【完結】暁の荒野

Lesewolf

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最終話「朱の祝福を手のひらに」

⑯-2 君がいない世界で②

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 ――その後、一週間後。

 アルベルトは気落ちしたマリアを心配していた。アルベルトとて、その気落ちは簡単に治るものではないが、他人の心配でもしなければ現実から目を背けられなかった。
 メインのブリッジでの作業も、ほとんど徹夜で進めている。あらかた作業は終わったものの、まだ完璧とは言えない。

「アルベルト様」
「ラウルか」
「夢中になるのはわかりますが、昨日もあまり眠られていないでしょう。無理はしないで欲しい」
「わかった。悪かった」

 アルベルトは作業の手を止め、ラウルに向き合う。ラウルはそんな様子のアルベルトに、自身の作業の手も止めた。

「アルベルト様。何か、俺に話でも?」
「……レンとの、お別れ会が出来ないだろうか」
「やろうと思えば、出来なくはないですが」

 ラウルの言葉に、アルベルトは安堵の表情を浮かべる。

「皆、あれで踏ん切りはつかないだろう。土に還すのだって、まだ当分先なんだ。一度、お別れ会をやろう。ミュラーさんたちも、今日来るわけだし。俺だって……」

 アルベルトはあの時のことを思い出す。まだ、一週間しか経っていない。


 鈍い音がした。彼女を撃ち抜く瞬間に。

 自分の魔法では、彼女に当たることはなかった。簡単に躱されてしまい、埒が明かなかった。拳銃に魔法で負荷をかけ、細工をしたのだ。

 その銃弾は、彼女の額をぶち抜いた。
 レンを殺したのは、アルベルト自身だ。

「わかりました。アドニスに声をかけましょう。あれでいて、まだ表舞台にいますし、腐っても神父です。シュタインアムラインでやるのは難しいかもしれませんが……」
「俺が参列しても、大丈夫だろうか」
「……え?」

 アルベルトは視線を合わせることなく、遠くを見つめたままだ。ラウルには、ただその姿を見つめ、宥めることしか出来ない。

「あなたが殺したわけではありません」
「いや、コアをぶち壊したのは俺だろう。俺が、彼女を殺した」
「……アルベルト」

 ラウルはアルベルトの胸ぐらを掴むと、一気に押し倒した。力強い力に圧倒され、アルベルトは体勢を崩す。

「そうしなけれはいけなかったんだ。俺に出来るなら、俺が殺して、壊していた。彼女のためにも、お前がそんなでは……」
「ありがとう、ラウル。お前はやっぱり優しいな」

 顔を赤らめるラウルは、その胸から手を離そうとした。アルベルトはその腕を絡みとり、逆に押し倒してしまう。一瞬の出来事に、ラウルはその突然の出来事に対応できなかった。

「ははっ。隙があり過ぎだ!」
「アルベルト様……、お戯れを!」
「あはは、悪かった。いつもお前が先に手を出すからな。マリアの言う通り、お前は意表を突かれるのが苦手なようだ」
「全く……」

 その様子を陰で見つめていたフリージアは、慌てて顔を出した。

「びっくりした……!」
「よう、フリージア。驚かせて悪かったな」
「びっくりしますよ! もう、いきなり喧嘩が始まったのかと……」

 フリージアはあれから、アルベルトの傍を離れようとはしない。それはレオンと、ティナを避けているようで、心配しているのだ。レオンとティナの前世は、ゲオルクと詩阿しあであり、二人の実親であるという。

 フリージアはまだその話を知らないが、レオンとティナのよそよそしい反応が、フリージアに避けさせているのだ。

 それでも、すぐに話すわけには行かなかった。フリージアの心の問題もある。

「お別れ会、一緒にいこうよ」
「……ああ、準備しないとな」
「戦艦に講堂があったよ。そこでやれないかな?」
「アドニスに知らせないとな。ラウル、頼めるか?」
「はい、任せてください」

 ラウルはそのまま転移すると、セシュールの里から姿を消した。相変わらず、この魔法には驚かされる。


「転移か、便利な魔法だな……」
「……アルお兄ちゃん、いきなりいなくならないでね?」

 心配そうにしている少女は、眼を潤ませている。

「……大丈夫だよ。なんでそう思うんだ」
「だって……」

 フリージアはレスティン・フェレスの月のゆりかごにいた。それから何年か経ち、地球へやってきてから目覚めでいる。聞けば、目覚めてからそれほど日数は経過していないという。まだほんの赤子と変らないのではないだろうか。月のゆりかごは旧帝国以前の遺産だ。のちに王国となったというルゼリア王国といえど、その技術の解明は出来ていないだろう。
 年も取らず、永延と眠り続けなければいけない我が子など、両親にとっては悲しいことだ。

 今は月のゆりかごのシステムより、フリージアにとって実の両親と共にいないことが、彼女にとって悩みではなかろうか。旅立つにしろ、わだかまりは解消させなければならないだろう。フリージアはアルベルトに依存している可能性だってある。

「怖かったら、いつでも聞いてくれ。遠慮せずに聞いていいから、不安に思ったらすぐ聞くんだ。大丈夫だから。俺は、ここにいるから。な」
「うん。ありがとう」

 穏やかな時間が過ぎていく。ここに、レンとしてティニアがいないことだけが、穏やかではないのだ。それは、ここにいる誰しもがわかっていることだった。

 レンと、ティニアと過ごした日数は長くない。それでも、記憶などなくとも惚れてしまい、その生き様を見つめたくなったのだ。

 それは、生まれ変わって再会したとて、同じことであろうか。

「ティニア……」

 男が無意識にポツリと言った言葉は、幼いフリージアだけが聞いていた。フリージアはアルベルトの作業を真剣に見つめると、大きく頷いたのだった。
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