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第二環「目覚めの紫雲英は手に取るな」
②-11 再生の紫雲英①
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「そうか、声が聞こえているのか」
「…………笑わないんですか? 初めてです」
少年は疑うように首を傾げ始めた。
「いや、コルネリアさんも笑わなかっただろ」
「え、笑ってました、よ?」
「笑ってたのか……」
ティトーは目の前の男の表情の意味が分からず、更に別の疑問が生じた為に別の方向に首を傾げた。その姿に思わず噴き出した男を目の当たりにすると、すぐに口元が緩み、蜂蜜をかけていた時のように無邪気になった。
少年は嬉しそうにすると、グリットの掌へ置いた銀時計を人差し指で三度軽く叩いた。ティトーは満足したのか立ち上がり、後ろで手を組んだ。
「やっぱり、当主様のことはご存じなんですね」
「ああ、そうだな。そっちの話をまず、最初にしようか」
グリットはティトーを改めてみたが、服装は白いシャツに袖の無いベストを着用しており、より一層主人によく似ているように感じる。恐らく女将はそれをわかってこれを用意したのだろう。
「お前のいう当主っていうのは、つまり……」
「向こうでは珍しい発音の、コルネリウス・シュタイン様、です」
「そう。忌み嫌う者はコーネリウス・スタインと呼び、親しい者は」
「女性名のコルネリアと呼ぶ。いずれにせよ、まともに呼ばれたことはない、ですね! それを聞いて、凄い安心しました」
主人がここまで無邪気に笑うことは無かったが、主人が幼少期に笑えたなら、こういう笑い方をしただろう。今の自分に、彼の半分の重荷を背負うことが出来るのか、グリットはその思考を脳裏にちらつかせると、少年の笑顔に向かった。グリットの手の上で、銀時計が優しく輝いたが、二人は気付かなかった。
「ティトーは、今何歳なのか、わかるか?」
「ネリネ歴948年6月14日生まれ、6歳です」
「ろ…………」
「?」
「……………………いや。年数に思い当たることがあっただけだ」
「?」
ティトーは首を右へ、左へ傾けたまま、はてなマークを大量に浮かべていた。だが、グリットは少し考えこむように無言になると、そのまま思案へ入ってしまった。
ティトーは横へ振り返り、窓の外を見たがカーテンが閉まったままだ。窓の外から鳥の羽ばたきが耳に響いてきた。
「悪い、少し考え事を」
「あの、やっぱり変ですよね。声が聞こえるなんて」
「いや、そんなことは無い」
ティトーは驚きながら、グリットを見つめていた。その深淵のサファイアブルーに本心を見透かされぬように、グリットは言葉を選んだ。
「別に聞こえたっていいだろう。大切にされたモノには、心が宿るんだ」
「はい! そうなんです、そうなんですよ!」
ティトーは前のめりになると、万遍の笑みを浮かべて微笑んだ。
「すごいすごい! 本当に、当主様のお知り合いで、銀時計を知る方なんですね! 良かった!!」
グリットは改めてティトーへ銀時計を差し出すと、少年は小さな手を両手でいっぱいに広げ、大切そうに受け取った。
「ありがとう!」
「いや。それより、他に不安なことでもあるのか」
ティトーは笑みを曇らせると、不安そうに言葉を紡ぎ出した。ぽつり、ぽつりと語る言葉は、徐々に小さくなり、最後は聞こえなかった。
「……この時計だけで、僕はおにいさんと兄弟だって、本当に…………」
「そうか。少し、一部分しか聞いてなかったって言ってたしな」
ティトーは時計を握り締めると、ぼんやりと呟いた。
「おにいさんだけじゃないの。おとうさんも、おかあさんもわからないから」
少年の瞳が微かにぼんやりと潤い、言葉も揺らいでいく。
「ぼく、どこのだれなのかなって」
「うん」
「なにもわかんなくて。すごくこわい」
「そうだな。それは怖い」
「うん」
少年は上を向き、椅子に座ったままの長身男を見上げた。グリットはゆっくりを椅子から立ち上がると、僅かに歩み寄ると屈んで見せた。
グリットは上着の内側に縫われたポケットから、銀に輝くそれを取り出した。
