【完結】暁の草原

Lesewolf

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第11環「ルゼリア事変」

⑪-3 第一報を聞いて③

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 急に病人を連れ出すことは危険であった筈だ。レオポルトは起き上がろうとするトゥルクを宥めながら、メリーナに尋ねた。

「二人はいつここに到着したんだ」
「4、5時間ほど前です。グリフォンを呼んだところ、反応がありましたので、命からがら……」

 セシュール王城の屋上に居たグリフォンは一体だった。メリーナの呼びかけに応じ、すぐにルゼリア王都へ飛んだのだろうか。

「じゃあ、王都陥落寸前の情報は……」
「俺が二人を保護して、匿った上でコンドルを飛ばした。すぐに雄叫びで情報収集にあたったが、あまりいい情報はない。もう落城している可能性が高い」

 悔しそうに項垂れるディートリヒは、情報の少なさに苛立っているようだ。それはレオポルト、そしてアルブレヒトにとっても同じことであった。

「そうか。祖父は……代王は?」
「お爺様は民を無視して籠城してるって。時間の問題だと思うけれど……」
「シュタイン将軍も城に?」

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたメリーナは、レオポルトへ義父の情報を語った。

「いえ……。民の、王都の人々の避難誘導に当たっていましたから。陥落したというのであれば、もう……」
「そんなことは無い。あのコルネリア殿がそんな、簡単にやられるか!」

 祈るように尋ねたメリーナの言葉は、二人に悲しみを知らせた。

「民や貴族を人質に取られていました。王都は今、燦々たる状況なのです」
「何だって……。なんて酷いことを、あのミリティアが……?」

 未だ信じられずにいるレオポルトを前に、アルブレヒトは代わりに双子の弟に尋ねた。

「トゥルク殿下。ミリティア王女はそこまで野心家ではなかったはず。いったいどうしたんだ。何があった」
「ミリーは悪くないんです、信じてください……。兄さん……!」

 ミリーとは愛称であろうか。親しげな様子のトゥルクとは裏腹に、レオポルトの心境は複雑だ。トゥルクやミリティアとは、和平調印や大陸会議で顔を合わせただけなのだ。その兄弟との差を痛々しいほど感じ取っていた。

「だが、トゥルク……。クーデターを起こしたのは、ミリティアなのだろう?」

 なんとか冷静を保とうと質問を投げかけるものの、声は震えている。未だに信じられないからだ。だが、現実は甘くない。トゥルクは力なく頷き返すだけだった。

「ミリティアは、何か切迫した様子でした。もう後がない、と……」
「後がない? それは、後継者争いのことか……?」

 アルブレヒトの問いかけに、レオポルトが答えた。

「メリーナ殿、貴女には我々の下に妹が居るということをご存じだろうか」
「……はい」
「妹……? ああ、君が話していた女の子か」

 トゥルクはレオポルトとメリーナを交互に見つめると、窓の向こうの澄みきった空を見つめた。空は青々としており、この先で戦闘が起こっているなど夢物語であるかのようだ。
 部屋は殺伐とした空気に包まれていた。

「そうか。メリーナ殿はシュタイン家に……」
「あいつが、ティトーが言っていたよ。優しいお姉さんがいるって。お前のことだろう」
「……どうでしょう」
「最初に来た時は驚いたけれど、まだ上層部も知らない事だろう?」
「ということは、ティトーの存在は知らなかったのか」

 アルブレヒトの問いに、トゥルクは気まずそうな笑みを浮かべた。

「僕は離宮にずっといましたから……」
「ティトー様については、此方に到着してからお話いたしました。ミリティア様のクーデターに関係あるかもしれませんので」
「ミリティアは知っていた可能性があると? 二人とも、知っていることがあれば話してほしい。僕に話せることがあれば話させて欲しい」

 レオポルトとアルブレヒトは、これまでの経緯を説明した。この再会の町で、ティトーに出会ったこと。そして男として匿われて育てられていたこと。そして、大巫女になったことだ。トゥルクは驚きつつも、その話を静かに聞いていた。

