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学園編 17歳

幕間 プリンを大きくしましょう

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 ある日、エリーナは思いついた。いつものようにお持ち帰りした『お嬢様のプリン』をお昼のおやつに食べていた時である。エリーナの脳内に天啓が下ったのだ。そのあまりにも完璧で崇高な考えに震え、天才だわと自画自賛する。
 そして衝動の赴くままにクリスが仕事をする書斎へと駆け込んだ。勢いのまま飛び込んできたエリーナに目を丸くしているクリスに向かって言い放つ。

「プリンを大きくしたらいいと思うの!」

「……なにそれ」

 これには、いつだってエリーナの奇行を深い愛で優しく受け止めてきたクリスも、真顔になった。補佐役の侍従が仕事にならないと判断して書類を片付け始め、侍女がお茶の用意をする。そして場所を応接用のソファーに移し、クリスはエリーナの突飛な考えに耳を傾けるのだった。
 そしてしばらく熱く語ったエリーナに相槌を打っていたクリスは、つまりと話をまとめる。

「プリン一つでは物足りないし、小さいのをいくつも食べるくらいなら最初から大きいのを作ればいいと」

「その通りよ!」

「……たぶん市場に需要はないから、エリーナ専用としてアークに開発依頼をしてみるか」

 いくら『お嬢様のプリン』シリーズが好評と言っても、一人一つ、多くても違う種類を一つずつだ。エリーナの望みを叶えるのがクリスの生き甲斐なので、当然のように開発に動こうとするが、エリーナは待ったをかけた。

「そうするつもりだったのだけど、今食べたくなったの。だから、料理長に頼んで一緒に作るわ!」

「え、エリーが?」

「大丈夫。私は見ているだけだから!」

 まだ夕食のしこみが始まる少し前の時間なので、料理長の手は空いているだろうが……。

「迷惑をかけないでね」

 もちろんと晴れやかな笑顔で返し、エリーナは来た時と同じく唐突に出て行ったのだった。



 そして所変わって厨房である。大きな台の上に卵と牛乳が並び、他にもエリーナには分からない材料がいくつか並んでいる。
 料理長が着々と準備していくのを、後ろでエリーナは黙って見ていた。以前悪役令嬢を演じていた時に、平民のヒロインと料理対決をしたことがあった。結果は惨敗で、その時から料理だけはしないと心に誓っているのだ。
 料理長が振り向いてエリーナに尋ねる。

「それで、何人前くらいで作ればいいんですか」

「そうね……二十人前くらいかしら」

 適当にそう答えれば、料理長は手際よく材料を大きなボールで合わせていく。シャカシャカと小気味いい音を立てていた。その間にエリーナは巨大プリンの型になりそうなものを探す。最悪ボールでもいいが、やはりあのプリンの形のまま大きくしたい。
 調理器具や食器を見ていると、木桶を発見した。ひっくり返せばまさしくプリン。興奮気味に料理長の下へ持って行けば、やや微妙な顔をされたがこれでいくことになった。
 プリンになる液体は裏ごしされ、隠し味なのか何かを小瓶から二三滴振り入れていた。エリーナが興味深そうに見ていると、料理長は秘密の液体なんですと意地悪っぽく片目を閉じた。ちょっと茶目っ気のある料理長であり、エリーナはクスクスと笑う。完成が楽しみになってきた。
 クリーム色の液体をきれいに洗った木桶に入れ、氷を詰めた箱の中に入れて固まるまで待つ。エリーナはお役御免となったので、できるまで自室で読書をして待つことにした。



