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最終話「ひとつのやくそくを」
⑮-7 白銀の懐中時計②
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控えめなノックの音が、会議室に響いていく。
「はい」
「あの、ティトーです。アルブレヒト、さんいいですか」
控えめな声が扉の向こうから聞こえてくる。
「俺をさん付けするようなティトーとは、会いたくないな」
「えええ!」
ばばーんと扉が開けられ、驚いた表情のティトーが立っていた。ティトーはアルブレヒトを見つめると、何故か立ち尽くしてしまった。
「どうしたんだ。折角のセシュールだろう? ルクヴァさんたちとは話せたのか?」
「う、うん……」
アルブレヒトは手紙へ眼をやると、その一文を見つめた。
「おてがみ?」
「ああ。アンザイン国民からの手紙でな……。とはいえ、もう亡国なんだけどな」
「ルゼリア国は、アンザイン国を認めるって言ってました」
「うん、知っている」
「どうして、そんな言い方するんですか」
ティトーはお腹の当たりで手を組むと、心配そうにアルブレヒトを見つめた。煌めくティトーのブルーサファイアの瞳は、アルブレヒトを貫くように見つめていた。
「ただの皮肉だよ、悪かった」
「じょ、冗談⁉ もっと他にあるじゃないですか……」
「そうか? そうだな、うん。悪かった」
手紙には小さな文字で、『おうじさまのおもどりを、こころまちにしています』と書かれていた。戦争で孤児となった子供からの手紙だ。ティトーと同じくらいであろうか。
「その……。忙しかった?」
「うん? まあ、そうだな。アンザインの情報が少なすぎて、四苦八苦したよ」
「でも、来週にはアンザインに行ける手筈を整えた」
「本当⁉ やっと帰れるんだね!」
ティトーは万遍の笑みを浮かべる。その笑顔に、どれだけ救われただろうか。
過去の罪、前世からの罪が、アルブレヒトを縛っていた。
「でも、……元気ないね」
「そうだな」
「御歌、歌う?」
「歌える歌が無いかな」
「逆立ちする?」
「俺はグリフォンじゃないから……」
アルブレヒトの目頭が熱くなっていく。ティトーは相も変わらず、ティトーのままだ。それが寂しいようで悲しく、愛おしいと感じていた。
「セシュールは涼しいね!」
「そうか? ああ、アンザインはもっと涼しいぞ」
「そうなんだ!」
明るい顔をしていたティトーの表情が、徐々に暗くなっていく。それに気付かないふりをしながら、手紙に目を通していく。
「帰っちゃうんだね」
「グリフォンが居るし、定期的に外交しないといけないからな。セシュールには何度も来ることになる」
「うん……」
このまま別れてよいものか。ティトーには、全てを話すつもりだった。地球での日々を、冒険の日々を。そして、ケーニヒスベルクとの出会いを。
「ねえ」
「うん?」
「僕、何かの役に立てないかな?」
「……何かって…………」
アルブレヒトが顔を上げると、ティトーと再び目が合った。ティトーは懇願するように、その瞳を煌めかせる。
「僕、ほら。大巫女だから! アンザインの土地で役に立てると思うんだけどなあ! 復興支援の舞とか、土壌改善のお祈りとか!」
「……ティトーは、折角家族と一緒に過ごせるんだ。俺にそれを引き離せる資格はない」
「でも、でも! おうちは建てられないけれど、作物を美味しくいっぱい育てるには、大巫女のお祈りも必要なんでしょう? お母さまが言ってたの。僕、ルゼリアでいっぱい勉強してきたの。大巫女のお勉強!」
ティトーは胸に手を当てながら、必死に懇願してくる。
「だから……」
「…………」
「だ、だめ? ついていっちゃ、だめ?」
「…………」
手に取った手紙には、丁度作物の実りについての報告が書かれていた。農家にとって、ティトーという大巫女の存在は大きいだろう。
「俺は、お前を利用してしまうぞ」
「! ……それでもいい! 僕に出来る事、なんでもする! ……だから」
ティトーの瞳は煌めきを増し、ついには涙となってあふれ出ていく。
「とおく。いかないで」
アルブレヒトは手紙を机に落とすと、そのままティトーへ駆け寄った。ティトーは頬を涙で濡らしながら、アルブレヒトへ両手を広げた。
「やだ。とおくいっちゃ、やだ。アルブレヒト……」
