あのころの君へ

春華(syunka)

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煩わしい出来事

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午前8時から関連会社やオーナーとの打合せが続いた。時計を見ると午後2時を少し回った所だった。

「何か食べてから戻ろうか?」

「えっ!いいんですか?
神崎さんいつも寄り道しないから
このまま会社に戻るかと思ってました。
よかったぁ!
実はお腹がすいて倒れそうだったんですよ」

時間の都合がつかない時は昼食を摂らないこともある。いや、私一人であれば昼食は摂らない。

「あっ!
僕、この辺で雰囲気のいいお店知ってますっ!
あ~でも間に合わないかな?
夜の営業まで一旦、店閉めるんですよね」

「ギャラリーの2階のカフェにしない?
場所移動する時間がもったいないし・・・・
エレベーターホールの監視システムも確認しておきたいし・・・・」

「そうですね!
もうお腹すき過ぎて店まで歩くのも何だし、
じゃそうしましょ!」

そうと決まればと同僚の佐藤とギャラリー横のエレベーターホールへ向かった。

カフェに入るとランチの時間帯が過ぎているからか席も疎らに空いていた。

窓際の4人掛けの席に案内される。

アフタヌーンティの時間帯でメニューは一種類のみ。飲み物だけ選んで注文をした。

「神崎さん、
僕たちどういった関係に見えますかね?」

(なんだ?また、奇妙な事を聞いてくる)

面倒だなと思いながらも同僚なのだから足蹴あしげにする訳にもいかず適当に答える。

「う~ん?
どこからどうみても外出先で昼食を摂り損ねた
営業マンが遅めのランチをしている図じゃない?」

「あ~あ、解ってますよ。そんなことは。
事実でなくて例えばの話をして下さいよ。
折角、こうして2人で食事をするんですから」

どうにもこう言う会話は煩わしくて仕方がない。するなら仕事の話をしたい所だ。

「う~ん?
じゃ、部下に軽食をたかるお局上司の図でどう?」

「いやだなぁ~。
神崎さんと僕、3つしか歳違わないんですよ。
同世代じゃないですか。
お局上司になんてみえませんよ」

(一応、あなたの上司ですよ。私・・・・)

心の中で毒づく。

「そう言えば、さっきの日本画の作品写真のモデル、
あれ、神崎さんですよね。
雰囲気は違いましたけど見た目は神崎さんそのものでしたよね。
いつ日本画のモデルなんてしたんですか?
髪の長さも違ってましたけど、
神崎さん綺麗だからモデルでも様になりますよね」

まさか、気付きはしないだろうと思っていたが、変に誤魔化してありもしない噂が立つのが煩わしい。正直に伝えることにした。

「う~ん・・・・解らない。
私であって、私じゃないとしか言いようがないかな?」

「どういう事です?」

「あの日本画の構図と同じ水彩画のモデルになった事はある。
タイトルも同じだった。
でも、子供の頃の話だからあの日本画のモデルじゃないのよね。
あんなに大人になっちゃってって感じかな?」

「何ですか?それっ!
ものすごく面白そうな話じゃないですか!
神崎さん浮ついた話が一つもないから!
えっえっ!もしかしてあの日本画の作者と恋仲だったとか?」

(あ~、本当に面倒だ。何でそうなるかな?
子供の頃の話っていっているのに・・・・)

煩わしさが頂点に達してはいるもののこのままにして同僚の妄想が独り歩きするのも不本意だ。一つため息をつくと私は20年近く前の出来事を話すことにした。



小学校5年生の図画工作の時間。隣の席の人とお互いがモデルになり水絵の具で人物画を描いた。

小学校ではよくある授業中の課題をそのまま市や県の展覧会に出品する催しで、最優秀賞に輝いた作品が私をモデルに描いた少年、高階和也君の作品だった。

その後、全国のコンクールに出品する事が決まった。

その事自体は素晴らしく、誇らしいことであるのだが・・・・注目を浴びたのが作者だけではなく、モデルも含めてだったのだ。

市の展覧会で評価した人物がどうやら日本画の世界でかなり有名な人だったらしい。

その評価の言葉が推測や憶測で作者とモデルの感情を表現した事がモデルにも注目が集まった原因だった。

「この作者は被写体に深い愛情を抱いているのでしょう。
今にも動きそうな口元、肌の色使い、
子供にしては色香の漂う瞳、
まさに被写体が抜け出してくるかのように感じられる作品です」