「え………………」
言葉通り、息を飲む少年は自分の手に握られている銀の輝きと交互に、それを見たのだった。
「…………笑わないんですか? 初めてです」
少年は疑うように首を傾げ始めた。
「いや、コルネリアさんも笑わなかっただろ」
「え、笑ってました、よ?」
「笑ってたのか……」
ティトーは目の前の男の表情の意味が分からず、更に別の疑問が生じた為に別の方向に首を傾げた。その姿に思わず噴き出した男を目の当たりにすると、すぐに口元が緩み、蜂蜜をかけていた時のように無邪気になった。
少年は嬉しそうにすると、グリットの掌へ置いた銀時計を人差し指で三度軽く叩いた。ティトーは満足したのか立ち上がり、後ろで手を組んだ。
「やっぱり、当主様のことはご存じなんですね」
「ああ、そうだな。そっちの話をまず、最初にしようか」
グリットはティトーを改めてみたが、服装は白いシャツに袖の無いベストを着用しており、より一層主人によく似ているように感じる。恐らく女将はそれをわかってこれを用意したのだろう。
「お前のいう当主っていうのは、つまり……」
「向こうでは珍しい発音の、コルネリウス・シュタイン様、です」
「そう。忌み嫌う者はコーネリウス・スタインと呼び、親しい者は」
「女性名のコルネリアと呼ぶ。いずれにせよ、まともに呼ばれたことはない、ですね! それを聞いて、凄い安心しました」
主人がここまで無邪気に笑うことは無かったが、主人が幼少期に笑えたなら、こういう笑い方をしただろう。今の自分に、彼の半分の重荷を背負うことが出来るのか、グリットはその思考を脳裏にちらつかせると、少年の笑顔に向かった。グリットの手の上で、銀時計が優しく輝いたが、二人は気付かなかった。
「ティトーは、今何歳なのか、わかるか?」
「ネリネ歴948年6月14日生まれ、6歳です」
「ろ…………」
「?」
「……………………いや。年数に思い当たることがあっただけだ」
「?」
ティトーは首を右へ、左へ傾けたまま、はてなマークを大量に浮かべていた。だが、グリットは少し考えこむように無言になると、そのまま思案へ入ってしまった。
ティトーは横へ振り返り、窓の外を見たがカーテンが閉まったままだ。窓の外から鳥の羽ばたきが耳に響いてきた。
「悪い、少し考え事を」
「あの、やっぱり変ですよね。声が聞こえるなんて」
「いや、そんなことは無い」
ティトーは驚きながら、グリットを見つめていた。その深淵のサファイアブルーに本心を見透かされぬように、グリットは言葉を選んだ。
「別に聞こえたっていいだろう。大切にされたモノには、心が宿るんだ」
「はい! そうなんです、そうなんですよ!」
ティトーは前のめりになると、万遍の笑みを浮かべて微笑んだ。
「すごいすごい! 本当に、当主様のお知り合いで、銀時計を知る方なんですね! 良かった!!」
グリットは改めてティトーへ銀時計を差し出すと、少年は小さな手を両手でいっぱいに広げ、大切そうに受け取った。
「ありがとう!」
「いや。それより、他に不安なことでもあるのか」
ティトーは笑みを曇らせると、不安そうに言葉を紡ぎ出した。ぽつり、ぽつりと語る言葉は、徐々に小さくなり、最後は聞こえなかった。
「……この時計だけで、僕はおにいさんと兄弟だって、本当に…………」
「そうか。少し、一部分しか聞いてなかったって言ってたしな」
ティトーは時計を握り締めると、ぼんやりと呟いた。
「おにいさんだけじゃないの。おとうさんも、おかあさんもわからないから」
少年の瞳が微かにぼんやりと潤い、言葉も揺らいでいく。
「ぼく、どこのだれなのかなって」
「うん」
「なにもわかんなくて。すごくこわい」
「そうだな。それは怖い」
「うん」
少年は上を向き、椅子に座ったままの長身男を見上げた。グリットはゆっくりを椅子から立ち上がると、僅かに歩み寄ると屈んで見せた。
グリットは上着の内側に縫われたポケットから、銀に輝くそれを取り出した。
「え………………」
言葉通り、息を飲む少年は自分の手に握られている銀の輝きと交互に、それを見たのだった。
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