは聞えていないのかうつむいたまま顔も上げず何も答えない。

「姉さま?・・・・」

キャロルがアンの顔を覗き込んだ。
大粒の涙が石畳の道にポタポタと落ちる。

「私が・・・・私が!
クルミを拾いたいなどと言ったから!」

アンが関を切った様に泣き出した。怖い思いをしたこと、セルジオが一人で助けにきたこと、セルジオを残してきたこと、全て自分の責任と思い込んでいた。

「アン様、そうではありませんよ。
突如、攻め入ってきたのです。
クルミ拾いとは何の関係もありません。
もし、攻め入る事が解っていたならセルジオ様は
始めから行ってはならぬと申されましたよ」

メアリは自分自身を落ちつかせる様に静かにゆっくりとアンに言った。

「そうなの?メアリ!私のせいではない?」

アンはメアリの顔を見上げた。優しく微笑む。メアリの目に涙が浮かんでいるのが見えた。

「左様ですとも。ご案じなさいますな。
セルジオ様のご雄姿は素敵でしたね」

シュバイルがメアリに言った言葉そのままをアンに言いながら

『シュバイル様も同じ事を思っていらしたのかしら?』

いくらセルジオでもあの人数を一人で討ち果たせるものだろうかと思うのであった。


シュバイルとサントはメアリらを西の屋敷南門まで送り届けると第三の堤にいるエリオスの元へ急いだ。

「エリオス様、ただ今、メアリ様方を城内へお連れ致しました」

シュバイルとサントがエリオスの元に戻る。
エリオスは不安をかき消すように少し強い口調でセルジオの所在を確認する。

「シュバイル、サント、よく戻った。
メアリからセルジオ様の事を聞いたか?」

エリオスは胸が締め付けられる感覚を振り払う。

シュバイルはかしづき答えた。

「はっ!聞きましてございます」

エリオスが急き立てる。

「して!何と申された!セルジオ様はご無事か!」

シュバイルは今しがたメアリから聞いたままをエリオスへ伝えた。

「メアリ様方は先鋒隊が到達寸前に山小屋の中へ入られ、
隠れたよしにございます。
騎士が3人山小屋の扉を開けたと同時に外が騒がしくなり、
セルジオ様が騎士の1人を後ろ手に捕えると
メアリ様方を逃したそうにございます。その後は解らぬとのこと・・・・」

シュバイルの声が小さくなる。

ガンッ!

エリオスは頭を強く叩かれた様な痛みを覚えた。

『お独りで先鋒とまみえたか!』

「わかった。そなたらも無事で何よりだった。礼を申すぞ」

エリオスはシュバイルとサントにねぎらいの言葉をかけると激流が渦巻く西の砦を見下ろした。

『セルジオ様ぁっ!!!』

届かない声を上げたい想いを必死で封じ込めた。
しおりを挟む

処理中です...