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三ノ巻 文の配達はお任せを 月夜

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「それで、なやみながら散歩してたら、道にまよって……」
「僕に会ったんだよね」

 信彦は昔を思い出すように、腕を組んで考え込む。

「あのころと比べると、月夜も大きくなったよね。初めて会ったときなんて、片手で抱えられたもんね」

 懐かしいと語る信彦に、近寄る月夜。

「あのときも、信彦はこうしてぼくの話を聞いてくれたにゃ。それで、『足腰が強くて身軽なら、飛脚をやれば?』って、言ってくれたにゃ」
「そうだったね。飛脚を勧めたの、僕なんだよね」
「そうにゃ。だから早く、書き終わった文を寄越すにゃ!」
「はいはい。お願いね」

 文を蛇腹に折って、宛先に五十鈴の名前を書いて、お金と一緒に月夜に託す。

「……二人は早く、くっつけばいいにゃ」
「へ!?」

 月夜の言葉に、信彦の顔が赤く染まる。

「こうやって、ひんぱんにやりとりしているんだから、好きなんじゃないのかにゃ? 互いに家は大きいし、信彦はあととりにゃんだから親に頼めばいいにゃ。そうすれば、ぼくだってこんな往復しないですむにゃ」

「つ、月夜! い、い、いいかい? ものには順序があってね!」

 信彦はわたわたと言い繕うが、月夜は聞いていないと言わんばかりに、文を鞄にしまう。

「じゃあ、いってくるにゃ。返事があるとしても、また明日にゃ」
「わかったよ」
「刺身、ありがとにゃ」

 月夜はぺこりと頭を下げて、塀を飛び越えていった。

「……人の恋路を、面白がらないでほしいなぁ」

 信彦は苦笑しつつ、月夜を見送る。
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