【完結】暁の草原

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
224 / 228
最終話「ひとつのやくそくを」

⑮-7 白銀の懐中時計②

しおりを挟む
 控えめなノックの音が、会議室に響いていく。

「はい」
「あの、ティトーです。アルブレヒト、さんいいですか」

 控えめな声が扉の向こうから聞こえてくる。

「俺をさん付けするようなティトーとは、会いたくないな」
「えええ!」

 ばばーんと扉が開けられ、驚いた表情のティトーが立っていた。ティトーはアルブレヒトを見つめると、何故か立ち尽くしてしまった。

「どうしたんだ。折角のセシュールだろう? ルクヴァさんたちとは話せたのか?」
「う、うん……」

 アルブレヒトは手紙へ眼をやると、その一文を見つめた。

「おてがみ?」
「ああ。アンザイン国民からの手紙でな……。とはいえ、もう亡国なんだけどな」
「ルゼリア国は、アンザイン国を認めるって言ってました」
「うん、知っている」
「どうして、そんな言い方するんですか」

 ティトーはお腹の当たりで手を組むと、心配そうにアルブレヒトを見つめた。煌めくティトーのブルーサファイアの瞳は、アルブレヒトを貫くように見つめていた。

「ただの皮肉だよ、悪かった」
「じょ、冗談⁉ もっと他にあるじゃないですか……」
「そうか? そうだな、うん。悪かった」

 手紙には小さな文字で、『おうじさまのおもどりを、こころまちにしています』と書かれていた。戦争で孤児となった子供からの手紙だ。ティトーと同じくらいであろうか。

「その……。忙しかった?」
「うん? まあ、そうだな。アンザインの情報が少なすぎて、四苦八苦したよ」


「でも、来週にはアンザインに行ける手筈を整えた」
「本当⁉ やっと帰れるんだね!」

 ティトーは万遍の笑みを浮かべる。その笑顔に、どれだけ救われただろうか。
 過去の罪、前世からの罪が、アルブレヒトを縛っていた。

「でも、……元気ないね」
「そうだな」
「御歌、歌う?」
「歌える歌が無いかな」
「逆立ちする?」
「俺はグリフォンじゃないから……」

 アルブレヒトの目頭が熱くなっていく。ティトーは相も変わらず、ティトーのままだ。それが寂しいようで悲しく、愛おしいと感じていた。

「セシュールは涼しいね!」
「そうか? ああ、アンザインはもっと涼しいぞ」
「そうなんだ!」

 明るい顔をしていたティトーの表情が、徐々に暗くなっていく。それに気付かないふりをしながら、手紙に目を通していく。

「帰っちゃうんだね」
「グリフォンが居るし、定期的に外交しないといけないからな。セシュールには何度も来ることになる」
「うん……」

 このまま別れてよいものか。ティトーには、全てを話すつもりだった。地球での日々を、冒険の日々を。そして、ケーニヒスベルクとの出会いを。

「ねえ」
「うん?」
「僕、何かの役に立てないかな?」
「……何かって…………」

 アルブレヒトが顔を上げると、ティトーと再び目が合った。ティトーは懇願するように、その瞳を煌めかせる。

「僕、ほら。大巫女だから! アンザインの土地で役に立てると思うんだけどなあ! 復興支援の舞とか、土壌改善のお祈りとか!」
「……ティトーは、折角家族と一緒に過ごせるんだ。俺にそれを引き離せる資格はない」
「でも、でも! おうちは建てられないけれど、作物を美味しくいっぱい育てるには、大巫女のお祈りも必要なんでしょう? お母さまが言ってたの。僕、ルゼリアでいっぱい勉強してきたの。大巫女のお勉強!」

 ティトーは胸に手を当てながら、必死に懇願してくる。

「だから……」
「…………」
「だ、だめ? ついていっちゃ、だめ?」
「…………」

 手に取った手紙には、丁度作物の実りについての報告が書かれていた。農家にとって、ティトーという大巫女の存在は大きいだろう。

「俺は、お前を利用してしまうぞ」
「! ……それでもいい! 僕に出来る事、なんでもする! ……だから」

 ティトーの瞳は煌めきを増し、ついには涙となってあふれ出ていく。

「とおく。いかないで」

 アルブレヒトは手紙を机に落とすと、そのままティトーへ駆け寄った。ティトーは頬を涙で濡らしながら、アルブレヒトへ両手を広げた。

「やだ。とおくいっちゃ、やだ。アルブレヒト……」

 ティトーを抱きしめる腕に、力が入る。小さなティトーは震えており、涙は絶え間なく流れていく。アルブレヒトもまた震えながら、ティトーを抱きしめ続けた。

「グリフォンに乗れば、すぐに会えるのに」
「すぐじゃない……。ルゼリアとセシュールでも、凄く遠いのに」
「そうか。寂しい思いをさせたな……」
「うん、さみしかった」
「でもいいのか? 折角、ルクヴァさんたちと暮らせるのに。レオだって……」

 ティトーはそのぐちゃぐちゃの顔でアルブレヒトを見上げた。

「どうしてそんなこというの。やだって言ってるじゃん」
「……悪かった。うん、一緒に行こう。お願いします、大巫女様」
「うん。絶対だよ、置いていったら、ぼく、おこるから」
「……ティトーあのな」

