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第八輪「モノクローム・エンド」
⑧-11 モノクロ③
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「違う?」
「アルブレヒト熊公。ブランデンブルク初代辺境伯、本人よ。私は、そう聞いている」
「本人って。12世紀の人だろう。じゃ何か? ティニアは、千年に近い時を生きていると?」
アルベルトの言葉に、ミュラー夫人ミランダだけでなく、夫のディートリヒも遅れて頷いた。
「話していいのか」
ディートリヒの言葉に、ミランダは強く頷いた。その頷きに、ディートリヒも強く頷く。ミランダは一瞬俯くと、アルベルトを睨むように見つめる。マリアはその表情に恐れを感じ、視線を逸らしてしまう。
「その前に、アルベルトに二つ聞くわ」
「なんだ」
「一つは、嫉妬で目を曇らせない事。真実が何も見えなくなる」
「…………わかった。二つ目は?」
「スイス軍に報告しないこと」
「そうだな、それだけは勘弁してほしい」
マリアはアルベルトから聞いたばかりの、大戦時にドイツの特務部隊員だったという言葉を思い返した。アルベルトは亡命してきている。
スイス軍に協力していたのであれば、情報が漏れる可能性があるのだ。異形の存在とはいえ、それではティニアであるレンだけでなく、アレン財団の存在が危うくなるだろう。
二人も、アルベルトの正体を知っていたのだ。であればアルベルトの予想通り、ティニアであるレンも同様に、アルベルトの経歴を知っている可能性がある。
「もう関係は切れている。何も話すことはないし、関わりもない」
「信じるぞ」
ミランダが強く言い放つと、アルベルトは力強く頷いた。
「俺の命より最優先は、ティニアだ。それが揺らぐことはない」
「ほおー。言うね」
「あなたは黙っていて」
「あ、はい」
ミランダはマリアを睨みつけるように、初めて見るその表情に、マリアは神経がよだつのを感じた。そう、彼女から、まさか感じるわけのない、殺気だ。
「マリア」
「はい」
「あなたも、ここから先、戻れなくなるだろう。それでも、構わないか? 私たちを、信じてくれる?」
マリアは俯くと、無言になってしまった。肯定の無言ではなく、ためらいだ。
ティナが、そしてラウルがいる以上。自分をさらけ出し勝手に行動するなど、どうやってもできやしない。
ミランダは目を閉じると、マリアの返答を待つように鎮座した。その姿に、マリアは覚悟を決める。
「信じる。あなたたちが、私を信じてくれるように」
二人の夫妻は、マリアの正体を知っているのだろう。ティニアであるレンが、何を話したのかは知らない。
ただの人間ではない異形の存在を受け入れてくれたのは言うまでもないのだ。その上で傍へ置き、仕事まで与えてくれた恩人である。
「出来る範囲で、なら私からも話すわ。私も、まだわからない事が多くて、勝手に行動していいのかがわからないから、一度持ち帰って話し合ってくる」
恐る恐るミランダを見つめると、ミランダは静かに目を開け、そして今まであった殺気を消し去ると、マリアへ向かった。いつもの微笑みを浮かべるミランダは美しい。すぐ横の旦那が、そしてマリアも、彼女を美しいと感じていた。
「ありがとう。私、少しは信頼されてた?」
「信頼以上だわ! 私はミュラーさんが好きよ!」
マリアの明るい笑みに、ミランダは微笑んだ。いつもの微笑みであり、マリアの大好きな微笑みだ。
「良かった。それじゃ、話すわね」
ミランダの発言に、ディートリヒは腰から手を引くと座り直し、いつものような気の抜けた表情から一変し、真面目な表情となった。
「突拍子のない事ばかりいうから、覚悟しろよ」
ミランダの発言に、マリアとアルベルトは息を飲んだ。そして、その言葉を聞いてしまうのだ。
「ティニアは、あの子の本名じゃない」
マリアは視線を一瞬逸らし、息を飲んだ。アルベルトはミランダを睨みつけるように眼を細くした。
もう、真実から逃げることは出来ない。
「彼女の名はレン。ここから遠い世界、レスティン・フェレスという星から来たの」
「なに……?」
「突拍子もないって言ったでしょう。レンはその世界で、精霊に近い存在だったみたいで、何千年も生きていたの」
「うそ。それ、完全に人外ってこと?」
マリアの言葉に、アルベルトが一瞬震えたのに気づき、慌てて座りなおすと、ミュラー夫人は続けた。
「レスティン・フェレスはここからずっと遠く、近年になって確認されたタウロス星圏にあるらしい」
「さすがに、俺たちも最初は驚いたさ。だが、レンを実際に見ていればわかるだろ。あいつは精霊に近い存在で、マジで物理法則を超えるからなあ」
