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第八話 事の顛末は突然訪れる

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「ルドルフ伯爵……」

 ルドルフ伯爵は私の姿が気に入らなかったのか、すぐに舐めるように下から上へ視線を流していった。

「そのような身姿で、この様なところに来るなど……」
「ごめんなさい。騒がしかったもので、何かあったのかと」
「それは申し訳ない。しかし、少しだらしがないのではないかね。そんな寝間着姿で」

 ルドルフ伯爵は自分の寝間着のことを棚に上げながら、私に嫌味たっぷりの視線を送ってきた。私は頭に来てしまったが、今はそれどころではない。

「ところで、商品の猫が逃げたと聞いたのですが」
「そうなんだ。仕入れた猫が脱走してしまっていてね」
「仕入れた? の間違いでは?」

 私の言葉に、ルドルフ伯爵が息を飲んだのがわかった。青ざめていく顔色を見るに、ビンゴでしょう。

「攫うなど、そのような犯罪行為するわけがないでしょう。君は若いからか、想像力が豊かだな」
「ごまかさないで。犯罪だとわかってやっているのね。逃げた猫はミーシャといって、捜索依頼がギルドに出されているわ。これよ!」

 私は懐にお守りにしまっていた、猫のチラシを見せた。さらに青ざめていく伯爵だったが、すぐに笑みを浮かべた。

「町へ降りて、余計な知恵を付けたようだが。だからどうしたというのだ! 誰も、何も知らないというのに!」

 ルドルフ伯爵はそういうと、周りの男達に私を取り押さえさせた。私は身動きが取れなくなった上に、アストの描いたミーシャのチラシを奪われた。

「こんなもの、なかった!」

 ルドルフ伯爵は、チラシをこれ見よがしにビリビリと破き捨てた。

「なんてことするの!」

 信じられない。アストの描いた、ミーシャの絵が……。許せない、許せるものですか!

「これで証拠はない! さあ、クレアこっちへ来るんだ」
「お断りよ! は、離して……」

 ルドルフ伯爵は私の腕を思い切り掴んだ。あまりの痛さに、私は顔を歪めてしまった。

「痛い!」

 伯爵がナイフを手にした。私がもう駄目かと身構えた時、玄関が騒がしくなった。

「失礼する!」
「何だお前らは!」

 屋敷には自警団が押し寄せており、すぐに屋敷へなだれ込んできた。

「ルドルフ伯爵。貴方には脱税の疑いがある!」
「な……ッ‼ 馬鹿な、どうしてそれを……」

 自警団は証拠と思しき書状をルドルフ伯爵に突き立てた。

「ルドルフ伯爵、これはどういうことだ。更には飼い猫を攫い、転売するなど言語道断!」
「し、しらない……。私ははめられたんだ! 何も知らない……」
「話は向こうで聞きますよ。連れていけ!」
「は、離せ! 私を誰だと心得る!」
「黙れ、犯罪者が!」

 ルドルフ伯爵が悪態をつきながら連行されていく。玄関先ではミーシャを抱きかかえたアストが心配そうに此方を窺っていた。

「アスト!」
「クレア、大丈夫だったか?」
「ええ、大丈夫よ。アストが自警団を呼んでくれたの?」
「ああ。自警団も脱税の証拠を掴んでいたとかで、すぐに対応してくれたんだ」

 アストはそう言いながら、ミーシャのあごを撫でた。ミーシャは嬉しそうに「にゃーん」と鳴いている。

「そうだったのね……。でもこれで、結婚の話も無くなると思う!」
「そうだろうね。……良かったよ」

 アストは胸を撫で下ろしたが、それ以上に私は安心していた。何より、アストが私のことを心配してくれていたのが嬉しかった。アストも私も、自警団の事情聴取を受けたが、私の心は晴れやかだった。


 ◇◇◇

 すぐに結婚話は、相手側から申し入れられる前にお父様が断りを申請した。それでも、悪い噂として流布され、私は腫れ者扱いを受けてしまった。元から友達も居なかった私は、屋敷に閉じこもるようになってしまった。町には、あれから一度も訪れていない。
 好きなダンスも踊る気になれず、ベッドで寝てばかりの日々が過ぎていき、同じ夜を迎えていた。

 満天の星空は、私の屋敷からは見えない。

「ふう……。このままじゃダメだってわかっているのに、どうしたらいいの」

 あの時の晴れやかな気持ちとは裏腹に、周囲からの陰口は使用人にまで及んでいた。親しいメイドのベッキーだけは心配してくれているけれど、それだけで気持ちが晴れることはなかった。それでも、あの伯爵に嫁がなくて良かったのは幸運だった。

 アストはどうしているだろう……。

「だめね。アストのことばかり、考えてしまって……」

 絵を描いているだろうか。星空を眺めているのだろうか。
 それとも、狩りをしているのだろうか。

 町にも噂は広まっている事でしょうし、私が町へ行けば後ろ指をさされてしまうかもしれない。落ち込んだ気持ちのまま、私はふと窓の傍へ寄った。

 あの時、ルドルフ伯爵の屋敷では、アストが気をよじ登って会いに来てくれた。それがなければ、あのまま結婚させられていたかもしれない。私にとって、アストは恩人だったのに。

「私、お礼も言ってない……」

 せめて、ありがとうくらい言うべきだった。自分のことばかり気に掛けて、何も言えていなかった。私はたまらなく恥ずかしくなり、それ以上にアストに会いたい気持ちが溢れていた。

「アスト……」

 アストの笑い声、アストの優しい声が胸に響いていく。あの一晩で、私の生き方は変わった。それでも、町へ出る勇気が出なかった。

「にゃーん」

 不意に猫の泣き声が響き渡り、私は窓を開けた。庭先にいたのは紛れもなく、あの猫ミーシャだった。かわいい眼が二つ、光っている。

「ミーシャちゃん! どうしたの! 待って、そっちに行くわ! 動かないでね」

 私は慌てて部屋を出ると、庭先へ向かった。夢中で走る私は、外へ出る勇気もモヤモヤした気持ちも考える暇なんてなかった。
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