大江戸妖怪恋モノ帳

岡本梨紅

文字の大きさ
上 下
24 / 25

11ー1

しおりを挟む
 黎明は深呼吸をして、気を落ち着かせる。
「比奈と過ごしていると、いつも心地よくて、ずっと、ずっと一緒にいたいって、思ったんだ。今までの俺に近づいて来るやつらは、いつだって俺個人じゃなくて、将軍の息子っていう肩書きのついた俺が目当てだった」
 黎明は自分に近づいてきた者たちのことを思い出しているのか、悔しそうに顔を歪める。
「身分は明かさなかったけど、比奈なら本当の俺を見てくれると思ったんだ」
 黎明は比奈を真っ直ぐ見つめる。その眼差しは、すごく慈愛に満ちた色をしていた。
「河原に蛍を見に行ったとき、比奈の笑顔がすごい輝いていて、可愛くて……。そのとき、比奈を苦しめているものから、守りたいって思ったんだ」
「黎明様」
 黎明の真摯しんしな態度に、比奈の顔もだんだんと赤く染まっていく。
 初々しい二人の様子に、目の前で見せられている神流は、小さくため息をついた。
(前にも、こんなことあったなー)
 初めて黎明が家に訪れたときも、同じように二人の世界を作り出していたことを、神流は思い出していた。
(なんで、俺の前でするかな。普通、二人きりでするものだろ。それともあれか? 俺が空気を読んで、そっと抜けるべきか?)
 神流は内心で愚痴をこぼしながら、遠くを見つめる。
「あーもう! ごちゃごちゃ言うのやめだ! 比奈!」
「は、はい!」
 大声で黎明に呼ばれ、比奈は反射的に姿勢を正す。
「お、俺の、お嫁さんに、なってください!!」
 黎明は首元まで赤く染めながらも、視線をそらすことなく、比奈を見つめる。
 黎明の本気が伝わり、比奈は心を打たれるが、どうしてもひっかかることがあった。
「黎明様のお気持ちは、とても嬉しいです。でも、わたしは町人ですから……。黎明様とご身分が、釣り合いません」
「それは問題ない」
 黎明はきっぱりと断言する。
「比奈の治癒能力のことは、きみが思っている以上に、話題になっているんだ。それで狙われているのなら、保護をするべきではないかということになりつつあるらしい」
「そう、なのですか?」
 黎明は頷く。そして照れくさそうに、頬を掻く。
「それで、その、俺が比奈に惚れていることは、兄上に知られていて。その、今日、父上たちにも報告した。んで、父上たちは、結婚に賛成しているんだ」
「つまり、比奈が断っても、黎明様は比奈を嫁にするつもりだったということですか? 比奈の意思を無視して」
 黙って聞いていた神流が、刀に手をかける。その瞳は怒りに満ちていた。将軍の息子に対する態度ではないが、神流の優先順位はどうしたって比奈である。妹のためなら、どんなことでもする覚悟を持つ神流に、黎明は慌てた。
「それは違う! 比奈が嫌がったら、俺の加護を与えて、お前たち兄妹が暮らしに困らないように、援助するつもりでいた」
「……」
 黎明が弁明するも、神流は鋭く睨む。そんな兄に比奈が声をかけた。
「兄様。黎明様は嘘を申しておりませんよ」
「……はぁ。それはわかってる。ご無礼をお許しください」
 刀から手を離し、神流は深く頭を下げた。
「いや。神流が怒るのも無理ないさ。おまえ、比奈のこと大好きだもんな」
「当たり前です」
 真顔で肯定する神流に、黎明は苦笑した。そして比奈のほうに視線を戻す。
「それで、比奈。俺は比奈の本心が聞きたい」
 比奈は頭の中を整理するように、黙り込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

番太と浪人のヲカシ話

井田いづ
歴史・時代
木戸番の小太郎と浪人者の昌良は暇人である。二人があれやこれやと暇つぶしに精を出すだけの平和な日常系短編集。 (レーティングは「本屋」のお題向け、念のため程度) ※決まった「お題」に沿って777文字で各話完結しています。 ※カクヨムに掲載したものです。 ※字数カウント調整のため、一部修正しております。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

蛙の半兵衛泣き笑い

藍染 迅
歴史・時代
長屋住まいの浪人川津半兵衛は普段は気の弱いお人よし。大工、左官にも喧嘩に負けるが、何故か人に慕われる。 ある日隣の幼女おきせが、不意に姿を消した。どうやら人買いにさらわれたらしい。 夜に入って降り出した雨。半兵衛は単身人買い一味が潜む荒れ寺へと乗り込む。 褌裸に菅の笠。腰に差したるは鮫革柄の小太刀一振り。 雨が降ったら誰にも負けぬ。古流剣術蛟流が飛沫を巻き上げる。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

精成忍夢

地辻夜行
歴史・時代
(せいなるにんむ) 一夜衆。 とある小国に仕える情報を扱うことに長けた忍びの一族。 他者を魅了する美貌を最大の武器とする彼らは、ある日仕える空倉家より、女を生娘のまま懐妊させた男を捕えよと命じられる。 一夜衆の頭である一夜幻之丞は、息子で相手の夢の中に入りこむという摩訶不思議な忍術を使う息子一夜千之助に、この任務を任せる。

三賢人の日本史

高鉢 健太
歴史・時代
とある世界線の日本の歴史。 その日本は首都は京都、政庁は江戸。幕末を迎えた日本は幕府が勝利し、中央集権化に成功する。薩摩?長州?負け組ですね。 なぜそうなったのだろうか。 ※小説家になろうで掲載した作品です。

処理中です...