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第八輪「モノクローム・エンド」
⑧-10 モノクロ②
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アルベルトは目を閉じたまま、深く呼吸をすると、姿勢を正した。それでも目に覇気はなく、疲れ切っている。
「『庭園に花を摘みにいかなくては』って、前触れもなく突然言いだしたんだ。それに俺に対して敬語なんだよ。そういう時はレオン医師に、『なるべく否定しないように』と言われていたんだ」
「ふむ」
「だから、 『後で一緒に行こう』って言ったんだが、突然。 『わかりました、アルブレヒト様』って……」
「なんだって? それで、ティニアはどうしたんだ」
ディートリヒは立ち上がるとともに、声を荒げた。知らなかった反応である。ミランダも同様の反応を見せる。
「すぐに『あ、違った』と言って、『何でもない』って言いながら、自室に籠ったんだ。あまりに静かで、心配になってノックして開けたら、あいつは部屋に居なかった」
「どういうことだ? まじで、歳食ってボケた感じなのか?」
ディートリヒの言葉はぶっきらぼうだが、それ以外の言葉が見つからなかった為である。
それでも罪悪感を感じたディートリヒは黙ると、横に居る妻、ミランダを見つめた。しかしミランダは愛する旦那の視線と合わせる事のないまま、腕を組んだままだ。
ディートリヒはそのまま唸りだした。
「その、庭園がどうのって話は、なにもわからん。ただ、あいつがフリージア、特に香りの強い花をそこまで好んでないことは知っている。そもそも、あいつが好きな花は紫雲英、レンゲの花とか、アジアの花が多いんだ。野原に咲くような花が中心だな。あとは、一番はあれだ、あれ」
首を傾げながら、勿体ぶるかのようにはっきりと言わない事に、マリアは少々の苛立ちを感じた。
「なによ、あれって」
「だー。日本語? 難しいんだよ、なんだったかな。マリアは知ってるだろうに」
ディートリヒは恐らく妻を会話に参加させる話題を作ったのだ。しかし、ミランダは尚も押し黙ったままである。ミランダが何を思案しているのかは旦那でもわからないようだ。マリアは仕方なく回答を口にする。
「何? リコリスのこと?」
「そう、リコリス! リコリスの事だ」
「リコリス?」
先日話題に出した花であった。日本ではたしか。
「彼岸花よ、日本の言葉だと」
「ああ、ヒガンバナか!」
アルベルトは納得したように大きな声を上げ、一人で納得してしまった。マリアは驚いて肘鉄をくらわしたが、アルベルトはそれを簡単に回避した。
「何よ、びっくりするわね!」
「そうだ、あいつ。ヒガンバナが好きだった。俺は勘違いして、スノードロップを送ってしまったんだ。そうか、ヒガンバナか!」
「だからなんでスノードロップなのよ! 花言葉が悪いってあれほど……。じゃなくて、色も形も全然違うじゃない!」
マリアからの当たり前の指摘をスルーしたアルベルトだったが、すぐにディートリヒからのツッコミが入る。
「いや待て。お前もなんか可笑しいぞ。ティニアと、知り合いだったのか? なんで、彼岸花が好きなのを知ってるんだ」
「いや、でもなんか色が……、こう」
「あなた達、何を話しているの。何も話が進まず、大混乱じゃない」
ミランダは呆れたように溜息を吐くと、その眼をアルベルト、そしてマリアへ向けた。
◇◇◇
「全然、まとまってないじゃない。あなた達、真剣に話してる?」
「すまん。それで、アルブレヒト様っていうのは誰の事なんだ」
回避できぬ問いに、ついにミュラー夫人、ミランダは俯くと愛する旦那の横へ詰めて座り直した。
自然とディートリヒが腰に手をかけた為、マリアは視線を逸らした。その際にアルベルトと目が合ってしまい、溜まらずに説明を始める。
「ええっと。アルブレヒトという方は、ティニアの恩人の息子さんよ。昔の市長みたいなことをしていた人で」
「どこのだ」
すかさずアルベルトの問いが入り込む。だが中世の時代を話した所で、さらに混乱するだけであろう。
(ううん。知るべきではなんだわ。ティニアの、レンの為にも、全てを)
「ブランデンブルク初代辺境伯、だって」
「はあ?」
思った通りの反応だと、マリアは感じたが、次の発言は思った言葉とは違っていた。
「熊公?」
「え?」
「ディア・ベアーだろ。嘘だろ、アスカニア家の?」
「さすがに知っていたか」
「そんな昔の奴と知り合いなのか? ……んなわけないか」
ディートリヒの言葉に、アルベルトは驚きを隠さずに口に手を当てた。その仕草に、マリアはティナを思い描いたが、すぐに首を横に振った。
「じゃあ、アルブレヒト様ってのは熊公の家系、アンハルト公国関連の方か」
