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第七話 突然の訪問者

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「はあ、疲れた」

 私はベッドに横になると、天井を見つめた。満天の星空など無く、知らない天井が広がっている。豪華絢爛な客間は、私のために誂えられたかのようだった。息苦しいだけの部屋で、私はため息を吐いた。そして起き上がると、窓を開け放った。窓からは涼しい風が入り込んで気持ちがいいものの、星はそこまで見えない。

「星空、綺麗だったなあ……」
「また見たいだろ」
「ええ、それはね。……って…………」

 不意に声を掛けられ、私は慌てて窓の向こうの木に登っていたアストに気付いた。アストは笑いながら、バルコニーへ飛び乗ってきた。

「アスト!」
「思ったより早く見つかってよかったよ」
「なんで、どうして……」
「お前が退屈してるんじゃないかと思ってさ」

 アストはそういうと、懐から布袋を取り出した。ズシリと重い革袋の中身は開けなくてもわかる。

「どうしたのよ。報酬なら受け取ったわ」
「いや、あれは調査依頼の報酬だったから、調査してもらった謝礼を払い損ねていたんだ」
「そんなのいいわよ。私、報酬よりももっといいものをもらったのよ」
「金よりいいものなんてあったか?」

 アスト笑いながらバルコニーにもたれ掛かった。アストは私の話を聞いてくれるし、自慢話もしない。突然の訪問にもかかわらず、私は嬉しくなって涙が出そうになっていた。

「どうしたんだ、クレア」
「……ううん。あのね、伯爵と話をしてみたの。でも、自慢話ばかりだった。私の話なんて、これっぽっちも聞いてくれなかったわ」
「クレア……」

 私は思わず涙で頬を濡らしてしまった。慌てて拭おうとすると、アストはハンカチを差し出してくれた。可愛い熊の刺繍の入ったハンカチだった。きっとセシルさんの手作りだろう。

「使ってくれ」
「……ありがとう。私、やっぱり伯爵とは合わないわ。やっぱり、結婚は出来ないと思う」
「そうか……。それでも、相手を確かめてからでよかっただろ?」
「うん。相手と話してみないと、わからないことは多いわね」
「そりゃあそうだ。それじゃあ渡したから……」

 アストはそれだけいうと、バルコニーに足をかけた。

「ねえ、待ってよ。もうちょっとだけ」
「うん? 別にいいが、どうした?」
「うん。……ねえ、ダンスの相手をしてもらえない?」
「ダンス?」

 アストは目を丸くすると、前髪をポリポリとかき始めた。

「俺、ダンス何て出来ないぞ」
「私が教えるわ。もう会えないかもしれないし、お願い……」
「そんなことはないさ。また会いに来るよ」
「もう会えないと思う。私一人じゃ、伯爵の申し入れを断り切れないかもしれないし」

 爵位的な問題から、私の家が断れるとは思えなかった。あの強引な手腕で、きっと丸め込まれてしまう。振られた腹いせに遠ざけてくれるのなら、その方が嬉しいくらい。

「クレア……」
「ねえ、お願い」
「……わかったよ」

 アストはそう言うと跪いて、手を差し出した。私は心が熱くなるのを感じながら、その手を受け取った。私のリードに合わせ、アストがそれなりの動きをしてくれた。アストは要領がよく、すぐにステップをマスターしてしまった。

「アストって、私よりダンスのセンスがあるんじゃない?」
「そんなことない。足を踏みそうで、余裕なんてないぞ」

 アストと踊る時間は幸せを感じられた。とても暖かく、素敵な時間になった。私もアストも夢中で踊っていたけれど、音楽何てかかっていない。ただ部屋で同じステップを踏むだけなのに。


 ◇◇◇

 夢のような時間はあっという間に過ぎ去り、当たりは真っ暗になっていた。アストとの楽しい一時も終わりを告げる。
 アストは再びバルコニーに足をかけると、そこから器用に木に飛び移った。

「あんまり危ないことはしないで」
「ごめんごめん。でも、こうしないとクレアには会えないと思っていたから……。また会おうって言っただろ」
「アスト……」

 アストは優しい。その優しさに飲み込まれてしまいたいと思えるほどに。

「ねえ、また会えるよね……」
「会えるよ、会いに来る。明日には、家に帰れるんだろう?」
「うん。たぶん。このまま結婚させられなければね」
「そうか……。なんか簡単に言ってしまって悪かった。相手を知れば、もしかしたらと思って」
「ううん。アストは正しいことをしただけよ。私も、相手のことを知らないまま決めつけていたから」

 アストが行ってしまう。私は寂しさが込み上げて来て、また涙を流してしまった。アストはもう木から降りていて、心配そうに私を見上げていた。
 バルコニーの高さが、私たちの隔たりを示しているかのようで、とても寂しい。

「クレア、泣くなよ……」
「だって……。もう会えないかもしれないじゃない」
「ハンカチ、返しに来いよ」
「行けるものなら……」

 そう、行けるものなら。町の宿屋に行けば、アストに会える。アストも女将セシルも、きっと私を歓迎してくれるでしょう。それでも、私はここで結婚させられるかもしれない。そうなれば、自由なんてなくなってしまう。

 思いつめていた私に、アストも帰るに帰れなくなっていた。


 その時だった。


「にゃー」

 猫の泣き声が響き、アストの下へ猫が駆け寄っていった。

「なっ、ミーシャ⁉ なんでここに!」
「嘘⁉ ミーシャちゃんなの⁉」

 白色に、右眼に黒のぶち模様。紛れもなく、ミーシャであった。ミーシャはアストの足元でじゃれるように体をこすると、ゴロリと寝転がってお腹を見せた。

「なんで、こんなところにミーシャちゃんが……。待って、今下へ降りるわ!」
「あ、待てよ! クレア……」

 私は寝巻のまま、慌てて部屋から飛び出した。すると、屋敷の広間では複数人の男が何かを探しているようだった。

「あら。どうされたんですか?」
「クレア様……。いえ、実は商品の猫が脱走してしまって」
?」
「ああ、クレア。騒がしくしていてすまないね」

 ルドルフ伯爵が現れた。伯爵は血相を変えて、猫を探しているようだった。
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