ティトーを抱きしめる腕に、力が入る。小さなティトーは震えており、涙は絶え間なく流れていく。アルブレヒトもまた震えながら、ティトーを抱きしめ続けた。
「グリフォンに乗れば、すぐに会えるのに」
「すぐじゃない……。ルゼリアとセシュールでも、凄く遠いのに」
「そうか。寂しい思いをさせたな……」
「うん、さみしかった」
「でもいいのか? 折角、ルクヴァさんたちと暮らせるのに。レオだって……」
ティトーはそのぐちゃぐちゃの顔でアルブレヒトを見上げた。
「どうしてそんなこというの。やだって言ってるじゃん」
「……悪かった。うん、一緒に行こう。お願いします、大巫女様」
「うん。絶対だよ、置いていったら、ぼく、おこるから」
「……ティトーあのな」
「ティトーは大巫女だから、アンザインを巡礼するっていえば、いつでも来れるんだぞ」
「ええ! そうなの⁉」
ティトーは眼を真ん丸にすると、固まってしまった。すぐに口をあんぐりさせると、黙り込んでしまった。
「どうした」
「そういえば、お母さまが巡礼についてお話してくれてた……」
「ああ、そうなのか」
「もうやだー。あんなにお勉強したのに!」
ティトーは頭を抱えると、困惑したように笑いながら涙を流した。安心の涙であるのだと、アルブレヒトにはわかっていた。
「ティトー。これ、返すよ」
アルブレヒトは傷だらけの銀の懐中時計を差し出した。
「でも、大事なものなんでしょう?」
「大事だから、お前に持っていて欲しいんだ。君のために、俺が作ったものだから」
「そ、そうだったの⁉」
ティトーは恐る恐る、その銀時計を手に取った。頬に寄せ、音を刻み込むために目を閉じた。
「この時計、僕好きだったの」
「そうか」
「中にはね、お花の花びらが入っていたの。それから、紙を折って作った、グリフォンと、それから……」
「待ってくれ。これ、開けられたのか?」
驚くアルブレヒトを前に、ティトーはキョトンと首を傾げた。
「え? だって……。ほら」
ティトーはおもむろに銀時計に手をかざした。銀時計はカチャリと音を立て、開いた。
ネリネの花びらと共に、紙で小さく折られたグリフォンが見える。
「これはね、ワッシー」
ティトーが呟いた。
「な、んで……」
「え? 違うの? これ、ワッシーだよね?」
ティトーは小さな手にグリフォンの折り紙を乗せた。その横に赤い折り紙で折られた竜と、白い折り紙で折られた狐を乗せた。
「あとなんだろう、指輪? がね……」
その小さな手は指輪を取った。
「この石、すごくきれいだよね。アパタイトっていうんだって! 緑色で、すごくきれい!」
「柔らかくてね、加工が難しくてね。それで、加工してたらちっちゃくなっちゃったんだって」
「誰から、それを……」
「誰? うーん。誰だっけなあ。すっごく昔に……。あれ?」
ティトーは再び首を傾げた。
「忘れちゃった! なんか、報酬だってもらったんだよ! いいことしたの、僕!」
「どうしたの?」
「いたいの? かなしいの?」
「アルブレヒト?」
「……なんでも、ない…………」
アルブレヒトの頬を、止めどなく涙が溢れていく。
「えー。泣かないでよ! どうしちゃったの!」
焦るティトーの頭を、アルブレヒトは三度優しく叩いた。
「ありがとう。えへへ。大丈夫?」
「ああ。悪い。ちょっと、な……」
「この三回叩くの、アルは好きだよね」
「そうか? ……そうかもしれないな。…………父さんと母さんが、よくしてくれたんだ」
「おまじないなんでしょ?」
「……ああ。おまじないだ。なんていうか、知ってるか?」
ティトーの笑顔が花開く。
「うん!」
「トイトイトイだよ!」
それは、遠く。遠く離れた地球にある国に伝わるおまじないの言葉。昔から地球にある、おまじないだ。
「ティトー」
「なあに? アル」
「お前に、祝福を授ける」
「……しゅくふく?」
「今の俺の、精一杯の祝福を。君に捧げる」
「その……た、ただのおまじないなんだ」
「おまじないなんだ?」
「呪いではなく、祝福だ。それは、俺から、お前への……」
「うん?」
「と、とにかく! 祝福なんだ。誰にも言うなよ」
「うん? うん。わかった! 誰にも言わない‼」
ティトーはアルブレヒトへ抱き着いた。銀時計から、花びらが散っていく。願いを込めた花びら、折り紙。そして指輪が煌めいていた。
「はい」
「あの、ティトーです。アルブレヒト、さんいいですか」
