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第七輪「嫉妬の狼煙」
⑦-2 小さくて大きな約束②
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その言葉に、ティニアの眼は黄色い不思議な金眼となり、やがてヘーゼル瞳に落ち着くと、再び青い瞳へと戻った。その不思議な煌めきは、ステンドグラスから差し込むひかりによって誤魔化されてしまうであろう。
「それでも、私たちが彼らを覚えていれば」
「もうほとんど忘れてしまったよ。どうしてここに来たのかも、ボクはもう聞いた話でしか知らないんだ」
「忘れたら、私がお教えします。ええ、何度でも教えますよ」
アドニスは祈るような仕草をすると、ティニアに願った。
「そうまで言って……、そんなに開けさせたい?」
アドニスは何も言わず、ピアノの鍵盤にステンドグラスの光を静かに差し入れる。肩をすくめたティニアは、懐かしそうに微笑むと、再び自虐的に微笑みながらため息を吐き出した。
「そうだなぁ。僕が、ボクであったのなら。きっと今頃には開けてしまっただろうね」
「…………」
その言葉だけを残し、彼女は教会を去り、帰路についた。日課である早朝散歩は、終焉を迎えたのだ。
◇◇◇
ティニアは旧市街へ出るとその美しいフレスコ画を眺めながら、ポツリと呟いた。言葉は風に流され、直ぐに消滅して消え去る。
ふいに朱色、否赤毛の女性が目に留まり、振り向くがそこには帽子をかぶった新聞配達人が駆けていくだけであった。
「こんな早くにいるわけないか。……ボクは、一体何をしているんだ。こんな所までやってきて」
鳥のさえずりや羽ばたきが響き渡り、彼女の涙を引かせ、決して彼女の頬を濡らせない。
「もう、ボクは泣かないと決めたのに。約束したんだ。忘れるなよ」
彼女は美しい瞳を天へ向け、決して流させないようにと決意を決める。そして、深く深呼吸をすると、再び天を仰ぐように空を見つめた。
「ボクの祖国は、一体どこにあると云うのか」
美しい碧い眼は再び潤いを見せると、くっきりとした瞳がおぼろげにぼんやりと、空に掲げられた月を見つめる。青い瞳は空のように青々としており、その青さを競った。
「君たちが守ろうとした世界は、本当に美しいのだろうか。命を懸けて、信念を貫いた世界は……。駄目だな、弱ってる」
月が、小さな月が白く青く呼応し、大地を見つめている。そう、ティニアを見つめている。
「教えてよ、オットー様。ハルツの地で、手を差し伸べてくれたじゃないか。ねえ、一緒に歩んだじゃないか。そうだよね、アルブレヒト様……」
表情が曇り、雨降りの予兆が見え隠れし始める。ティニアはそのまま住み慣れた旧市街を歩き、思い出に浸り続ける。
「………………ぼくは、ひとりぼっちだ」
「ティニア!」
ふいに声がしたため、振り返ると旧市街のはずれに長身の男が薄手のコートを手に持ったまま、息を切らせていた。
「ここにいたのか!」
「君、こんな朝早くにどうしたの」
「いや、お前が部屋に居なかったから、その。探しに」
「何、部屋を覗いたの? 別にいいでしょ。朝の散歩だよ。それから、日課の礼拝みたいなもの。毎朝やってるけど」
ティニアは遠くの教会を見つめると、何食わぬ顔で帰路へ繋がるエーニンガー通りを目指した。足の怪我が既に完治しており、その足取りは速足だ。アルベルトは慌てて後を後を追った。
「今日はどうするんだ」
「今日は一日休み。だから、午前中は適当にふらふらして過ごすよ。病院も孤児院も、勤務は明日からなんだ」
「午後は?」
「午後はお昼を軽く食べてから、14時だか15時に教会へ来いって。ああでも、孤児院の子供たちが13時に本を読んでほしいと言われてたんだった。珍しく時間指定だけれど。だから僕は忙しいんだ」
