【完結】暁の荒野

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
197 / 257
第12輪「暁の星はいと麗しき」

⑫-1 それが彼女の史実①

しおりを挟む
 スイスのシャフハウゼン、シュタインアムラインはライン川が流れる美しい町である。そのライン川はボーデン湖へと繋がっている。

 先ほどまで、一行はシュタインアムラインの診療所内に居たが、今はアドニスという神父の魔法というもので洞窟へ飛ばされ、このボーデン湖の地下にある隠れ里を訪れていた。
 隠れ里は、セシュールの隠れ里と呼ばれているというが、名前はないという。

 そこはボーデン湖の底が見える不思議な空間だったのだ。

「はてさて。どこから話したものか……。バラバラに知っている事もあるでしょうからね」

 細身の若い男の姿で言葉を零すのは、アドニス神父だ。初老であった筈の神父は突然若い姿で現れ、自らがアドニスであると語った。アドニスは天井を眺めながら、唸りだした。

 マリアは髪を結い直すのを忘れ、驚きの声を上げる。

「ねえ、ティナ。ここ、本当にボーデン湖の地下なの?」
「はい。恐ろしく下層、ここは遥か下の地下です。天井は特にボーデン湖に通じているわけではなく、実際のボーデン湖の底を映し出しているだけに過ぎないのでしょう」

 ティナと呼ばれた女性は長い金髪を靡かせ、上を見上げながら淡々と語った。

 空というべきか、天井に広がるボーデン湖の水面は時に美しい螺旋を描き、光はあまり差し込まない。淡い光が差し込むと、それらは荒れ果てた里を薄暗く照らす。水面は時々コポコポと泡が立ち込め、天井一体を支配する。
 隠れ里の緑と言えるもののほとんどは苔であり、それらは険しい岩石を覆っていた。若草は殆ど見受けられない。大きな空間に、少年が2名しかいない寂れた悲しい隠れ里は、その名の通り存在しているのだろうか。

 時が止まっているかのような光景が広がっていたのだ。
 まるで異世界のような寂しさが里の全体に広がっている。

「なるほど、入ってしまえばこの場所が何であるのかわかってしまうのですか。なるほどなるほど。優秀なわけですね。ティナの言う通り、あれは天井にボーデン湖の水面を映しているだけで、実際に見えるほど湖は近くありませんよ」

 飄々と語るのアドニス神父、を名乗る年若き青年。幼い風貌を残した、気味の悪さを誇る少年にも見える。瞳だけは細目ではなく、見開いており、まるで別人のように青く輝いている。

「で。本当に、アドニスさんなの?」

 マリアは朱色の髪をリボンで結い直しながら、その謎の男を睨みつける。疑いの眼だ。

「私の様なものが他に居たら、どうです? 気味が悪いでしょう。えぇえぇ、気味が悪いこと。これが私の真の姿ですよ、マリア」
「神父って、そんなキャラだったの?」
「失敬な。失礼じゃありませんか。この方が優雅でしょう?」

 マリアはお道化て突っ込みを入れるものの、表情には疲れが見て取れる。それ以上に狼狽した表情のアルベルトを見つめると、アドニスはニヤリと嗤った。アドニスの言葉にアルベルトは表情を変えはしなかったが、腕に抱く少女を支える手に力が込められる。

「君はまた酷い顔ですね。愛しきものに振られたんですから、当然ではあると思いますが」
「…………」
「どうして、傷をえぐるようなことを言うの!」
「ほう。人形と言われて落ち込んでいたとは思えない言動ですね!」
「なッ…………」

 絶句するマリアに対し、洞窟から里へ案内していた少年ヴァルクが呆れた顔でフォローを入れる。

「気にしない方がいいですよ。アドニスさんは、そうやって心をえぐる事を言った後に、救いの言葉を述べて心を掻っ攫おうって人ですから」
「ヴァルク、君も言うようになりましたね」
「レンが苦労するわけだよ」

 レン。その名を発せられるたび、小刻みに震えるのはアルベルトだ。マリアはその姿を見る度に、胸を押さえつけられていた。それは小さな幼い少女、フリージアとて同じだった。

「その辺にしておきなよ。アドニスさんは話が長いから、話が逸れたら指摘した方がいいよ。でないと、この人は永遠にしゃべってる」
「ほっほう。ヴァルク。君は本当に言うように……」
「ヴァルクはいいけれど。ここに、この人たちを飛ばしたのは、アドニスさんでしょ? どうして説明しないのですか?」

 コルネリアと名乗った幼い少年は、まだ5,6歳くらいであり、ほんの子供であった。それでも言動はしっかりしており、彼らの過酷な状況が窺い知れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

眠り姫な私は王女の地位を剥奪されました。実は眠りながらこの国を護っていたのですけれどね

たつき
ファンタジー
「おまえは王族に相応しくない!今日限りで追放する!」 「お父様!何故ですの!」 「分かり切ってるだろ!おまえがいつも寝ているからだ!」 「お兄様!それは!」 「もういい!今すぐ出て行け!王族の権威を傷つけるな!」 こうして私は王女の身分を剥奪されました。 眠りの世界でこの国を魔物とかから護っていただけですのに。

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...