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26 宵の秘密を聞きます
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「……え? そりゃ、身代わりをお願いしてるもの。頼むわ」
皇帝になると言いきった宵に対し、鈴花は戸惑いを浮かべてそう返す。だが宵は握る手に一度力を込めてから離し、懐から古い布で作られた細長い袋を取り出した。
「それとは別だ。この間、倉庫から出てきた簪について訊いただろ」
「あ……うん。伝えようと思ってたんだけど、あれは先帝が中級妃に送ったものらしいわ。二つで一つの簪になってるって」
どうして今訊くのかと、鈴花は怪訝そうな顔をしている。正直今はそれどころではないし、打てる手は今のうちに打っておきたい。
「……その下妃、名を李星蘭《りせいらん》って言うんじゃねぇか?」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
宵がその下妃の名を知っていることは意外だったが、あれから調べたのだろうかと一人納得した。だがその納得は、次の言葉で覆ることになる。
「俺の母親だ」
「……は?」
鈴花はポカンと口を開ける。後ろで空気になっていた春明も「えっ」と思わず声を上げた。
「な、何言ってるの!? あなたの母親は妓女だったんでしょ!?」
驚きすぎて声が裏返り、咳込んでしまった。春明がほどよい温かさのお茶を注いでくれ、一気に飲み干す。宵は「あぁ」と低く相槌を打つと、その布袋の紐を解いて傾けた。
「妓女だった……でも、ずっと妓楼にいたわけじゃない。一度だけ、幼い俺に話してくれたことがあったんだ……お母さんはお城にいたんだって」
布袋から滑り出てきたのは銀の簪で、宵はそれを鈴花に手渡す。受け取ったそれに見覚えがあり、胸の内がざわつく。
「鳥の飾り……」
黄色い玉に向かって羽ばたく鳥であり、それは前に宵が見せた倉庫の簪と共通するものを感じる。この銀簪はよく使われたのか、細かい傷があり黒く変色しているところもあった。鈴花はまさかと宵に視線を向けると、彼は重々しく頷く。
「母親が肌身離さず持ってたものだ……。それ以外妓楼に来る前のことを話さなかったけど、母親が死んでから妓楼主はそれなりの身分がある娘だっただろうって言ってたんだ」
「そんな……でも、証拠は?」
似た簪を持っていたからと言って、すぐに信じられるわけではない。鈴花は情報に聡い春明を振り返るが、彼女も信じがたい顔をしていた。
「証拠ってほどではないけど、倉庫で文も見つかった。それでこっちは、母親の部屋から出てきた文だ」
宵が方卓の上に置いた二通の文。一方は昨日書かれたもののように美しく、皺もない。もう一方は日焼けしており、何度も広げられたのかよれよれになっていた。広げられた文の宛名は星蘭、そして書いた人物は……。
「先帝陛下……」
素人が見る限り筆跡は同じで、文面は体調の悪い星嵐を気遣うものになっている。そして文面からは李家は病で絶え、星蘭は身寄りがなかったこともうかがえた。先帝はこの銀簪の他にも贈り物をしているようで、寵愛ぶりが表れている。そして後ろ盾もない下妃に皇帝が夢中になればどうなるかは明らかというもの。
「体も、精神的にも参った李妃はひっそりと後宮を後にしたのね……」
「あぁ。妓楼に来てしばらくして、身ごもってることがわかったらしい」
「市井にいると言われていたご落胤……」
鈴花は一度目を瞑り、情報を整理する。もし宵が先帝の血を引いているのなら、状況はまた変わる。鈴花は知りうる情報と推測を掛け合わせ、今後の展開を考えていった。
(最強の切り札を手に入れたかもしれない)
鵜呑みにして飛びつくのは危険だ。だが、本当ならば憂いが一つ消える。
「春明。急いでお父様に李妃について調べてもらって。証拠が確認できたなら、素晴らしい切り札よ……死罪は免れるわ」
「畏まりました」
「ん? どういうことだ?」
すぐに踵を返して連絡を取りに春明が出ていくと、宵は軽く首を傾げた。落胤である可能性を明かしても、それがどう影響するかまでは考えていなかったらしい。
鈴花は希望が光る瞳で宵を見据え、口角を上げた。それは引き込まれるような美しさがあり、宵は息を飲む。
「身代わりとして皇帝を名乗ることに変わりはないわ……でも、もし偽物だとバレても先帝の血を引いているなら違う道が取れるの。三人の皇帝の真偽を見極めるための影武者として、もしすべて偽りだった場合正統な皇帝候補とするために名乗り出たってね」
鈴花は早口で、宵に説明しながらも考え続けていた。この策に穴はないか、もし突かれても補うことはできないか。相手を論破するには何を揃えればいいか。
「なるほどな……それはおもしれぇ」
合点がいった宵はにぃっと口角を上げ、挑戦的な笑みを浮かべた。瞳の奥に野望がちらつき、獲物を狙う野獣を思わせる。そして鈴花に向けて手を差し伸ばすと、
「なら、三人の中に本物がいれば俺は影武者に、いなければ俺が皇帝になる。それでいいな」
と確認した。
「えぇ。これから玄家は皇帝を保護したと名乗りをあげるわ。ここからは一瞬たりとも気が抜けないわよ」
鈴花は宵の手を取り、強く握った。すぐに握り返され、心が決まる。
「俺は小鈴と俺のために」
「私は国と皇帝のために」
