【完結】暁の草原

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
17 / 228
第一環「春虹の便り」

①-14 モーント・ラジアル①

しおりを挟む
 空が一気に暗くなり、どす黒い雲が空を覆った。太陽が完全に見えなくなり、巨大な月の幻影が完全に視力を失ったのだ。少年は空を見る余裕がないため、それらの一変に気付いていない。先ほどから何も考えられていない。ずっと走っているのだ。

 立っているのも困難なほどの睡魔、そして激しい頭痛と恐怖が少年を襲っていた。喪失感が少年を包んでしまい、そのまま惚け、歩き続けていたのだ。
 気付いたときには、すでに町の風景はただの瓦礫であり、町が元は大きかったことを物語るのだが、少年はそんなことに気づくことも出来ない。


 辛うじて立っている家の所々にヒビが入っており、住人がいないのが見て取れた。来た道を戻ろうとすると、物陰からニヤニヤ笑みを浮かべた男たちが数人現れた。

 そして、少年に荷物を置いていくように言ったのだ。慌てて走り出したものの、男たちはずっと少年の後を追いかけてくる。明らかに人相が悪い彼らは、町の人たちとは明らかに雰囲気が異なっていた。

 夢中でどれだけ走り続けても、町の風景は廃墟のままだ。少年は目の前が瓦礫で通れないことを察知し、大きな瓦礫の前を右に曲がった。が、前は行き止まりであった。すぐに戻って左に行くものの、そちらも行き止まりになっていた。立ち止まった余波で足が一気に多くなり、息が完全に上がっている。吐き出しそうだ。

「はっ、は……」
「よう、かけっこはおしまいか?」

 小刻みに小さな細身の体を震わせ、立ち尽くしてしまう。どうして油断してしまったのか。あれほど屋敷を出るときに、気を付けるように言われていたのに。
 小さな怪我ですらしないように、切り傷ですら気を付けるように、と。願い、すがるように抱きしめられ、旅立ったというのに。どうして。

 男たちは、うずくまる少年のリュックを掴み、強引に引っ張った。逃げようとした少年の肩の根本から紐がちぎれ、衝撃で少年はその場に崩れ落ちてしまった。激しい頭痛が起こり、目の前が霞んだ。男たちの手が光っており、それがナイフだということがわかった。
 恐怖で体が動かなくなってしまった。声も出ない、呼吸の仕方がわからない。

「さて、中身は……」
「お、なにこの袋。うっわ、すっげえ重量……。え、ルゼリア銀貨じゃん! おお、金貨も入ってやがる」

 男は袋の中身を、傍らにいた男の手のひらに出して見せた。数枚の銀貨、金貨が地面に落ちて音を鳴らす。前の村でもらったチョコレートで出来た硬貨までもが、地面に落ちている。

「返して!」

 男に這いつくばろうとした少年を、ナイフを持った男が蹴り上げた。

「汚ねえガキには必要ないの、わかる? 俺達には必要なんだよね~」
「う…………」

 少年はこの時、リュックから出された銀に輝くそれを、見逃さなかった。

「なんだこれ、すっげー、銀製! ほんもの?」

 男が取り出したのは、銀製で出来た懐中時計だった。

「だ、だめ!」
「すっげ、なにこれ。鷲獅子? ヴァジュトール所縁のなにかか? うーん……なんか掘ってあるが、文字か? これ」
「わかんねえ、でも高く売れそうじゃん」
「あれでもこれ、壊れてない? 懐中時計っていえば、ほら。パカッて開く奴だろ?」
「なんだこれ、ボタンもないじゃん」
「やめて、返して!」


(痛い、痛い。でも…………!!)


「だいじなものなの!」

 手を伸ばした少年を、金貨を持っていた男が再び蹴り飛ばした。少年はひるまずに踏みとどまったが、もう一度蹴り上げられてしまった。男の手のひらの硬貨が音を立てて地面に落ちていった。
 ついにリュックはナイフで裂かれ、中身が散らばった。貰ったパイの布が、地面に落ち、刺繍も茶色く変色していく。

