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アスタリア王国編

146 戴冠式に臨むわよ

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 この日、ラルフレア王国は朝から色めき立っていた。寒空ではあるが澄み切っており、始まりに相応しい陽気だ。人々は朗らかに笑い、若き王を褒めたたえる。
 ジーク・フォン・ラルフレア。父王が隠ぺいしていたクーデターの真実を暴き、歴史を正したことは国民の周知であり、すでに劇化され大盛況となっていた。ベロニカもジークと王女であるエリーナを支えた人物として、高く評価されていた。その二人がいよいよ本日、正式にこの国の王、王妃となるのだ。順番は前後するが二人の結婚式は一か月後に行われることになっており、皆が心待ちにしていた。

 王宮内も浮足立っており、働くものたちの表情は明るい。誰もが若き二人に期待を寄せ、明るい未来を信じている。
 そんな空気の中、当の本人たちは謁見の間に通じる控室で時間が来るのを待っていた。すでに謁見の間には貴族たちが集まり、式典が始まる時を今か今かと待っている。戴冠の儀が終われば、国民への挨拶もあり王宮前の広場はすでに人であふれかえっていた。
 ベロニカはソファーに浅く座っており、瞑っていた目を開けた。目の前にはジークがおり、緊張をしているのか顔が強張っている。

「ジーク様。まだまだ服に着られていらっしゃいますね」

 ジークは王の正装を身に着けており、青色の上質な生地には銀糸で細やかな刺繍が施されていた。ジャラジャラと装飾が多く、動きにくそうにしているのがまた笑いを誘う。深緑色のマントも身に着けており、銀色の髪がよく映えていた。

「うるさい。お前は嫌味なぐらい似合っているな」

 ベロニカのドレスは純白で、胸元は開き大きなエメラルドが目を引く。その近くにある豊かな膨らみを凝視しないように、ジークは視線を下ろす。裾はすっきりと長く広がっており、フリルやレースで飾り立てないからこそ、ベロニカの美しさが引き立つ。全体にダイヤモンドが散りばめられ、光を反射して輝いていた。

「当然ですわ」

 ベロニカが得意気な顔で微笑むと、顔の横に下がっている巻き髪が揺れた。後ろの髪は巻き上げており、その特徴的な巻き髪をエリーナが羨ましがっていたことを思い出して、ジークは声に出さずに笑う。

「あら、ジーク様。何か言いたそうですね」

「あ、いや。少しエリーナを思い出して……その姿を見せてやりたかったなって」

 ジークがしみじみと優しい声で言えば、ベロニカは寂し気に笑って、「えぇ」と頷いた。視線がジークの襟元にあるアメジストのブローチに向けられ、遠く離れた友人を想う。

「王族とは何たるかを身をもって教えるいい機会でしたのに」

 胸を張りすまし顔を作るベロニカは、ジークよりも王族らしい気品を兼ね備えていた。ジークは相変わらずの言い方に素直じゃないと苦笑する。一日に一回は、「あの子は西の国で上手くやっているかしら」と無意識に呟いているのに。

「もうすぐ会えるじゃないか。交流を兼ねて西の国へ行くんだから」

 あと三週間もすれば西の国で、南の国を加えた三カ国での交流会が行われる。だいたいは王子や王女が参加しているのだが、弟は十一歳でまだ幼いので二人が出向くことになったのだ。

「でも、西の国があわなくてピーピー泣いているんじゃないかと思うと、扇で叩きたくなるのですわ」

 慰めるんじゃないんだなと、ジークは乾いた笑みを浮かべた。

「大丈夫だろ。エリーナが泣くことがあれば、クリスさんが黙ってないと思うし」

「……それもそうね。でも、あの子は変な所で悩むから、これが終わったら手紙でも送りますわ」

「そいつは喜びそうだ」

 その時裏口のドアがノックされ、緊張した面持ちの大臣が入って来た。二人は見つめ合って頷くと、謁見の間に繋がるドアの前へと向かう。ファンファーレが鳴り響き、大きなドアが開かれると歓声が押し寄せてきた。人々の笑顔に迎えられ、二人は玉座へと進んでいく。
 この国では生前退位が一般的で、戴冠式では前王から次の王へと王冠が授与される。だが病気や急逝などでそれが叶わない場合は、伴侶がその代わりを務めることになっていた。

 大臣が口上を述べた後で、二人のもとにクッション素材の台座に乗った王冠と王妃のティアラが運ばれる。ベロニカはそれを白く長い手袋をした手で受け取り、軽く屈んだジークの頭に載せた。その瞬間割れんばかりの喝采が響き、「ジーク陛下万歳!」と口々に叫ぶ。
 ジークは凛々しい表情でそれを受け、皆に向き直って手でその声を制した。ついでティアラを手に取り、膝を折ったベロニカの頭に載せる。再び喝采が巻き起こり、二人は皆の顔を見回して笑顔で祝福を受けていた。晴れ晴れしい気持ちもあるが、その重圧もある。その重みに負けないように二人は視線を合わせ、微笑み合った。これからどんな困難が待っていようとも、二人で乗り越えると決めたのだ。

 ジークが一歩踏み出せば、皆は言葉を聞こうと静かになる。その顔ぶれの中には卒業パーティーで協力をしてくれたルドルフも、ラウルもいる。二人は嬉しそうに拍手を送ってくれていた。
 ジークは場を見回し、一人一人に届くように声を張り上げる。

「皆、今日は祝福に来てくれたこと、嬉しく思う。余はこの国が正しい道を歩めるよう、心血を注ぐことを誓う。全ての人が幸せになれることを、心の底から願う」

 若く理想に燃える王の姿は人々に温かく迎え入れられた。だが、政治情勢は安定しているとは言えず、不正貴族の処断を強行したため笑顔の下で苦い顔をしている者もいる。まだまだ課題は山積しているが、二人はひるむことなく前を向いていた。ベロニカは微笑みを浮かべ、皆の声に手を振って応える。

(あの子が西の国で頑張っているのですもの。わたくしも負けていられないわ)

 そして広場が見えるバルコニーに出れば、国民の大歓声に迎えられた。大地を揺り動かすほどの声量に、二人の気も引き締まる。彼ら一人一人の生活が、二人の肩にのしかかっているのだ。
 二人は並んで立っており、ジークが顔を近づけて周りに負けないように声を出す。

「ベロニカ。お前は俺が守る。だから、俺を支えろ!」

 そう言い切ったジークの顔は少し赤く、ベロニカは目を丸くして片手で口を押える。そしてニヤリと口角を上げ、不敵な笑みを浮かべた。エリーナが憧れてやまない悪役令嬢の笑みである。

「言われなくても守ってさしあげますわ! ですから、わたくしの側から離れないようになさい!」

 ベロニカらしい言い方に、ジークは小さく笑ってその手を取った。そして優雅に唇を手の甲に落とし、視線をベロニカに向ける。その瞬間歓声が大きくなり、不意を突かれたベロニカの顔が真っ赤になった。国民の手前振り払うこともできず、バルコニーの奥で見守っていたルドルフやラウルの温かい眼差しを受け、言葉にならない悲鳴を上げたのだった。

 そして、これが歴史を変え、三国との協調を重んじ、歴代で最も平和だったと後に評価される時代の始まりだった。
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