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第九環「巫女継承の儀」
⑨-1 超えた先の日常で①
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セシュール国とフェルド共和国の国境沿いに、その時計の町はある。時計の町とはいえ、その特徴は時計ではなく、フェルド共和国に近いこともあって花が咲き乱れる可愛らしい町である。その名の由来は、セシュールの民にも分らないほどに古い町だ。
時はネリネ歴954年、6月。暖かい気候のフェルド共和国にほど近いこともあり、時計の町は暖かく快適である。
「ねえアル」
キョトンとした顔で洗濯物を干す背の高いアルブレヒトを見上げ、少年ティトーは訪ねていた。
「どうした、ティトー」
「どうして、アンセム地方では洗濯物を夜に干すの?」
ティトーの言うアンセム地方とは、アルブレヒトの故郷であり、既に戦争によって敗戦し、滅びた。今は大国ルゼリアの領地という事にはなっているものの、それはルゼリア国が一方的に主張しているに過ぎないという。
「ああ。放置魔法があるからだよ」
「放置魔法?」
ティトーは首を傾げすぎて、よろけてしまった。
「わわっと」
「おい、気をつけろよ。お前の体調はまだ万全じゃないんだ」
ティトーは巫女という、ルゼリア国では王位に匹敵する地位となる可能性を秘めており、その継承の儀を控えていた。それは当初、ただ同じ血が流れる家族であることを論づけるためであったが、今は国や聖教会といった思惑により、継承せざるを得ない状況に陥っていた。
それは本人である幼いティトーの望むことではないが、戦争のない平和を望む少年にとっては必要な選択でもあった。
そんなティトーには、大巫女という更に高い地位を継ぐ可能性があるという。その地位は、現在は代理の王であるルゼリア代王を軽く凌いでしまう。
「放置魔法っていうのはねえ」
赤毛を白い紐で結いながら、マリアが得意げな笑みを零した。マリアは大戦前までアルブレヒトと婚約していた自称元妻であるものの、二人に恋愛関係や婚姻関係はなく、あくまで友人であるという。アルブレヒトはそれは政略婚姻だったと付け加えており、マリアも納得している。
「一度設置したら数時間持つ魔法だから、放置魔法よ。放置魔法を携帯型のしたのが、聖女や教会が出している結界アイテムってわけ」
「じゃあ、アンセム地方だけ、どうして夜に干すの?」
「アンセム地方は、寒い寒い北方でしょう? だから、夜は放っておくと建物ごと凍っちゃうのよ。だから、魔法の膜、暖かい魔法で包むの。負担が大きいから、それは夜だけなのよ。で、日中よりも洗濯物が乾いちゃうのが夜なの。だから夕方に洗濯をして、夜までに干す習慣がついちゃったの」
「おおー!」
マリアの説明に、ティトーは尊敬から瞳を煌めかせた。その瞳における深淵のブルーサファイアはルゼリア王家の血を色濃く継いでいる事を示唆している。
そんなティトーの瞳と同じ青く深淵のブルーサファイアの瞳、その右眼に眼帯をした男が現れた。
「お兄さま、もう起きていて大丈夫なの⁉」
「大丈夫だ。ティトーが見つけてくれた薬草、アキレアが効いているみたいだな。それよりティトーも病み上がりだろ。無理はしないで欲しい」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「だってよ、お兄ちゃん」
からかうアルブレヒトを睨みつけるのは、“お兄さま” より “お兄ちゃん” に顔を綻ばせるのはレオポルトだ。アルビノのレオポルトは、「白鷺病」というラダ族というセシュールの民族に多い病にかかっており、吐血して倒れてしまったのだ。彼もまた、ティトーと同じくルゼリア王家の血を引いている。
「兄弟して気を付けてよね? 病弱なんだから」
「病弱兄弟って呼ばれたくなければ、お互い無理はするなよ」
「なッ……!」
「きょ、兄弟……‼」
「ティトー、そこは喜ぶところじゃない」
「あら。おにいちゃん、最近面白くなってきたじゃない?」
「マリア……君って人は…………」
距離の近いレオポルトとマリアに、アルブレヒトはニヤついていた。それに気付いたレオポルトは赤面させると、アルブレヒトを氷の眼差しで睨みつけた。
「俺はラダの子だ。面白いくらい、なんてことはない」
「それ、タウ族と間違えてない~? おにいちゃん」
「マリア、その辺にしておいてやれ」
笑いをこらえきれないアルブレヒトは声を出して笑った。笑いに釣られ、ティトーも、マリアも笑いあう。レオポルトだけは照れながらはにかむと窓の外を眺めた。