控えめな声が扉の向こうから聞こえてくる。
「俺をさん付けするようなティトーとは、会いたくないな」
「えええ!」
ばばーんと扉が開けられ、驚いた表情のティトーが立っていた。ティトーはアルブレヒトを見つめると、何故か立ち尽くしてしまった。
「どうしたんだ。折角のセシュールだろう? ルクヴァさんたちとは話せたのか?」
「う、うん……」
アルブレヒトは手紙へ眼をやると、その一文を見つめた。
「おてがみ?」
「ああ。アンザイン国民からの手紙でな……。とはいえ、もう亡国なんだけどな」
「ルゼリア国は、アンザイン国を認めるって言ってました」
「うん、知っている」
「どうして、そんな言い方するんですか」
ティトーはお腹の当たりで手を組むと、心配そうにアルブレヒトを見つめた。煌めくティトーのブルーサファイアの瞳は、アルブレヒトを貫くように見つめていた。
「ただの皮肉だよ、悪かった」
「じょ、冗談⁉ もっと他にあるじゃないですか……」
「そうか? そうだな、うん。悪かった」
手紙には小さな文字で、『おうじさまのおもどりを、こころまちにしています』と書かれていた。戦争で孤児となった子供からの手紙だ。ティトーと同じくらいであろうか。
「その……。忙しかった?」
「うん? まあ、そうだな。アンザインの情報が少なすぎて、四苦八苦したよ」
「でも、来週にはアンザインに行ける手筈を整えた」
「本当⁉ やっと帰れるんだね!」
ティトーは万遍の笑みを浮かべる。その笑顔に、どれだけ救われただろうか。
過去の罪、前世からの罪が、アルブレヒトを縛っていた。
「でも、……元気ないね」
「そうだな」
「御歌、歌う?」
「歌える歌が無いかな」
「逆立ちする?」
「俺はグリフォンじゃないから……」
アルブレヒトの目頭が熱くなっていく。ティトーは相も変わらず、ティトーのままだ。それが寂しいようで悲しく、愛おしいと感じていた。
「セシュールは涼しいね!」
「そうか? ああ、アンザインはもっと涼しいぞ」
「そうなんだ!」
明るい顔をしていたティトーの表情が、徐々に暗くなっていく。それに気付かないふりをしながら、手紙に目を通していく。
「帰っちゃうんだね」
「グリフォンが居るし、定期的に外交しないといけないからな。セシュールには何度も来ることになる」
「うん……」
このまま別れてよいものか。ティトーには、全てを話すつもりだった。地球での日々を、冒険の日々を。そして、ケーニヒスベルクとの出会いを。
「ねえ」
「うん?」
「僕、何かの役に立てないかな?」
「……何かって…………」
アルブレヒトが顔を上げると、ティトーと再び目が合った。ティトーは懇願するように、その瞳を煌めかせる。
「僕、ほら。大巫女だから! アンザインの土地で役に立てると思うんだけどなあ! 復興支援の舞とか、土壌改善のお祈りとか!」
「……ティトーは、折角家族と一緒に過ごせるんだ。俺にそれを引き離せる資格はない」
「でも、でも! おうちは建てられないけれど、作物を美味しくいっぱい育てるには、大巫女のお祈りも必要なんでしょう? お母さまが言ってたの。僕、ルゼリアでいっぱい勉強してきたの。大巫女のお勉強!」
ティトーは胸に手を当てながら、必死に懇願してくる。
「だから……」
「…………」
「だ、だめ? ついていっちゃ、だめ?」
「…………」
手に取った手紙には、丁度作物の実りについての報告が書かれていた。農家にとって、ティトーという大巫女の存在は大きいだろう。
「俺は、お前を利用してしまうぞ」
「! ……それでもいい! 僕に出来る事、なんでもする! ……だから」
ティトーの瞳は煌めきを増し、ついには涙となってあふれ出ていく。
「とおく。いかないで」
アルブレヒトは手紙を机に落とすと、そのままティトーへ駆け寄った。ティトーは頬を涙で濡らしながら、アルブレヒトへ両手を広げた。
「やだ。とおくいっちゃ、やだ。アルブレヒト……」
ティトーを抱きしめる腕に、力が入る。小さなティトーは震えており、涙は絶え間なく流れていく。アルブレヒトもまた震えながら、ティトーを抱きしめ続けた。
「グリフォンに乗れば、すぐに会えるのに」
「すぐじゃない……。ルゼリアとセシュールでも、凄く遠いのに」
「そうか。寂しい思いをさせたな……」
「うん、さみしかった」
「でもいいのか? 折角、ルクヴァさんたちと暮らせるのに。レオだって……」
