暁の草原

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
79 / 182
暁の草原 番外編1

〇番外編1-1 マルティーニという家①

しおりを挟む
(本物語には、虐げられるシーンがあります。 理解の上、注意して読み進めてください)



 ルゼリア大陸という大国がある。その国のある大陸を、祖国ではルージリア大陸と呼ぶ。そんな大陸から南東に位置するのが、ヴァジュトールという島国だ。
 港は二つあり、一方は大陸、もう一方は北東に位置する景国専用の港である。どういうわけか、ヴァジュトール国は景国を敬愛しているのだ。

 マリアはこの島で生まれた。そして、今日まで迫害を受けている。

 これは、ネリネ歴944年12月の話である。



「まあ、汚らしいお姉さまが掃除したら、汚らしくなったわ。さすがお姉さま」
「聞こえますよ、マーシャ。放っておきなさい」
「そうだよ、マーシャ。あんな汚い子に話しかけたら汚れてしまう」

 いつもの心無い声が、古びた洋館に轟く。

 古びた服を着て、ぼろ雑巾を身に着けたマリアは、一人洋館の掃除をしていた。掃除する人間は自分だけであり、汚い箇所があると睨みつけられてきた。綺麗な服は要らないからと、新しい道具を強請るものの、安いものしか購入されない。

 いつしか無言が多くなり、感情も公にすることができなくなっていった。

「………………」
「言いたいことも言わない。無言ばっかりで、本当に気持ち悪い」

 四つ下の妹マーシャは両親に依存しており、興味関心を常に引き、マリアにマウントをとっていなけば平常心でいられない。そういう病の持ち主である。難解な性格ゆえに、縁談の話は一つもない。

「やっぱり、ほら。家系と関係のない赤毛だから」
「あれでも私の娘なのよ。驚きよね。太っていて、汚らしい。私の親戚の集まりに絶対に来ないでほしいわ」

 妹と、そしての声が聞こえるものの、もう何の感情も湧いてこない。友達も、味方も一人もいないのだ。使用人のほとんどが自分のことを見て見ぬふりをする。そう、マリアは感じていた。

(私なんて、この世に居ない。それでも、生きているから何かしなくてはいけない)

 悲しみも、怒りも沸いては来ず、無表情のまま静かに無情を噛み殺し、それでも頬を濡らす涙。それを見て母親が言った一言を、マリアは覚えている。

「みっともない。皆が指をさすから、泣くのはやめて頂戴」

 そう、原因など関係がないのだ。マリアという存在が、そういう存在であるのだと、そう諦めるしかなかったのだ。やり返そうとも、残飯をあさっても、なんとも思わなかった。寒いだけなのだ。寒さだけしのげれば、それでよかった。

 普段興味のない父親が、自身の胸を揉もうとも、風呂場に入ってこようとも、誰も、何も言わない。

「私が汚らしいのが悪い」

 マリアはポツリとつぶやくと、掃除で汚れた体を洗い流した。使用人の使う風呂場のため、石鹸だけがであることが、何よりもうれしい。

「おっと間違えた」

 また父親がシャワー部屋をの覗き込んできた。もう、体を隠すのも疲れてしまった。

「なんだ、その顔は! 間違えたのだと言っているだろう! それとも何か? 世間に話すか? 残念だったな、見られたり揉まれただけで、妊娠などしないのだ!」

 父親という男は、そう吐き捨てると大股で出て行った。そう、それがマリアの日常だったのだ。

「お腹空いたな」

 マリアは涙を魔法のシャワーを温水に変えると、すぐに洗い流していった。いくら洗い流そうとも、自身の汚らしいものは流せない。

「まだ汚いかな、におい、するかな」

 12歳という若さながら、マリアは自分の人生を呪うしかなかった。誰も、助けてなどくれないのだ。絶望が支配し、すぐにでも涙を流すことが出来る特技しかないのだ。

「せめて、文字が読めて、勉強ができれば」

 そこでマリアはすぐに思い出す。そう、妹マーシャの存在だ。マーシャは何かにつけてマリアに対峙するため、マリアはマーシャより劣っていなければならなかったのだ。文字が突然読めなくなり、算段も出来なくなったのだ。外来語も読めないことになっているものの、発注を外来語で受け答えしている。

「駄目ね。マーシャがまた、嫌がらせしてくる」

 マリアは魔法でシャワーを止めると、タオルを浮遊させ手に取ると、その身にまとった。傷だらけの体には、柔らかなタオルが染み渡る。タオルだけが柔らかいのは、マリア自身が洗濯をしているからだ。マリアの為に安い洗剤を揃えた母親は、汚いからとマリアの洗濯物だけ別で洗濯するように伝えているのだ。だからこそ、自分で洗うことのできる洗濯物は、柔らかい。

「私だけお湯で洗濯しているの、バレたらまずいのかな」

(そんなことはない)

 なぜなら。


「私は魔法が使えないのだから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

暁の荒野

Lesewolf
ファンタジー
少女は、実姉のように慕うレイスに戦闘を習い、普通ではない集団で普通ではない生活を送っていた。 いつしか周囲は朱から白銀染まった。 西暦1950年、大戦後の混乱が続く世界。 スイスの旧都市シュタイン・アム・ラインで、フローリストの見習いとして忙しい日々を送っている赤毛の女性マリア。 謎が多くも頼りになる女性、ティニアに感謝しつつ、懸命に生きようとする人々と関わっていく。その様を穏やかだと感じれば感じるほど、かつての少女マリアは普通ではない自問自答を始めてしまうのだ。 Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しております。執筆はNola(エディタツール)です。 Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。 キャラクターイラスト:はちれお様

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...