ティニアは面倒そうに男へ振り返らず、適当にあしらってしまった。彼女のそっけない態度は、昨晩からだ。昨晩、ティニアの誕生日の前日だった。
「それでも、私たちが彼らを覚えていれば」
「もうほとんど忘れてしまったよ。どうしてここに来たのかも、ボクはもう聞いた話でしか知らないんだ」
「忘れたら、私がお教えします。ええ、何度でも教えますよ」
アドニスは祈るような仕草をすると、ティニアに願った。
「そうまで言って……、そんなに開けさせたい?」
アドニスは何も言わず、ピアノの鍵盤にステンドグラスの光を静かに差し入れる。肩をすくめたティニアは、懐かしそうに微笑むと、再び自虐的に微笑みながらため息を吐き出した。
「そうだなぁ。僕が、ボクであったのなら。きっと今頃には開けてしまっただろうね」
「…………」
その言葉だけを残し、彼女は教会を去り、帰路についた。日課である早朝散歩は、終焉を迎えたのだ。
◇◇◇
ティニアは旧市街へ出るとその美しいフレスコ画を眺めながら、ポツリと呟いた。言葉は風に流され、直ぐに消滅して消え去る。
ふいに朱色、否赤毛の女性が目に留まり、振り向くがそこには帽子をかぶった新聞配達人が駆けていくだけであった。
「こんな早くにいるわけないか。……ボクは、一体何をしているんだ。こんな所までやってきて」
鳥のさえずりや羽ばたきが響き渡り、彼女の涙を引かせ、決して彼女の頬を濡らせない。
「もう、ボクは泣かないと決めたのに。約束したんだ。忘れるなよ」
彼女は美しい瞳を天へ向け、決して流させないようにと決意を決める。そして、深く深呼吸をすると、再び天を仰ぐように空を見つめた。
「ボクの祖国は、一体どこにあると云うのか」
美しい碧い眼は再び潤いを見せると、くっきりとした瞳がおぼろげにぼんやりと、空に掲げられた月を見つめる。青い瞳は空のように青々としており、その青さを競った。
「君たちが守ろうとした世界は、本当に美しいのだろうか。命を懸けて、信念を貫いた世界は……。駄目だな、弱ってる」
月が、小さな月が白く青く呼応し、大地を見つめている。そう、ティニアを見つめている。
「教えてよ、オットー様。ハルツの地で、手を差し伸べてくれたじゃないか。ねえ、一緒に歩んだじゃないか。そうだよね、アルブレヒト様……」
表情が曇り、雨降りの予兆が見え隠れし始める。ティニアはそのまま住み慣れた旧市街を歩き、思い出に浸り続ける。
「………………ぼくは、ひとりぼっちだ」
「ティニア!」
ふいに声がしたため、振り返ると旧市街のはずれに長身の男が薄手のコートを手に持ったまま、息を切らせていた。
「ここにいたのか!」
「君、こんな朝早くにどうしたの」
「いや、お前が部屋に居なかったから、その。探しに」
「何、部屋を覗いたの? 別にいいでしょ。朝の散歩だよ。それから、日課の礼拝みたいなもの。毎朝やってるけど」
ティニアは遠くの教会を見つめると、何食わぬ顔で帰路へ繋がるエーニンガー通りを目指した。足の怪我が既に完治しており、その足取りは速足だ。アルベルトは慌てて後を後を追った。
「今日はどうするんだ」
「今日は一日休み。だから、午前中は適当にふらふらして過ごすよ。病院も孤児院も、勤務は明日からなんだ」
「午後は?」
「午後はお昼を軽く食べてから、14時だか15時に教会へ来いって。ああでも、孤児院の子供たちが13時に本を読んでほしいと言われてたんだった。珍しく時間指定だけれど。だから僕は忙しいんだ」
ティニアは面倒そうに男へ振り返らず、適当にあしらってしまった。彼女のそっけない態度は、昨晩からだ。昨晩、ティニアの誕生日の前日だった。
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