暁の草原

Lesewolf

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第二環「目覚めの紫雲英は手に取るな」

②-7 モルフォの羽化③

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 宿屋の朝食はパンで日替わりの具材を挟んだサンドであり、持ち運びが可能の為天気さえ良ければほとんどが軒先で配られる、所謂弁当だ。

 朝がサンドになったのは、セシュール民族でそれぞれに朝の準備が異なっており、中には午前10時を回らないと朝食を取らない民族もいる。彼等には弁当として手渡し、休憩時間に食すのだ。獣人たちにもそれぞれで文化に違いがあり、食さない野菜や肉類もあった。それらにすべて対応出来るのは、大旦那と女将の二人だけだった。


「おう、グリット」
「朝から相変わらずでかい声だな。さすがに出てくると思ってなかった」

 グリットが宿屋に戻ると、数人がもう弁当を受け取っており、個々に好きな場所で朝食を取っている。すぐに声の大きな身長も態度もでかい部族民に声を掛けてきた。というより、態々人手の多い場で声を掛けてきた男は、それなりに理由があるのだろう。

「何を言う、我らタウ族無しで世界が回るとでも思っているのか」
「だから五月蠅いんだよ、声もでかいんだって」
「だからいいんじゃないか、何を言っているんだ!」

 グリットは苦手なわけではないが、狼族であるタウ族は声も態度も度胸も体格もでかく、そのまま遠慮せずに狐族であるラダ族にちょっかいを出すことは止めないため、いつになっても反射的に警戒してしまう。だが彼は自身を待っており、用事があるという事はわかっていた。とにかく真っ直ぐに突き進む彼らが裏切ることはなく、その精神は常にケーニヒスベルクへ捧げられる。

「見ろ、我らがタウ族の美しい筋力を」
「はいはい」

 グリットは呆れ顔のまま気だるそうに長身の男の腕を叩いてやった。グリットもそれなりの高身長だが、それよりもでかいのがこの男だ。顔もでかい上、色々とうるさい。食堂でやたらと挑発し、事あらばラダ族の話を持ち出そうとするのだ。結局最後は我らがタウ族、と続くだけに、何がしたいのかは不明である。

「なんだお前、雑じゃないか。我らタウ族の勇ましさが理解できないなら……」
「あーもう五月蠅いんだよ」
「何を言う。ラダのヒョロヒョロに勝つには、筋力を上げるしかないんだぞ」
「あー本当にわかったから。ラダ族は素早いからな。わかったわかった。わかってるって。タウ族すごーい」
「はっはっは、もっと褒めたまえ」
「はいはい、その調子で次期王戦の為に族長目指して頑張れよ」
「無論だ! 次の族長はこの俺で決まりだ。ラダのルクヴァを倒すのはこの俺だからな!!」

 タウ族でもかなりうるさい部類のこの男は人望があり、多くの獣人労働者も慕っている。しかし、朝の五月蠅さだけは容認できず、自然とタウ族の男から離れていく。

「やっぱり王戦にはお前が出るのか」
「おうともよ! 俺がタウ族で一番強い男だからな!」
「となれば、タウ族の次代族長様か」

 セシュールの王戦は、それぞれの部族民の長を決定した後に行われる、トーナメント戦だ。その催しは既に祭りと化しているが、いつ何時行っても、最終決戦で当たるのはラダ族、そしてタウ族だ。

 王はこの二大部族がほとんど交代で行っている。王戦の戦いで決まるからだ。

「手渡すだけだってのに、わざわざ声かけてくる必要あったのか」

 胸筋を触ってやっているグリットの呟きに、タウ族は魔力を細めた。声に関していえば、タウ族の右に出る者はいない。その声は伝えたい相手にのみ伝わるが、ある程度の距離さえあれば届くのだから、とんでもないだろう。周囲もそんなタウ族に気など留めておらず、いたって普通に食事をしている。

「奴は大して驚きはしなかった。だが、父親も俺たちも知らない事案なだけに難しい顔はしていた。その上で、合流までの間で素性を調べておいてくれとのことだ。それから」

 珍しく周囲を警戒したタウ族は瞳を輝かせてグリットに迫った。グリットは胸筋を抑えつつ、引き離そうと必死だった。言葉は抑え気味だが、圧がすごい。

「俺はいたく感動している、わかるか!? 俺の気持ちが……」
「わからねえよ! 気持ち悪いんだよ、離れろ、うるさい、暑苦しい!」

 タウ族は雄たけびを上げ、とうとう周囲の目線を自身に集めた。グリットはげんなりした表情を抑えるのを諦めた。

「お前さあ、俺の状況わかってる?」
「もちろんだとも、わかっているともグリットくん!」

 ハハハと歯を見せながら笑うタウ族に、周囲を通る女性までもが笑っている。
 大旦那と女将も笑っており、味方をしてくれる様子はない。用件が済んだと判断し、グリットはそそくさ逃げ出すと、弁当を受け取らないまま、食堂へと駆け込んだ。

 そして、すぐ目の前のテーブルで食事をしている少年と目が合った。男が昨晩居たテーブル席であり、窓際だ。

 少年は大きな口を開けたまま固まると、両手に持っていたサンドを皿へ返した。音の立たないような無音であり、気付けば椅子をおりてグリットの前へやってきていた。

 グリットは息を飲むことしか出来ず、それでも呼吸を忘れてしまった。
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