この評価に小学校は大騒ぎになる。作者の高階和也君は文武両道、整った顔立ち、建築会社を営む社長の息子、更に生徒会の会長の人気者だった。そして、モデルの隣の席の子は生徒会の書記とくれば少しませた年の子ども達の格好の餌食となる。

作品の題名は「君へ」。

この題名ですら意味深なものであるかのように言われたのだ。

小学生の頃の私は男子と遊ぶ方が楽しかった。
毎日出される宿題を学校帰りに先に済ませる。
川でザリガニを取り、秘密基地で飼う。プラモデルを組立て、化学実験と称してゼラチンの固まる濃度を測定する。何かを創り出す遊びが好きで同じ様な遊びを好むのがたまたま男子だっただけだ。

ほとんど毎日、一緒に遊んでいた。高階少年が中学受験をするからと塾に通い出しても学校帰りはいつも一緒にいた。

作品が注目され、モデルの私とのありもしない噂が広がると周りからあれやこれやと言われる様になる。
2人が一緒にいる姿を目撃するとヒソヒソ話される。煩わしく、私は高階少年を避ける様になった。

6年生になるとクラスが替わり、益々縁遠くなった。生徒会以外では会う事もなくなった。

小学校最後の夏休みに私は親の転勤で引越しをする事になった。

引越しの荷をトラックに運び込む手伝いをしていた所を突然に高階少年に呼び出された。

あれから一年近く話す事もなくなっていたから正直、今更なんだろうと訝し気に感じた。

「これっ、貰ってくれるかな?」


打合せ中に思い出していた人物画を手渡された所までを話すと同僚の佐藤は驚きの表情を浮かべる。

「えっ!それでっ!
神崎さんどうしたんですか?
その絵、貰ったんですか?」

少し前のめり気味に佐藤が詰め寄る。
仕事もそれくらいに前のめりになって欲しいものだ。

「うん、貰った。
と言うか、無理やり渡されて、
返す機会を失ったと言った方がいいかな?」

「そっ!それでっ!
今も持ってるんですか?その渡された作品!」

「う~ん、どうだったかな?実家にあるかな?」

「えっ!探してきて下さいよ。
もし、その作者があの日本画の作者なら
名が売れたら価値がでるんじゃないですか?」

(佐藤さん、私は君のそう言う所がとても微笑ましいと思っているよ)

私に対しての絶大な信頼なのか?彼は私が煩わしく思う発想を仕事が絡む時には絶対といい程しないのだ。

(君と一緒に仕事ができて私は幸せに思う)

「そうね、探してこようかな?
作者の名前も同じだったからオーナーに
お渡しすれば喜ばれると思うしね」

「え~!オーナーに渡しちゃうんですか?
じゃ~僕に下さいよ!」

「それはできない相談だね。
オーナーにも作者にも失礼になるし・・・・
それに御礼も言えていないし、
煩わしさから避けることを選択した
罪悪感も残っているから・・・・かな?」

「神崎さんのそう言う一直線で正義感が揺るぎない所、
最初は融通が利かない人だと思ってましたけど
ブレないからカッコイイですよね」

「ありがとう。何よりの褒め言葉だわ」

そこで飲み物と料理が運ばれてきた。

「お待たせを致しました」

黒のパンツ、黒のベストに白いシャツ、首元に黒のタイの背の高い、顔立ちの整ったウェイターがテーブルにアフタヌーンティトレイを置く。

「ありがとう」

にこやかにウェイターに礼を言うとウェイターの動きがピタリと止まった。

「・・・・華・・・・華ちゃん?」

「はい?」

私を凝視しているウェイターへ顔を向ける。

「あぁっ!やっぱりっ!
華ちゃんだ!華ちゃんでしょう?!」

ウェイターの発した声の大きさに店内の視線が一斉に私に注がれた。

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