「そろそろ、アドニス司教が来る頃だろ」
「そうだな。……ティトー。本当にいいのか?」
「うん。僕は巫女継承の儀、受けるよ。戦争なんてヤダ」
その言葉に、マリアがティトーの前に屈むと、優しく語りかけた。
時はネリネ歴954年、6月。暖かい気候のフェルド共和国にほど近いこともあり、時計の町は暖かく快適である。
「ねえアル」
キョトンとした顔で洗濯物を干す背の高いアルブレヒトを見上げ、少年ティトーは訪ねていた。
「どうした、ティトー」
「どうして、アンセム地方では洗濯物を夜に干すの?」
ティトーの言うアンセム地方とは、アルブレヒトの故郷であり、既に戦争によって敗戦し、滅びた。今は大国ルゼリアの領地という事にはなっているものの、それはルゼリア国が一方的に主張しているに過ぎないという。
「ああ。放置魔法があるからだよ」
「放置魔法?」
ティトーは首を傾げすぎて、よろけてしまった。
「わわっと」
「おい、気をつけろよ。お前の体調はまだ万全じゃないんだ」
ティトーは巫女という、ルゼリア国では王位に匹敵する地位となる可能性を秘めており、その継承の儀を控えていた。それは当初、ただ同じ血が流れる家族であることを論づけるためであったが、今は国や聖教会といった思惑により、継承せざるを得ない状況に陥っていた。
それは本人である幼いティトーの望むことではないが、戦争のない平和を望む少年にとっては必要な選択でもあった。
そんなティトーには、大巫女という更に高い地位を継ぐ可能性があるという。その地位は、現在は代理の王であるルゼリア代王を軽く凌いでしまう。
「放置魔法っていうのはねえ」
赤毛を白い紐で結いながら、マリアが得意げな笑みを零した。マリアは大戦前までアルブレヒトと婚約していた自称元妻であるものの、二人に恋愛関係や婚姻関係はなく、あくまで友人であるという。アルブレヒトはそれは政略婚姻だったと付け加えており、マリアも納得している。
「一度設置したら数時間持つ魔法だから、放置魔法よ。放置魔法を携帯型のしたのが、聖女や教会が出している結界アイテムってわけ」
「じゃあ、アンセム地方だけ、どうして夜に干すの?」
「アンセム地方は、寒い寒い北方でしょう? だから、夜は放っておくと建物ごと凍っちゃうのよ。だから、魔法の膜、暖かい魔法で包むの。負担が大きいから、それは夜だけなのよ。で、日中よりも洗濯物が乾いちゃうのが夜なの。だから夕方に洗濯をして、夜までに干す習慣がついちゃったの」
「おおー!」
マリアの説明に、ティトーは尊敬から瞳を煌めかせた。その瞳における深淵のブルーサファイアはルゼリア王家の血を色濃く継いでいる事を示唆している。
そんなティトーの瞳と同じ青く深淵のブルーサファイアの瞳、その右眼に眼帯をした男が現れた。
「お兄さま、もう起きていて大丈夫なの⁉」
「大丈夫だ。ティトーが見つけてくれた薬草、アキレアが効いているみたいだな。それよりティトーも病み上がりだろ。無理はしないで欲しい」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「だってよ、お兄ちゃん」
からかうアルブレヒトを睨みつけるのは、“お兄さま” より “お兄ちゃん” に顔を綻ばせるのはレオポルトだ。アルビノのレオポルトは、「白鷺病」というラダ族というセシュールの民族に多い病にかかっており、吐血して倒れてしまったのだ。彼もまた、ティトーと同じくルゼリア王家の血を引いている。
「兄弟して気を付けてよね? 病弱なんだから」
「病弱兄弟って呼ばれたくなければ、お互い無理はするなよ」
「なッ……!」
「きょ、兄弟……‼」
「ティトー、そこは喜ぶところじゃない」
「あら。おにいちゃん、最近面白くなってきたじゃない?」
「マリア……君って人は…………」
距離の近いレオポルトとマリアに、アルブレヒトはニヤついていた。それに気付いたレオポルトは赤面させると、アルブレヒトを氷の眼差しで睨みつけた。
「俺はラダの子だ。面白いくらい、なんてことはない」
「それ、タウ族と間違えてない~? おにいちゃん」
「マリア、その辺にしておいてやれ」
笑いをこらえきれないアルブレヒトは声を出して笑った。笑いに釣られ、ティトーも、マリアも笑いあう。レオポルトだけは照れながらはにかむと窓の外を眺めた。
「そろそろ、アドニス司教が来る頃だろ」
「そうだな。……ティトー。本当にいいのか?」
「うん。僕は巫女継承の儀、受けるよ。戦争なんてヤダ」
その言葉に、マリアがティトーの前に屈むと、優しく語りかけた。
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