上 下
5 / 9

第五話 不安な夜は、星降る素敵な夜に

しおりを挟む
 私は思いを巡らせると、アストを見つめた。アストはたき火を見つめていたが、すぐに視線を上げてくれた。その心配そうな、優しい眼差しに、私は不安な思いを打ち明けてしまった。

「待って、くれるかな。今すぐにでも結婚したいって押し切られるんじゃないか、不安なの」
「そこまで思ってくれてる相手なんだ、話せば通じるんじゃないか?」
「無理やり、結婚させられたりしないかな。それが怖いの」
「むしろその年で振られるのであれば、プライドが許さないだろうから、怒って結婚なんてしないんじゃないか?」
「そうかもしれないけれど……」

 アストは木にもたれ掛かると、星空を見上げた。私も星空を見上げたけれど、星は私の悩みなんてちっぽけと言わんばかりに煌めいている。アストは今の話が私の話だと気付いている。私はあえて自分の話だとは言わず、そのまま話を続けていた。

「クレアって、何か趣味みたいなものはあるのか?」
「何よ突然」

 不意にアストが別の話題を振ってきたので、私は驚いて言い返してしまった。

「取柄みたいなものかな。好きなことだよ。何かあるのか?」

 アストが話題を変えてくれたのはわかっていた。それでも、私に取柄なんてなかったから、私は俯いてしまった。

「そういう話を、伯爵としてみたらいいんだよ」
「対話をしてみろって言いたいのね」
「相手がどんな奴か知らずに、毛嫌いしてるみたいだからな」
「でも、私には取柄なんてないの。昔は勉強が好きだったけれど、弟が生まれてからは家を継ぐことも無くなったし、先生も皆弟の教育のために辞めさせられたわ」

 ああ、そうだ。私には何の取柄もない。趣味はあるけれど、それが何の役に立つかはわからなかった。私は落ち込み過ぎてしまった。

「俺だって、取柄なんてないんだ」

 アストはたき火を揺らしながら、パチパチと大きな音を立てた。

「それに、俺はあの女将の、実の息子じゃないんだ」
「え……?」
「俺は戦災孤児だよ。女将さんは俺を養子に迎えてくれたんだ。女将さんたちには、ちゃんと実の息子さんがいて、遠い国で騎士をしているよ。幼い頃からの夢だったんだってさ」

 アストはため息を吐きながら、たき火に木の枝をくべていく。たき火の炎は勢いを増し、まるでアストの心のように燃え盛っていた。

「俺は自慢の息子じゃあないが、それでもいい思いをさせてもらってる。義両親はよくしてくれてるよ」
「セシルさんは、優しそうな女将さんだったものね」
「義父さんも優しいんだ。義母さんの尻に敷かれているけれど。でも、俺には何も取柄がないから、優秀な兄さんに比べたら、大したことはないんだ」

 私はアストの話を聞いていて、疑問点ばかりだった。アストは絵が上手く、話し上手で気さくで、それでいて……。ううん、これは直接、本人に話した方が良さそうね。自己肯定感の低い人には、褒めることが大切な気がする。私も、褒められ慣れていないものの、褒められると嬉しくて舞い上がってしまう。

「アストは絵が上手いじゃない」
「画家になれるレベルとは、程遠いよ」
「剣だって、扱いに慣れているし」
「狩りをするレベルだから、魔物相手じゃ大したことは出来ない」

 アストは漸く私へ視線を向けてくれた。たき火で分かりにくいが、頬が赤面しているのがわかった。アストは私に似ている。だからこそ、この話題を振ってくれたのかもしれない。

「話し上手だし、気さくだし、凄く優しいじゃない」
「……それは、取柄なのか?」
「取柄だわ。私には無いもの。もっと誇ってもいいと思う」
「…………」

 アストは少し考えたように俯くと、私へまた視線を向けてきた。

「クレアの好きな事はなんだ?」
「私? そうね。私……、ダンスは好きよ。踊るのは楽しいけれど、田舎だからパーティーもあまりないし、踊る機会は少ないけれど」
「ダンスか。いかにも令嬢って感じだな」
「これでも令嬢だからね」

 あ、そうだ。もう一つ、好きな事が出来たんだ。そう、この満天の星空。アストに言われるまで、気付けなかった美しい世界だ。

「それから、星空が好きになった。夜が好きになりそうよ」
「そいつは良かったよ。俺も星空を見るのが好きで、夜は好きな方なんだ」
「綺麗よね、満天の星空で、星々は煌めいていて……」
「一つ一つの星が、俺たちのいるレスティン・フェレスみたいに人が住んでいるのかって思うと、おもしろいよな」

