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第七輪「嫉妬の狼煙」
⑦-3 小さくて大きな約束③
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アルベルトはティニアが好きであるという花の鉢植えを送ったのだが、そのプレゼントが失敗してしまったようなのだ。ティニアは贈り物で一喜一憂するような人物ではないが、その反応に男はあたふたするしかなかった。
そうこう話をしているうちに、エーニンガー通りを抜けて彼女の家が見えてくる。男は居候の身だ。
「君は仕事でしょう」
「休みを、もらったんだが」
「ああ。僕が仕事依頼を蹴ったからか」
ティニアは吐き捨てるように呟くと、家の前へ到着した。そのまま家のドアノブに手を掛けたが、アルベルトが腕でもって制止する。
「待ってくれ。何をそんなに怒っているんだ。勝手に誕生日を聞いて、祝った事か?」
今日の6月14日はティニアの誕生日である。ティニアと懇意の神父やミュラー夫人の旦那から聞いているのだ、間違うはずがない。前日だというのに、真っ先に祝いたかったアルベルトは、彼女へ鉢植えを送ったのだ。
「別にそれくらいいいけど。あと鉢植えなら、ちゃんと飾ってるし」
「じゃあなんでそんなに」
「……君はさあ」
ティニアはドアの前に立ちはだかろうとしたアルベルトの胸倉を掴んだ。ティニアの背は男の頭一つ以上低いのだ。男がグイッと急に体勢を崩した。
二人の顔が接近したものの、恥じらいのある光景とは思えない。ティニアは青い瞳を鋭くすると、煌めきを放ちながら強い眼差しを送った。
「君は、ボクに誰を見ているんだ。ボクはボクだ。ボクに、誰を見ている⁉」
一瞬の静寂は、アルベルトの頭を白くするのに充分であった。ティニアがここまで激高し、取り乱すのを見たのは初めてであったのだ。否、誰も見たことがないであろう。
ティニアは男を振りほどき、家へ入っていった。無造作に閉じられたドアを慌てて開けたものの、部屋へ入るのを躊躇するしかなかった。
「誰って、誰も見てなんて。キミは君だろう」
「最初に会った時、人を探しているって言っていたよね。その人はどうしたの」
「そ、それは…………」
「心変わりが随分と早いんだね。大切な人だったんじゃないの。随分と、薄情なんだね。ボクに彼女を見るのはやめるんだ」
ティニアは再び男を睨みつけ自室へ下がると、ドアを勢いよく閉めてしまった。
「違う、俺は君を!」
アルベルトは正気に戻ると、慌ててティニアの部屋へ、ノックもせずに開けてしまった。
ティニアは銀に輝く時計を握りしめ、潤んだ瞳で見つめていた。二人の目が合い、ティニアは銀のそれを背の方へ隠してしまった。
「なに、隠してる」
「なんでもない」
「うそだろ。なんだよ、それ」
「うるさい」
ティニアは目線をそらしたまま、薄暗い部屋の更に奥へと下がった。カーテンから注ぎ込む光が、銀に輝くそれをいたずらに煌めかせた。
「その銀の。見せろよ」
「なんなの、ほんと。関係ないじゃん」
「なんだよ。昔の男からもらったものか」
ティニアは睨みつけていた男から目線を外したものの、鋭さはより一層に増している。瞳が強く呼応した。
「なんだよ、そんなもん。昔の男のことなんて、忘れろよ」
ざわざわと、家の外で吹き荒れる風の音が聞こえるように、空間を圧迫していく。生暖かい、異常な風が伝うはずの無い窓を伝う。
町の喧騒が、静寂へと変貌する。
「なんだそんなもの、くだらない」
ティニアは勢いよく振りかぶると、頬を叩く乾いた音が部屋へ轟いた。生暖かい水滴が頬を濡らしたまま、銀色に輝くそれを手に持ったまま、ティニアは出ていったのだった。
そうこう話をしているうちに、エーニンガー通りを抜けて彼女の家が見えてくる。男は居候の身だ。
「君は仕事でしょう」
「休みを、もらったんだが」
「ああ。僕が仕事依頼を蹴ったからか」
ティニアは吐き捨てるように呟くと、家の前へ到着した。そのまま家のドアノブに手を掛けたが、アルベルトが腕でもって制止する。
「待ってくれ。何をそんなに怒っているんだ。勝手に誕生日を聞いて、祝った事か?」
今日の6月14日はティニアの誕生日である。ティニアと懇意の神父やミュラー夫人の旦那から聞いているのだ、間違うはずがない。前日だというのに、真っ先に祝いたかったアルベルトは、彼女へ鉢植えを送ったのだ。
「別にそれくらいいいけど。あと鉢植えなら、ちゃんと飾ってるし」
「じゃあなんでそんなに」
「……君はさあ」
ティニアはドアの前に立ちはだかろうとしたアルベルトの胸倉を掴んだ。ティニアの背は男の頭一つ以上低いのだ。男がグイッと急に体勢を崩した。
二人の顔が接近したものの、恥じらいのある光景とは思えない。ティニアは青い瞳を鋭くすると、煌めきを放ちながら強い眼差しを送った。
「君は、ボクに誰を見ているんだ。ボクはボクだ。ボクに、誰を見ている⁉」
一瞬の静寂は、アルベルトの頭を白くするのに充分であった。ティニアがここまで激高し、取り乱すのを見たのは初めてであったのだ。否、誰も見たことがないであろう。
ティニアは男を振りほどき、家へ入っていった。無造作に閉じられたドアを慌てて開けたものの、部屋へ入るのを躊躇するしかなかった。
「誰って、誰も見てなんて。キミは君だろう」
「最初に会った時、人を探しているって言っていたよね。その人はどうしたの」
「そ、それは…………」
「心変わりが随分と早いんだね。大切な人だったんじゃないの。随分と、薄情なんだね。ボクに彼女を見るのはやめるんだ」
ティニアは再び男を睨みつけ自室へ下がると、ドアを勢いよく閉めてしまった。
「違う、俺は君を!」
アルベルトは正気に戻ると、慌ててティニアの部屋へ、ノックもせずに開けてしまった。
ティニアは銀に輝く時計を握りしめ、潤んだ瞳で見つめていた。二人の目が合い、ティニアは銀のそれを背の方へ隠してしまった。
「なに、隠してる」
「なんでもない」
「うそだろ。なんだよ、それ」
「うるさい」
ティニアは目線をそらしたまま、薄暗い部屋の更に奥へと下がった。カーテンから注ぎ込む光が、銀に輝くそれをいたずらに煌めかせた。
「その銀の。見せろよ」
「なんなの、ほんと。関係ないじゃん」
「なんだよ。昔の男からもらったものか」
ティニアは睨みつけていた男から目線を外したものの、鋭さはより一層に増している。瞳が強く呼応した。
「なんだよ、そんなもん。昔の男のことなんて、忘れろよ」
ざわざわと、家の外で吹き荒れる風の音が聞こえるように、空間を圧迫していく。生暖かい、異常な風が伝うはずの無い窓を伝う。
町の喧騒が、静寂へと変貌する。
「なんだそんなもの、くだらない」
ティニアは勢いよく振りかぶると、頬を叩く乾いた音が部屋へ轟いた。生暖かい水滴が頬を濡らしたまま、銀色に輝くそれを手に持ったまま、ティニアは出ていったのだった。
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