「それで大巫女に……。それも、僅か6歳で?」
「ああそうだ。トゥルク、突然のことだとは思うが、ティトーが大巫女になったことで、あの子の地位は母ミラージュ王女に匹敵する。それは代王より権限は上だ」
「それは、確かにそうですが……。まさか本当にミリティアは、ティトー王女の存在を知って、それで焦って……?」
「その可能性はある……」

 代王から連絡が来た段階では公にはなっていなかった。それでも、大巫女に就いた者がいるという情報だけは流されていたのだ。

「それでも早すぎるミリティアの行動が気がかりだ。教会とルゼリア王国は繋がっていたのであれば、或いは……」
「もしそうであれば、ティトーの出立も全て把握されていただろうな」
「ティトー王女は行方不明なのですね……」
「トゥルク、どんな些細な情報でもいい。何かないか?」

 レオポルトの問いかけに、トゥルクだけではなくメリーナも目を伏せてしまった。苛立ちと焦りだけが加速していく。

「くそ……。どこに居るんだ、ティトー!」

 アルブレヒトはかつてティトーの居た部屋で、歯がゆい思いをしていた。ティトーにもっと早く声を掛けられていれば、ティトーは暴行されずに済んだかもしれないのだ。今回もそうであった。
 共にルゼリア王国に向かうなど、アルブレヒトにもレオポルトにも難しいことだった。ティトーに決意を諦めさせ、セシュール国へ先に連れ帰って居れば。後悔の念がアルブレヒトを支配していく。

「マリアとサーシャ殿もいるんだ。何もない訳ではないだろう。連絡を待とう」
「……ルクヴァさんからの連絡は? ディートリヒ」
「まだない。救援の準備はそう簡単なものじゃないからな」
「救援。ルゼリア王国に救援に入っても、ティトーが無事でなければ意味がない」

 アルブレヒトが拳に力を入れた瞬間、女将の声が響いてきた。大旦那ディートリヒの妻である、ミランダだ。

「コンドルが来たわよ!」

 慌てて外へ出ていくアルブレヒトと、それを追いかけるディートリヒに余裕はない。その場に留まったのはレオポルトだ。対照的なアルブレヒトの焦りと、冷静さを持つレオポルトの二人を眼にしたトゥルクは、メリーナに目配せした。
 メリーナは躊躇すると共に、剣に手をかけた。報告を聞きに行けと言う、指示だ。だが、メリーナにとってトゥルクは護衛対象である。

「俺はトゥルクに何もしない。俺が斬りかかるとおもうのであれば、信じられなければそこまでだ」
「ち、違います! そうではなく……。いえ、ここがセシュールといえど、殿下の護衛が動くわけには参りません」
「連絡次第では、アルブレヒトが暴れるかもしれない。妹の君が行く方が止めやすいのではないか」

 レオポルトは腰の刀に触れると、メリーナを見つめた。メリーナは一瞬だけ頬を赤く染めると、視線を逸らしたまま部屋を後にした。その姿を見たトゥルクは、笑みを浮かべる。

「何か可笑しいか?」
「いえ、兄さんは罪な人だなと思って」
「どういう意味だ」
「悪口ではありませんよ。いえ、悪口かもしれません」

 トゥルクは口に手を当てて笑い声をあげた。すぐに咽だし、嗚咽交じりで咳き込んでしまった。

「このような状況で冗談を言うからだ。大丈夫か」
「父様に似ているって、母様から言われるんですよ。だから、大丈夫です」
「そうか」
「レオポルトお兄様」
「なんだ」

 トゥルクはティトーのような万遍な笑みを浮かべると、瞳を潤ませた。

「このような状況ですが、お兄様に会えて嬉しいんです。ありがとう、駆けつけてくれて」
「トゥルク……」

 階段を駆け上がる音が複数人聞こえる。

「マリアからの知らせだ!」

 アルブレヒトの叫びに、ディートリヒとミランダが息を飲んだ。ディートリヒはミランダを抱き寄せると、頬にキスをした。二人とも不安そうにアルブレヒトを見つめる。アルブレヒトなコンドルを連れて部屋まで戻ってきた。

「あいつら、フェルド共和国にいる!」

 アルブレヒトの言葉に、一同は驚愕した。フェルド共和国など、ルゼリア王都と方向が真逆だったからだ。
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