二人の声が重なり、同時に手を離した。秘密を共有するものであり、運命を共にする同士でもある。そして陽が沈む間近、玄家からも皇帝保護の声明が出され、朝廷は大混乱に陥るのだった。
皇帝になると言いきった宵に対し、鈴花は戸惑いを浮かべてそう返す。だが宵は握る手に一度力を込めてから離し、懐から古い布で作られた細長い袋を取り出した。
「それとは別だ。この間、倉庫から出てきた簪について訊いただろ」
「あ……うん。伝えようと思ってたんだけど、あれは先帝が中級妃に送ったものらしいわ。二つで一つの簪になってるって」
どうして今訊くのかと、鈴花は怪訝そうな顔をしている。正直今はそれどころではないし、打てる手は今のうちに打っておきたい。
「……その下妃、名を李星蘭《りせいらん》って言うんじゃねぇか?」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
宵がその下妃の名を知っていることは意外だったが、あれから調べたのだろうかと一人納得した。だがその納得は、次の言葉で覆ることになる。
「俺の母親だ」
「……は?」
鈴花はポカンと口を開ける。後ろで空気になっていた春明も「えっ」と思わず声を上げた。
「な、何言ってるの!? あなたの母親は妓女だったんでしょ!?」
驚きすぎて声が裏返り、咳込んでしまった。春明がほどよい温かさのお茶を注いでくれ、一気に飲み干す。宵は「あぁ」と低く相槌を打つと、その布袋の紐を解いて傾けた。
「妓女だった……でも、ずっと妓楼にいたわけじゃない。一度だけ、幼い俺に話してくれたことがあったんだ……お母さんはお城にいたんだって」
布袋から滑り出てきたのは銀の簪で、宵はそれを鈴花に手渡す。受け取ったそれに見覚えがあり、胸の内がざわつく。
「鳥の飾り……」
黄色い玉に向かって羽ばたく鳥であり、それは前に宵が見せた倉庫の簪と共通するものを感じる。この銀簪はよく使われたのか、細かい傷があり黒く変色しているところもあった。鈴花はまさかと宵に視線を向けると、彼は重々しく頷く。
「母親が肌身離さず持ってたものだ……。それ以外妓楼に来る前のことを話さなかったけど、母親が死んでから妓楼主はそれなりの身分がある娘だっただろうって言ってたんだ」
「そんな……でも、証拠は?」
似た簪を持っていたからと言って、すぐに信じられるわけではない。鈴花は情報に聡い春明を振り返るが、彼女も信じがたい顔をしていた。
「証拠ってほどではないけど、倉庫で文も見つかった。それでこっちは、母親の部屋から出てきた文だ」
宵が方卓の上に置いた二通の文。一方は昨日書かれたもののように美しく、皺もない。もう一方は日焼けしており、何度も広げられたのかよれよれになっていた。広げられた文の宛名は星蘭、そして書いた人物は……。
「先帝陛下……」
素人が見る限り筆跡は同じで、文面は体調の悪い星嵐を気遣うものになっている。そして文面からは李家は病で絶え、星蘭は身寄りがなかったこともうかがえた。先帝はこの銀簪の他にも贈り物をしているようで、寵愛ぶりが表れている。そして後ろ盾もない下妃に皇帝が夢中になればどうなるかは明らかというもの。
「体も、精神的にも参った李妃はひっそりと後宮を後にしたのね……」
「あぁ。妓楼に来てしばらくして、身ごもってることがわかったらしい」
「市井にいると言われていたご落胤……」
鈴花は一度目を瞑り、情報を整理する。もし宵が先帝の血を引いているのなら、状況はまた変わる。鈴花は知りうる情報と推測を掛け合わせ、今後の展開を考えていった。
(最強の切り札を手に入れたかもしれない)
鵜呑みにして飛びつくのは危険だ。だが、本当ならば憂いが一つ消える。
「春明。急いでお父様に李妃について調べてもらって。証拠が確認できたなら、素晴らしい切り札よ……死罪は免れるわ」
「畏まりました」
「ん? どういうことだ?」
すぐに踵を返して連絡を取りに春明が出ていくと、宵は軽く首を傾げた。落胤である可能性を明かしても、それがどう影響するかまでは考えていなかったらしい。
鈴花は希望が光る瞳で宵を見据え、口角を上げた。それは引き込まれるような美しさがあり、宵は息を飲む。
「身代わりとして皇帝を名乗ることに変わりはないわ……でも、もし偽物だとバレても先帝の血を引いているなら違う道が取れるの。三人の皇帝の真偽を見極めるための影武者として、もしすべて偽りだった場合正統な皇帝候補とするために名乗り出たってね」
鈴花は早口で、宵に説明しながらも考え続けていた。この策に穴はないか、もし突かれても補うことはできないか。相手を論破するには何を揃えればいいか。
「なるほどな……それはおもしれぇ」
合点がいった宵はにぃっと口角を上げ、挑戦的な笑みを浮かべた。瞳の奥に野望がちらつき、獲物を狙う野獣を思わせる。そして鈴花に向けて手を差し伸ばすと、
「なら、三人の中に本物がいれば俺は影武者に、いなければ俺が皇帝になる。それでいいな」
と確認した。
「えぇ。これから玄家は皇帝を保護したと名乗りをあげるわ。ここからは一瞬たりとも気が抜けないわよ」
鈴花は宵の手を取り、強く握った。すぐに握り返され、心が決まる。
「俺は小鈴と俺のために」
「私は国と皇帝のために」
二人の声が重なり、同時に手を離した。秘密を共有するものであり、運命を共にする同士でもある。そして陽が沈む間近、玄家からも皇帝保護の声明が出され、朝廷は大混乱に陥るのだった。
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