「や‥だ‥・・それだけは、かえして……」

 時計をもった男が、含み笑いをしながら少年の胸倉を掴んだ。苦しさに男の腕を掴もうとした少年の小さな手が、虚しく力を失う。



 その時、確かに風が止まっていた。
 全てが白であり黒であったはずだった。
 何も聞こえないのだ。
 不気味な静寂は、夜のように薄暗くなった。

 見えない月の幻影が、不気味に紅く燃え上がるように――。




「触るな」

 抑えられた、しかし重みのある声が下りてきた。
 男たちは慌てて振り返ると、そこには焦茶色の長身の男がいた。
 背の高い男は、両肩を震わせ立っていた。目が座っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

グリフォンとちいさなトモダチ

Lesewolf
児童書・童話
 とある世界(せかい)にある、童話(どうわ)のひとつです。  グリフォンという生き物(いきもの)と、ちいさな友達(ともだち)たちとのおはなしのようなものです。  グリフォンがトモダチと世界中(せかいじゅう)をめぐって冒険(ぼうけん)をするよ!  よみにくかったら、おしえてね。 ◯グリフォン……とおいとおい世界《せかい》からやってきたグリフォンという生《い》き物《もの》の影《かげ》。鷲《わし》のような頭《あたま》を持《も》ち、おおきなおおきな翼《つばさ》をもった獅子《しし》(ライオン)の胴体《どうたい》を持《も》っている。  鷲《わし》というおおきなおおきな鳥《とり》に化けることができる、その時《とき》の呼《よ》び名《な》はワッシー。 ◯アルブレヒト……300年《ねん》くらい生《い》きた子供《こども》の竜《りゅう》、子《こ》ドラゴンの影《かげ》。赤毛《あかげ》の青年《せいねん》に化《ば》けることができるが、中身《なかみ》はかわらず、子供《こども》のまま。  グリフォンはアルブレヒトのことを「りゅうさん」と呼《よ》ぶが、のちに「アル」と呼《よ》びだした。  影《かげ》はドラゴンの姿《すがた》をしている。 ☆レン……地球《ちきゅう》生《う》まれの|白銀《はくぎん》の少《すこ》しおおきな狐《きつね》。背中《せなか》に黒《くろ》い十字架《じゅうじか》を背負《せお》っている。いたずら好《ず》き。  白髪《はくはつ》の女性《じょせい》に化《ば》けられるが、湖鏡《みずうみかがみ》という特別《とくべつ》な力《ちから》がないと化《ば》けられないみたい。 =====  わからない言葉(ことば)や漢字(かんじ)のいみは、しつもんしてね。  おへんじは、ちょっとまってね。 =====  この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。  げんじつには、ないとおもうよ! =====  アルファポリス様、Nolaノベル様、カクヨム様、なろう様にて投稿中です。 ※別作品の「暁の荒野」、「暁の草原」と連動しています。 どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。 面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ! ※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。 =====

私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり
ファンタジー
 ハミルトン侯爵家のアリスはレノワール王国でも有数の優秀な魔法士で、王立学園卒業後には婚約者である王太子との結婚が決まっていた。  しかし、王立学園の卒業記念パーティーの日、アリスは王太子から婚約破棄を言い渡される。  王太子が寵愛する伯爵令嬢にアリスが嫌がらせをし、さらに魔法士としては禁忌である『魔法を使用した通貨偽造』という理由で。    身に覚えがないと言うアリスの言葉に王太子は耳を貸さず、国外追放を言い渡す。    翌日、アリスは実父を頼って隣国・グランディエ帝国へ出発。  パーティーでアリスを助けてくれた帝国の貴族・エリックも何故か同行することに。  祖父のハミルトン侯爵は爵位を返上して王都から姿を消した。  アリスを追い出せたと喜ぶ王太子だが、激怒した国王に吹っ飛ばされた。  「この馬鹿息子が!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」    一方、帝国で仰々しく迎えられて困惑するアリスは告げられるのだった。   「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」と。 ****** 週3日更新です。  

辺境の最強魔導師   ~魔術大学を13歳で首席卒業した私が辺境に6年引きこもっていたら最強になってた~

日の丸
ファンタジー
ウィーラ大陸にある大国アクセリア帝国は大陸の約4割の国土を持つ大国である。 アクセリア帝国の帝都アクセリアにある魔術大学セルストーレ・・・・そこは魔術師を目指す誰もが憧れそして目指す大学・・・・その大学に13歳で首席をとるほどの天才がいた。 その天才がセレストーレを卒業する時から物語が始まる。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

処理中です...