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第二環「目覚めの紫雲英は手に取るな」
②-4 白銀先生栄花夢③
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部屋はそれほど広くはなく、窓のカーテンは閉め切られてはいるものの密室ではない。窓に近づき、カーテンを潜って背伸びをすると、すぐに外の風景が目に飛び込んできた。窓の方角にあるのは、恐らくルゼリア国だ。自分が通ってきた国境、そして門があるはずだ。窓の外からは話し声が聞こえだしていたため、少年はカーテンから顔を出した。
「ここ、国境沿いの、あの町……?」
少年は記憶を呼び起こす。大きな銅像のある噴水広場があり、井戸があり、その向こうには露店街が広がっていた、あの町だ。
「ルゼリア国境の町でお世話になった、おばあさんとおじいさんの娘さんのいる町。染物と織物と刺繍が得意の……。それから、外国から人が多く訪れる労働者用の食堂のあった町」
不意に全身に痛みが走り、少年は腕、足、見える素肌の範囲にまんべんなく広がる痛々しいアザを見つけた。アザによって、痛みが増し、恐怖と打撃が少年を襲った。
「…………う」
セシュール国の人々が優しいのではない。ルゼリアとて同じ事だ。生きていくために、必死なのである。それでも、少年に襲われれていい理由などは存在しない。
「僕、どうやって助かったんだろ……」
少年は次に、なぜ自分が手厚い状態でベッドで横になっているのか考えだした。現実であるのか、曖昧なものも多い。ベッドのすぐ脇に目を向けると、引き出しの付いた背の低いチェストがある。
「包帯だよね。治療を受けていたのかな。だとしたら、助けてもらったってこと?」
医者がやってきたわけではない。少年でも理解できたのは、少年が医者に診られることが滅多になかったからだ。匿われ、隠されていた理由は少年も知りえない。
「だめだ。襲われた、ところから怖くて思い出せないや……」
不思議と湧き上がる高揚感を抑え、落ち着くのを待つと改めて部屋を見渡した。窓側のテーブルには椅子が一つあるが、こちらを向いている。そのテーブルの上には、見覚えのあるものが丁寧に並べられていた。
(僕の荷物だ)
少年はゆっくり歩んでいった。テーブルにあるのは、やはり少年の持ち物だ。硬貨の入っていた布袋は丁寧に繕われており、その上には金と銀の硬貨が無造作に置かれている。
「硬貨、とられていないんだ。一枚一枚に汚れがないのは、丁寧に洗われたから? どうして、そこまで……あ、ハンカチ!」
見覚えのある刺繍の入ったハンカチが畳まれており、全体的に白くはなく、刺繍の色は薄れている。帽子付きのケープマントは、修繕された状態で壁に掛けられている。帽子の部分は無いが、同じもので間違いないだろう。
「ケープマント、繕われてる。帽子は無くなったけれど、その部分で穴が補われているんだ。見ず知らずの子供に、どうしてここまでしてくれたの?」
私物でここに無いものはいくつかある。水で満たされていたはずの革袋、ハンカチが包んでいたであろう中身のパイ、お菓子で出来た硬貨。それから、例のものが見当たらない。
「……銀時計が無い」
それでも、少年は落ち着いており、不安に駆られることは無かった。それが何故なのか、少年には理解できず、逆に不安に駆られるようであったのだ。
「どうして、こんなに落ち着いていられるんだろう」
少年は寝間着のまま、部屋を後にした。施錠はされておらず、見張りの姿もない。
「誰も居ない。普通のおうちみたい」
それが自然な形であることは、ルゼリア・セシュール国境沿いの老夫婦の家に泊まった際に知ったの事だ。通常、見張りなどは存在せず、守り人として騎士など常駐してはいないのだ。少年はゆっくりと階段へ近づくと、踊り場から身を乗り出した。
少年はその踊り場下、眼下へ広がる室内に見覚えがあった。
「ここ、あの時の食堂……?」
「ここ、国境沿いの、あの町……?」
少年は記憶を呼び起こす。大きな銅像のある噴水広場があり、井戸があり、その向こうには露店街が広がっていた、あの町だ。
「ルゼリア国境の町でお世話になった、おばあさんとおじいさんの娘さんのいる町。染物と織物と刺繍が得意の……。それから、外国から人が多く訪れる労働者用の食堂のあった町」
不意に全身に痛みが走り、少年は腕、足、見える素肌の範囲にまんべんなく広がる痛々しいアザを見つけた。アザによって、痛みが増し、恐怖と打撃が少年を襲った。
「…………う」
セシュール国の人々が優しいのではない。ルゼリアとて同じ事だ。生きていくために、必死なのである。それでも、少年に襲われれていい理由などは存在しない。
「僕、どうやって助かったんだろ……」
少年は次に、なぜ自分が手厚い状態でベッドで横になっているのか考えだした。現実であるのか、曖昧なものも多い。ベッドのすぐ脇に目を向けると、引き出しの付いた背の低いチェストがある。
「包帯だよね。治療を受けていたのかな。だとしたら、助けてもらったってこと?」
医者がやってきたわけではない。少年でも理解できたのは、少年が医者に診られることが滅多になかったからだ。匿われ、隠されていた理由は少年も知りえない。
「だめだ。襲われた、ところから怖くて思い出せないや……」
不思議と湧き上がる高揚感を抑え、落ち着くのを待つと改めて部屋を見渡した。窓側のテーブルには椅子が一つあるが、こちらを向いている。そのテーブルの上には、見覚えのあるものが丁寧に並べられていた。
(僕の荷物だ)
少年はゆっくり歩んでいった。テーブルにあるのは、やはり少年の持ち物だ。硬貨の入っていた布袋は丁寧に繕われており、その上には金と銀の硬貨が無造作に置かれている。
「硬貨、とられていないんだ。一枚一枚に汚れがないのは、丁寧に洗われたから? どうして、そこまで……あ、ハンカチ!」
見覚えのある刺繍の入ったハンカチが畳まれており、全体的に白くはなく、刺繍の色は薄れている。帽子付きのケープマントは、修繕された状態で壁に掛けられている。帽子の部分は無いが、同じもので間違いないだろう。
「ケープマント、繕われてる。帽子は無くなったけれど、その部分で穴が補われているんだ。見ず知らずの子供に、どうしてここまでしてくれたの?」
私物でここに無いものはいくつかある。水で満たされていたはずの革袋、ハンカチが包んでいたであろう中身のパイ、お菓子で出来た硬貨。それから、例のものが見当たらない。
「……銀時計が無い」
それでも、少年は落ち着いており、不安に駆られることは無かった。それが何故なのか、少年には理解できず、逆に不安に駆られるようであったのだ。
「どうして、こんなに落ち着いていられるんだろう」
少年は寝間着のまま、部屋を後にした。施錠はされておらず、見張りの姿もない。
「誰も居ない。普通のおうちみたい」
それが自然な形であることは、ルゼリア・セシュール国境沿いの老夫婦の家に泊まった際に知ったの事だ。通常、見張りなどは存在せず、守り人として騎士など常駐してはいないのだ。少年はゆっくりと階段へ近づくと、踊り場から身を乗り出した。
少年はその踊り場下、眼下へ広がる室内に見覚えがあった。
「ここ、あの時の食堂……?」
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