「ティトーは大巫女だから、アンザインを巡礼するっていえば、いつでも来れるんだぞ」
「ええ! そうなの⁉」

 ティトーは眼を真ん丸にすると、固まってしまった。すぐに口をあんぐりさせると、黙り込んでしまった。

「どうした」
「そういえば、お母さまが巡礼についてお話してくれてた……」
「ああ、そうなのか」
「もうやだー。あんなにお勉強したのに!」

 ティトーは頭を抱えると、困惑したように笑いながら涙を流した。安心の涙であるのだと、アルブレヒトにはわかっていた。

「ティトー。これ、返すよ」

 アルブレヒトは傷だらけの銀の懐中時計を差し出した。

「でも、大事なものなんでしょう?」
「大事だから、お前に持っていて欲しいんだ。君のために、俺が作ったものだから」
「そ、そうだったの⁉」

 ティトーは恐る恐る、その銀時計を手に取った。頬に寄せ、音を刻み込むために目を閉じた。

「この時計、僕好きだったの」
「そうか」
「中にはね、お花の花びらが入っていたの。それから、紙を折って作った、グリフォンと、それから……」
「待ってくれ。これ、開けられたのか?」

 驚くアルブレヒトを前に、ティトーはキョトンと首を傾げた。

「え? だって……。ほら」

 ティトーはおもむろに銀時計に手をかざした。銀時計はカチャリと音を立て、開いた。

 ネリネの花びらと共に、紙で小さく折られたグリフォンが見える。

「これはね、ワッシー」

 ティトーが呟いた。

「な、んで……」
「え? 違うの? これ、ワッシーだよね?」

 ティトーは小さな手にグリフォンの折り紙を乗せた。その横に赤い折り紙で折られた竜と、白い折り紙で折られた狐を乗せた。

「あとなんだろう、指輪? がね……」

 その小さな手は指輪を取った。

「この石、すごくきれいだよね。アパタイトっていうんだって! 緑色で、すごくきれい!」

「柔らかくてね、加工が難しくてね。それで、加工してたらちっちゃくなっちゃったんだって」
「誰から、それを……」
「誰? うーん。誰だっけなあ。すっごく昔に……。あれ?」

 ティトーは再び首を傾げた。

「忘れちゃった! なんか、報酬だってもらったんだよ! いいことしたの、僕!」



「どうしたの?」



「いたいの? かなしいの?」




「アルブレヒト?」
「……なんでも、ない…………」

 アルブレヒトの頬を、止めどなく涙が溢れていく。

「えー。泣かないでよ! どうしちゃったの!」

 焦るティトーの頭を、アルブレヒトは三度優しく叩いた。

「ありがとう。えへへ。大丈夫?」
「ああ。悪い。ちょっと、な……」
「この三回叩くの、アルは好きだよね」
「そうか? ……そうかもしれないな。…………父さんと母さんが、よくしてくれたんだ」
「おまじないなんでしょ?」
「……ああ。おまじないだ。なんていうか、知ってるか?」

 ティトーの笑顔が花開く。

「うん!」



「トイトイトイだよ!」


 それは、遠く。遠く離れた地球にある国に伝わるおまじないの言葉。昔から地球にある、おまじないだ。

「ティトー」
「なあに? アル」
「お前に、祝福を授ける」
「……しゅくふく?」



「今の俺の、精一杯の祝福を。君に捧げる」



「その……た、ただのおまじないなんだ」
「おまじないなんだ?」
「呪いではなく、祝福だ。それは、俺から、お前への……」
「うん?」
「と、とにかく! 祝福なんだ。誰にも言うなよ」
「うん? うん。わかった! 誰にも言わない‼」

 ティトーはアルブレヒトへ抱き着いた。銀時計から、花びらが散っていく。願いを込めた花びら、折り紙。そして指輪が煌めいていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼女に転生したらイケメン冒険者パーティーに保護&溺愛されています

ひなた
ファンタジー
死んだと思ったら 目の前に神様がいて、 剣と魔法のファンタジー異世界に転生することに! 魔法のチート能力をもらったものの、 いざ転生したら10歳の幼女だし、草原にぼっちだし、いきなり魔物でるし、 魔力はあって魔法適正もあるのに肝心の使い方はわからないし で転生早々大ピンチ! そんなピンチを救ってくれたのは イケメン冒険者3人組。 その3人に保護されつつパーティーメンバーとして冒険者登録することに! 日々の疲労の癒しとしてイケメン3人に可愛いがられる毎日が、始まりました。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

貴方の隣で私は異世界を謳歌する

紅子
ファンタジー
あれ?わたし、こんなに小さかった?ここどこ?わたしは誰? あああああ、どうやらわたしはトラックに跳ねられて異世界に来てしまったみたい。なんて、テンプレ。なんで森の中なのよ。せめて、街の近くに送ってよ!こんな幼女じゃ、すぐ死んじゃうよ。言わんこっちゃない。 わたし、どうなるの? 不定期更新 00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

辺境の最強魔導師   ~魔術大学を13歳で首席卒業した私が辺境に6年引きこもっていたら最強になってた~

日の丸
ファンタジー
ウィーラ大陸にある大国アクセリア帝国は大陸の約4割の国土を持つ大国である。 アクセリア帝国の帝都アクセリアにある魔術大学セルストーレ・・・・そこは魔術師を目指す誰もが憧れそして目指す大学・・・・その大学に13歳で首席をとるほどの天才がいた。 その天才がセレストーレを卒業する時から物語が始まる。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

処理中です...