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四話
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その夜。案の定、兄から呼び出された。例の如くプリンをご所望だったので、厨房に寄ってから部屋に行く。一応兄はプリン好きを隠しているので、人目に付かないように気を付けながら兄の部屋へ。まぁ、見つかったところで、屋敷の人たちは私が食べるものと思うんだけどね。二人のせいで私は大のプリン好きだって思われている。
そして兄が夜にプリンを食べたくなっているということは、感情が高ぶっているということなので、面倒だなぁと思いながらドアを叩いた。返事がないことは分かっているので、勝手に開けて中に入る。兄は深刻な顔で窓際にある椅子に座っていて、テーブルにはしっかりプリン用のスプーンが用意されていた。
ドアを閉めると同時に、この世の終わりのような声が聞こえる。
「ベラ……お嬢様が愛おしすぎて辛い」
「……慰めてあげてたの?」
腹筋に自信が無かったからあの場を離れたけど、兄の様子を見る限りお嬢様はしっかりと婚約破棄された悲劇のお嬢様を演じたらしい。ただ、なら自分にすればいいと迫ったわけでもないみたいだけど。
兄は相当お怒りのようで、目の前に出されたプリンを食べるよりも先に話し始めた。
「お嬢様は心細いのか、俺に近くに座るようにおっしゃられて、恐れ多くもソファーのお隣に座らせていただいたんだ」
「あら、よかったわね」
お嬢様、積極的だ。
「よかっ、よくないだろ。お嬢様の側にいられるのは嬉しいけど、執事に座らせるくらい心を痛めていらっしゃるのだと思うと、俺は……泣きそうになった」
素直に大好きなお嬢様の隣に座れてラッキーとならないのが兄らしい。
「それで、今まで俺と練習したダンスのことや、食事の作法、それに乗馬などの話をされて、俺に色々教えてもらったのに申し訳ないと……涙を浮かべていらして!」
その時のお嬢様の顔を思い出したのか、感極まり始めた。その時は完璧執事だったから、心配そうな表情で動揺などせず聞いていたんだと思う。お嬢様の涙にしっかり引っかかっているけど、お嬢様はただの兄との思い出話をしたかっただけだと思う……。
「お嬢様は、私を幸せにしてくれる殿方はどこにいらっしゃるのと……呟かれて、もう、俺は……胸が張り裂けそうだった。なんでお嬢様ばかり悲しい思いをされなきゃいけないんだ」
(お嬢様が幸せにしてほしい男なら、ここにいるんだけどなぁ)
もう早く結婚してほしいから、そろそろ約束を破ってお嬢様の想いをバラしちゃおうかと思ってしまう。兄は真剣に思い悩んでいて、一途にお嬢様を慕い続けている。もう報われてもいいし、それより私が面倒になってきたから、とっととくっついてほしい。
「ねえ」
「お嬢様は深く傷ついておられて、どこか静かな場所にいきたいと……」
そうだった、兄は一度話し始めたら人の話を聞かない人だった。
(あれ、しかもお嬢様、デートに誘ってる?)
お嬢様は遠回しに兄を傷心旅行という名のデートに誘ったらしい。たしかに二人きりの旅行ならいつもより積極的に迫れるし、誘惑だってできるかも。そうすればもう、お嬢様のもの……。
「いいわね。旅行が何かのきっかけになるかもしれないし」
そしてそのまま夫婦になる約束くらいして帰って来てほしい。
「それで、明日から領地の北にある別荘に行くことにした。ご当主様たちからも許可をもらったし、別荘も馬車の手配も問題ない」
さすがは優秀な執事。準備万端だった。お土産待ってるねと言おうとしたら、「だから」と兄が話を続ける。
「ベラも支度をしておいてくれ」
「え、私も行くの?」
てっきり二人で行くのかと思っていたから、素で驚いてしまった。兄は腑に落ちない顔をしていて、小首を傾げている。
「当然だろ。お嬢様付きのメイドはベラしかいないし。……そういえば、さっき手配を終えてお嬢様に報告に行ったら、微妙な顔をされたけど……まさか、二人は喧嘩でもした?」
(気づけ馬鹿!)
思わず声が出そうになった。
(そこは二人で行こうっていう、お嬢様の精いっぱいのお誘いでしょうが! なんで有能な執事なのにそこの意はくみ取れないのよ!)
