上 下
26 / 64

26 宵の秘密を聞きます

しおりを挟む
「……え? そりゃ、身代わりをお願いしてるもの。頼むわ」

 皇帝になると言いきった宵に対し、鈴花は戸惑いを浮かべてそう返す。だが宵は握る手に一度力を込めてから離し、懐から古い布で作られた細長い袋を取り出した。

「それとは別だ。この間、倉庫から出てきた簪について訊いただろ」
「あ……うん。伝えようと思ってたんだけど、あれは先帝が中級妃に送ったものらしいわ。二つで一つの簪になってるって」

 どうして今訊くのかと、鈴花は怪訝そうな顔をしている。正直今はそれどころではないし、打てる手は今のうちに打っておきたい。

「……その下妃、名を李星蘭《りせいらん》って言うんじゃねぇか?」
「そうだけど、それがどうかしたの?」

 宵がその下妃の名を知っていることは意外だったが、あれから調べたのだろうかと一人納得した。だがその納得は、次の言葉で覆ることになる。

「俺の母親だ」
「……は?」

 鈴花はポカンと口を開ける。後ろで空気になっていた春明も「えっ」と思わず声を上げた。

「な、何言ってるの!? あなたの母親は妓女だったんでしょ!?」

 驚きすぎて声が裏返り、咳込んでしまった。春明がほどよい温かさのお茶を注いでくれ、一気に飲み干す。宵は「あぁ」と低く相槌を打つと、その布袋の紐を解いて傾けた。

「妓女だった……でも、ずっと妓楼にいたわけじゃない。一度だけ、幼い俺に話してくれたことがあったんだ……お母さんはお城にいたんだって」

 布袋から滑り出てきたのは銀の簪で、宵はそれを鈴花に手渡す。受け取ったそれに見覚えがあり、胸の内がざわつく。

「鳥の飾り……」

 黄色い玉に向かって羽ばたく鳥であり、それは前に宵が見せた倉庫の簪と共通するものを感じる。この銀簪かんざしはよく使われたのか、細かい傷があり黒く変色しているところもあった。鈴花はまさかと宵に視線を向けると、彼は重々しく頷く。

「母親が肌身離さず持ってたものだ……。それ以外妓楼に来る前のことを話さなかったけど、母親が死んでから妓楼主ばあさんはそれなりの身分がある娘だっただろうって言ってたんだ」
「そんな……でも、証拠は?」

 似た簪を持っていたからと言って、すぐに信じられるわけではない。鈴花は情報に聡い春明を振り返るが、彼女も信じがたい顔をしていた。

「証拠ってほどではないけど、倉庫で文も見つかった。それでこっちは、母親の部屋から出てきた文だ」

 宵が方卓つくえの上に置いた二通の文。一方は昨日書かれたもののように美しく、皺もない。もう一方は日焼けしており、何度も広げられたのかよれよれになっていた。広げられた文の宛名は星蘭、そして書いた人物は……。

「先帝陛下……」

 素人が見る限り筆跡は同じで、文面は体調の悪い星嵐を気遣うものになっている。そして文面からは李家は病で絶え、星蘭は身寄りがなかったこともうかがえた。先帝はこの銀簪の他にも贈り物をしているようで、寵愛ぶりが表れている。そして後ろ盾もない下妃に皇帝が夢中になればどうなるかは明らかというもの。

「体も、精神的にも参った李妃はひっそりと後宮を後にしたのね……」
「あぁ。妓楼に来てしばらくして、身ごもってることがわかったらしい」
「市井にいると言われていたご落胤……」

 鈴花は一度目を瞑り、情報を整理する。もし宵が先帝の血を引いているのなら、状況はまた変わる。鈴花は知りうる情報と推測を掛け合わせ、今後の展開を考えていった。

(最強の切り札を手に入れたかもしれない)

 鵜呑みにして飛びつくのは危険だ。だが、本当ならば憂いが一つ消える。

「春明。急いでお父様に李妃について調べてもらって。証拠が確認できたなら、素晴らしい切り札よ……死罪は免れるわ」
「畏まりました」
「ん? どういうことだ?」

 すぐに踵を返して連絡を取りに春明が出ていくと、宵は軽く首を傾げた。落胤である可能性を明かしても、それがどう影響するかまでは考えていなかったらしい。
 鈴花は希望が光る瞳で宵を見据え、口角を上げた。それは引き込まれるような美しさがあり、宵は息を飲む。

「身代わりとして皇帝を名乗ることに変わりはないわ……でも、もし偽物だとバレても先帝の血を引いているなら違う道が取れるの。三人の皇帝の真偽を見極めるための影武者として、もしすべて偽りだった場合正統な皇帝候補とするために名乗り出たってね」

 鈴花は早口で、宵に説明しながらも考え続けていた。この策に穴はないか、もし突かれても補うことはできないか。相手を論破するには何を揃えればいいか。

「なるほどな……それはおもしれぇ」

 合点がいった宵はにぃっと口角を上げ、挑戦的な笑みを浮かべた。瞳の奥に野望がちらつき、獲物を狙う野獣を思わせる。そして鈴花に向けて手を差し伸ばすと、

「なら、三人の中に本物がいれば俺は影武者に、いなければ俺が皇帝になる。それでいいな」

 と確認した。

「えぇ。これから玄家は皇帝を保護したと名乗りをあげるわ。ここからは一瞬たりとも気が抜けないわよ」

 鈴花は宵の手を取り、強く握った。すぐに握り返され、心が決まる。

「俺は小鈴と俺のために」
「私は国と皇帝のために」

 二人の声が重なり、同時に手を離した。秘密を共有するものであり、運命を共にする同士でもある。そして陽が沈む間近、玄家からも皇帝保護の声明が出され、朝廷は大混乱に陥るのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

処理中です...