ティトーはそのぐちゃぐちゃの顔でアルブレヒトを見上げた。
「どうしてそんなこというの。やだって言ってるじゃん」
「……悪かった。うん、一緒に行こう。お願いします、大巫女様」
「うん。絶対だよ、置いていったら、ぼく、おこるから」
「……ティトーあのな」
「ティトーは大巫女だから、アンザインを巡礼するっていえば、いつでも来れるんだぞ」
「ええ! そうなの⁉」
ティトーは眼を真ん丸にすると、固まってしまった。すぐに口をあんぐりさせると、黙り込んでしまった。
「どうした」
「そういえば、お母さまが巡礼についてお話してくれてた……」
「ああ、そうなのか」
「もうやだー。あんなにお勉強したのに!」
ティトーは頭を抱えると、困惑したように笑いながら涙を流した。安心の涙であるのだと、アルブレヒトにはわかっていた。
「ティトー。これ、返すよ」
アルブレヒトは傷だらけの銀の懐中時計を差し出した。
「でも、大事なものなんでしょう?」
「大事だから、お前に持っていて欲しいんだ。君のために、俺が作ったものだから」
「そ、そうだったの⁉」
ティトーは恐る恐る、その銀時計を手に取った。頬に寄せ、音を刻み込むために目を閉じた。
「この時計、僕好きだったの」
「そうか」
「中にはね、お花の花びらが入っていたの。それから、紙を折って作った、グリフォンと、それから……」
「待ってくれ。これ、開けられたのか?」
驚くアルブレヒトを前に、ティトーはキョトンと首を傾げた。
「え? だって……。ほら」
ティトーはおもむろに銀時計に手をかざした。銀時計はカチャリと音を立て、開いた。
ネリネの花びらと共に、紙で小さく折られたグリフォンが見える。
「これはね、ワッシー」
ティトーが呟いた。
「な、んで……」
「え? 違うの? これ、ワッシーだよね?」
ティトーは小さな手にグリフォンの折り紙を乗せた。その横に赤い折り紙で折られた竜と、白い折り紙で折られた狐を乗せた。
「あとなんだろう、指輪? がね……」
その小さな手は指輪を取った。
「この石、すごくきれいだよね。アパタイトっていうんだって! 緑色で、すごくきれい!」
「柔らかくてね、加工が難しくてね。それで、加工してたらちっちゃくなっちゃったんだって」
「誰から、それを……」
「誰? うーん。誰だっけなあ。すっごく昔に……。あれ?」
ティトーは再び首を傾げた。
「忘れちゃった! なんか、報酬だってもらったんだよ! いいことしたの、僕!」
「どうしたの?」
「いたいの? かなしいの?」
「アルブレヒト?」
「……なんでも、ない…………」
アルブレヒトの頬を、止めどなく涙が溢れていく。
「えー。泣かないでよ! どうしちゃったの!」
焦るティトーの頭を、アルブレヒトは三度優しく叩いた。
「ありがとう。えへへ。大丈夫?」
「ああ。悪い。ちょっと、な……」
「この三回叩くの、アルは好きだよね」
「そうか? ……そうかもしれないな。…………父さんと母さんが、よくしてくれたんだ」
「おまじないなんでしょ?」
「……ああ。おまじないだ。なんていうか、知ってるか?」
ティトーの笑顔が花開く。
「うん!」
「トイトイトイだよ!」
それは、遠く。遠く離れた地球にある国に伝わるおまじないの言葉。昔から地球にある、おまじないだ。
「ティトー」
「なあに? アル」
「お前に、祝福を授ける」
「……しゅくふく?」
「今の俺の、精一杯の祝福を。君に捧げる」
「その……た、ただのおまじないなんだ」
「おまじないなんだ?」
「呪いではなく、祝福だ。それは、俺から、お前への……」
「うん?」
「と、とにかく! 祝福なんだ。誰にも言うなよ」
「うん? うん。わかった! 誰にも言わない‼」
ティトーはアルブレヒトへ抱き着いた。銀時計から、花びらが散っていく。願いを込めた花びら、折り紙。そして指輪が煌めいていた。
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※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。
※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。
※表紙はAIイラストを使用。
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