きっと兄はお嬢様が静かな所に行きたいと言ってから、すぐに行動に移したんだろう。そしてお嬢様は二人の旅行を夢見てうきうきとされていたに違いない……。だけど報告しにきたら、しっかり私がいて、デートじゃなくてただの休暇を過ごしにいくだけになってるんだもの。そりゃ、微妙な顔になるわ。
(だからさっき、お嬢様のお世話をした時お元気がなかったのね……。珍しく話そうとしないなと思ったら、そういうことかぁ)
明日は朝一で目覚めのハーブティーになめらかとろけるプリンをつけて差し上げようと思った。そして乙女心が分かっていない馬鹿兄は。
「……罰として明日はプリン抜き!」
話はこれで終わりと、私は食器を片付けて立ち上がる。
「はっ!? 何で!?」
「とっとと告白しなさいよ! そうじゃないと、本当に誰かに取られちゃうわよ!?」
「ほっとけ!」
私は部屋を出ようとドアへ向かう。
「……言えたら、苦労しないよ」
「え、何か言った?」
兄が何かを言った気がして振り向いたら、首を横に振っていた。ほんと進まない話に嫌になる。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ、ベラ」
明日は朝が早いから早く寝ようと思いつつ、自分の部屋に帰るのだった。
そして兄が夜にプリンを食べたくなっているということは、感情が高ぶっているということなので、面倒だなぁと思いながらドアを叩いた。返事がないことは分かっているので、勝手に開けて中に入る。兄は深刻な顔で窓際にある椅子に座っていて、テーブルにはしっかりプリン用のスプーンが用意されていた。
ドアを閉めると同時に、この世の終わりのような声が聞こえる。
「ベラ……お嬢様が愛おしすぎて辛い」
「……慰めてあげてたの?」
腹筋に自信が無かったからあの場を離れたけど、兄の様子を見る限りお嬢様はしっかりと婚約破棄された悲劇のお嬢様を演じたらしい。ただ、なら自分にすればいいと迫ったわけでもないみたいだけど。
兄は相当お怒りのようで、目の前に出されたプリンを食べるよりも先に話し始めた。
「お嬢様は心細いのか、俺に近くに座るようにおっしゃられて、恐れ多くもソファーのお隣に座らせていただいたんだ」
「あら、よかったわね」
お嬢様、積極的だ。
「よかっ、よくないだろ。お嬢様の側にいられるのは嬉しいけど、執事に座らせるくらい心を痛めていらっしゃるのだと思うと、俺は……泣きそうになった」
素直に大好きなお嬢様の隣に座れてラッキーとならないのが兄らしい。
「それで、今まで俺と練習したダンスのことや、食事の作法、それに乗馬などの話をされて、俺に色々教えてもらったのに申し訳ないと……涙を浮かべていらして!」
その時のお嬢様の顔を思い出したのか、感極まり始めた。その時は完璧執事だったから、心配そうな表情で動揺などせず聞いていたんだと思う。お嬢様の涙にしっかり引っかかっているけど、お嬢様はただの兄との思い出話をしたかっただけだと思う……。
「お嬢様は、私を幸せにしてくれる殿方はどこにいらっしゃるのと……呟かれて、もう、俺は……胸が張り裂けそうだった。なんでお嬢様ばかり悲しい思いをされなきゃいけないんだ」
(お嬢様が幸せにしてほしい男なら、ここにいるんだけどなぁ)
もう早く結婚してほしいから、そろそろ約束を破ってお嬢様の想いをバラしちゃおうかと思ってしまう。兄は真剣に思い悩んでいて、一途にお嬢様を慕い続けている。もう報われてもいいし、それより私が面倒になってきたから、とっととくっついてほしい。
「ねえ」
「お嬢様は深く傷ついておられて、どこか静かな場所にいきたいと……」
そうだった、兄は一度話し始めたら人の話を聞かない人だった。
(あれ、しかもお嬢様、デートに誘ってる?)
お嬢様は遠回しに兄を傷心旅行という名のデートに誘ったらしい。たしかに二人きりの旅行ならいつもより積極的に迫れるし、誘惑だってできるかも。そうすればもう、お嬢様のもの……。
「いいわね。旅行が何かのきっかけになるかもしれないし」
そしてそのまま夫婦になる約束くらいして帰って来てほしい。
「それで、明日から領地の北にある別荘に行くことにした。ご当主様たちからも許可をもらったし、別荘も馬車の手配も問題ない」
さすがは優秀な執事。準備万端だった。お土産待ってるねと言おうとしたら、「だから」と兄が話を続ける。
「ベラも支度をしておいてくれ」
「え、私も行くの?」
てっきり二人で行くのかと思っていたから、素で驚いてしまった。兄は腑に落ちない顔をしていて、小首を傾げている。
「当然だろ。お嬢様付きのメイドはベラしかいないし。……そういえば、さっき手配を終えてお嬢様に報告に行ったら、微妙な顔をされたけど……まさか、二人は喧嘩でもした?」
(気づけ馬鹿!)
思わず声が出そうになった。
(そこは二人で行こうっていう、お嬢様の精いっぱいのお誘いでしょうが! なんで有能な執事なのにそこの意はくみ取れないのよ!)
きっと兄はお嬢様が静かな所に行きたいと言ってから、すぐに行動に移したんだろう。そしてお嬢様は二人の旅行を夢見てうきうきとされていたに違いない……。だけど報告しにきたら、しっかり私がいて、デートじゃなくてただの休暇を過ごしにいくだけになってるんだもの。そりゃ、微妙な顔になるわ。
(だからさっき、お嬢様のお世話をした時お元気がなかったのね……。珍しく話そうとしないなと思ったら、そういうことかぁ)
明日は朝一で目覚めのハーブティーになめらかとろけるプリンをつけて差し上げようと思った。そして乙女心が分かっていない馬鹿兄は。
「……罰として明日はプリン抜き!」
話はこれで終わりと、私は食器を片付けて立ち上がる。
「はっ!? 何で!?」
「とっとと告白しなさいよ! そうじゃないと、本当に誰かに取られちゃうわよ!?」
「ほっとけ!」
私は部屋を出ようとドアへ向かう。
「……言えたら、苦労しないよ」
「え、何か言った?」
兄が何かを言った気がして振り向いたら、首を横に振っていた。ほんと進まない話に嫌になる。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ、ベラ」
明日は朝が早いから早く寝ようと思いつつ、自分の部屋に帰るのだった。
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