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第八輪「モノクローム・エンド」
⑧-8 赤の邂逅④
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アルベルトは珈琲を注ぎ終えるまで、無言のままだった。マリアはその作業を見つめ、注がれた珈琲を見つめた。
「あんたの入れる珈琲は、凄く綺麗ね」
「綺麗って見た目だろう。味じゃないのか」
「まだ飲んでいないもの」
「それはそうだが」
マリアは薫りを感じると、更にその湯気を感じ取った。
「飲まなくても、わかるわ。すごく、綺麗な味だと思う」
「なんだよ、それ」
「丁寧だったから。淹れる相手を考えて、ゆっくりとした手付きだった」
マリアは一口含み、飲み込むとため息をついた。
「うん、美味しい」
「そうか、良かった」
「優しい味ね」
アルベルトは珈琲を飲みながら、首を傾げた。すぐにもう一口を含むが、それが優しい味だとは思えなかった。
「自分じゃわかんないものよ。私も、珈琲を入れるのが上手いって言われてもピンとこないわ」
「誤魔化さないで、聞いてくれ」
アルベルトは珈琲カップをテーブルへ置くと、マリアを見据えた。マリアはカップから零れる湯気で顔を隠しつつ、無言で返答を待った。
「あいつ、おかしいんだよ」
「おかしいって、何が」
「笑わなくなった」
「笑わせればいいじゃない」
マリアの返答に、アルベルトは見透かすように、泣いているときは見ようともしなかった視線をマリアへ送った。マリアは観念して珈琲を一口飲むと、カップを置いた。
「言動もおかしいんだ。庭園だの、花を摘まなくては、なんて言ったり、フリージアの花がないと言ったり」
「ああ。病院で言ってた、庭園の話ね。それは私にもわからないけれど」
「なあ、あいつはフリージアが好きなのか?」
「え?」
「最近、ずっとフリージアを気にしているんだ。好きな花は、フリージアなのか?」
そんなことはなかった筈だ。むしろ。
「…………どういうこと?」
「まるで別人の様なんだ。時々、無表情で固まって、そういう言動を繰り返すんだ」
「別人って…………」
マリアはわかりやすいほど、視線を外してしまったことに気づいたが、もうどうしようもなかった。それでも、レンとしてのティニアを知っている以上、今の話は不自然だ。レンはレンのまま、ティニアをしていたはずである。隠さずに。
「ティニアの好きな花は」
「フリージアか?」
「ううん。香りが強い花は、あまり得意じゃなかった気がする。でも、誕生会での花束に入れたわ。アヤメやチューリップも入れたけれど……」
ティニアはそこまで香りに強くない。むしろ、淡い香りを好み、近くまで行って嗅ぐと、淡い香りが綺麗で甘いと、嬉しそうに感想を話していたのだ。間違いない。マリアはおかしい、という言葉をそのまま受け取った。
「どういうことだ。あいつ白いフリージアが好きだって、はっきり言っていたぞ」
「白? 白って、香りが一番強いけれど」
「俺はそれが違和感でしかないんだ。あいつは、多分。小さい花が好きなんだ。その辺に生えている薬草とかの、何の変哲もない特別ではない花を」
アルベルトは黙って頷くと、姿勢を正した。アルベルトはティニアの好きな花を知っていて、その花が話題に出ないことへの苛立ちを感じているかのように。
「それに、俺を見て、時々アルブレヒト様って呼ぶんだ」
「それは、あんたの名前のドイツ語読みでしょう。お道化てるんじゃないの?」
「様付けで?」
「………………」
アルブレヒト。それは、ブランデンブルク初代辺境伯の名ではないか。マリアは発言出来る内容を、言葉を模索する。
自身もティニアから直接聞いたわけではなく、熊公というあだ名も、その人物も初耳だったのだ。ブランデンブルクがどこにあるのか、地図を見なければわからない程であると言うのに。それも12世紀の人間。普通の人間は出会ったことすらないであろう。
「ミュラーさんに相談してみよう」
マリアは珈琲を飲み干すと、改めてアルベルトへ向かった。瞳に力が入り、来た時と打って変わって、輪郭がはっきりとしている。
「悔しいけれどティニアのことは、ミュラーさんたちの方が親しいの」
「旦那のディートリヒもか?」
「うん。アルベルトはそんなにディートリヒさんと親しくなったの? うーん。ここだと、ティニアが帰ってくるかもしれないから、こちらからミュラーさん家へいきましょう」
