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第四輪「孤独と孤立と、猜疑心」
④-11 バルカローレ③
しおりを挟むアルベルトは目線をライン川から旧市街まで上げたものの、美しい女性へ目線を向けることなく堪えた。
「思い悩んでいたみたいだったから。マリアたちと接するうちに、普通に生活を送りたくなってんじゃないの」
「………………」
ティニアは目線をライン川へ向けたまま、本をギュッと胸に当てた。
「ボクは、君はもう幸せになってもいいと思うよ」
「…………」
「言わせたいなら、言うけど。……許しを請うことも、罪を償うことも叶わない、そういう人は永遠に救われず、幸せになれないなんてこと、そんなことはないよ。皆、償えるだけ償って、改心して、改まって生きるんだもん。幸せなったっていいと思うよ」
「…………敗戦国の、軍人でもか」
そうだね、と短く返答すると、ティニアは本抱えたまま遠くを見つめた。彼女の見つめる方向には、ドイツがある。
「償いは永遠に続く。死ぬまで、呪いのように君を縛るだろう」
アルベルトは返答せず、ティニアと同じように、ドイツの方角を見つめていた。孤児として何も持たずにドイツへ渡り、多くのものを残してスイスへ渡った男は、何を想うのか。
「抱えてほしい?」
「……それは」
「ボクになら、抱えてもらいたい?」
「………………」
「君は君でしょ。今も、……昔も。そして、今を生きて、今を過去にしながら明日を生きるんでしょ。別にいいじゃん。楽しくやらなきゃ損だよ」
「……そうだな」
暖かな風が二人の間に割って入り込むと、ティニアはアルベルトを見上げた。金髪の髪がなびき、ティニアは本を片手で抱えながら髪を整えつつ、前髪を気にした。
「でもボクは君を抱えられないし、抱えようとも思わないよ」
「わかってる」
「わかってるから、ボクの傍に居ようとしてるよね」
「ッ……」
川のせせらぎが妙に大きな音を立てる。気付けば周りに人気はなく、橋の上は2人だけだ。金髪碧眼の小柄の女性は、立ち止まり振り返ると、本を抱きしめながら、鞄を肩から落ちないように紐を引っ張りながら、長身の猫癖毛の男へ向き合った。
「君はね、アルベルト」
一瞬だけ目をそらすと、女性は蒼い瞳を金色に輝かせた。天駆ける太陽光が反射し、金髪はより金色に輝き、瞳は煌めきを増した。瞳は熱を帯び、湿らせていく。
「君は、…………人の愛情が怖いんだ」
「…………」
「信頼も怖い、期待されるのも怖い。だから、僕の傍に居ることが一番気楽なんだ。僕が裏切らず、愛することも無ければ信頼も期待も寄せない、独りよがりの人間だから。そうなんじゃない」
「………………」
「独りよがりのヒトは珍しくない。でも、お人好しで世話好きで、面倒事にばかり首を突っ込むような暇人は、ボクくらいだろうね。だからこそ、裏切らずに傍に居るとでも思ってる? ボクは隣には立てないし、立てないからさ。ちゃんと幸せになれるように、諦めないで」
「ああ、わかった」
「君なら大丈夫だよ。ボクは信じているよ」
風が、視線が柔らかに撓めき、微笑み、見上げる女性が目の前に佇んでいる。女性は万遍の笑みで微笑み、瞳は川にも空にも負けぬほどの煌めきを放ち、髪をそっとかきあげた。
男は女を心から美しいと、愛おしいと感じたのだった。
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