 そして巨大プリンを食べるために夕食を軽めに終え、エリーナは期待に胸を弾ませてデザートを待つ。クリスもプリンの出来が気になるようで、食後のお茶を飲みながら待っていた。
 料理長が両手で抱えるように持ってきた木桶を見て、クリスは「それで作ったの」と目を丸くしていた。その中ではプルプルとプリンが揺れている。ちゃんと木桶から外れやすいようにしこみはしておいた。カラメルソースも大量に作ってあり、水差しの中にいれてある。サリーが大きめの深みのある皿を持ってきて、エリーナの前に置かれた木桶の上に乗せ、料理長と協力してひっくり返した。
 エリーナの視線はその一点に注がれている。そっと料理長が木桶を上げていくと、見えてくるクリーム色の艶やかな側面。エリーナは思わず唾を飲み込んだ。徐々にフルフルと明らかになる巨大なプリン。待ちに待った瞬間に、興奮が止まらない。

 そしてプルンッとその頂きが飛び出した瞬間。

 巨大なプリンの山は震え、崩壊した。

「嫌ぁぁぁぁぁぁ!」

 頂上が埋没し、外へと広がるように潰れたプリンは、地震でも起こったかのよう。辛うじて皿からは落ちなかったが、大惨事だ。目の前で起きた惨状にエリーナは絶叫し、他の全員が二の句を告げなかった。そして一拍遅れて、クリスの笑い声がダイニングに響き渡る。

「プ、プリンが、自分の重みで……崩れて!」

 大声を上げて笑い、苦しそうにお腹を抱えている。そして「申し訳ありません!」と料理長が口元を押さえながら部屋を後にし、サリーはその場に崩れ落ち声を殺して笑っていた。他の侍女も俯き、肩を震わしている。
 ただ一人、エリーナだけが呆然としていた。そしてその瞳にはみるみるうちに涙が溜まり、クリスがギョッとする。

「ひ、ひどい。あんまりだわ! 失敗したけど、崩れたけど、それでもこれはプリンなのよ!」

「あぁぁ、ごめんって、笑ったのは謝るから。泣かないで!」

 とことんエリーナの涙に弱いクリスであり、慌ててエリーナの側に駆け寄る。だが間近で崩壊現場を見てしまい、ふっと噴き出してしまった。

「もう! クリスの馬鹿! 夢の中で巨大プリンに潰されればいいのよ!」

 そう叫んだエリーナはカラメルソースが入った水差しを取り、ドバドバとプリンにかける。ソースは崩れたプリンの間に染みこんでいき、まるで海に浮かぶ島のようだ。
 だがその惨状にも負けず、エリーナは大きめのスプーンでたっぷりプリンをすくい、バクリと食らいついた。口の中いっぱいにプリンの味が広がり、次の瞬間怒り顔が幸せそうな顔に入れ替わる。形は残念だが、味はいつものプリン。まずいはずがない。

「おいしいわ。ほら、笑った罰よ。クリスも食べなさい」

 甘いものが苦手なクリスは嫌そうな顔をしたが、プリンを笑ったことは許さないとエリーナが一睨みすればしぶしぶスプーンを手に取ってすくった。
 エリーナの半分の量を口に入れ、飲み込んだクリスはうんと頷く。

「いつものプリンだね」

 そしてすっと自分の席に戻り、お茶で口の中を整えてから晴れやかな笑みを浮かべた。

「でも、僕はふつうの大きさで食べたいかな」

「クリスのわからずや!」

 つい子どもっぽい言い返しになり、エリーナはごまかすようにプリンを食べ進める。だがいくらエリーナが大のプリン好きといっても十人前が限界であり、残りは侍女たちに仲良く分けて食べてもらったのだった。この事件は悪夢の巨大プリン事件として、その後も語り継がれていくことになる。


 そして悔しさで胸いっぱいのエリーナはふて寝をしたのだが、後日カフェ・アークから試行錯誤の結果が届いた。あの後クリスが正式に巨大プリンを頼んだらしく、それによると10人前が同じレシピで作る限界だそうだ。それ以上となると固める素材を増やす必要があり、食感が硬くなる。
 エリーナは届けられた10人前の大きめプリンをほくほく顔で食べきった。それを見ていた周りが胸焼けの被害にあったのは言うまでもない。
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