マリアに合わせ、アルベルトも珈琲を飲み干した。薄手の上着を、マリアが被っていたのとは別の上着を手に取ると、それを羽織った。肌寒い6月は今日、冷え切っている。
「あんたの入れる珈琲は、凄く綺麗ね」
「綺麗って見た目だろう。味じゃないのか」
「まだ飲んでいないもの」
「それはそうだが」
マリアは薫りを感じると、更にその湯気を感じ取った。
「飲まなくても、わかるわ。すごく、綺麗な味だと思う」
「なんだよ、それ」
「丁寧だったから。淹れる相手を考えて、ゆっくりとした手付きだった」
マリアは一口含み、飲み込むとため息をついた。
「うん、美味しい」
「そうか、良かった」
「優しい味ね」
アルベルトは珈琲を飲みながら、首を傾げた。すぐにもう一口を含むが、それが優しい味だとは思えなかった。
「自分じゃわかんないものよ。私も、珈琲を入れるのが上手いって言われてもピンとこないわ」
「誤魔化さないで、聞いてくれ」
アルベルトは珈琲カップをテーブルへ置くと、マリアを見据えた。マリアはカップから零れる湯気で顔を隠しつつ、無言で返答を待った。
「あいつ、おかしいんだよ」
「おかしいって、何が」
「笑わなくなった」
「笑わせればいいじゃない」
マリアの返答に、アルベルトは見透かすように、泣いているときは見ようともしなかった視線をマリアへ送った。マリアは観念して珈琲を一口飲むと、カップを置いた。
「言動もおかしいんだ。庭園だの、花を摘まなくては、なんて言ったり、フリージアの花がないと言ったり」
「ああ。病院で言ってた、庭園の話ね。それは私にもわからないけれど」
「なあ、あいつはフリージアが好きなのか?」
「え?」
「最近、ずっとフリージアを気にしているんだ。好きな花は、フリージアなのか?」
そんなことはなかった筈だ。むしろ。
「…………どういうこと?」
「まるで別人の様なんだ。時々、無表情で固まって、そういう言動を繰り返すんだ」
「別人って…………」
マリアはわかりやすいほど、視線を外してしまったことに気づいたが、もうどうしようもなかった。それでも、レンとしてのティニアを知っている以上、今の話は不自然だ。レンはレンのまま、ティニアをしていたはずである。隠さずに。
「ティニアの好きな花は」
「フリージアか?」
「ううん。香りが強い花は、あまり得意じゃなかった気がする。でも、誕生会での花束に入れたわ。アヤメやチューリップも入れたけれど……」
ティニアはそこまで香りに強くない。むしろ、淡い香りを好み、近くまで行って嗅ぐと、淡い香りが綺麗で甘いと、嬉しそうに感想を話していたのだ。間違いない。マリアはおかしい、という言葉をそのまま受け取った。
「どういうことだ。あいつ白いフリージアが好きだって、はっきり言っていたぞ」
「白? 白って、香りが一番強いけれど」
「俺はそれが違和感でしかないんだ。あいつは、多分。小さい花が好きなんだ。その辺に生えている薬草とかの、何の変哲もない特別ではない花を」
アルベルトは黙って頷くと、姿勢を正した。アルベルトはティニアの好きな花を知っていて、その花が話題に出ないことへの苛立ちを感じているかのように。
「それに、俺を見て、時々アルブレヒト様って呼ぶんだ」
「それは、あんたの名前のドイツ語読みでしょう。お道化てるんじゃないの?」
「様付けで?」
「………………」
アルブレヒト。それは、ブランデンブルク初代辺境伯の名ではないか。マリアは発言出来る内容を、言葉を模索する。
自身もティニアから直接聞いたわけではなく、熊公というあだ名も、その人物も初耳だったのだ。ブランデンブルクがどこにあるのか、地図を見なければわからない程であると言うのに。それも12世紀の人間。普通の人間は出会ったことすらないであろう。
「ミュラーさんに相談してみよう」
マリアは珈琲を飲み干すと、改めてアルベルトへ向かった。瞳に力が入り、来た時と打って変わって、輪郭がはっきりとしている。
「悔しいけれどティニアのことは、ミュラーさんたちの方が親しいの」
「旦那のディートリヒもか?」
「うん。アルベルトはそんなにディートリヒさんと親しくなったの? うーん。ここだと、ティニアが帰ってくるかもしれないから、こちらからミュラーさん家へいきましょう」
マリアに合わせ、アルベルトも珈琲を飲み干した。薄手の上着を、マリアが被っていたのとは別の上着を手に取ると、それを羽織った。肌寒い6月は今日、冷え切っている。
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