暁の草原

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
9 / 182
第一環「春虹の便り」

①-6 風の知らせ②

しおりを挟む
「戦後に生まれた子か?」
「いや、どうみても三歳児未満には見えなかった。痩せては居たが、どうみても5,6歳。訳アリなのは間違いないだろうが、そんな子供が一人、あの銀時計を見せながらの兄探し」

 スプーンが見当たらないため、グリットは窓の外を目線だけで追った。外は緩やかな風が吹いているようで、隣接の宿舎の前に干されたシーツがよくなびいている。

「少年が各テーブルを回っている間に、席の空きがなくなる時間になった。女将が詳しい話を聞こうと、少年に声をかけて席に案内しようとしたんだ」

 大旦那は少年の居たであろう位置まで歩むと、その説明を具体的に話した。

「だが少年はそれを断った。労働者用の食堂だという札があったから、自分が座るわけにはいかないと言って出ていった」
「文字が、読めるんだな」
「そう、少年は文字を読むことが出来る。こんな町にまで子供が一人で兄探し。薄汚れてはいるものの明らかに質のよさそうな服の上に、セシュール刺繍の入ったケープを羽織っている。どう見ても怪しい」

 大旦那は早口になってはいるものの、抑えられた声量だ。表情には、隠しきれないほどの笑みを浮かべ、対面者と目線が合うのを待った。グリットは窓の外を見つめたていたが、観念して目線を合わせた。

「……妙なのは少年の外観もだ。瞳は、青く深みのある、印象に残るほどのコバルトブルーだった。濃くはあるものの、光によってブルーサファイアのごとく煌めく」

 大旦那はここで決めると言わんばかりの表情で、歯を見せるようにニヤリと笑った。普段から大真面目に冗談を言うような人物ではない。
 グリットはカップを揺らし、なんとか底に残ったココアを混ぜようと悪足掻きをした。

「そう、それはまさに……由緒正しき崇高な血統の、ルゼリア人のような」

 大旦那は自分の発言に短く頷いた。

「少年の髪色は、薄めの灰色と栗色の間。お前が今思い浮かべたような、あの色で……って、聞いてるか?」
「……はぁ、何を言い出すかと思えば。たまたま兄を探しに来た孤児の髪色が将軍のそれで、瞳は王女のそれだと?」
「そうだ」
「じゃあ何か、将軍と王女の裏に、子供がいたとでも言うのか。後継者問題を抱えた将軍がまだ独身なのは、その為だとでも? 今やシュタイン家は王家に連なる家系なんだぞ。それもすぐ傍の国境を越えた先が領地だろ、大体将軍は……」

 そこまで発言し、グリットは黙り込んだ。将軍の個人的なプライバシーを、ここで公にするわけにはいかない。そして相手が大旦那だからこそ、軽々しく話していいものではない。
 だが、大旦那は大国のスキャンダルを話そうとしていたわけではなかった。

「あのなあ、俺は少年がわざわざシュタイン家当主、コルネリア殿の髪色に寄せた姿で、ルゼリア王族に連なる瞳は本物で、そんな子供が一人で現れたって言おうとしてたんだよ」
「なんだそうなのか」
「あのなあ。最後まで真面目に聞けよ。最初に言っただろう、俺が見覚えのある、親しみある顔立ちだったんだって。そんな子があの銀時計を持っている、渡したのは将軍しかいないだろ」

 一瞬の間が非常に長く感じる。静寂であり、何も聞こえなくなる。グリットがどうしても口にできない将軍の話とは別の、とんでもない可能性の話を、大旦那はしているのだ。
 恐らく女将もそれを知っている。

「コルネリア殿は、現ルゼリア王クラウス陛下に忠誠を誓っている。陛下と将軍はほとんど親族だが、それだけじゃないだろ。しかも陛下は唯一最愛の一人娘、噂の王子たちの母親でもある、ミラージュ王女直属の騎士で幼馴染だ」

 グリットは大旦那を睨むように見つめたが、大旦那はそのまま続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

暁の荒野

Lesewolf
ファンタジー
少女は、実姉のように慕うレイスに戦闘を習い、普通ではない集団で普通ではない生活を送っていた。 いつしか周囲は朱から白銀染まった。 西暦1950年、大戦後の混乱が続く世界。 スイスの旧都市シュタイン・アム・ラインで、フローリストの見習いとして忙しい日々を送っている赤毛の女性マリア。 謎が多くも頼りになる女性、ティニアに感謝しつつ、懸命に生きようとする人々と関わっていく。その様を穏やかだと感じれば感じるほど、かつての少女マリアは普通ではない自問自答を始めてしまうのだ。 Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しております。執筆はNola(エディタツール)です。 Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。 キャラクターイラスト:はちれお様

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...