 アストは可笑しなことをいいながら、笑いだした。私も釣られて笑ってしまった。表面ばかり見てきたけれど、内面を知るって、なんて素敵な事でしょう。それに、はっきりと言葉にして想いを伝えてくれるアストの気持ちが、何よりも嬉しいの。

「そうね、これだけ星があるんだもの。きっと人が住める星もあると思うわ」
「そうだよな。確かめるすべはないけれど、想像するのは勝手だよな」
「うん。私もそう思うわ」

 アストはそれだけいうと、木にもたれ掛かった。私も眠くなって、硬い地面に横になった。目の前は満天の星空で、寝そべっているのは堅い大地なんて、初めての体験だわ。もう、こういった経験は出来ないかもしれない。お父様もお母さまも、弟だって、私のことを心配してくれているかもしれない。家出をした身とはいえ、申し訳なくなってきてしまった。

「……ミーシャちゃん、見つからなかったわね」
「ほんとだな。どこいったんだか……。最悪の想定はしているんだ。魔物にやられたかもしれないし」
「大丈夫、きっと無事よ。怪我をして、身動きが取れないのかもしれないわ」
「そうかもな。早く見つけてやらないと……。でも、明日は町に戻ろう。クレアも、家に帰った方がいい」
「うん……」

 私は眼を閉じた。すぐに眠りについた私は、満天の星空の一つの星で、ダンスを踊る夢を見た。一人で踊るダンスはあまり楽しくなかったけれど、相手が居たら違ったのかもしれない。もし、相手が私の好きな人だったら、なんて素敵な事なんだろう。そう思いながら、私は夢中で踊っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】婚約破棄からの絆

岡崎 剛柔
恋愛
 アデリーナ=ヴァレンティーナ公爵令嬢は、王太子アルベールとの婚約者だった。  しかし、彼女には王太子の傍にはいつも可愛がる従妹のリリアがいた。  アデリーナは王太子との絆を深める一方で、従妹リリアとも強い絆を築いていた。  ある日、アデリーナは王太子から呼び出され、彼から婚約破棄を告げられる。  彼の隣にはリリアがおり、次の婚約者はリリアになると言われる。  驚きと絶望に包まれながらも、アデリーナは微笑みを絶やさずに二人の幸せを願い、従者とともに部屋を後にする。  しかし、アデリーナは勘当されるのではないか、他の貴族の後妻にされるのではないかと不安に駆られる。  婚約破棄の話は進まず、代わりに王太子から再び呼び出される。  彼との再会で、アデリーナは彼の真意を知る。  アデリーナの心は揺れ動く中、リリアが彼女を支える存在として姿を現す。  彼女の勇気と言葉に励まされ、アデリーナは再び自らの意志を取り戻し、立ち上がる覚悟を固める。  そして――。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

呪われ令嬢、王妃になる

八重
恋愛
「シェリー、お前とは婚約破棄させてもらう」 「はい、承知しました」 「いいのか……?」 「ええ、私の『呪い』のせいでしょう?」 シェリー・グローヴは自身の『呪い』のせいで、何度も婚約破棄される29歳の侯爵令嬢。 家族にも邪魔と虐げられる存在である彼女に、思わぬ婚約話が舞い込んできた。 「ジェラルド・ヴィンセント王から婚約の申し出が来た」 「──っ!?」 若き33歳の国王からの婚約の申し出に戸惑うシェリー。 だがそんな国王にも何やら思惑があるようで── 自身の『呪い』を気にせず溺愛してくる国王に、戸惑いつつも段々惹かれてそして、成長していくシェリーは、果たして『呪い』に打ち勝ち幸せを掴めるのか? 一方、今まで虐げてきた家族には次第に不幸が訪れるようになり……。 ★この作品の特徴★ 展開早めで進んでいきます。ざまぁの始まりは16話からの予定です。主人公であるシェリーとヒーローのジェラルドのラブラブや切ない恋の物語、あっと驚く、次が気になる!を目指して作品を書いています。 ※小説家になろう先行公開中 ※他サイトでも投稿しております(小説家になろうにて先行公開) ※アルファポリスにてホットランキングに載りました ※小説家になろう 日間異世界恋愛ランキングにのりました(初ランクイン2022.11.26)

「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚

ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。 ※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。

処理中です...