「厳密には、違う」
明確に否定したのはミランダであり、その強い口調で放つ言葉に、マリアだけでなくディートリヒも耳を疑った。
「『庭園に花を摘みにいかなくては』って、前触れもなく突然言いだしたんだ。それに俺に対して敬語なんだよ。そういう時はレオン医師に、『なるべく否定しないように』と言われていたんだ」
「ふむ」
「だから、 『後で一緒に行こう』って言ったんだが、突然。 『わかりました、アルブレヒト様』って……」
「なんだって? それで、ティニアはどうしたんだ」
ディートリヒは立ち上がるとともに、声を荒げた。知らなかった反応である。ミランダも同様の反応を見せる。
「すぐに『あ、違った』と言って、『何でもない』って言いながら、自室に籠ったんだ。あまりに静かで、心配になってノックして開けたら、あいつは部屋に居なかった」
「どういうことだ? まじで、歳食ってボケた感じなのか?」
ディートリヒの言葉はぶっきらぼうだが、それ以外の言葉が見つからなかった為である。
それでも罪悪感を感じたディートリヒは黙ると、横に居る妻、ミランダを見つめた。しかしミランダは愛する旦那の視線と合わせる事のないまま、腕を組んだままだ。
ディートリヒはそのまま唸りだした。
「その、庭園がどうのって話は、なにもわからん。ただ、あいつがフリージア、特に香りの強い花をそこまで好んでないことは知っている。そもそも、あいつが好きな花は紫雲英、レンゲの花とか、アジアの花が多いんだ。野原に咲くような花が中心だな。あとは、一番はあれだ、あれ」
首を傾げながら、勿体ぶるかのようにはっきりと言わない事に、マリアは少々の苛立ちを感じた。
「なによ、あれって」
「だー。日本語? 難しいんだよ、なんだったかな。マリアは知ってるだろうに」
ディートリヒは恐らく妻を会話に参加させる話題を作ったのだ。しかし、ミランダは尚も押し黙ったままである。ミランダが何を思案しているのかは旦那でもわからないようだ。マリアは仕方なく回答を口にする。
「何? リコリスのこと?」
「そう、リコリス! リコリスの事だ」
「リコリス?」
先日話題に出した花であった。日本ではたしか。
「彼岸花よ、日本の言葉だと」
「ああ、ヒガンバナか!」
アルベルトは納得したように大きな声を上げ、一人で納得してしまった。マリアは驚いて肘鉄をくらわしたが、アルベルトはそれを簡単に回避した。
「何よ、びっくりするわね!」
「そうだ、あいつ。ヒガンバナが好きだった。俺は勘違いして、スノードロップを送ってしまったんだ。そうか、ヒガンバナか!」
「だからなんでスノードロップなのよ! 花言葉が悪いってあれほど……。じゃなくて、色も形も全然違うじゃない!」
マリアからの当たり前の指摘をスルーしたアルベルトだったが、すぐにディートリヒからのツッコミが入る。
「いや待て。お前もなんか可笑しいぞ。ティニアと、知り合いだったのか? なんで、彼岸花が好きなのを知ってるんだ」
「いや、でもなんか色が……、こう」
「あなた達、何を話しているの。何も話が進まず、大混乱じゃない」
ミランダは呆れたように溜息を吐くと、その眼をアルベルト、そしてマリアへ向けた。
◇◇◇
「全然、まとまってないじゃない。あなた達、真剣に話してる?」
「すまん。それで、アルブレヒト様っていうのは誰の事なんだ」
回避できぬ問いに、ついにミュラー夫人、ミランダは俯くと愛する旦那の横へ詰めて座り直した。
自然とディートリヒが腰に手をかけた為、マリアは視線を逸らした。その際にアルベルトと目が合ってしまい、溜まらずに説明を始める。
「ええっと。アルブレヒトという方は、ティニアの恩人の息子さんよ。昔の市長みたいなことをしていた人で」
「どこのだ」
すかさずアルベルトの問いが入り込む。だが中世の時代を話した所で、さらに混乱するだけであろう。
(ううん。知るべきではなんだわ。ティニアの、レンの為にも、全てを)
「ブランデンブルク初代辺境伯、だって」
「はあ?」
思った通りの反応だと、マリアは感じたが、次の発言は思った言葉とは違っていた。
「熊公?」
「え?」
「ディア・ベアーだろ。嘘だろ、アスカニア家の?」
「さすがに知っていたか」
「そんな昔の奴と知り合いなのか? ……んなわけないか」
ディートリヒの言葉に、アルベルトは驚きを隠さずに口に手を当てた。その仕草に、マリアはティナを思い描いたが、すぐに首を横に振った。
「じゃあ、アルブレヒト様ってのは熊公の家系、アンハルト公国関連の方か」
「厳密には、違う」
明確に否定したのはミランダであり、その強い口調で放つ言葉に、マリアだけでなくディートリヒも耳を疑った。
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