【完結】暁の荒野

Lesewolf

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第七輪「嫉妬の狼煙」

⑦-4 小さくて大きな約束④

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「なんか、持ってて。銀に光やつ」

 頬に手の形の赤い腫れを目立たせた男は、教会で神父に朝から愚痴を吐露していた。

「はあ」

 仕方なく愚痴を聞いてやっている神父アドニスは、どこからどうみてもティニアの味方であった。そんな彼に愚痴をこぼすという事がどういうことなのかを、アドニスは理解していた。

「……隠したから、何かと思って」
「……はあ」
「見せろって言ったけど、見せないから」
「子供ですか」

 アドニス神父は神父という職業を忘れ、ただ男をぶん殴りたかった。無知は罪であるというが、果たして。

「昔の男からもらったものかって聞いて」
「…………」
「なんだそんなもの、くだらないって言って」
「………………そうでしたか。それでその頬ですか」
「思いっきり、ひっぱたきやがって」
「御優しいですね」
「はあ?」

 アドニスは小さなピアノへ近づくと、ゆっくりとピアノの鍵盤を出した。そして、ラの鍵盤を押した。

「私なら、半殺しでも済まさないですよ」
「……は」

 アドニスは怒りを抑えることなく、露わにしながらアルベルトから視線を外したまま、再びラの鍵盤を弾いた。淡々とした音であり、奏でているとは思えない。そして、直ぐに一番低いドの鍵盤を乱暴に押した。

「あなたは、彼女のやさしさに甘えすぎではありませんか。見せたくない物を無理に見ようとするなんて、怒って当然ですよ」

 振り返りながら、アドニスは目を光らせた。細目でありながら、しっかりと見据えた目で、アルベルトへ嫌悪の感情をわかりやすくぶつける。

「は、はあ? いきなりひっぱたく奴が優しいか?」
「優しさとは、身の犠牲でもあります。ただの自己犠牲なんですよ。彼女の優しさを犠牲にして、あなたが手に入れたいのは、彼女の何ですか」

 アドニスはアルベルトの返答を待たず、次から次へと追求しながら、ラの鍵盤を押していく。

「そんなことでは、彼女は手に入らない。それどころか、遠い彼方に行くでしょう、二度と会えなくなるでしょうね」
「…………」
「それで、失ってから気付くんですよ。それでは遅すぎるというのに」
「……………………」

 アドニスはそれ以上に男を捲し立てたくて仕方が無かったが、男が意気消沈していたのを見ると、其れで勘弁してやった。


 ◇◇◇

 男が教会を去って数刻。今度はティニアが入れ替わりで教会を訪れた。珍しく、ぶっきらぼうに教会の扉を閉める音が響いた。

「聞きましたよ」
「そうだと思ったから、隠れていたよ。流石にもういないよね」
「……もうヤっちゃっていいのでは」
「キミね、仮にも聖職者でしょ。そんなこといっちゃだめだよ」
「仮、ですからね。しかし、真の姿は」
「これ、開けちゃった」

 ティニアは銀の懐中時計をアドニスに一瞬見せると、寂しそうに胸ポケットへ押し込んだ。

「あ、開けたんですか!? 中身は!」

 アドニスは慌てて目を見開いたが、周囲には細目のままにしか見えない。

「もう、返しても良かったんだよね」
「え? いえ、でもそれは。……いや。いいのか?」
「だって、ボクのじゃないし……。ん?」
「うん? なんでしょうね。急に外が騒がしく」

 すると、突然にと教会の表が賑やかさを増し、人だかりの喧騒が聞こえてきたのだ。

「どうしたんだろうね」

 ゆっくりと教会の扉が開くと、外からアルベルトが入ってきた。ティニアは警戒して半歩ずり下がったものの、すぐにアルベルトが後ろから花束を出した。白い小さな花で埋め尽くされた、花束だった。
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