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22 上級妃の二人と飲茶をします

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 いつもと違う香の薫りで目が覚めた。深みがあって少し甘い。臥牀しんだいから体を起こして伸びをすれば、頭が動き始めた。

「春明、香を新しくしたの?」

 鈴花が起きた気配を察して臥室しんしつに入って来た春明にそう尋ねれば、穏やかな笑みを浮かべて答えてくれた。

「はい、最近塞ぎがちのようでしたし、お疲れかと思って……それと、あの馬鹿にはあれからきっちりお灸を据えたのでご安心ください」
「あぁ、ありがと。その馬鹿はもう仕事に行ったの?」

 窓の外に視線を向けるといつもより太陽が高い。少し遅くまで寝ていたようだ。春明は疲れている鈴花を気遣って、ゆっくり寝かせてくれたらしい。

「今日も倉庫の整理と掃除をするそうですよ」
「ふ~ん」

 鈴花は下女たちに身支度を手伝ってもらいながら、今日は何をしようかと考える。まだ珀妃や簪に対する父からの返事はなく、宵が仕事中ではすることもない。結局皇帝がいようがいまいが、退屈なことに変わりはなかった。

 春明に点心づくりでも教えてもらおうかと考えていると、春明が「本日ですが」と口を開く。

「早朝に黄妃様の宮女がお茶のお誘いを告げに来ましたよ。昼過ぎに翠妃と春山宮でお茶をしないかとのことです」
「あら、いいわね」

 女の子とのおしゃべりはかっこうの暇つぶしになる。しかも上級妃である二人からは、何かいい話が聞けるかもしれない。鈴花はいつものように髪を結い、化粧をしてもらう。そして軽めの朝餉を食べ、後宮を散歩すれば昼過ぎになるのである。


 食事は基本的に朝と夕の二回。そのため、お昼過ぎの時間には点心おやつを食べて小腹を満たす。そこにおいしいお茶と楽しいおしゃべりが加われば最高だ。鈴花は梅園の香りが流れ込んでくる春山宮で、壮観な院子なかにわを堪能していた。
 苔の緑が美しい庭には、黄色い花をつける蝋梅ろうばいが一本だけ亭の近くに植えられていた。隣の梅園に負けない強い香りがあり、また透き通るような黄色い花びらが目を楽しませる。

 春山宮はその名の通り春を象徴するような宮で、欄干や軒には春の花や鳥が彫られていた。また調度品の色調も和らかく萌える伊吹を感じるものだった。茶杯ゆのみ茶壺きゅうすに至るまで一級品であり、土の温かみを感じる色合いだ。

「素敵なお庭ね」

 宮によって趣が異なり、他の宮に遊びにいくのも楽しいかもしれないと鈴花は思う。三人は石で作られた丸卓つくえを囲んで座っており、緑茶を飲みながら話に花を咲かせた。それぞれ装いも華やかであり、視界も潤う。

「でしょ~。ほら、今日のために色々作ってもらったから食べてね」

 丸卓の上には蒸籠に入ったいろいろな点心が並んでいて、どれもおいしそうだ。甘みのある点心ばかりで鈴花は目移りする。

(いつもは太るからって、点心少ししか食べさせてもらえないのよね~)

 今はうるさい春明はいない。鈴花は近くにあった豆沙包子あんまんに手を伸ばし、上品に割いて食べた。一応他の妃嬪の手前、作法はきちんとしないといけない。

「陽陽が好きな杏仁豆腐もあるのよ」
「潤潤の出してくれる杏仁豆腐はおいしいから大好きです」

 二人は幼馴染ということで気心がしれた様子であり、陽泉の表情も柔らかかった。鈴花は小豆あんの優しい甘さを味わいながら、二人に気になったことを訊いてみた。

「ねぇ、二人はいつから友達なの?」

 その問いに、「そうねぇ」と潤が口元に手を当てる。

「確か……私が五歳で、陽陽が三歳くらいじゃない? うちは翠家の装飾品を仕入れていることもあって、家同士が仲いいの。数代ごとに血縁を結んでいるから、親戚でもあるしね」

 潤はそう答えると、小さく割いた豆沙包子あんまんを口に入れた。好物なのか自然と笑みがこぼれている。

「はい、よく遊んでいました。……あの、玄妃様こちらもどうぞ」

 鈴花が最後の一口を口に入れたのを見た陽泉は、杏仁豆腐が入った器を一つ鈴花に渡す。気づかいができるいい子だ。白くつるんとした杏仁豆腐の表面が震えた。それだけで味が口の中に広がり、唾液が出てくる。

「ありがとうございます。翠妃様」

 鈴花は器を受け取ると漆塗りの匙を差し入れ、さっそく口に運んだ。ぷるんとした弾力がたまらず、独特の杏仁の香りと甘みが広がっていく。舌の上で溶けていくのが最高だ。

「陽陽、そんな固くならずに鈴鈴って呼べばいいじゃない」
「そ、そんな恐れ多いです」
「別に、かまいませんよ?」

 上級妃という立場を考えれば、陽泉の態度のほうが普通ではある。家を背負い、皇帝の寵愛を巡って争うのだからあまり慣れ親しむものでもない。

「そうよ。今は陛下もいないんだし、陽陽も鈴鈴と仲良くなりたいって言ってたじゃない」
「ちょっと、潤潤!」

 眉をハの字にして唇を尖らせる陽泉は可愛らしく、「何で言うんですか」と潤を軽く叩いている。鈴花もそんな素直で愛らしい陽泉と仲良くなりたいと思った。

「じゃぁ、陽妃と呼んでもいい? 普通に話してくれていいから」

 そう鈴花が微笑みかけて言えば、陽泉が潤を叩く手がピタリと止まる。

「は、はい! 私も鈴妃と呼びますね!」

 パッと表情を明るくして鈴花に顔を向けた陽泉だが、口調は相変わらず丁寧なままだ。それがおかしくて、鈴花は噴き出してしまった。肩を震わす鈴花に、杏仁豆腐の器に手を伸ばした潤が苦笑いを浮かべる。

「陽陽のそれは昔っからだから、変わらないのよね~。気弱で丁寧で気遣いのできる名家の箱入り娘~って感じ」

 対する潤は家の商売上、市井の商人たちと関わることが多いからだろう。いい意味で名家の娘っぽさがなく気安い。二人とのおしゃべりは心地よく、話題は好きなものや家の話へと移る。二人の家族について聞き、鈴花も自分の兄について話した。

(最近お兄様にあってないわね……元気にしてるのかしら)

 兄は鈴花の四つ上で、今年で二十歳になる。出仕しており、色々と雑用をしていたはずだ。基本的に文官の寮に住んでおり、実家にはあまり帰ってこないのでこの半年は顔を見ていない。
そして話は市井の流行りや後宮の噂へと移っていき、ある程度お互いのことが知れたところで、鈴花は訊きたかったことを口にする。

「ねぇ、二人はどうして後宮に入ったの?」
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