ディートリヒの言うのは、ティニアでありレンの口癖だ。彼女は簡単に全てを超えてしまう。
「アルブレヒト熊公。ブランデンブルク初代辺境伯、本人よ。私は、そう聞いている」
「本人って。12世紀の人だろう。じゃ何か? ティニアは、千年に近い時を生きていると?」
アルベルトの言葉に、ミュラー夫人ミランダだけでなく、夫のディートリヒも遅れて頷いた。
「話していいのか」
ディートリヒの言葉に、ミランダは強く頷いた。その頷きに、ディートリヒも強く頷く。ミランダは一瞬俯くと、アルベルトを睨むように見つめる。マリアはその表情に恐れを感じ、視線を逸らしてしまう。
「その前に、アルベルトに二つ聞くわ」
「なんだ」
「一つは、嫉妬で目を曇らせない事。真実が何も見えなくなる」
「…………わかった。二つ目は?」
「スイス軍に報告しないこと」
「そうだな、それだけは勘弁してほしい」
マリアはアルベルトから聞いたばかりの、大戦時にドイツの特務部隊員だったという言葉を思い返した。アルベルトは亡命してきている。
スイス軍に協力していたのであれば、情報が漏れる可能性があるのだ。異形の存在とはいえ、それではティニアであるレンだけでなく、アレン財団の存在が危うくなるだろう。
二人も、アルベルトの正体を知っていたのだ。であればアルベルトの予想通り、ティニアであるレンも同様に、アルベルトの経歴を知っている可能性がある。
「もう関係は切れている。何も話すことはないし、関わりもない」
「信じるぞ」
ミランダが強く言い放つと、アルベルトは力強く頷いた。
「俺の命より最優先は、ティニアだ。それが揺らぐことはない」
「ほおー。言うね」
「あなたは黙っていて」
「あ、はい」
ミランダはマリアを睨みつけるように、初めて見るその表情に、マリアは神経がよだつのを感じた。そう、彼女から、まさか感じるわけのない、殺気だ。
「マリア」
「はい」
「あなたも、ここから先、戻れなくなるだろう。それでも、構わないか? 私たちを、信じてくれる?」
マリアは俯くと、無言になってしまった。肯定の無言ではなく、ためらいだ。
ティナが、そしてラウルがいる以上。自分をさらけ出し勝手に行動するなど、どうやってもできやしない。
ミランダは目を閉じると、マリアの返答を待つように鎮座した。その姿に、マリアは覚悟を決める。
「信じる。あなたたちが、私を信じてくれるように」
二人の夫妻は、マリアの正体を知っているのだろう。ティニアであるレンが、何を話したのかは知らない。
ただの人間ではない異形の存在を受け入れてくれたのは言うまでもないのだ。その上で傍へ置き、仕事まで与えてくれた恩人である。
「出来る範囲で、なら私からも話すわ。私も、まだわからない事が多くて、勝手に行動していいのかがわからないから、一度持ち帰って話し合ってくる」
恐る恐るミランダを見つめると、ミランダは静かに目を開け、そして今まであった殺気を消し去ると、マリアへ向かった。いつもの微笑みを浮かべるミランダは美しい。すぐ横の旦那が、そしてマリアも、彼女を美しいと感じていた。
「ありがとう。私、少しは信頼されてた?」
「信頼以上だわ! 私はミュラーさんが好きよ!」
マリアの明るい笑みに、ミランダは微笑んだ。いつもの微笑みであり、マリアの大好きな微笑みだ。
「良かった。それじゃ、話すわね」
ミランダの発言に、ディートリヒは腰から手を引くと座り直し、いつものような気の抜けた表情から一変し、真面目な表情となった。
「突拍子のない事ばかりいうから、覚悟しろよ」
ミランダの発言に、マリアとアルベルトは息を飲んだ。そして、その言葉を聞いてしまうのだ。
「ティニアは、あの子の本名じゃない」
マリアは視線を一瞬逸らし、息を飲んだ。アルベルトはミランダを睨みつけるように眼を細くした。
もう、真実から逃げることは出来ない。
「彼女の名はレン。ここから遠い世界、レスティン・フェレスという星から来たの」
「なに……?」
「突拍子もないって言ったでしょう。レンはその世界で、精霊に近い存在だったみたいで、何千年も生きていたの」
「うそ。それ、完全に人外ってこと?」
マリアの言葉に、アルベルトが一瞬震えたのに気づき、慌てて座りなおすと、ミュラー夫人は続けた。
「レスティン・フェレスはここからずっと遠く、近年になって確認されたタウロス星圏にあるらしい」
「さすがに、俺たちも最初は驚いたさ。だが、レンを実際に見ていればわかるだろ。あいつは精霊に近い存在で、マジで物理法則を超えるからなあ」
ディートリヒの言うのは、ティニアでありレンの口癖だ。彼女は簡単に全てを超えてしまう。
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